ゴブリンスレイヤー ~シャドウ・ラン~   作:使途のモノ

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第五話 責任の所在

 巨大都市の夜を駆ける。

 

 ゴブリンスレイヤーに連れられて女神官が乗り込んだのはグレーのワンボックスカーであった。

 

 その車にはねじくれた鶴の頭のような魔術師の杖と銀の槍のクロスしたエンブレム、ブラザーズ・カンパニー製の証である。

 

 狭い路地でも小回りの効く、やや小さめの車体の中は小さな武器庫にして司令室のような、一言で言えば地を駆ける秘密基地であった。

 

「さあて、いくぞい!」

 

「頼む」

 

 運転席に居たのはドローンの遣い手、鉱人機術士の姿がある。

 

 着ているドワーフ・メタル社のタクティカルベストは重厚で、それでいて動きを邪魔しない前衛や後方支援隔てなく御用達の装備だ。

 

 対して俊敏に動き回るゴブリンスレイヤーの装備はエルフ・インダストリーの武装を基調としている。

 

 細やかな駆動音と共に車は動き出し、どこかへ向かうようだ。

 

 鉱人の指が妖精の舞のようにコンソールを踊れば、ドローン達が走行中の車に窓から入ってくる。

 

 それを女神官は気にする余裕は無かった。

 

 室内にはもう一人。

 

 浅い息を吐く少女、ゴブリンの元から助け出された少女だ。

 

 影を行く仕事の、途中である。

 

「ゴブリンどもを駆逐したのも、相手方も察知しているだろう」

 

「ちゅーと、十中八九、追っ手もゴブリンじゃ」

 

 そう女神官へ教示するように会話を交わす男達の言葉通り、盗難品であろうナンバーの無い車やバイクにのった集団が追いすがってくる。

 

「先ずは車から落とす」

 

 とん、とん、とん、と後部座席にあるコンソールを何度かタッチすると銃のバレルを出せる程度にリアガラスが正方形の穴を開け、そこから銃口を覗かせゴブリン達の盗難車へ向ける。

 

 銃口の先に付いたカメラとゴブリンスレイヤーの兜型のフルフェイスヘルメットの中のモニターはリンクしており、銃口さえ出す穴があれば狙い撃つことに支障は無い。

 

「なぁっ!?」

 

 コッキング式の猟銃から打ち出される弾頭はフロントガラスに着弾すると一瞬にして視界を奪う。

 

 油分の多いペイント弾だ、一発でも当たればすぐさまに車は視界を潰される。

 

 正確な射撃は盗難車に降り注ぎ、脱落していく。

 

 そうする内に残るは六台のバイクに二人乗りしたゴブリンライダーになった。

 

 散弾を装填した猟銃は無造作にバイクに向けられる。

 

 将を討たんとすればなんとやら、で瞬く間に四台のバイクが地べたに盛大に転がり火が上がる。

 

「女渡せぇっ!!」

 

 残った二台がそう叫ぶ、他のモノとは違う、明かな手練れの動きである。

 

 古来のゴブリンと同じく、ゴブリン共は自分の用心棒や切り込み隊長として手練れを引き入れるのが得意だ。

 

 とはいえゴブリンに雇われる程度故、せいぜいが問題行為で職を失った企業子飼いの私兵であったり、術士であったりで、それなり以上の手練れからすれば不意さえ突かなければ倒すことはそう難しい事では無い。

 

 ゴブリンスレイヤーの見立て通り、男達は“千年企業”の一つに雇われていた市中騎兵だった。

 

 “千年企業”、文字通り千年程前からある大企業への総称だ。多くが私兵部隊を有し、社のビジネス遂行の邪魔になるモノを排除、あるいは妨害からの防衛を自弁する。

 

 地母神協同組合、エルフ・インダストリーやドワーフ・メタル、ブラザーズ・カンパニー、寄食飯店、バードマン・ニュースペーパーといった三〇〇〇年もの栄華を誇り続ける“草創期財閥”に比べればその威光は遙かに劣るが、それでも一角の企業であり、その私兵であった彼らは奇襲、追跡の腕は練達の域にあると言って良いだろう。

 

 装備の私的な使用や横領でその地位を追われたが、その腕自体は確かだ。

 

「手練れがいる、“聖壁”を後ろに張ることは出来るか?」

 

「は、はい《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!!」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に頷き、女神官の嘆願は成り、車の後方に光の壁が展開する。

 

 それを確認したゴブリンスレイヤーは一つ頷き、鉱人機術士に一声掛ける。

 

「ブレーキだ」

 

 女神官の顔が、これまでとは別の理由で引きつることとなった。

 

 

 

 

「またの、かみきり丸」 

 

「お、お疲れ様でした」

 

「ああ」

 

 被害者を医療機関へ投げ込み、ゴブリンスレイヤーも車を降りて雑踏へ消える。

 

「ほんじゃ嬢ちゃんとこじゃな」

 

 女神官を乗せて車は西へと向かう。

 

 それで、ふぅ、とようやく安堵の息を吐く。

 

「儂が言うのもなんじゃが、地母神の神官様があんまりこんな稼業に身を沈めるもんじゃなかろ」

 

 世のために杖を握り、奇蹟を行使する。

 

 ずっと多くの神官がしてきたことだ。

 

 この地母神に仕える少女が建てた国において、地母神の神官は成功が約束されたようなものでもある。

 

「どうして……あんなことが出来るんでしょうか?」

 

 凄惨な陵辱をされた森人の姿を思い浮かべる。

 

 社会は無慈悲かもしれないが、それはそれとして救済措置が存在しないわけでは無い。

 

 ゴブリンに身をやつす必要など、ないではないか。

 

「そらま、儂ら含めこの世界の人間は腹の底で責任を感じんからだろうの」

 

「責任……ですか?」

 

 唐突な単語に首をかしげる。

 

「ゴブリンが女を攫って犯したとする、でゴブリン共の行動は誰が悪いと思う?」

 

「……それは、そのゴブリン当人がいけないのだと思います」

 

「そうじゃの、それが善良な認識じゃ」

 

「他の考え方が……あるのでしょうか」

 

「ま、一つの戯言の領域なのだろうがな、女を犯したゴブリンが言ったことにゃ……“俺の今のありさまはどっかの神様の骰子の出た目だ、俺に何の落ち度があるってんだ”っての」

 

「そ、それは」

 

 荒唐無稽な責任転嫁であろうと思うも、この世界が神々の遊戯盤に過ぎないことは確かなことだ。

 

「嬢ちゃんは恵まれておる。見目良し、頭も冴えとる、善の性をもってて、神官の才覚もある。孤児は孤児じゃがここまで生きててて後ろ盾が無い中でも別に性的虐待やら何やらにさらされておらんじゃろ? つまり人の縁にも恵まれておる。そういった出目(キャラメイク)じゃ。嬢ちゃん自身はそう産まれようと努力したわけじゃなかろう?」

 

 それは、そうだ。

 

 恵まれた産まれを望めば望んだ分だけ得られる者は居ない。

 

 だから人は前世での行いが良かったとか、神の寵愛を受けているのだとか、上位の神の転がしただけの骰子の出た目に理由を付けたがる。

 

 翻って、ゴブリン。

 

 教養を得る機会が無く、人の縁に恵まれず、他の選択肢など思いも寄らない。

 

 それも、出目の結果だ。

 

 そんな人間が、「いや、自分が悪いんです、おとなしく社会様のご迷惑にならないように死んでおきます」と自殺してくれる、と期待するのは勝手が過ぎる。

 

 故に、ゴブリンは居る。

 

 悪事は起こる。

 

「“実力は運の内(出目が良くなきゃどうしようもない)”とはよく言ったもんでの、実力はそもそも運が無ければそもそもどうしようもないものじゃろ」

 

「それは、その、はい」

 

 恵まれない人間は努力と工夫が足りていないのだ、と言い捨てることが出来るほど独りよがりでもない。

 

 気合は大事かもしれないが、それだけで他の要因全てを見て見ぬふりをするのもまた極論だ。

 

 自分が恵まれているのは間違いない。

 

 それは、自分が努力したからだ、というのはうぬぼれが過ぎる。

 

 自分は努力しているからゴブリンに陵辱されていないのか、孤児の身で大人の欲情のはけ口にされなかったのは自分が何か努力していたからか。

 

 自分の見目も、それなりに回る頭も、神に奇跡を嘆願できるのも、それらを磨くことが出来る精神性も、自分の努力によるものだけである、などとは口が裂けても言えない。

 

 根本のところで、自分の出目が良かっただけなのは事実なのだ。

 

「あとは、まぁこの社会だろうの」

 

 押し黙る女神官から視線をそらし、外の景色を眺める。

 

 二つの星、一つの国、様々な民族、200億もの国民、いくつもの巨大企業、都市同士が“門”で結ばれた世界デザイン。

 

 世界の果てから世界の果てまで、門を幾つか越えればその日の内にたどり着ける。

 

 広大でありながら人々は世界中がすぐそこだ。

 

 繁栄しない方が、難しい。

 

「3000年近く前に財務卿クラッシュ……皇国が世界を総なめにしたもんで、いろいろな仕事を皇国が丸抱えしいとった。仕事が増えすぎた財務卿が今更ながらに不老不死になっていることに気付いて妖精宰相やら竜神様やらを集めて“これ以上俺に仕事を回すな、これ以上仕事をしては俺がどうなるか俺にもわからんぞ!”っちゅーて当時の重要人物が企業、当時は商会だったか、それを設立して政府の負担を各人が請け負おうってなった、まぁつまりは“草創期財閥”達が出来たってのは知っとるじゃろ?」

 

 それに頷く。

 

 現代社会の起点の一つでもある。

 

 皇国からそれぞれ森人であったり鉱人であったりが部族として独立しては、じゃぁ自分も、と言い出す者達が後を絶たずに国が割れてしまう。

 

 そのため、皇国として一纏めでありつつも国としての負担軽減を目指した国内国とも言うべき巨大企業達。

 

 その設立経緯により、現在でも草創期財閥は自社都市や自社ビルでは国として振るうことが許されている。

 

 皇国の大きな網にかかる前に各企業の張った網が民の需要を抱えることが出来る。

 

「結果として、財務卿が過労不死以外の何かになることは避けられた。それはまぁそれでよかったのじゃが、それで世界は更に繁栄した。つまり結局財務卿の仕事は減りはしなかった」

 

 ままならないものである。

 

「それでまぁ、結局は俺にゃ責任なんてねーって碌でもない落伍者っちゅうのが容赦なく膨れあがったんじゃ」

 

 皮肉なことに太古のゴブリン退治の事情と変わりなく、社会でおとなしくやっていこうという気のない犯罪者をまっとうな社会人にするよりもやるべき事はあり。

 

 つまり世にゴブリンが絶えると言うことは無かった。

 

「……つまり、そのゴブリンスレイヤーさんがいくらゴブリンを退治しても?」

 

「太古のゴブリンは種族じゃが、今のゴブリンは人の性じゃ、悪人になり得る者を悪事をしそうだからとりあえず殺しておこう……とはならんじゃろ?」

 

「それは、その、そうですが」

 

「とどのつまり世に寛容を無くすわけにはいかないから、どうしても湧くゴブリンが何かやらかしたら現実的にどうにか退治するしかない、ここらがまぁ今の実情だの」

 

 寛容が一切無い社会、それは孤児である自分なども生きることは出来なかったであろう。

 

 しかし、それはつまり、彼に平穏な終わりが訪れない、ということでもある。

 

「っと、どうぞしたかみきり丸?」

 

 突然着信が入り、フロントガラスに先ほど別れたヘルムのようなフルフェイスの姿の上半身が表示される。

 

 男の言葉は、ある意味でいつも通りであった。

 

「ゴブリン退治だ」

 

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