それにしてもひぐらしキャラは口調が難しい。
綿流しを終えた次の日、梨花は友人である沙都子を連れて雛見沢にある入江診療所に来ていた。
一足先に検査を終えた梨花は所長の入江から検査の結果を聞いている。
結果を話す彼の表情は微妙に険しくしていた
「以前に診察した結果より僅かですがL2からL3に症状が深刻化している兆候があります。最近、何か悩み事はありませんか?」
「みぃ。きっと綿流しの奉納演舞の練習などで疲れているからだと思いますです」
「そうですね。梨花さんもその歳で大任を任されていたわけですから。綿流しを終えて、心身ともに疲れが出ていても不思議ではありませんね」
そう梨花に笑顔を向けながらカルテになにかを書き込む入江。以前、それを盗み見たことはあったが、日本語では書かれておらず、梨花には読めなかった。
初めてのループをした世界で梨花は同じ質問をした入江に自分は殺されると相談したことがあったが、その時、入江は梨花が雛見沢症候群の急性発症したと診断されて病院に隔離されたことがある。
だから前の世界でも何か情報を得るまでは同じことを言わない方が良いという羽入の助言に従ってこうしてそれっぽい理由を口にしている。
梨花は次の話題へと話を移した。
「それで、沙都子の方はどうなのですか?」
梨花の質問に入江は険しい表情を作る。
「正直、芳しくありません。検査の度に注射の数が増えたり減ったりしています。いくら治療の為とはいえ、急激に投薬を増やしたり減らしたりすれば体の負担も心配ですし、沙都子ちゃん自身、時折注射を忘れていることがあるようでして」
とある事情により、沙都子は栄養剤実験の協力と偽って投薬をしている。
それを理由に両親のいない沙都子への資金援助も兼ねていた。
本来なら大人の下で過ごさなければいけない沙都子だが、とある事情で村から疎外され、いない者として扱われている。
幸いにして学校や同世代の間ではそうした差別はないが、大人たち。特に老人からの彼女に対する冷遇は心に痛むモノがあった。
子供の独り暮らしという点では梨花も同様だが、雛見沢に置いて御三家のひとつ古手家の当主である梨花は村そのものに庇護されているも同然なわけで境遇は似ながら、待遇は沙都子とは対極に位置していた。
それでも2人が親友と呼べる間柄なのは、本人たちにとっても不思議なことではあるのだが。
これは、雛見沢分校の最高学年である魅音の気配りのおかげである。
顔を下に俯かせる梨花に入江がとある提案をする。
「その件なのですが、梨花さん。もし、梨花さんさえよろしければ、沙都子ちゃんと一緒に暮らすというのはどうでしょうか?」
「沙都子と、暮らす、ですか?」
「えぇ。子供の独り暮らしよりその方がお互いにとって健全かと思います。雛見沢症候群や沙都子ちゃんの事情を知っている梨花さんなら我々も安心ですし、注射の件もあります。なにより、梨花さんと一緒に行動していれば、その……」
「村の人たちが沙都子に対する冷たさも、少しだけ温かくできますですね」
入江が言い辛い部分を梨花が次いで口にすると入江がはい、と頷く。
今は以前ほど緩和されているが、その冷遇は極端なものだった。
子供が買い物に行けば貰える飴などが沙都子だけはもらえない、というのはまだマシな方で、酷い時は商品その物を売ってもらえない事すらあった。
それも梨花が沙都子と行動を共にすることが増えてからはそこまでの差別は少なくとも梨花が知る範囲ではなかった。
そしてもし沙都子が梨花と共に暮らすことになれば、そうした冷遇はさらに減るだろう。しかし―――――。
「少し、考えさせてくださいなのです……」
その返事は、沙都子と一緒に暮らすのが嫌だというわけではない。むしろ、一緒に住めればどれだけ素敵なことか。
羽入という家族がいるとはいえ、梨花も今の生活に寂しさを覚えているのには違いないのだから。
(でも、ボクはあと数日で死んでしまうかもしれないのです……)
過去三度の世界で変わることなく起きた自身の死。それが沙都子を梨花が迎え入れられない理由だった。
家に入れて、数日で梨花が死んだら沙都子がどれだけ悲しむか。いや、それ以前に沙都子も梨花の巻き添えで殺されてしまうかもしれない。そう考えると梨花は沙都子と共に暮らすことに賛成できなかった。
うつむく梨花に入江はどう思ったのか、そうですか、と笑みを浮かべる。
「いえ、こちらも急な話をしてすみませんでした。沙都子ちゃんの状況を少しでも良くしようと焦っていたみたいです」
「入江が、そうして沙都子のことを真剣に想ってくれるのはボクはとっても嬉しいのです」
にぱ~と笑う梨花に入江はありがとうございますと礼を言った。
その後、沙都子と合流して買い物に付き合った後、自宅で羽入に今日、入江にされた提案を羽入に話してみた。
すると彼女の反応は――――。
「それは、とても良いことだと思いますです。沙都子にとっては勿論。梨花、あなたにとっても」
返って来た答えは意外にも賛成だった。
「梨花。あなたは過去三度の死で今回も、と思っているのかもしれませんが、前の世界で起きた悲劇が違っていたように、この世界では梨花が死ぬという保証はどこにも無いのです。だから梨花が沙都子と暮らすことは僕としては賛成なのですよ」
親が子に諭すように告げる羽入に梨花は小さく言葉を紡ぐ。
「でも、また死んでしまう可能性もあるのです。そうしたら残された沙都子は……」
「その時は、その時ではないでしょうか?次の世界に行く梨花にはどうしようもない問題なのです」
酷薄と言える羽入の言葉に梨花は下を向いてある提案を羽入にした。それを聞いた羽入は――――。
「だ、ダメなのです梨花!?いったい何を言い出すのですか!?」
「でも、このまま待っていたのではまた同じことの繰り返しなのです。ボクはもっと自分の死について積極的に調べるべきだと思いますです、羽入」
「そ、それはそうですが……ですが梨花。アナタの提案は一歩間違えれば……いえ、その選択そのものが危機を招くものなのですよ!」
羽入は不安だった。
例えその場で殺されたとしても梨花には次がある。だから、命の危機という点では心配する必要はない。
勿論梨花が傷つけられるのもましてや殺されるのは嫌だが。
だがそれ以上に羽入が心配しているのは梨花の精神面でのことだった。
羽入はこの幼い梨花が物事に失敗して心に傷を負うことを怖れているのだ。
信じて、裏切られた時、その希望が大きければ大きいほど絶望は深く喰い込んでくる。
そうして梨花に消えない心の傷ができることを羽入は一番に心配する。
「ボクは、友達を疑い続けるのは嫌なのです!だから――――」
自分に言い聞かせるように自らを奮い立たせる梨花に羽入は悩んだ末に賛成することにした。
「わかりました。梨花がそこまで言うなら僕はその意見を尊重しますです」
「羽入!」
羽入の同意を得られて嬉しそうにする梨花。
確かに梨花の心に傷ができることは心配だが、彼女が行動しようとする全てを否定してもいけないと考えて。
「ですが気をつけてください。今の梨花は誰が敵か味方かもわからない状況です。ですからくれぐれも慎重に」
「はいです!」
その笑顔を見ながら羽入は決意を新たにする。
今回はどうなるかわからないが、たとえ失敗しても次がある。
たとえ何度繰り返そうとも必ずこの昭和58年の6月を越えようと。
この震える子供が曇りなく未来へ生きられる世界に必ず辿り着くのだ。
―――――必ず。
胸にあるのは、傷だらけの信頼。
打ち込まれるのは、疑いの杭。
揺れ続けるのは、信疑の天秤。
ひぐらしのなく頃に。酔醒まし編其の参【調査】
あなたは、信じられますか?