戦姫絶唱シンフォギアE   作:茶々

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第四話 重なる想い

 

 

 

   ―――世界を変えられる様な力なんて、いらない。

 

            ―――ただ、君を守れるだけの力があれば、

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――空とクリスの取っ組み合いからの殴り合い未遂を弦十郎が止めた次の日――から、弦十郎は二課での仕事の合間を縫って、出来るだけ空の元に顔を見せる様にした。又、自分が行けない時は、空と気心の知れた慎次に気を配る様にと頼んだ。

 

アーティスト・風鳴翼が未だ復帰間もない事もあり、多忙と言う程多忙でもなかった慎次は――例え仕事や任務に忙殺されていたとしても、空に関わる事であれば承諾しただろうが――一も二もなくこれを引き受けた。

 

また、空とクリスの喧嘩の一件は、関係者が少数であった事や弦十郎が緘口令を敷いた事もあり、響や翼達に知られる事はなかった。

 

『テメェが―――戦いしか知らないテメェが! 人と真剣に触れあった事もないテメェなんかがっ!! 知った風にぬかすんじゃねぇっ!!』

 

二ヶ月と少し―――否、敵対していた時も含めれば半年にも満たない時間しか経っていない。

 

その短い時間の中で、確かに自分達は仲間となり、戦友となる事が出来た――――――出来たが、だ。

ではそれで全てが丸く収まるのかと言えばそう言う訳ではない。無論、響の様な少年漫画的思考の持ち主であれば話は別だが、基本的に空は不器用なのだ。空だけでなく、翼やクリスも。

 

―――いや、そういえば最近の翼は妙に色気づいたというか、男女の機敏的な意味で強くなった様な気がしないでもないが。

 

一瞬浮かんだ得体もない考えを切り捨て、弦十郎は黙考する。

 

早急に、という程急がなければならない訳ではないが、それでも決して後回しにしていい問題と言う訳でもない。

当人達の間で解決すべき問題とはいえ、万が一の場合は自分や慎次が介入する必要もあるだろう。

 

そんな事を考えながら、弦十郎はコーヒーを啜る。

何時ぞや空が隣で飲んでいた、シュガーマーチインブラック―――ではなく、一般的な無糖のコーヒーを。

 

だが、弦十郎は翌日早朝、うっかり空のオリジナルブレンドを飲んでしまった時の様にこのコーヒーを盛大に噴き出す事となる。

 

その顛末は、この日の夕方から語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――治る、よね?」

 

沈黙を破って問い掛けた翼の言葉に、しかし空は口元に柔らかく笑みを浮かべて返した。

 

「……当たり前だよ。何言っているの?」

 

幼子の純粋な問いかけに答える大人の様に、その声音は穏やかだった。

 

だが、翼は幼子ではなかった。こと、幼馴染であるこの自己犠牲馬鹿に関しては、ある種の慧眼を持っているといっても過言ではなかった。

 

問うてしまった自分に、答えた空に、胸の奥で何かが軋む音を上げた。

 

「まだリハビリは続くけど、来月辺りにはちゃんと戻れるよ」

 

「だから」と、空は続けた。

 

「心配しなくても大丈夫だよ、翼」

「―――ッ!!」

 

声にならない悲鳴が、翼の耳朶を打つ。

その言葉が、在り様が―――今の空を形作る全てが、水泡の様に消えてしまいそうで。

 

「つば、さっ……?」

 

だからだろうか。

気づけば翼は身を乗り出して、空を抱きしめていた。零れ落ちてしまいそうな存在を抱きとめる様に、強く。

彼が身を捩ろうとする事すら許さず、その存在を抱く様に。

 

「……翼」

 

名を呼ばれ、翼は自分が泣いている事に気づいた。

 

肩を震わせて、目から大粒の涙を零して。か細い空の指が、自分の髪を梳いている。

昔から、何かに躓いた自分をあやす為に空がよくしていた行為だ。

 

五体満足な自分が縋りつき、歩く事すら覚束ない空が優しく受け止める。

 

その姿は凡そ歪で、しかし何処か神聖ですらあった。

 

 

 

「…………ごめん」

 

長い沈黙の果てに紡いだ言葉は、謝罪だった。

抱きしめた翼の頭を優しく撫でながら、空は言葉を重ねる。

 

「ごめん」

 

どんな言葉を紡げばいいのだろうか。

どうすれば、翼を泣かせないで済んだのだろうか。

 

これから自分が言葉を紡ぐ度、心根の優しい彼女はきっと傷ついて、泣いてしまうのだろう。

それでも―――それでも、尚。自分は告げなければならないのだ。

 

長年の戦友として。何よりも、彼女を愛し抜きたいと願う一人の男として。

 

「……僕さ、もう戦えないんだって」

 

彼女にだけは、嘘はつきたくなかった。

 

「完治に後数カ月、其処からずっとリハビリを続けて……それでも、もう眼は殆ど見えなくなるし、味だって分からなくなる。もしかしたら、他の部分も壊れていくかもしれないんだ」

 

口を開こうとする翼を制し、空は更に言葉を重ねる。

 

「特に……シンフォギアは、身体への負荷が大き過ぎる。仮にリハビリが終わっても、もう使える事はない」

「そんな、事……っ!」

「自分の身体の事だよ? 言われなくたって、どうなのかくらいは分かるよ」

 

大鳳理論によるシンフォギアシステムの弊害は、着実に空の身体を蝕んできた。

味の殆ど分からないコーヒーを随分と飲んできた事がその良い証拠だ。傍目にも入れ過ぎと分かる砂糖を大量にぶち込んで漸く甘味を多少覚えるくらいにまで、空の味覚は壊れていた。

 

「……ごめんね、翼」

 

今まで隠してきて、ごめん。

嘘をついてきて、ごめん。

 

空の口からは、只、謝罪の言葉だけが零れ出た。

 

そんなものを、翼が求めている筈がないと知りながら。それでも尚、空は謝り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

西日が差し込む頃には、二人の間に言葉はなくなっていた。

 

どれだけ言葉を重ねようと、どれだけ取り繕おうと、もう戦う事は出来ないという事実だけは、覆る事はないのだから。

だから―――だからもう、これ以上は無意味なのだと、そう告げる様に。

 

「……翼も、これから色々忙しくなるんだからさ。今日は、もう帰ろう?」

 

そう促した空の言葉に、翼の肩が小さく震えた。

そして、空の胸元に顔をうずめたまま、首を横に振る。

 

「翼……」

 

空が再度呼びかけても、翼は空の服を掴んで放そうとしない。

 

この手を放したら、もう空に会えないのではないか。

あの日、夕陽の中に溶けていった奏の様に、手の届かない場所に行ってしまうのではないか。

 

そんな不安を押し殺す様に、翼は空から離れようとしない。

 

「……大丈夫だから」

 

駄々をこねる子をあやす様に、空は口を開く。

 

「僕なら、もう大丈夫だから」

 

違う。

違うのだ。

 

「前は、僕と翼だけだった。けど今は立花がいる……それに、雪音もいる」

 

欲しいのは、そんな言葉じゃない。

 

「翼だって、前よりずっと強くなった。奏がいなくなって……僕が戦えなくなっても、今の翼なら、安心して任せられる」

 

欲しいのは、そんな信頼じゃない。

 

「だから―――」

「空……ッ!!」

 

その言葉を遮る様に、翼は空の上体をベッドに押し倒した。

 

突然の事に言葉を失った空の頬に、冷たい雫が零れ落ちた。

 

「私は、そんな事を言いたいんじゃない……ッ! 私は、私は……ッ!」

 

―――ただ、寄り添って欲しかったのだ。

彼に手を引かれるのではない。隣に立って、傍に居て、一緒に歩いて行きたかった。

 

その言葉が、どれ程の重荷になるのかを知りながら、それでも翼は言葉を重ねようとした。

 

「空……そら、ぁ……ッ!」

 

感情の様に溢れ出る涙を幾つも零し、言葉にならない想いが途切れ途切れに口をついて出る。

これまでの―――ただ寄りかかるだけの一方的な関係ではない。寄り添って、心を預け合える様な、そんな形で傍に居たいのだと、気持ちばかりが逸る。

 

だが、口からはうわ言の様に空の名ばかりが零れ落ちた。

 

彼を困らせたいのではない。

彼に甘えたいのではない。

 

だから止まってと、翼はきつく瞼を閉じて、涙を止めようとした。

これ以上、弱い部分を曝けだしたくなどない。彼の隣に寄り添って、今度は自分が支えるのだから。

 

だから、もう泣かないで。

奥歯を強く噛み締めて、肩を震わせて、翼は必死に涙を止めようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――翼」

 

白みが差した頬に、少し硬い掌が触れる。

見える筈のない空の瞳は、しかしその時、確かに自分を捉えていた。

 

添えられた掌から伝わる温もりを確かめる様に、翼は自分の手を空の手に重ねた。

彼の親指が翼の目元を拭うと、不思議と翼の身体から震えは消えていた。

 

「ごめん」

 

小さな、囁く様な声で紡がれたのは、謝罪。

 

「それと―――ありがとう」

 

そして、感謝だった。

 

「そ、ら……?」

「少しだけ、時間はかかるけど……」

 

空いていたもう片方の頬に、空は掌を添える。

そのまま少しだけ、空は翼の顔を自分の方に引き寄せた。

 

「絶対に、翼の所まで辿りつくから」

 

待っていて欲しい、とは云わない。

自分が縛り付けるのではない。彼女が縋りつくのではない。

 

お互いに寄り添って、支え合える様に。

 

「だから、泣かないで? ちゃんと治った時には、翼の笑顔が見たいから」

 

今はまだ見えなくとも、何時かきっとこの眼で見るから。

怒った顔も、泣いた顔も、驚いた顔も、笑った顔も。自分の目で、しっかりと見たいから。

 

だから、と空は優しく微笑んだ。

お互いの顔は、静かな吐息さえ感じられる程に近づいている。ほんの少し身じろげば、幼い日のあの時の様に―――互いの唇が、触れてしまう程に、近い。

 

しかし、空は動かない。翼も、まるで金縛りにあったかの様に動けなかった。

肌に触れる吐息が、まるで焼け付く様に熱い。喉がカラカラに乾いて、心臓が早鐘を打つ様に煩く鼓動を刻む。このままでは自分の中の何かが壊れてしまうのではないかと思いながら、それも悪くないと思う自分が何処かに居る事を、翼は他人事の様に漠然と感じていた。

 

あと五ミリ動けば、あと三ミリ近づけば―――彼に触れた瞬間、自分は溶けてしまうのではないか。そんな錯覚さえ覚えた。

 

永遠にも感じられる静寂が続いた、その時、

 

「こーんにちわーっ! 空さーん、この間話した“ふらわー”のお好み焼、き……」

「もう響っ! そんなに走ったら大鳳さんに迷惑が……」

 

昨日の師匠ばりの勢いで自動ドアを手動で開け、響が現れた。続けざまに未来が駆けてきたのは、恐らく親友の粗相を詫びようとしたからだろう。

 

「………………」

 

誰のものか分からない沈黙が、暫し。

やがて――なんでこんな時ばかり早いのか――意識が復活したのか、響が口を大きく開けて声を張り上げた。

 

「つ、翼さんが空さんを押し倒してるぅっ!?」

「ち、違っ!? これは誤解だ立花ッ!!」

「すすすすみませんすみません!! まさかこの間初めてデートしたばっかりのお二人がもうそこまで進んでいたとは知りもしないでああもうほんとに私も響もお邪魔でしたよね本当にすみません今すぐ出て行きますので心配しないで下さい私も響も誰にも言いませんからほんとにお邪魔しましたーっ!!」

「ちょ、待て小日向!? 色々誤解したまま行くなっ!!」

「あ、あのこれお土産にって持ってきたお好み焼きですっ! 出来れば冷めない内に食べて頂きたかったんですけどお気になさらずお好きな時にどうぞーっ!」

 

翼の弁解を全く聞かず、響と未来は弾かれた様に病室から駆けて出ていく。

空の腰の辺りに馬乗りになっていた翼の手は、伸ばされたまま虚しく中空を彷徨い、やがて自分がどんな体勢でいたのかを漸く思い出した様で、慌てて空の上から飛び退いた。

 

「す、すまないっ! そ、それとあの二人の誤解を解いてくるっ!!」

 

そのまま矢も楯もたまらずといった勢いで病室から遠ざかる翼の足音を聞いて、空は喉の奥を鳴らして笑みを零した。

 

目が見えなくても分かる。

今の彼女は、きっと夕陽よりもずっと赤くて―――それはそれは、とても可愛らしい顔をしているのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

その後、病院内外を駆け巡った挙句二人を捕えた翼の懇切丁寧な釈明も虚しく「ちゃんと分かっていますから!」と二人揃ってとても良い笑顔で返された翼は、兎に角今日の事は黙っておくようにきつく言い含めた。

 

にも関わらず、何故か翌日には二課の面々の妙に生温かい笑顔に包まれながら、弦十郎から「ほどほどにしておく様に。それから、度が過ぎた交際は禁止」と厳命された。

実は混乱を極めた響と未来が、当てもなく駆けている間に「翼が空を押し倒した」という事を喧伝していたらしく、後日訓練で蒼い流星群から必死の形相で逃げ惑う響と、観戦を強要され、凄まじい勢いで震え上がる未来の姿が確認されたらしいが真相は不明。

 

更に同日夜、病室に殴り込み宜しく飛び込んできたクリスに「この変態すけこまし野郎!!」と罵声を浴びせられ、空が頬に立派な紅葉をこさえたのはどうでもいい余談である。

 

ともあれその頃から、空は医師に頼み込み、許容範囲ギリギリの過酷なリハビリを毎日の様に続け、翼は翼でアーティストとして本格的に復帰して多忙な日々を送る様になった。

会える時間はかなり減ったにも関わらず、その姿は何故か以前より生き生きとしている様だったと、慎次は首を傾げながら弦十郎に報告した。

 

 

 

 

 

それから二ヶ月余り。

“ノイズ”の災厄と、それを打ち破る“シンフォギア・システム”は、空達の回りのみならず、世界情勢すらも揺り動かしていた。

 

先の激戦を経て、日本政府が保有する“シンフォギア・システム”は、認定特異災害“ノイズ”に対抗する有効な戦力としてその機密の一部が開示されたものの、肝心要の装者に関しては、徹底してその情報は秘匿された。

 

翼も、クリスも、響も、日米が共同するシンフォギア研究に参加する傍ら、それぞれの日常に戻りつつあった。

 

そんな中―――アーティスト風鳴翼と、新進気鋭の歌姫マリア・カデンツァヴナ・イヴによる共同ライブを間近に控えたある日、一つの指令が下された。

 

『特異災害対策機動部と米国連邦聖遺物研究機関が最優先調査対象としている完全聖遺物サクリストS―――“ソロモンの杖”を、米軍の岩国ベースまで搬送せよ』

 

折しも退院を間近に控えながら未だ許可が下りなかった空と、ライブを直前に控えていた翼はこの任務から外れ、響とクリスが担当する事となったこの作戦。

 

――――――この時はまだ、二課の人間の中に知る者は誰もいなかった。

 

僅か三カ月。

たったそれだけのインターバルを置いて、世界の命運を賭けた激闘が再び始まる事になろうとは。

 

 

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