ゴブリンスレイヤー ~シャドウ・ラン~   作:使途のモノ

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第二話 おわりと、忠告と、はじまり

 

第二話 ゴブリンスレイヤー

 

 両親が事故で死んで三ヶ月目の事であった。

 

 悲しくて苦しくて寂しくても、彼には姉が居た。

 

 共に泣き、そして笑顔で励ましてくれる彼女が居てくれた。

 

 かつて住んでいた家、家を持つ等、転勤の無い職に就いた森人ぐらいしかこのご時世はしない、を引き払って安い家賃の、つまりは治安の悪い場所に引っ越しても姉が居てくれた。

 

 地母神への祈りの言葉を唱え、質素な、でもこの三ヶ月の生活からすれば豪勢なシチューがたまのごちそうだった。

 

 姉は賢かった。

 

 両親を喪い、それでもなんとか生活を再出発できたのは、彼女の手腕によるものであった。

 

 何の仕事をしているか、分からなかったがオペレーターのようなもの、とだけ言っていた。

 

 いつかは、自分が学校を出て、何らかの職について、姉に恩返しをしたい。

 

 それは、面と向かって伝えることはなかったが、彼にとって、おそらく人生で初めての志というものであった。

 

 それらは、全て、もう叶うことは無い。

 

 両親が事故で死んで三ヶ月目の事であった。

 

 ゴブリンが、来たのだ。

 

 

 

「なぁ、言った通りだったろ? 身なりいいねーちゃんが引っ越してきて脇が甘そうだって」

 

 絶対に声を上げてはだめよ、と口にハンカチを入れられて、隠された。

 

 ーーお姉ちゃんは大丈夫だから。

 

 そう、言っていた。

 

 玄関が銃声と共に蹴破られて、彼はただ、見ているだけであった。

 

 見るからに粗暴で野蛮な出で立ちの男達。

 

 手にはナイフや銃を持ち、その内から湧き出る獣欲にその顔は醜悪にゆがめられている。

 

 姉は、家にある金目の物を男達に差し出した。

 

 それには、両親の写真の前に置かれていた結婚指輪もあった。

 

 どうか、命だけは。

 

 そう、恐怖に震えながらも姉は懇願した。

 

 命さえあれば、またやっていける。

 

 そのために、他の何を差し出してもいい。

 

 だから、ゴブリン共はドスの聞いた声で脅しつけて、姉に服を脱ぐように命じた。

 

 後はひたすらに、かつてのゴブリンに襲われた女の如く、姉は人であったゴブリン共に群がられた。

 

 純潔を奪われ、無体に酷使されたその体は、女性として消えぬ傷跡を至る所に付けられていた。

 

「あーやったやった、どこも随分ゆるくなっちまったが、まぁもう男に抱かれるわきゃねえわな」

 

「やータダ穴どころか金までもらってわりーなー、まっ、命惜しさに腰振ってたんだ!」

 

 ゲラゲラと良心という物を神の元に投げ捨ててきたかのように楽しげに、嘲笑と言葉を陵辱され尽くして使い潰された少女へ吐き捨てる。

 

 無造作に床に転がされた姿はまるで人形のようであった。

 

「そろそろずらかるぞ、じゃあな、ねえちゃん」

 

 そうして、姉は、こちらを向いて微笑んだのだのだ。

 

 ようやくこの災禍が終わる事への安堵か、それとも、彼を少しでも安心させようとしたのか、それは分からない。

 

 その光景は、男の人生にいつまでもついて回っている。

 

 ズボンのファスナーを閉め終わったあるゴブリンが無造作に姉の頭に銃弾を打ち込んだのだ。

 

 ぼろり、とこぼれる脳髄、撒き散らされる血。

 

 ぽかん、とした気分で彼はその光景を見ていた。

 

「おい、顔見られてんだから最後のヤツが殺しとけよ」

 

 まるで自宅の戸締まりを怠った兄弟をたしなめるような、どうということもない口調であった。

 

「おっ、わりぃ、わりぃ、やぁーマジウケるよな、必死こいて腰振って無様な顔でしゃぶってぇ、助かるわけねってのっ」

 

 ゲラゲラと、した笑い声が耳に残っている。

 

 そこからの記憶は一つを除いて激情のあまりつぎはぎだ。

 

 跳び出た

 

 包丁を掴んだ

 

 一人刺した

 

 二人刺そうとして、蹴り飛ばされた。

 

「GAAOORAOARA!」

 

 言葉になっていない怒声と罵声の中間をゴブリンが吐き散らし、倒れたところを胸ぐらを掴まれ、殴られる。

 

「おーおー、刺されてんじゃねーか、だっせ」

 

「うっせぇ! 殺してやる! クソガキがぁっ!」

 

 拳が、降り注ぐ、幼い頭蓋骨のどこかが割れる。

 

 少年の胸の中には、それでも怒りと殺意しか無かった。

 

 知るか、殺してやる、その思いだけで、男達を睨んでいた。

 

「おい、そろそろ行くぞ、さっさと殺って来いよ」

 

 仲間のゴブリンの言葉に血走った目でナイフを取り出し、振りかぶり。

 

 男達の首がポロリと落ちた。

 

 まるでそう仕込まれていた人形の群れのように、男達の体から無造作に首が転げ落ち、己の死にまだ脳が追いついていないのか眼球がぶるぶると飛ぶハエを目が自動で追尾しているようにあちこちを見る。

 

 姉の亡骸の前には、膝をついた異形の男がいた。

 

 蛙のような、ヤモリのような、長い舌をマフラーの様に巻いた古色蒼然とした佇まいの忍びであった。

 

「すまぬ」

 

 短い謝罪の言葉。

 

 泡のように消えそうな後ろ姿であった。

 

 それが、少年の終わりであり、ゴブリンスレイヤーとその師との出会いであった。

 

 

 

 

 

「貴方には治療が必要です」

 

 婦長、と呼ばれる豊満な肉体を白衣に包んだ闇医者は淡々と目の前の男に告げた。

 

「そうか、だがゴブリンだ」

 

「社会的に容認されているとはいえ、貴方のしていることは殺人であり、復讐心の発露と発散に過ぎません」

 

「こうしている間にも、どこかでゴブリンはまた着々と増殖と跋扈を繰り返している」

 

「私としては一度カウンセリングをお勧めいたします、魂はあるといえ、心の稼働には脳を使用している事は立証されています。脳の不全が魂を蝕む状態は、つまり病気です」

 

 こちら、薬の処方箋になります。と渡された書類を受け取り、診察室を男が出る。

 

 次の方、という声に蟲人の形相の男が入ってくる。

 

 その変わらぬ様子に彼女はまた、表情を変えず告げる。

 

「貴方には治療が必要です」

 

 

 

 

 

 摩天楼の底を歩く。

 

 地の果ての犯罪者のたまり場、とされるスモッグで覆われた無法都市ならともかく、このハイプリーステス=シティでは空を見上げても摩天楼に切り取られた小さな青空がよく見える。

 

 地母神の少女と森人の作り上げた国の首都は、かつての誰かが想像した退廃的な未来都市と違って膨大なまでに広大であり、それでいてクリーンな都市であった。

 

 少し見晴らしのいいところからは巨大という言葉でも収まり切らないほどに、比喩表現抜きで山のように大きなエルフ・インダストリーやドワーフ・メタル、地母神協同組合などの三千年もの栄華を誇る"草創期財閥(ビギニング)"やそれにはやや劣る"千年企業"や"二千年企業"等の街の一区画は優にある本社ビルが泰然と存在しているのが見えるだろう。

 

 空にはいくつもの航空車両が飛び交っている。

 

 月と全世界の主要都市とのゲートターミナルがあるのはここぐらいだ。

 

 体が衰えて日々の生活につらさを感じるようになった老後を低重力下の月で過ごすのは順調な人生設計の終着点であり、また、養護老人施設の大半は月にある。

 

 それなりに裕福な老人が月へと移り住もうと、または月の家族へ会いに行こうと、多くの者がこの街を通り過ぎていく。

 

 視界にゴブリン・ファッションの男達が目に映る。 

 

 今殺してはいけない、それは通り魔や無差別殺人のすることだ。

 

 ゴブリン退治の依頼を受けて、悪事をなしているゴブリンを殺す、それが、現代のゴブリン退治だ。

 

 ゴブリンスレイヤーはゴブリン退治を受けて、ゴブリンを退治していた。

 

 だから、自分もそうする。

 

 (ディシプリン)に己を捧げよ、そう師である忍びは言った。

 

 行住坐臥を、目指すべきモノの如くあれば、はるかむかし(アースドーン)人は自然目指すべきモノの力を得ていたという。

 

 復讐心しか無い自分が、成ることのできる者は、やはり復讐鬼だ。

 

 それが、いつかどこかでゴブリンに討たれる末路しかないといえ、選ばずには居られない。

 

 復讐とは、そういうものだ、と姉と一度だけ仕事を共にしたという忍びは諦観の色の瞳を己に向けてきた。

 

 だから、今は殺せない。

 

 いつか誰かがゴブリンの毒牙に掛かるか、拉致の奪還ついでか、仇討ちか、ゴブリンによる不法占拠等を不利益と感じる何ものかによる依頼等、ケースは様々だが依頼を受けてしかゴブリンを殺すことができない。

 

 歯がゆいことだ、そう思いながら街を歩く。

 

 鎧兜のようなフルフェイスで街を歩いても気味悪がる者は居ない。

 

 携帯できる電子端末が世に普及して以来、街を歩きながら電子世界に篭もる者達は世の中にごまんといるからだ。

 

「ゴブリンスレイヤーさん」

 

 その言葉に振り返る。

 

 やや緊張した面持ちでこちらに近づいてくる。

 

 さて、と周囲を見やり、路地裏に招く。

 

「どうした?」

 

「先日はありがとうございました」

 

 ぺこり、と頭を下げ、さらさらと金糸の如き髪が流れる。

 

 どうして自分の場所を、という問いには共に仕事に当たった鉱人から聞いたという。

 

 余計なことを、と内心思いながら、彼女を見やる。

 

 だが、ただ礼を言いに来るのにセーラー服の下に何らかの防具を着る必要などないであろう。

 

「……私も、冒険者(シャドウランナー)になります」

 

 その目には決意があった。

 

 己を護ることのできぬものが、誰かを護ることはできない。

 

 故に、護るための力を身につけよ。

 

 それが、この国の信条だ。

 

 己が身を、誰かを護るため、剣を取り、戦う。

 

 そうして、この国は現在に至る礎を築いたのだ。

 

「装備は」

 

「え、ええとですね、まずは護身用の域として防弾インナーと、スタン警棒、催涙スプレーに……」

 

「……その格好で仕事をする気か?」

 

 ゴブリンスレイヤーがそう問うたのも無理からぬことであった。

 

 女学生然とした、セーラー服に身を包んだ彼女は手に凶悪な電流を流すスタン警棒を持っていたとしても、可愛らしさが勝る。

 

 スカートから伸びる白い太ももは、凝視しているだけでそれを見つけた警察官に肩を叩かれる程に危うく、瑞々しく、すらりとしている。

 

 防弾インナーのおかげで平坦さをさらに増した胸をやや自信ありげにそらし、自慢げにそのスカートをたくし上げる。

 

 唐突な行動にゴブリンスレイヤーも、びくり、と震え、立ち尽くす。

 

 濃紺の横に白の二本のラインが入った下着のような体操着(ブルマー)

 

 根元から伸びる白い太ももの背景がスカートの裏側となり、非常に犯罪的であり、今この二人を警察官が発見した場合、最悪ゴブリンスレイヤーが射殺されてもおかしくはない。

 

「ほら、これで大丈夫です!」

 

「……そうか」

 

 目をそらし、憔悴しきった声をあげる男は諦めに満ちていた。

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