我等が女王に、跪け。 作:白蛆
まだしないよ〜。
目が醒めると、そこは真っ白い世界で、目の前には神様が……なんてことはなく、そこは極々普通の病室であった。
白い天井に白い壁、白いベット。窓から見える景色は、少々見慣れない…ああいや、そもそもここ十数年窓から景色を見る暇など無かったな。
周りには誰もおらず、不用意に体を起こしていいのかもわからないため、俺はただジッと誰かが来るのを待っていることしか出来なかった。
その最中で、俺は当然ある違和感に気が付いた。
……なんで、右腕の感覚が無いんだ?
……聞くまでも無い話だった。俺の右腕なぞ、あの少女と一緒に電車に連れ去られた。それだけのこと。
だが、この時の俺には、まだそれだけの事実を現実として受け止めるだけの、勇気や度胸と呼ばれるものが無かったのである。
その結果、俺は自分の右腕を見ようとしては辞め、見ようとしては辞めといった無駄な行為を何度も繰り返す。右腕の様子が気になる。しかし、見てしまえば現実を現実として受け止めざるを得なくなる。そんな小心者らしい情けない葛藤が、俺の中では渦巻いていた。
と、そんなことをしていた俺の病室に、数人の看護師を伴った医師が入ってきた。看護師といっても経験豊富そうなオバちゃんである。間違ってもアッチの経験が豊富そうなボンキュッボンのお姉さんではない。勝手に理想を押し付けるな。
……て、誰に言ってるんだ俺は。頭を打ったかもしれない。
「
看護師が何やら見ながら尋ねてくる。大己貴 命。たしかに俺の名前で間違えない。俺はそれに対し如何にも義務的に、淡々とした口調で「はい、そうです。」と答えた。
「あの、大変言いにくいのですが…」
看護師さんが何やら言いにくそうにしている。いや、その内容は大体予想がついている。右腕のことだろう。
俺はそれを遮るように、ある質問を彼女にぶつけた。
「あの……少女…線路に落ちたあの娘はどうなりましたか?」
我ながら、酷い質問だと思う。聞くまでもなくわかりきったこと、あの状況で彼女が助かることなど、決して有り得ない。
俺はそれを知った上で、なおも問うのだ。ひょっとしたら奇跡が起きて、彼女が無事に生きているかもしれないという、ファンタジーであっても有り得ないような一抹の希望に縋って。
それは俺が彼女に生きていて欲しいという理由からでは無い。ただ、この自分を苛むどうしようもない罪悪感を、少しでも減らせはしないかという打算からくる、なんとも自己中心的なものであった。
「………お亡くなりになりました。即死です。苦痛は感じなかったでしょう。」
だが、答えは残酷だった。
いや、残酷などではない。それが当たり前なのだ。寧ろ、そうでない方がおかしいとさえ言える。
当たり前だ。
そうして、それを「仕方のないこと」として自分を納得させ、今度は「苦痛は感じずに死ねた」ということを免罪符にして安心しようとする。
なんと卑しく醜い人間なのだろうか。それで自分の罪が減るわけでもないのに、そうしなければいられないような、心底どうしようもない人間なのである。
そこまで自己分析ができるのならば、理性で抑えたらどうだと思う人もいるかも知れないが、こうして自己分析をしている俺と、醜く卑しい生物である俺は、一種の精神の防衛反応として隔離されている。イメージとしては二重人格に近いかも知れないが、しかしそれともまた完全に似て非なるものである。
つまり、自分の心情から一歩身を引いた位置で、自分の心身の活動を傍観する人格となることで、生きるストレスや苦労から逃げているのだ。それはすごいものでもなんでもない。結局は逃げから生まれた情けない技能である。
まあ、そんなことは余談に過ぎない。
「あの娘の家族はなんと…?」
「…一度お話がしたいと。」
ふぅ。OHANASI☆か。
一瞬しか見ていないが、あの身に纏う独特の雰囲気は、何処かいいところのお嬢様だろう。ひょっとしたら一人娘のご令嬢かもしれない。もしそうだとしたら、俺の人生は既に詰みというわけだ。
それなら、いろいろ諦めもつくというものだ。
「どうしようもないこと」だからな。
「話を遮ってすいませんでした。続けて下さい。」
看護婦や医師の人達に、軽く頭を下げるような動作をする。
でも、顔は見なかった。見たくなかったのだ。
さあ、覚悟…というにはあまりにも情けなさすぎる、「諦め」がついたぞ。とっとと哀れな俺にトドメを刺すといい。と、投げやりのような心情が自分の中にはあった。
それもあるいは、事を正面から受け止めないための、"逃げ"でしかないのかもしれない。だが、それでもよかったのだ。俺は、逃げたかったのだと思う。何処かからとか、何かからとか、そういうのではなく、単に逃げたかったのだ。
「あの、とても言いにくいのですが……。」
俺は静かに目を閉じて、その言葉の続きを待った。その態度をどう受け取ったのかはわからないが、数秒の逡巡の後、医師がキッパリと告げた。
「貴方の右腕は、無くなりました。二度と元には戻らないでしょう…。」
それは、明確な宣告。
それを聞いても、しかし今の俺は、さして驚くことも戸惑うことも無かった。ただ、「ああ、やっぱりか」という、他人事かのような感想が、湧いてくるだけであった。
そうさ、結局俺は、何もできなかった。
ただ無駄に右腕を失っただけ。
あの一瞬でも、彼女を助けようとしなければ、俺は何の怪我もせずに済んだはずなんだ。
………"ほら、助けようとしなければ良かった。"
煩い。
煩いが、それは事実に他ならなかった。
無力な俺が、誰かを助けようだなんて思うこと自体が間違えてなのだろう。きっとそうさ。
……だからもう、どうでもいい。
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