戦姫絶唱シンフォギアE   作:茶々

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第二話 白檻の中で

 

無機質な廊下を進み、目当ての病室の扉を開けると、ベッドの上に上体を起こしたままでいた青年が僅かに表情を綻ばせた。

 

「おはよう、翼」

 

前に見舞いに来た時より幾分か調子の良さそうな声音で挨拶を口にした空の姿に、翼は僅かに強張っていた頬を解す様に、一言。

 

「……ええ、おはよう。時間的にはもうお昼だけど」

「ああそっか、じゃあ“こんにちは”の方がいいかな?」

 

冗談めかして言いながら、喉の奥を鳴らす様に笑う空の姿に、ズキリと胸の奥を抉られる様な痛みを覚えた。

顔の上半分―――正確に云えば目元を幾重にも覆う真っ白な包帯は、彼の視界を完全に覆い隠している。入院してから一度も手入れをしていないんだと苦笑交じりに言っていた髪は腰元まで乱雑に伸びているし、何よりも色素と言うものが抜け落ちてしまった様な白さを見せている。

患者用の衣服から覗く腕は至る所に傷跡が奔り、嘗て大剣を自在に振るっていた頃とは見違える程に痩せこけていた。

 

「さっきまで雪音が来ていたんだ。お土産にって林檎を持ってきてくれたんだけど、よかったら食べる?」

「うん。じゃあ私が剥いてあげる」

「手の皮を剥いたら駄目だよ?」

「剥かないわよっ!」

 

憮然となりつつも、翼は林檎を取った。

 

「足音が聞こえたんだ。立花や小日向さんは運動靴だし、雪音はもう来たから、ああきっと翼が来たんだなって直ぐに分かったんだ」

「そう?」

「うん……ああそうそう、そういえば昨日は立花と小日向さんが来てさ、延々漫才みたいに喋ってくれていたんだ。お好み焼きがどうした、学校はどうだった、って」

 

翼が林檎の皮を剥く傍らで、空は母親を慕う子どもの様に無邪気な声音で話し続けた。

 

まるで、無言の空間を嫌う様に。

まるで、翼の言葉を避ける様に。

 

「そこの机の上に花があるでしょ? 五日前……だったかな、慎次さんが持ってきてくれたんだ。“二課のみんなからです”って。でも造花だからかな、あんまり匂いとかしないから、どんな花なのか良く分からないんだよね」

「そう……」

「まぁ病院だからあんまり匂いがするのは勘弁して欲しいけど」

「そう……」

「かといって触る訳にもいかないし、うっかり花瓶を引っ繰り返しちゃったら大変だから……」

 

―――だから、治った時にこの目で見たいんだ。

 

続ける筈だった言葉を、しかし空は口にする事はなかった。

 

代わりに、幾ばくかの静寂が訪れた。

空が話している間に皮むきを終えたのか、翼も言葉を発する事はなく、ただ無言の空間が其処にあった。

 

それが、少しだけ続いて。

 

「…………空」

 

沈黙を破り、翼が口を開いた。

 

「―――治る、よね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直申し上げて、生きているのがおかしいくらいです」

 

フィーネを破り、奏を見送った直後。

まるで糸が切れた人形の様に、空は大地に崩れ落ちた。

 

慌てて病院に担ぎ込まれて、精密検査を受けた直後。翼や響達を空の病室に向かわせてから、弦十郎は医師の報告に耳を傾けていた。

 

「シンフォギア……完全聖遺物“アヴァロンの鞘”の治癒能力の恩恵があっても、現状では日常生活を送る事さえ困難です。全身の神経と五感……特に味覚と視覚の消耗が激しく、仮に回復したとしても、その二つは殆ど戻らない事を覚悟して下さい」

 

気づいていなかった、訳ではない。

むしろ気づいていながら、目を逸らしていたのだ。

 

「それに、筋肉の損傷も酷い。……ハッキリ申し上げれば、数カ月は絶対安静、その後も数年間は治療に専念して頂く方が賢明かと」

「……その事を、空には?」

 

弦十郎の言葉に、医師は頭を横に振った。

 

「……手術を終えた直後、意識を取り戻した彼が言ったんですよ」

 

『―――せ、んせい。お、れ……まだ、たたか、え、るかな……?』

 

命を削り、戦い続けても、尚。

未だ生まれる“ノイズ”の恐怖とその災厄を打ち払う為に、剣を手に取りたいと。

 

自分よりもずっと幼い少年が、そうあるのが当然であるかの様に問うてきたのだ。

 

「……これは、一人の医師として、一人の人間としての意見です」

「…………」

「―――もうこれ以上、彼を戦わせないで下さい」

 

大鳳空のシンフォギア適合係数は、翼のそれより遥かに低い。ひょっとしたら、自らを「時限式」と揶揄していた奏よりも下かもしれない。

 

それでも尚、彼が戦い続けた理由。戦い続ける事が、出来た理由。

 

大鳳理論。

彼の父母が、その生涯をかけて完成させた最初のシンフォギア実践方法。後にこれを前身として櫻井理論が生まれると、風鳴翼や天羽奏は後者の被験者となったが、空は唯一前者の被験者であった。

 

“Excalibur”、そして“Avalon”。

彼の両親が発見した番外聖遺物であり、騎士王の剣の刀身の破片と鞘そのものは、長い時間、彼の戦いを支えてきた。其処にあったのは、聖遺物としての力以上に強く、そして何よりも深い両親の想い。

 

その全ては、結果として彼の寿命を削り続け、そして戦わせ続けてきた。

「聖詠」の代わりに、自らの生涯に定められた心拍を特定振幅と共鳴させる事で、彼は強引にシンフォギアを展開してきた。

 

その道は余りにも生き急ぎ―――そして、死に急いでいる。

 

「彼が貴重な戦力である事は存じています。ですが……!」

「―――そんな事、言われんでも分かっているッ!!」

 

自らの膝を叩き、弦十郎は声を荒げた。

己の無力さに憤る様に、やり場のない怒りを白むまで強く握り締めた拳に込めて。噛み締めた口の中に、じわりと血の味が広がった。

 

「……すまない。だが、出来る限り手を尽くしてくれ」

 

やるせなく、力なく呟いて。

深く頭を垂れ、弦十郎は診察室を後にした。

 

 

 

 

 

それから病室を訪れた弦十郎に、空は二ヶ月の絶対安静を言い渡された。

幸い命に別状はないという報告に、翼や響は胸を撫で下ろして安堵した。同じ様に安堵したクリスはその直後に顔を赤らめて憎まれ口を叩いていたが、そんな彼女の調子がおかしくて空は笑声を零す。つられる様に響が、そして翼も静かに笑った。

 

声を荒げて怒鳴るクリスを尻目に、病室の空気が随分と弛緩する。ややあって落ち着くと、不意に響が欠伸を洩らした。

それを合図にした様に空が帰宅を促し、顔を赤くしていたクリスがこれ幸いとばかりに捨て台詞の様に何かを呟きながら部屋を出た。次いで「待合室に未来を置いてきたーッ!」と今更のように思い出したらしい響が挨拶もそこそこに慌てて飛び出し、最後に渋る翼を弦十郎が促して退室した。

 

病室の扉が完全に閉まり、翼の数歩前を歩いていた弦十郎の背に声がかかる。

 

「司令……」

 

不安そうな声音で、翼は問い掛けた。

 

「空は……ちゃんと治ります、よね?」

 

姪の――――――大鳳空に焦れる少女の言葉に、弦十郎は言葉を返す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

それから最初の一月は毎日の様に翼は空の元へ見舞いに訪れていた。響や未来も暇を見つけては顔を出していたし、空の話では時折クリスも訪れているらしい。

らしいというのは、弦十郎が来る時はおろか、翼や響ですらもクリスが何時来ているのかを知らなかったからだ。一度だけその事をクリスに尋ねてみると「はぁ? なんでアタシがあんな奴の心配なんかしなきゃいけねーんだよっ!」と声を荒げてそっぽを向いていたが、それからもちょくちょく空の口からクリスの話題は出ていた。

 

そして、翼が渋るのをどうにか説得して徐々に歌手としての仕事を再開する頃には弦十郎も空の違和感に気づき始めていた。

 

見舞いに訪れた二課の面々は口を揃えて「空は元気にしている」「今日も色んな事を喋りました」と言うのだ。

元々、空はそれほど饒舌という訳ではない。自分や翼、それに慎次といったよく顔を合わせる相手であれば話は別だが、そうでない相手に対しても空は人が訪れている間は殆ど喋り通しているのだという。

 

試しにと、空と余り面識のない二課の職員数名に「自分の代わり」という名目で見舞いに向かわせ、その様子を聞いてみた時、弦十郎は愕然とした。

 

初めこそ名前や声音の識別に手間取ったものの、慣れた頃には洒落も交えて様々な事を話したというのだ。二課の事や復興の事は勿論、最近の流行や新進気鋭の歌姫“マリア”の事など、病院にいながらにして様々な話題を“空の方から”振ってきたという。

 

この時点で弦十郎は、空の様子が明らかにおかしいと断定した。

 

そもそも空は奏や翼以外の歌手には――というより、二人が関わらない音楽には――微塵も興味を示さない。知識や傾向として学習や調査はしても、それ以上の関心を持つ事は一度たりともなかった。

 

無論「長期入院の暇を持て余している」という可能性も考えられなくはなかったが、だとしても自分からそういった話をするというのは、ましてや殆ど面識のない相手にそうした事を話すというのは十余年の付き合いとなる空の性格からして考えられない。

 

それに、見舞いにいった時の態度もおかしかった。

『誰が行ったときでも』『常に笑顔で出迎えて』いるというのが、そもそも今の今まで異常だと気づかなかった自分を弦十郎は殴り飛ばしてやりたかった。

 

 

 

そして、入院から二ヶ月が経った頃だった。

 

絶対安静からリハビリへの移行が許され、酷く衰えた筋力の回復の為に簡単な運動を始めたその日の夜、病院から「雪音クリスが見舞いに来ている」と報せがあり急行した弦十郎は、空の部屋に備え付けられた監視カメラ越しに信じがたい光景を目にした。

 

『―――お前、何時までそうやっているつもりだよ』

 

月明かりが照らす病室の中で、空の上に馬乗りになったクリスは空の襟首を掴んで、鼻先が擦れる程間近に顔を近づけて言った。

 

『苦しいって、雪音……』

『だったら振り払ってみろよ。アタシに強引にキスしたテメェなら余裕だろ?』

 

挑発する様な物言いのクリスに対し、しかし空は力なくクリスの腕を掴むだけでそれ以上は何も出来なかった。

 

『今までは安静にっていうから我慢してた。けどなぁ、もう限界なんだよっ!!』

 

ぐっ、と更に襟首を締め上げるクリスの姿に拙いと思った弦十郎は病室に向かおうとした。

だが、隣にいた医師は弦十郎を押し留めて言う。

 

「―――以前から、同じ事があった」

 

最初の頃はこんな事はなかった。

だが、見舞いを重ねる度、徐々にクリスは空に暴言を吐く様になり、最近では首に手を添える事や身体を強く掴む事もあったという。

だというのに、空は抵抗らしい抵抗も見せず、基本的に彼女のしたい様にさせているのだという。

 

驚きに目を見開く弦十郎を余所に、クリスは更に言葉を続けた。

 

『いい加減、その嘘くせぇ顔を止めろ! 何でそんなヘラヘラ笑っていられるんだよっ!? いつもいつもいつも!! そうやって笑って! 喋って! 気づかれねぇとでも思ってたのか!? ふざけんなっ!!』

 

両手で空の襟首をつかみ、クリスは怒気を露わにして叫んだ。

 

『こっちはもう全部分かってんだよっ!! 治んねぇ事も――――――テメェがもう戦えねぇ事もっ!!!』

 

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