戦姫絶唱シンフォギアE   作:茶々

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第三話 戦う理由

 

黒の海に浮かぶ黄金がある。

星の光すら掻き消す程に大きな月の輝きが、ベッドの上の二人を照らす様に差し込んでいた。

世界中の音を取り去った様な静寂が支配するその空間は、いっそ幻想的ですらあった。

 

「っ……」

 

首を締めつけるその手を力なく掴み、僅かに空は顔を顰める。

だが、激情を隠さぬままにクリスは更に力を込めて空にのしかかった。

 

「まだすっとぼけるつもりかよ? アタシはな、そうやって自分ばっか傷つけばいいなんて考えてる野郎の面は見厭きてるんだよっ!」

 

嘗て、自分達を庇い続けた少年の顔が脳裏を過る。

世界さえも敵に回して、己が宿願の為に戦い続けた女の姿が蘇る。

 

平穏と戦争―――相反する世界に生きてきた二人は、しかしこの時確かにその影を重ねていた。

 

「何でそんな苦しい方ばっかり選ぶんだよ? 前はテメェと翼だけだったかもしれねぇ……だけど今はあの馬鹿や、アタシだっている。これ以上テメェが戦う必要なんか―――!」

 

言いかけて、しかしその言葉は遮られた。

唐突に振り抜かれた空の腕が、クリスの身体を吹き飛ばしたのだ。

 

「っ、痛ぇな……オイっ!」

「―――うるさい」

 

雷鳴の様に、腹の底に響く声音だった。

何時か、相対した時と同じ―――否、それ以上の激昂を強引に抑えつけた様な声で、空は視界が全く効かない中でクリスの方に顔を向けた。

 

その姿に、知らず、クリスの表情に笑みが浮かぶ。

 

「……ハッ! なら、無理やりにでも黙らせてみるかぁ?」

「黙れ。そして帰れ」

 

挑発する様に嘲るクリスとは対照的に、冷徹な声で空は返した。

 

「約束だか何だか知らねぇけど、んなモンに縛られてるテメェなんざ怖くもなんともねぇんだよ!」

 

吼えた瞬間、空気が音を立てて軋む。

“約束”を侮辱された事への苛立ちか、実力の劣る自分が見縊った事への怒りか。いずれにしても、クリスは空にとっての地雷を踏み抜いた事を確信した。

 

「殺されたいか……雪音!!」

「口ばっかり威勢がいいじゃねぇか!? おら、さっさとぶっ殺してでも黙らせてみろよ!!」

 

売り言葉に買い言葉。

最早我慢の限界とばかりに、空は首から下げたペンダント――手術時、ほぼ止まりかけていた心臓近くから摘出された聖剣の欠片――を、紐を引き千切る勢いで手に掴む。腕を振るった勢いで倒れた花瓶もお構いなしに、握ったペンダントが眩い閃光を放った。

対する様にクリスもペンダントを手に「聖詠」の準備を整えた、その時、

 

「いい加減にせんかっ!!!」

 

凡そ人間が出せるとは思えぬ程の轟音で自動ドアを蹴り飛ばし、弦十郎が怒鳴り込んだ。

驚く二人を余所に、勢いそのまま弦十郎は手刀を以てクリスと空のペンダントを叩き落とした。

 

乾いた音を立てて、二人の手からペンダントが零れ落ちる。

だが、最早怒りの抑えどころなどないと云わんばかりに空はベッドから弾かれた様に飛び出して弦十郎の直ぐ傍を抜け、クリスに飛びかかった。

 

「っ!?」

 

真正面からなら、クリスとてまだ幾らか反応出来たかもしれない。

だが、数瞬の声だけを頼りに飛び出した上に、長い入院生活の中で痩せ衰えた足を数歩で縺れさせ、空は倒れ込む様にその拳をクリスの肩にぶつけるだけだった。

 

咄嗟の事に、思わずクリスはたたらを踏んで後ろに退いて机に腰のあたりを打ちつける。目の前では無様に転がった空が、痛みに口元を歪ませていた。

 

「空っ!」

「放せっ……放しやがれっ!!」

 

駆け寄った弦十郎を意にも介さず、空は抑え込まれた手足を必死にばたつかせて尚もクリスを殴ろうと暴れる。

背中に鈍痛を覚えながらも空の方を向いたクリスに向けて、空の口から怒声が飛んだ。

 

「テメェが―――戦いしか知らないテメェが! 人と真剣に触れあった事もないテメェなんかがっ!! 知った風にぬかすんじゃねぇっ!!」

 

―――その一言を聞いた瞬間、クリスは心臓の奥底を抉られる様な痛みを覚えた。

 

弦十郎から大分遅れて駆け付けた職員達が必死に取り押さえる中、足元に花瓶を転がしたまま、虚ろになっていたクリスの耳朶に空の怒声だけがただ響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮静剤を打ち込まれて泥の様に眠る空を見届けてから、弦十郎はクリスを連れて待合室の一角に腰を降ろした。

手に持った缶ジュースの一本を手渡し、拳二つ分程離れた場所に座る。

 

「全く……何だかんだと言いながら、随分と心配しているじゃないか」

 

呆れた様に、僅かに茶化した様な弦十郎の言葉に、しかしクリスの表情が晴れる事はなかった。

 

思いの他重症か、と、弦十郎は軽く頭を掻いてから缶ジュースを一気に飲み干した。

 

「……そう言えば、お前にはまだ話した事はなかったな」

「…………?」

「アイツの両親の事……それに、了子くんの事」

 

僅かに、クリスの肩が震えた。

少しだけ身体を自分の方に向けたクリスにあえて視線を向ける事無く、弦十郎は独り言の様に語り始めた。

 

大鳳空の―――そして、彼の両親たる櫻井好恵と大鳳遥、更に“家族”となった櫻井了子の物語。

 

それは、特別な誰かの物語ではない。

誰にでも起こり得る、ごく平凡で、当たり前の物語。

 

愛した人と結ばれて、その結晶たる赤子が生まれ―――そして、ただ一度の偶然に何もかもを奪い去られた少年の昔語り。

 

それは、幼くして戦禍に巻き込まれたクリスからすれば―――毎日を生きる事すら死に物狂いだった彼女からすれば、吐き気がする程に平和ボケした世界だっただろう。

 

だからこそ、クリスには分からなかった。

 

“戦争”という、恨み恨まれるモノとは違う。“ノイズ”は、どれだけ恨み辛みを積み重ねても、自分からのただ一方的なモノでしかない。それを知った時の理不尽さ。そして、そんなものに大切なモノを奪われたという、己自身の無力さが。

 

「……奏は、嘗て空や翼と共に戦っていた天羽奏も、最初は“ノイズを倒す事”が目的だった。それはやがて、“ノイズから人を守る事”へと変わっていった。だが、空にはそれが出来なかった」

 

それが出来る程に、空は自分の感情を割り切れなかった。

愛情を知るが故に、知りすぎたが故に溺れてしまい、気づけば底無しの水底に沈んでいた。

 

「アイツは守りたかったんだ。自分を、じゃない。自分の中にある、家族の全てを」

 

命を削る大鳳理論のシンフォギア。

騎士王の聖剣と、その鞘。

 

空の戦う力の全ては、両親から―――“家族”から残された、大切なモノだった。

 

幼稚だと、笑う事は出来ない。

無駄だと、謗る事は出来ない。

 

それが全てで―――その全てで、空は今まで戦ってきたのだ。

 

「……だとしても。そうだとしても、それでアイツが死んじまったら、どうしようもねぇだろ……っ!」

 

だからこそ、クリスにはそれが許せない。

自分の命を捨ててでも、等と言う空の在り方は、戦禍の中にいたクリスにはどうしても許容できなかった。

 

「……雪音」

 

震えるクリスの頭に、ポンと手を置いて弦十郎が口を開いた。

 

「そういう事を真正面から言える奴が、アイツには必要なんだ。俺達の様に、無理に納得なんかしなくていい。お前はお前の感じたまま、アイツと正面からぶつかってやれ」

「……うるせぇ」

 

弦十郎の手を軽く払いながら、クリスは背を向けて腰を上げた。

 

「言っとくが、アタシははじめっからあんな奴に使う気なんかこれっぽっちも持ち合わせていねぇ。何をしようがどうしようが、全部アタシの勝手だ」

 

その言葉に、暫し弦十郎は目を丸くして―――ややあって、それが彼女独特の照れ隠しなのだと思い至り、喉を震わせて小さく笑った。

 

そして、きっとそう遠くない将来、彼女は自分の姪っ子の最大のライバルになるのだろう、等と得体もない事を考えていた。

 

 

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