ゴブリンスレイヤー ~シャドウ・ラン~   作:使途のモノ

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第一話 彼の名は

 大都市といえば、という問いには多くの答えが上がるであろう。

 

 世界各地の大都市、古都、果ては低重力環境をいかした超高層摩天楼で有名な天上の緑月都市。

 

 しかし、世界最大の都市、と言われれば世界中の誰もが同じ答えを口にするだろう。

 

 皇都、白亜の大聖堂と摩天楼の大都市、ハイプリーステス=シティ。

 

 この世界を統一した女教皇のかつていた都にして、世界の中心。

 

 サイバネ、魔術、全ての最先端技術、経済、人材、神の慈悲、悪魔の思惑、人々の欲望、怨嗟、歓喜、全てがない交ぜになり、全ての人種、老若男女貧富清濁、世界の全てがある街。

 

 今も冒険者は巨大都市を駆ける。

 

 時は女教皇歴3XXX年。

 

 冒険は、都市にある。

 

 

 

 

 

 なぜ、こんなことになったのだろう。

 

 口と手首にガムテープを巻かれた少女は掃除などされたことの無いであろうダストまみれの床に転がされていた。

 

 清楚なセーラー服は地に汚れ、その濃紺のプリーツスカートから伸びる瑞々しく白く未成熟な太ももは周囲の男達を欲情させるのに十分な者であった。

 

 周囲には鼻ピアスやぼろきれのような合成皮のベストを肌に直接羽織ったゴブリン・ファッションの男達、ストリートギャング、現代のゴブリン、そう言われている者達だ。

 

 朝は、いつも通りの朝であった。

 

 孤児院の朝食、いつも通りに地母神に祈りを捧げ、食堂にあるテレビのニュースでは鳥人のキャスターが与党と野党が泥仕合を繰り広げ、大体一世紀ぶりに元妖精宰相様を担ぎ出しての政界再編が行われるか、等という政治ニュースを伝えている。

 

 妖精宰相が公的には公職を最初に辞したのが大体二千年前であるが、それ以降ちょくちょく世界政府が見るに見かねた状態になればひょっこりと戻ってきて立て直してくれる存在なので誰も引退したとは考えていない。

 

 つまり、そこまで目を引くニュースではなかった。

 

 孤児院はどちらかというと大聖堂の近くにあるので治安はよく、女子高生神官である彼女もとくに危機意識は無く孤児院を出て近くの学校へ向かった。

 

 春の陽気に花々も咲き誇り、彼女ものんきに鼻歌を歌っていた。

 

 ほっそりとした足を包むローファーが妖精宰相が会長を務めるエルフ・インダストリー製の植物由来の舗装材を踏んでカツカツとした小気味よい音を立てる。

 

 聖帽を模した白と青のリボンで結ばれた金のツインテールがふるふると犬の尻尾のように踊り、通り過ぎる者はその少女の愛らしい顔立ちもあって振り返る者も多い。

 

 鞄の中には教科書と筆記用具、そして世界的名著にして数千年売れ続けるベストセラー、本格歴史小説“ゴブリンスレイヤー”の一巻。

 

 表紙には若かりし頃の女教皇と彼女と共に最初期を駆け抜けた伝説的冒険者、ゴブリンスレイヤーの姿がある。

 

 彼女の通学鞄にもデフォルメされたゴブスレ人形が揺れている。

 

 子供っぽいような気もするが、彼女のお気に入りだ。

 

 またこの表紙には別の限定バージョンがあり、女教皇、当時の呼称で言えば女神官、が悲痛な表情で服のそこここが破れている物もあり、男子達はそちらを買って女子に白い目を向けられている。

 

 表紙の女神官の顔立ちが、自分とよく似ていることは、誇らしくも恥ずかしい事である。

 

 とまれ、いつも通りの、すれ違う者や同じ道を行く者にとっては目の保養になるような通学風景であった。

 

 彼女の横に、するすると一台の黒く長い車が寄せられた。

 

 バスよりは小さく、しかし乗用車の倍の人数は乗せられるであろうその車が少女の歩調を乱すほどに近づき、彼女もその車体へと目を向けた。

 

 ドアが突如開き、男達が飛び出してきた。

 

「きゃ!?」

 

 驚愕の声をあげて飛び退こうとするも、そもそもの空間が車によって大幅に制限されている。

 

「誰か助けっ!! ンンッ」

 

 何人もの男達に組み付かれ、せめてもの叫びも口をふさがれ車へと引きずり込まれる。

 

 バタン、とドアは閉まり、車は何事も無いかのように立ち去った。

 

 

 

 

 そして、今。

 

「ボス、やっちまいましょうよ」

 

 欲望を一片たりとも隠す様子の無いストリートギャング達のギラついた欲望を彼女は一身に受けていた。

 

 気丈に睨み付けるその眼光すら、男達にとっては自分たちの欲望を更に高めるスパイスでしかないのだ。

 

 女教皇の残した『ゴブリンを育てても人にならない、しかして人は時にゴブリンに成り果てる』との言葉は3000年の時を経ても普遍的真理として機能していた。

 

「手ぇ出したらあの変態邪神官は金ださねぇってんだろ! 女教皇似の生娘だから大枚だすってんだ! 忘れたのか!」

 

 そう近くの鉄骨を無造作に殴り拉げさせながら大声で取り巻きを一喝する男の右手は生身の物では無かった。

 

 機械義肢、それも強固に鎧われた戦闘用の物だ。

 

 とはいえ、このようなストリートギャングの頭目程度が用意できるモノ、軍用品ですらない。

 

 蛮用のできる鉄拳、そして刃物や単発のピストルが仕込まれている位であろう。

 

 見回せばせいぜいが粗悪な工場製の違法銃やナイフを腰に刺した程度の武装だ、何人かは悪事用に片目を暗視機能のある義眼にしている者も居る。

 

 この時代においては最弱レベルの装備である。

 

 超音速戦闘を可能とする強化外骨格、古代からその力を振るい続け今なお進化を続ける魔術兵装、何千年も戦いに明け暮れた長命種の達人(アデプト)、恐るべき肉体と魔力を持った竜や不死者達、彼らの前にはただ恐怖し、ひれ伏すだけの雑兵か、あるいは弾よけ程度の塵芥だ。

 

 しかし、それは平穏に日々を過ごす民草を脅かすには十分な者であった。

 

 そして、ストリートギャングは下水道や廃工場、そういった人々の暮らしの横で増殖し、数の威をかって人々に牙をむく。

 

 故に、ゴブリン。

 

 3000年の昔に滅ぼされた緑の月の邪悪なる原生二足歩行生物の名前で彼らは呼ばれ、忌み嫌われるのだ。

 

「時間になるまで番してろ! 入った金で女抱きに行け! 時間になったら待ち合わせの場所に車で移動だ!」

 

 そうどかどかと奥の部屋へと頭目らしき男に、他のゴブリン達はやや空恐ろしげに視線をそらす。

 

 邪神官の、贄。

 

 それ故に、彼女はさらわれたのだ。

 

 だが、それはささやかな安堵を少女にもたらした、己の純潔と見目故の商品価値。

 

 つまりそれはとりあえずの貞操の安全を彼女に保証する者である、と考えたのだ。

 

 しかしそれは、すぐさま崩れるものとなる。

 

 少女にニタニタと獣欲にまみれた、先ほど怒鳴りつけられた男が近づいてくる。

 

「おい、いいかげんボスにぶっ殺されるぞ」

 

 見かねた男の一人がそう声を上げるも、気にした様子はなく、むしろ噛み付き返す。

 

「うっせぇ! あの鉄クズ付きの親衛隊気取りかよ、どうせ儲けったって俺らにゃ大して入るわけねぇだろ」

 

「そりゃまぁ、そうだがよ」

 

「それによ」

 

 ニタリとまさしくゴブリンのように欲望のままに醜悪に顔をゆがめた男が甘言をささやく。

 

「後ろの穴やら口なら使っても洗っておきゃぁばれやしないさ。ま、口は騒がれちゃあれだから、ケツになるがよ」

 

 その言葉に、一瞬男は止まり、やはりゴブリンのような笑みを浮かべる。

 

「……それもそうだな」

 

「そうそう、そうすりゃここで楽しんだ挙げ句、結局後で手に入るはした金はかわらねぇんだ、それはそれで安穴と安酒でも買って楽しもうぜ」

 

 利己的で独善的で浅慮、少女の前で堂々と陵辱の算段を楽しげに語る男達は、やはり紛れもなくゴブリンであった。

 

「ッ!! ッ!!」

 

 必死に身をよじり抵抗しようとするも多勢に無勢、男二人は易々と少女に体重をかける。

 

「あばれんじゃねって、おい、そっちの足もて」

 

「あいよ、ほら、どうせ後は邪神官の儀式でおっちぬんだから、せいぜいアンタも楽しめよ、ま、ケツが最初で最後ってのも乙なもんかもな」

 

 必死にばたつかせる足もはしたなくまくれるスカートも、その奥に見える三枚一組の安い純白の素朴で清楚な下着も、男達からすればむしろ縁遠く、股間をたぎらせるだけだ。

 

 その身勝手な欲望の発散だけで、男達が止まるわけは無い。

 

 行く末は男達の奴隷の後、無残に女として壊された体か、名前も分からない男の子を孕んだ腹か、死か、最悪の三択しかない。

 

 そうしてストリートに捨てられたゴブリンにむさぼられた残骸の少女は、悲しいほどに珍しくない。

 

 となれば、舌を噛んで自害が、一番の安楽か、と覚悟を決めようとしたところで、片方の男の額に、赤い点が点った。

 

「よっと、じゃぁ早速ご開ちょ……」

 

「あん? ぎゃっ!?」

 

 銃声と共に二人が射殺され、周囲がにわかにざわめく。

 

「なんだ!?」

 

 突然のエントリ―(奇襲)

 

 無造作に窓を突き破って入ってきたのは防護服に身を包んだ男だった。

 

 兜型のメットが時代錯誤の鎧装備に見えるそれは、どれもこれも使い古されており、駆け出しの冒険者であっても、もっとましな装備をしているであろう。

 

「三、四」

 

 決断的な射撃が、無造作にゴブリン達を射殺していく。

 

 乾いた銃声が、現実感が無く。それでも血を吹いて倒れる人々はどうしようもないリアルだ。

 

「おらぁっ!!」

 

「五、六、七」

 

 射撃が二回、鉄パイプをもって躍りかかってきたゴブリンにむしろ自分から飛びかかりナイフを一差し、それで三人が倒れる。

 

 ゴブリンが雄たけびを上げて棍棒を振り回すように無闇矢鱈に撃たれる銃弾は男を捉えることが出来ず、時たまのまぐれ当たりも男の防具の防弾性能を上回るものではない。

 

「一人だ! 囲んじまえ!」

 

 そう誰かが叫び、包囲しようとするも、男が突き破って入ってきた窓からさらに飛び込んでくるモノがあった。

 

 ドローン、違法の静音改造と付けられた銃器は正規のモノでないことがうかがわれた。

 

 ドローンからの射撃は正確であり、ばらばらとゴブリン達は倒れていく。

 

「立てるか」

 

「は、はい」

 

 口と手のガムテープを外した男は端的かつ無愛想にそう少女に問いかける。

 

 よたよたと立ち上がりながら、ぱたぱたと身繕いをする。

 

「神官か」

 

「あ、はい」

 

 彼女の平坦な胸元に輝く神官にのみ許されている印を見て、男はそうつぶやく。

 

「奇跡は使えるか」

 

「《小癒》と《聖光》であれば」

 

 端的な問いゆえ、端的に返す、緊急時であったためか、どちらかというと男性が苦手な彼女も逆にすらすらと応えることができた。

 

「ならば、《聖光》を、目くらましだ」

 

「はいっ! 《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください》!」

 

 まるでそれは、かつてどこかであった戦士と神官のコンビのごとく息の合ったもので。

 

 少女の手にある聖印はまばゆいばかりの光を放ち、暗視用の義眼を持った男などは脳神経を焼かれ絶叫をあげる。

 

「八、九、十、十一」

 

 他のゴブリンにも飛び込んできた男の銃撃は迷い無く打ち込まれる。

 

「なんだぁっ! てめぇは!」

 

 そう言って、騒ぎを聞きつけたのだろう。

 

 鉄腕の男が烈火のごとく怒り狂った様子で鎧姿の男に飛びかかる。

 

 それを避けながら鍛え上げた槍のような前蹴りを鉄腕に見舞う。

 

「ぐぅっ! 女教皇軍か!?」

 

 すかさず、鉄腕から出したナイフで切りつける。

 

 軍の創設がそもそもゴブリン退治に端を発する政府軍、正式名称は長々としたものもあるが、一番知られた通称は女教皇軍、は特に室内や閉暗所への突入戦が得意だ。

 

 鎧の男の動きはその軍隊の特殊部隊のソレに酷似していた。

 

 ガン、と左腕の小さなラウンドシールドで刃をいなし、まるで押しつけるような距離でピストルを撃つ。

 

 必殺を期して、二射。

 

 それで、立っているゴブリンは居なくなった。

 

「十二、これで終わりか」

 

『そのようじゃの、生体反応はおまえさんとそこの娘っこだけじゃ』

 

 そうドローンから胴間声が響く、こんな太い声は鉱人のモノだろう。

 

「……ッ、あの、あなたは……?」

 

 とまどいげな、少女の声に、男はやはり、いつかの誰かのように端的に応える。

 

小鬼を殺すもの(ゴブリンスレイヤー)

 

 かつていた、誰もが知る志半ばで倒れた冒険者。

 

 その名を、摩天楼の底で男は名乗った。

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