戦艦。
強大な艦砲と堅牢な装甲を備え、大抵の敵を一撃で粉砕する事が出来る程の火力を有した、正規空母と共に艦娘で最上位に位置する艦種。長門は、その戦艦の第一号、その長門に私が抱いた第一印象は『コスプレした痴女』だった。
「いきなり酷い言いようじゃの……」
「いやいや、普通に考えて?古今東西、あんな格好をしてるのはコスプレイヤーだけよ?」
私の格好もコスプレと言えなくもなかったけど、大正女学生ファッションと言い張ればなんとかなるレベルだったわ。色が少々派手ではあったけど……。
それでも長門の格好よりはマシ、アレはもう痴女って言われても言い訳できないレベルよ。
街中をあの格好で歩いてご覧なさい。きっと警官が、申し訳なさそうに職務質問してくるわよ。
もし男だったら即射殺ね、慈悲は無い。
「制服を決めちょるのは妖精じゃし、長門は別に悪くないじゃろ」
「私は悪いなんて言ってないわ。ただ、アイツを見た瞬間そう思っちゃったんだもん」
長門を初めて見たのは、私が軽巡共にリンチされた二日後だった。いつものように訓練を終えて、執務室で昼寝しようとしてたらアイツがいきなり怒鳴り込んできたの。
なぜか半泣きの状態で。
「か、神風とやらは居るか!」
「居ないから帰れ」
「あ、そうですか。失礼しました……」
私が不機嫌を顔いっぱいに浮かべて言うと、長門は申し訳なさそうにしながら本当に帰っちゃった。
『いや、居るじゃないか!』とか言って戻ってくると思った?残念、本当の本当に帰っちゃったのよ。私もソレを想定してたから肩透かし食らっちゃったんだもん。
私が『なんだアイツ』みたいな感じで執務室の扉を見ていると、鳳翔さんが私にこう言ってきた。
「神風さん、長門さんにも何かしたんですか?」
「長門市には行った事無いけど?」
「長門市じゃありません、長門さんです!」
「さっきの奴?あんな痴女に恨まれるような事なんてした覚えないけど」
「痴女って……長門さんも気にしてるんですから、格好の事は言わないであげてくださいね?」
今では堂々としてるけど、当時の長門はあの格好が苦手だったみたい。
まあ、少し動くと下着が見えそうなくらい短いスカートに腹出し、更に下着並みの面積しか隠してない胸元じゃあ仕方ないけどね。ムダ毛処理も大変だったんじゃないかな。あの格好じゃ、真冬でもムダ毛処理を怠ることができないでしょうし。
「そんで長門は結局、お前に何の用があったんじゃ?」
「ほら、アイツって駆逐艦を溺愛してるじゃない?だから、私をリンチした一味だった駆逐艦の反省風景を見て、『あれはやり過ぎだ!』って私に文句言いに来たらしいのよ。文句を言う決心がつくまで、一日かかったらしいけど」
そう、鳳翔さんは私が何かしたんじゃないかと疑ったけど、長門が本来文句を言うべきは鳳翔さんだったのよ。
いじめっ子連中をツルッパゲにして、晒し者にしたのは私じゃなくて鳳翔さんだったんだから。
「わかったかね?今泉くん」
「誰が今泉じゃバカたれ、お前はいつから任三郎になった」
まあ、私が任三郎並みの切れ者かどうかは置いといて。
その後、夕飯前に散歩してたら、桟橋の端で体育座りして黄昏れてる長門を発見したの。今にも泣きそうな顔で、夕日で赤く染まり始めた海を眺めてたわ。
「何してるの?こんな所で」
「あ、さっきの……」
私は長門に近づいて、思わず声をかけた。
さすがにね、如何にも落ち込んでます的な雰囲気を出されてたら声をかけざるをえないじゃない?
ほら、私の半分は優しさで出来てるから。
「海を…見てます……」
「いや、それは見りゃわかるわよ」
この時の長門はとにかく覇気がなかった、目なんか死んだ魚みたいだったわ。何かに絶望してるような感じさえしたわね。
「何か悩み事?」
まあ、聞いちゃうよね。逆に、『聞かないとか嘘だろお前』っ言われちゃいそうな感じだったし。
「うん……実は……」
長門の悩みを聞いて、私は目を見開いた。
呆れたと言ってもいいかしら。アイツの悩み、何だったと思う?それはね……。
「今日の夕飯にピーマンが入ってるんだけど……どうやったら食べずにす…むぅわぁぁ!」
私は最後まで聞かずに、無言で長門を海に突き落とした。
いやホント、呆れを通り越して腹が立ったわ。何を悩んでるのかと思ったら、ピーマンをどうやったら食べずに済むかですって!
残さず食べなさいよピーマンくらい!
アンタ食べ物に困ったことないでしょ!一度でも困った事があったら、そんな事で絶対悩まないわ!
てな事を、海から上がってずぶ濡れのまま桟橋にへたり込む長門に言ってやったわけよ。
「で、でも……ピーマンだけはどうしても……」
この時の長門を男が見たら、どうしようもなく保護欲をかき立てられたかも知れない。
ずぶ濡れでへたり込み、涙目で上目遣いの長門を見たら大抵の男は『俺が守護らねば!』とか言い出すんじゃないかな?
けど、私は女だから毛ほどもそんな事思わなかったわ。むしろもう一度海に沈めてやりたい衝動に駆られたわ。
「あの長門がピーマンが食べれんかったとは……。口調も今とは全然違うんじゃの」
「今じゃ地になってるけど、今の偉そうなしゃべり方って、元帥さんにそうしろって言われたからするようにしたんだって。部屋で練習してる所も見た事あるわよ?」
当時の長門は、深海棲艦への反撃の旗印になる事を求められてたみたい。まあ、当時唯一の戦艦だからね、それも仕方のない事ではあったんだけど。
アイツには、それが苦痛で仕方なかった。気弱で、自分の意見をハッキリと口に出せるタイプじゃなかったみたいだから。
「まるで私みたいだわ……」
「は?お前とは真逆じゃろうが」
「何を言ってるのお父様、桜子は気弱で引っ込み思案な女の子でしてよ?」
「気色悪いけぇマジやめろ。それに、女の子っちゅう歳じゃなかろうが」
酷い!二十代前半なら十分女の子よ!
肌とか見てみなさいよ。ほら、モチモチでピチピチでしょ?流石に赤ちゃんには敵わないけど、同年代の子が羨むほどの肌艶よ?少しは自慢の娘を褒め称えなさい。
「しっかし、そんなんでよう仲良うなれたのぉお前ら。さっきも言ったが、性格とか真逆じゃろうが」
「べ、別に今だって仲良くないし。アイツが一方的に絡んでくるのよ」
仲良くなったと言うか、良く喋るようになったのはアレが切っ掛けかな。
アイツは、食堂前で艦娘をツルッパゲにして晒し者にした犯人を私だと思ってたから、私が当の神風と知ってからは、私を見つけるたびに物陰から睨んでたわ。
睨むだけで何もしてこなかったけど、正直気分は良くなかったな。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
「別に……ただの寝不足よ……。鳳翔さんが気にする事じゃないわ……」
「気にしますよ!フラフラじゃないですか!」
更にこの頃は、お父さんと離れてから始まった睡眠不足がピークを迎えてて、四六時中イライラしてたし頭痛も酷かった。昼寝で誤魔化してたけど、艦娘との小競り合いや訓練で、思ってたより消耗してたみたい。私を心配して、工廠に連れて行こうとする鳳翔さんを振り払うのが大変だったわ。
そんなある日、いつものように眠れなかった私は、頭痛が酷かったけど、部屋に一人でいると嫌な事ばっかり思い出しちゃうから、ちょっとでも気を紛らわそうと夜の散歩をする事にしたの。
いや、少し違うか。逃げだしたのね私は、ちょっとでも人の気配を感じたくて、ちょっとでも一人じゃないと思い込みたくて夜の廊下を歩いていたわ。
そんな時に、いつものように私を廊下の角から睨むアイツを見つけた。
なんで夜中にそんな所に居たのかは今でも謎だけど、大方、お手洗いに行く途中か帰りだったんでしょうね。
で、そんな長門を見て、堪忍袋の緒が切れちゃった私は、廊下の角から顔半分だけ出してる長門に一気に詰め寄ったわ。
長門は、詰め寄られるとは思ってなかったのか、右往左往して隠れ場所を探してたけど、隠れ場所がないと判断した途端、開き直って腕組みして私の前に仁王立ちして来た。
無理してるのは丸わかりだったけどね。ポーズだけは堂々としてたけど、顔が今にも泣きそうだったもん。
それに、上から下までウサギ柄のピンクのパジャマ姿、しかも同じ柄のナイトキャップ装備じゃ威厳も糞もなかったわ。
「もう!ウザったいわね!言いたいことがあるんらハッキリ言いなさいよ!」
「い、いや、別に言いたい事がある訳じゃない……です……」
私の殺気混じりの怒声に、目を逸らして長門は萎縮した。
今の武人然とした長門が嘘みたいなビビりっぷりだったわ、長門よりはるかに身長が低い私に気圧されちゃうんだもん。
「あ…痛っ……」
急激に頭に血が昇ったせいか、一瞬だけ激しい頭痛に襲われて、私はその場に蹲って頭を抱えた。
ホントに痛かったなぁ。脳みそを直接ぶん殴られたような痛みだったわ。
「だ、大丈夫!?頭痛いの?ど、どうしよう……工廠に連れて行けばいいのかな……」
「そんな事しなくて…いい……もう収まったから……」
「嘘!目の隈も酷いし……もしかして寝てないの!?」
「いつもの事よ……。気にしなくていいから放っておいて」
「こんな状態の子を放っておくなんて出来ない!と、とりあえず私の部屋へ行こう?頭痛薬もあるから」
「だから放っといてったら!ちょ!離して!離してったら!はーなーせーー!」
長門に腋に抱えられて、私は強引に長門の部屋に連れ込まれた。
この頃はまだオープンロリコン化してなかったけど、今だったら危うかったかな。下手したら純潔を諦めるしかなかったかもしれない……。
思い出したら、背筋が寒くなってきたわね……。
「じゃあ、あの子達をあんな姿にしたのは貴女じゃないの?」
「そうよ、私はどちらかと言うと被害者なの」
部屋に連れ込まれた私は、取り敢えず長門の誤解を解くことにした。だって、いつまでも謂われの無い事で恨まれたりとかされたくないじゃない?
「あの子達がそんな事を……。じゃあ貴女の不眠症はもしかして……」
「あ~これは違う。私って、誰かが横に居ないと寝れないのよ」
「意外と甘えん坊なの?」
「ちっがう!ちょっと色々あってね、トラウマのせいで一人じゃ寝れなくなっちゃったのよ」
私は、長門に詳しくは説明しなかった。
別に、長門に『人殺し』呼ばわりされても構わなかったんだけど、自分が『人殺し』である事に、この頃は妙な後ろめたさを感じてたんでしょうね。
艦娘は軍人扱いだけど、人を殺した事がある子なんて、たぶん私くらいなんじゃないかな?
「はい、ホットミルク。飲める?」
「お礼は言わないわ。ありがと」
「言ってるじゃない……。素直じゃないのね、私の生徒にも貴女みたいな子が居たわ」
「生徒?貴女、学校の先生だったの?」
「小学校で半年だけね、一年も続けることが出来なかったけど……」
私の隣に腰を下ろした長門は、昔を懐かしむような目でそう言った。なんで半年しかって思ったけど、なんとなく察しはついた。きっと深海棲艦の攻撃で……。
「敵討ちが目的で艦娘に?」
「うん…生徒たちの仇を取ってあげたかったんだ……。けど、訓練を続ける内に、私じゃダメなんじゃないかって思うようになっちゃって……」
「ふ~ん、じゃあ…辞めたら……いいんじゃない?」
「え……?」
たぶん長門は、私が慰めてくれるとか思ってたんでしょうね。それか相談に乗ってほしかったのかしら。
でもお生憎様!あの時の私はホットミルクでいい感じに温まって寝落ち寸前だったの、長門がどんな顔してたかさえ覚えてないわ。と言うか、そのセリフ言った後に寝ちゃったし。
気づいたら朝になってたもん。
「前から思っちょったんじゃが……。お前もしかして、隣に誰か居りさえすりゃ寝れるんか?相手が誰でも」
「言い方!それじゃ私が誰とでも寝る尻軽みたいじゃない!」
「でも、誰でもええんじゃろ?」
「相手くらい選びますー!誰でもいいわけないじゃない!」
ホント失礼しちゃうわ。お父さんって私の事をそんな風に見てたのね。
確かに誰かが居れば寝れるけど、あくまで私が気を許した人だけよ。
だけどあの日は睡眠不足が限界まで来てたのもあって、たいして親しくもなかった長門の横で寝ちゃったのよね。
でも次の日の朝、私は自分の迂闊さを後悔したわ。お父さんが見たら、たぶん立ったまま気絶しちゃいそうな格好で私は寝てたんだから。
「な……なんで私、裸なの?」
ええ、上から下まで見事に剥ぎ取られてた。下帯さえつけてなかったわ。
もし、隣で寝てたのが男なら絶望してたでしょうけど、隣に居たのはパジャマ姿の長門だったからとりあえずは冷静でいられた。長門の胸元が少しはだけてるのがきになったけど、別に痛みも違和感もなかったしね。何処にとまでは言わないわよ?
これで長門まで全裸だったら、いくら女同士でも事後を想像しちゃっただろうなぁ……。
「あ、おはよう……よく眠れたみたいね」
「ええ、おかげ様で……。とりあえず、なんで私が裸なのか聞きたいんだけど?」
「え?寝苦しそうだったから……」
眠そうに眼を擦りながら起きた長門に聞いたら、そう答えが返って来た。
この時、私はお礼を言うべきだったのかしら。それとも、あられもない姿にされた事を怒るべきだったのかしら。
今の私なら無言で殴ってたでしょうけど、あの時の私は、丸裸にされてるのがショッキングすぎて唖然とする事しか出来なかったなぁ。
「まあ、その日以降、長門の部屋で寝るようになったから睡眠不足は解消したんだけどね」
「は!?お前身の危険とか感じんかったんか!?」
「いやぁ……あの頃は同性が好きって人がいるのを知識では知ってたけど、身近に居るとか思わなかったのよ。当時のアイツは表に出してなかったし」
実際、長門は駆逐艦を可愛がってはいたけど、今みたいに涎を垂らしながら、駆逐艦を追いかけ回すなんて事はしてなかったんだもん。
「そんでお前と過ごす内に、長門は今みたいになったと?」
「いや、その言い方だと、私が長門をロリコンにしたみたいに聞こえるからやめて」
たぶん、喋り方とか性格の事を言ってるんだと思うけど、あれは私のせいなのかなぁ……。
長門が今みたいな喋り方になったのは、確かあの時から、私と鳳翔さん、そして長門の三人で出撃した時からだったと思う。
当時、呉鎮守府には30人くらい艦娘が居たんだけど、実戦経験があったのは私と鳳翔さん、それに軽巡と駆逐艦が数人程度だった。
そんな折に、日向灘沖から瀬戸内海に侵入しようと北上中の敵艦隊を海軍は捕捉した。何処を狙ってたのかはわからないけど、元帥さんは艦娘の出撃を決定したわ。
そして選ばれたのが、私と鳳翔さんと長門の三人、私達は輸送機に乗って岩国基地まで移動して、そこから抜錨したわ。生まれて初めて乗った飛行機が輸送機なんて、って思ったけど、空の旅は予想よりも快適だったな。
「鳳翔さん、敵艦隊の位置は?」
「海軍からの情報ですと、現在伊予灘を抜けて、周防灘を北西に針路を取っている模様です。このまま進めば、背後を突けるかも知れません」
この時、私達は平郡島と上関の間を南西に抜けて、右前方に祝島が見える位置まで南下してた。
ここから北西に進めば、鳳翔さんが言う通り敵艦隊を後ろから強襲できるはずだったわ。
「艦種と数はわかる?」
「軽空母ヌ級2、軽巡ホ級1、駆逐艦イ級3のようです。索敵機を飛ばしますか?」
「お願い、敵の正確な位置がわかったらすぐに戻して、長門の砲撃で先制を取るわ」
この時、私が立てた作戦はこうだ。
敵の背後から、射程の長い長門の砲撃で先制攻撃。1~2隻沈められたら最高ね。
その後、長門に砲撃を続けさせながら、鳳翔さんの艦載機による第二次攻撃を仕掛ける。
艦載機を先に出した方がいいんじゃないかとも思ったんだけど、この当時の長門は大まかにしか狙いをつけれなかったら、下手したら鳳翔さんの艦載機を撃墜しちゃう恐れがあったのよ。
だから先に長門に撃たせて、鳳翔さんが弾道を把握してから艦載機を出す事にしたの。
ちなみに私は、長門が砲撃を始める前に突撃を開始する予定だったわ。長門の砲撃が着弾するくらいに魚雷の有効射程に入れるようにタイミングを計ってね。
だけど、この作戦はパーになっちゃったのよ。
なぜかと言うと……。
ズドン!
「バカ!早い!」
敵艦隊を捕捉し、もう少しで長門の有効射程という所で、恐怖に負けた長門が砲撃したの。
いくら射程内だと言っても、ギリギリ射程内だっただけだし、長門は恐慌状態寸前だったから掠りもしなかったわ。おかげで、背後から強襲するつもりが、『今から攻撃しまーす』って敵に教えた格好になっちゃった。
「鳳翔さん、艦載機を上げて!敵の艦載機を押さえてくれるだけでいい!」
「了解しました」
この時の長門は、実戦への恐怖と致命的なミス、更に自分の主砲の音にビビって使い物にならなくなっちゃってたわ。頭を抱えてうずくまってたっけ。
「わ、私は……」
「バカはそこで震えてろ!私に当たりかねないから、間違っても撃つんじゃないわよ!」
私は長門と鳳翔さんを置いて前に出た。
ヌ級はともかく、ホ級とイ級は私が引きつけないと、鳳翔さんと怯えた長門が危険だったからね。
「はぁ……私、ここで死んじゃうのかなぁ……」
最盛期の私なら、4対1でもどうにかなった。
それどころか、ホ級とイ級の相手をしながらヌ級に魚雷を撃ち込むことも出来たけど。計ってないからわからないけど、この頃の私の練度は精々20程度、実戦経験があると言っても、お父さんたちと一緒に戦ってた頃の話だし、トビウオを始めとする技の数々も創作前だったから軽く絶望したわ。
だけど、私には突撃するしか選択肢はなかった。
私が敵艦隊に突撃し、ヌ級の前に出て来たホ級とイ級と交戦し始めて少し経った頃、自分がまだ死んでないことを不思議に思った。
単に敵の練度が低かった可能性もあるけど、4対1なのに、砲撃を躱すのに大して苦労しないし魚雷も撃ってこない。それでもちょいちょい被弾して、最終的に中破まで持って行かれたけどね。
「コイツら、遊んでるわね」
表情はわからないけど、微かに聞こえる笑い声、包囲する事も出来るのに、バカみたいに単縦陣で私と反抗戦を繰り返す敵を見て私はそう思った。
「だったら!」
私は何度目かの反抗戦が終わった直後、『脚』を切って跳躍し反転、最後尾のイ級に向けて魚雷を全弾発射した。ラッキーな事に、4発の魚雷は最後尾のイ級と一つ前のイ級に直撃し、イ級二隻を海の底に沈めたわ。
けど、海上で『脚』を切ったのが初めてだった私は、着水を完全にミスった。
「やっば!」
膝まで海に浸かって焦った私は、迂闊にも足が海中に浸かったままなのに『脚』を発生させて……。
「うっそぉぉぉぉぉ!?」
慣性のまま、背中から3メートル程吹っ飛んで海面を転がった。
これが後にトビウオを思いつくきっかけになったんだけど、この時は自分に起きた現象を理解するよりも、致命的な隙を晒してしまった事を後悔したわ。
『長門さんどこへ!?戻って!』
海面を転がり終わって、私の方へ針路を変えたホ級とイ級の射線から逃れようと速度を上げ始めた時、通信で長門がどこかへ行った知らせが飛び込んだ。
最初は逃げたんだと思ったわ、唇まで蒼くして震えてたからね。
でもアイツは逃げたんじゃなかった。アイツの行先はすぐにわかったわ。
ホ級とイ級が私に向けて撃った魚雷を見て、『ああ、これは避けられないや』って思った時、私と魚雷の射線上に、見覚えのある壁が現れて私を包み込んだ。
「ア、アンタ何やってるのよ!」
私がそう言った時、長門は力なく微笑んで何かを呟いてた。
なんて言ってたのかな……その直後の魚雷の直撃で、私は長門がなんて言ってたのか聞き取る事が出来なかった。
「お父さんは、長門がなんて言ってたかわかる?」
「わかる訳ないじゃろうが。その場に居れば、唇を読むくらいは出来たかもしれんがのぉ」
「そっか、そうだよね……」
今度聞いてみようかな、アイツが覚えてるかどうかわかんないけど。
「で?その後どうなった?」
「その後?普通に敵艦隊を倒して帰投したわよ?」
「端折り過ぎじゃろ!魚雷が直撃してからどうなったって聞いとるんじゃ!」
「話さなきゃ……ダメ?」
あ、絶対話させる気だ、別に特筆するような事なんてなかったのよ?
さっき言った通り、『普通に敵艦隊を倒して帰投した』んだもん。まあ、その前に長門に説教はしたけどね。
たしか手始めに、私はアイツにこう言ったわ。
「何考えてるのよこのバカ!魚雷に身を晒すとか正気!?」
いくら戦艦だと言っても、魚雷が直撃すればタダでは済まない。案の定、長門は中破してたわ。私の位置からはよく見えなかったけど、背中の艤装からは派手に煙が上がっていたもの。
「私って…思ってたより頑丈なんですね……痛っ!」
「質問に答えなさい!なんでこんな事したのよ!」
ホ級とイ級は、私と長門の周りを周回しながら砲撃を続けていたけど、長門の装甲を抜けずにいた。
それでも、そのまま撃ち続けられたら長くはもたなかったでしょうけどね。
もう一度魚雷を撃ち込まれたら、今度こそ私たちは海の底だったでしょうし。
「目の前で、子供が死ぬところを見たくなかったんです……」
「子供って私の事?バカにしないで!見た目は子供でも、私は……!」
「いいえ子供です!貴女は本来、大人に庇護されるべき子供です!」
私の言葉を遮って、長門は胸の内を曝け出し始めた。
アイツが駆逐艦を愛する理由を、アイツが艦娘になる事を決めた理由を。
「私ね、これでも生徒たちに慕われてたんですよ?あの日も、休憩時間に外で生徒たちと遊んでました……」
あの日……。
きっと、長門が務めてた学校が深海棲艦の攻撃を受けた日、長門は自分の無力さを嘆いた。
目の前で肉片に変えられた生徒たちを見て、長門は自分の無力さを恨んだ。
「『助けて』って…聞こえました……。『先生助けて』って……。でも、私は何もできなかったんです、目の前で燃やされ、粉々にされていく生徒たちに何もしてあげれなかったんです……」
長門の目から涙が零れ落ちた。
コイツも地獄を見てたんだ。もしかしたら私以上の地獄を、長門はその目にしてたんだって、その時思った。
あの時の私は、助けを求めることしか出来なかった。
その時の長門は、助けを求められても何もできなかった。
どっちがマシとか言うつもりはないけど、無力さを感じたのはどっちも一緒かもね。
「じゃあ、なんでアンタは何もしないの?それだけの力を与えられておきながら、アンタは怯えてるだけじゃない」
「私だって戦いたい!でも……どうしてもダメなんです……音を聞くだけであの日の事を思い出しちゃうんです……」
「なら、また同じ事が起きるわね。私たちを殺した後、奴らは陸を襲ってその時と同じ地獄を作り出すわ」
「ダメ!それは絶対にダメ!」
長門も、私と同じようにPTSDを患ってたのかもしれない。
私はいまだに克服できてないけど、長門は曲りなりにも克服して見せた。本当に克服できているのかは知らないけど、長門はこの後、思い込みの激しさで恐怖をねじ伏せる事になる。
「だったら戦いなさい!アンタは『戦艦長門』でしょうが!アンタの砲は奴らを吹き飛ばせるのよ!?音が怖い?知った事か!いい歳した大人が甘えてんじゃない!それとも何?実際に救う対象が目の前に居なきゃやる気が起きない?」
「違……違う!」
「ならば答えなさい、アンタは何?」
「私は…戦艦長…門……」
「声が小さい!もう一度!」
「戦艦長門!」
「そう、アンタは戦艦長門よ。深海棲艦を打倒するための兵器、反撃の旗印。日本を守る守護神よ!」
私は、とにかく長門に火を点けようとした。綺麗事じゃダメな事はわかってた。
だけど私は思いつく限りの事を言葉にして、長門に言い続けた。
「音が怖いなら耳を塞ぎなさい、だけど目は逸らすな!怯えた顔は仮面で隠せ、『戦艦長門』の仮面で恐怖心ごと包み隠せ!そして、手始めに私を救いなさい。アンタが言う通り、私は庇護されるべき子供。アンタに守護されるべき子供よ。その子供が今にも死にそうなのよ?それなのにアンタは何もしないの?この状況を打破できる力を持ちながら、アンタはそこに座して死を待つの?」
「そんな事……させない……」
もう一息だと思った。
もう一息で、長門に火が灯る。後に『横須賀の守護神』と呼ばれる事になる、当時最強の戦艦に火が灯る。
私は考えた末に、一言だけこう言った。
長門のトラウマを刺激し、当時の怒りを呼び覚ます一言を。
「だから先生……私を助けて……」
私の言葉で目を見開いた長門は、一度瞼を閉じた後、何かを決意したようにこう言った。
「ええ……今度こそ、守って見せるわ……」
瞼を開いた長門は、どこか満ち足りたような顔をしていた。どこか、救われたような顔をしてた。
ずっと見ていたいと思えるほど、素敵な笑顔をしていたわ。
だけど、敵はそんな時間を与えてはくれなかった。
私たちを仕留めようと、私の背後、長門の正面に回ったホ級とイ級の気配を背中に感じた。
けど、私は焦らなかったわ。
だって、この時私は守られていたから、戦う事を選んだ長門に守られていたんだから。
「……耳を塞げ神風、鼓膜が破れても知らんぞ」
「うん、後は任せるわ……長門」
火がついた途端、今の長門と同じ口調に変わった。
武人然とした、存在するだけで戦場の味方全てを鼓舞する無敵の戦艦の仮面を、長門はこの時初めて被った。
「全主砲、斉射!て――ッ!!」
耳を塞ぐ前、長門の凛々しい叫びが聞こえた。
反撃の狼煙、必殺の意思を込めた咆哮。
この日、本当の意味で戦艦長門は生まれたの。
ドッゴーーン!って感じの音だったかな、耳を塞いでても鼓膜が破れちゃいそうな程の轟音が響き渡り、私達にトドメを刺そうとしてたホ級とイ級を跡形もなく吹き飛ばした。
「やれば出来るじゃない。バカ……」
「当然だ。私は戦艦長門だか……ですから……」
まあ、あの口調が地になるまで、まだしばらくかかるんだけど。これ以降、長門が戦場で怯える事は無くなったわ。口調が地になるに連れて、ウザさと筋肉が増していくんだけどね。
「あの~……そっちが終わったんならそろそろヌ級を……。ってああっ!飛行甲板が!」
私と長門は顔を見合わせ、慌ててヌ級を倒しに向かった。
いやぁ、ヌ級の存在をすっかり忘れてたわ。まあ、サクッと倒して鳳翔さんと合流したんだけど、三人とも酷い恰好だったなぁ。長門なんて、背後に魚雷を食らったせいでスカートの後ろ半分が吹き飛んでてさ、ウサギのプリントがしてあるパンツが丸見えになってたし。
「うわっ……ちょっと色々ひどいかな……。いい歳してウサギのプリントはないでしょ」
「い、いいじゃない!好きなんだから!」
あ、余談だけど、当時の呉鎮守府に睦月型が何人か居たんだけど、その四番艦が妙に長門に気に入られててね。
長門が横須賀に異動するまで、長門はその子にストーカー紛いの事をしてたらしいわ。
もっとも、物陰から見てるだけだったみたいだけど、なんでその子に拘ってたかは謎のままよ。
この後、私と長門に鳳翔さん、それに辰見……当時の天龍と龍田を加えた5人で暴れ回る事になる。
目につく深海棲艦を片っ端から沈めていく、当時最強の愚連隊。
その愚連隊が、この一週間後に結成される事になるの。
実の双子の軽巡姉妹、天龍と龍田との出会いによって。