窓の外は、予報通りの大雨だった。
瞬く間に過ぎていく雨濡れの景観を、特に何をする訳でもなく、空はぼんやりと眺めていた。
「もうすぐ着きますよ」
運転席の慎次がそう言うと、空は呟く様に返事を返し、再び外の景色を眺めていた。
ガードレールで区切られた向こう側、草木の生い茂る丘陵のずっと下の方に広がる街並みは、この三カ月の間に随分と復興が進んだ様に感じられる。
最も、あの戦いの直後、崩れ落ちる様に意識を失い、以来病室の窓からしか外の景色を殆ど知りえなかった空にしてみれば、瓦礫の荒野が一瞬で市街地に様変わりした様にしか見えなかった。
「降りてから階段がありますし、よければ僕がつき添いますが……」
「……いえ。大丈夫です」
これもリハビリの一環ですから、と、小さく自虐的に笑みを浮かべながら空はやんわりと言った。
バックミラーを通して、レンズ越しに自分を見つめる双眸を前に、慎次はそれ以上の言葉を重ねなかった。
あの戦いから、三カ月。
神代の巫女にして原初の魔女たるフィーネとの死闘から、それだけの時間が過ぎて、今日。
漸く退院を許可された空は、郊外に建てられた墓所へ向かっていた。
車を降りると、空は降りしきる雨をまるで気にした様子もなく、少しおぼつかない足取りで階段を昇り始めた。片手に花束を持ち、空いた手で手摺を掴みながら、一段一段を確かめる様に踏みしめて行く。
この日の為にと、前々から頼んでいた純白のタキシードに身を包み、細部に意匠を施した指輪を二つ携えて―――その姿はまるで、これより神前にて誓いの言葉を交わす新郎の様ですらあった。
事実、そうなのだろう。
彼は―――大鳳空はこれから、誓いの言葉を交わしに往くのだ。
中身のない墓石。
三か月前に、夕焼けの中に消えていった少女―――天羽奏の元へ。
◆
夕暮れを背に、空はゆっくりとした足取りで待ちわびる皆の元に帰ってきた。
学院の影も形も失った丘から望む街には深い傷跡が残り、戦いの壮絶さを雄弁に語っていた。
失ったモノは、決して少なくない。
それでもその手は、確かに多くのモノを守り抜いた。
だからなのだろうか。
見る影もなく傷ついて、歩くたびに欠片が零れ落ちる様な姿になりながら―――それでも尚、その姿は勇ましかった。
「空……ッ!」
彼の姿を見止め、真っ先に飛び出したのは翼だった。
限定解除したギアもそのままに駆け抜けて、飛び込む様に空を抱きしめた。
「空……そ、らぁ……ッ!!」
空の肩に顔をうずめた翼は、小さく身体を震わせていた。
そんな翼をあやす様に、空は翼の後頭部に手をやり、髪を梳く様に数回撫でた。
声にならない言葉が、涙と共にいくつも零れ出る。
これまでの戦いの中で―――そして、“防人”として生きてきた中で堪え続けてきた全てを押し流す様に、翼の目から止めどなく涙があふれ出た。
「……大丈夫だよ、翼」
自分の胸に翼の頭を押し当てながら、空は囁く様に言った。
「俺は、ちゃんと此処にいる。お前の傍で、生きている」
小さく、しかし確かに刻まれる鼓動を間近に感じて、翼はギュッと顔を空の胸に押し当てた。
震えが止まっているのだから、恐らくは泣き止んだのだろう。にも関わらず、どうして顔をあげないのか。
そんな事をぼんやり考えていると、ガシガシと頭を掻きながら奏が歩み寄ってきた。
「たくっ、何時までも見せつけるなっつーの」
言って、ぐいっと襟首を引っ張って翼を引き離した。途端、弾かれた様に翼は顔を俯かせて奏の影に身体を隠す。
余りにも早すぎてしっかりと見た訳ではないのだが、一瞬見えた翼の顔は、夕陽よりも遥かに赤かった様に思われた。
「……何やってんの?」
「アタシに聞くなよ。少しは自分で考えな」
呆れたように返されてしまい、空は憮然となりながらも口を噤んだ。
視線を向ければ、少し離れた所に居る響やクリス、それに二課の面々も様々な表情を浮かべていた。
或る者は純粋に空の帰還を喜び、或る者は目の前で突然始まったラブコメに呆れた様に頭を掻いている。
だが、皆に共通している事が一つだけあった。
それは、誰もが空の帰還を喜んでいるという事だ。
そんな衆目を余所に二人はどちらともなく無言になり、頬を撫でる様に一陣の風が舞う。
鼓膜を震わせて吹いたそれが止んだ時、それを合図にしたかの様に奏が再び歩き出した。
数歩しかなかった二人の距離は瞬く間に零になり、しかしそのまま止まる事無く奏は歩き続け、やがて背中越しに再び数歩の距離が開いた。
「―――まぁ、アレだ。そろそろ行くよ」
振り返る事もなく、奏が言った。
空の視界に、頬を赤らめていた翼が息を呑む姿があった。どういう事だと問い掛ける様な視線を前に、しかし空は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
まるで、初めからこうなる事が分かっていたかの様に、空はただ無言で奏の言葉を聞いていた。
「嬉しかったよ。翼と……お前達と一緒にもう一度戦えて。アタシの手を取った時のお前の顔、結構イケてたぜ?」
茶化す様な奏の言葉が、空の鼓膜を震わせる。
振り返るまでもなく、空には彼女がどんな顔をしているのかが分かった。
きっとその顔は、何処までも清々しくて、呆れるくらいに晴れやかで――――――
「だか、ら……さ……」
「―――かなで」
―――きっと、大粒の涙を流しながら笑っているのだろう。
「ありがとう」
背中越しに、息を呑む音が聞こえた。
だが、やがて再び歩き出した音は、やがて駆ける様に早まった。
「―――空、これだけは言っとくけどさ!」
軽やかに弾んだ声音を聞いて、空は振り返る。
何時か、果てしなく続く砂の上で出会った時と同じ、夕陽色のワンピースを着て、奏は太陽の様に笑って、
「アタシは、これ以上ないくらいに幸せだったぜ!!」
世界中の誰よりも幸せを噛み締めた様な笑顔のまま、天羽奏は夕陽の中に溶けていった。
◆
雨が上がり、雲間から光が差し込みだした頃、空は手ぶらになって戻ってきた。
彼が車の傍まで歩いてくると、慎次は慣れた動作でドアを開けた。その行動に空は僅かに眉を顰めたが、人当たりの良い笑顔を浮かべる慎次の表情に諦めた様にため息を一つ零して、招かれるまま座席に腰を下ろす。
ややあって慎次も運転席に座り、やがてゆっくりと車は動き出した。
「報告は終わりましたか?」
「ええ、まぁ……」
運転席のミラー越しに少し不機嫌そうな空の姿を見止め、慎次は言葉を重ねた。
「どうかしたんですか?」
「……そこまで気を回さなくても、大丈夫ですよ」
「いけません」
空の言葉を遮って、慎次が言葉を強めて言った。
「ただでさえ病みあがりなのに……本当なら、今日だって退院したらそのまま二課に移って貰う予定だったんですよ?」
「ああ、今夜の翼さんのコンサートはちゃんと送迎しますけど」と付け足した慎次に、空は小さくため息を零した。
「………………すみません」
聞こえない様に呟いたそれは、果たして本当に聞こえなかったのだろうか。
それきり慎次は何も言わず、空もまたあえて沈黙を壊す事はなかった。
窓の外には雨上がりの街並みが広がっている。
だというのに、不思議と空の心は晴れなかった。
前作を読んで下さった方、お久しぶりです。
今回が初見の方、初めまして。
二次創作とか二次創作とか一次創作とかやっている茶々と申します。
今回は『戦姫絶唱シンフォギアG』の二次創作兼、前作『Eternal Blaze -永遠の輝き-』の続きとなる二次創作です。
なので前作読んでないと分からない事とか多いかもしれませんが予めご了承ください。
尚、今作から最低限「完結させる事」と「感想返しをちゃんとやる事」を大前提に投稿したいと思います。
只、ご存知の通りこの『戦姫絶唱シンフォギアG』はアニメ原作なので、アニメの流れが分からないと続きが書けないというジレンマを抱えています。なので更新そのものは結構遅めですので長い目で見てやって下さい。
その他、詳しい事は活動報告にて述べさせて頂きます。
それでは皆様、どうぞ最後までお付き合いの程、宜しくお願い致します。