我等が女王に、跪け。   作:白蛆

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第11話〜我が名は、暴食の咎人。〜

 

……つまらない。

 

 

その場で警戒を続ける愚かな飛竜の姿を、俺は冷めた目で見つめ続けていた。

初めて邂逅した時の恐怖はなんだったのかと思えてしまうほど、俺の心は嫌に落ち着いていたのだ。

 

『禁書』を使って、この竜の事をもう少し詳細に調べてみた。

それはほんの気紛れだ。ひょっとしたら、何か弱点や打開策があるのではないかと、そんな一抹の希望を抱いていた……

しかし、結果から言うのであれば、そんなものありはしなかった。

……人間如き知略なんて意味を為さない。コイツ等(・・・・)は、そういう存在なのだ。

 

でも、そんな事などどうでもよくなってしまうほど、遥かに重要で、そして遥かに忌々しい事実が、抑揚の無い『禁書』の声を通して俺に突き付けられた。

 

 

《爪哭竜タイガー=レックスの戦闘力は平均的に大したことは無く、女王領域においては精々最初の関門程度の力しか持たない。現在五年級以上の個体は確認されていない。》

 

 

思わず正気を疑った。

 

 

…………そう、雑魚扱いされていたのだ。

一撃で木々を薙ぎ倒し、地面を穿ち、空を引き裂くこの竜が、雑魚扱いなのである。

 

意味がわからない。

頭がどうにかなりそうだ。

あり得ない。あり得るはずがない。あり得ることとは思えない。

 

此処は一体"何"なのだ。

そんな巫山戯た場所があってたまるものか。

 

 

そのあまりの理不尽さに、理性は嘆いていた。

……理性は嘆いていたのに、しかし本能は、もっと奥深い感情は、不思議なほどに……不気味なほどに、冷たく、静かだった。

 

 

 

 

「––––––––雑魚が俺の前に立ちはだかるな。」

 

 

それは果たして、俺が放った言葉なのだろうか。

それとも、俺ではない、別の誰かが放った言葉なのだろうか…。

 

 

 

 

『暴食の神秘』

 

 

それは、俺がついさっき新たに手にした能力。

『暴食』とはグラトニー、即ち七つの大罪の一つであり、ベルゼブブという悪魔が担当している……と、詳しくは無いのだが、このくらいのことは知識として知っている。

 

『暴食』と聞いて、貴方はどんな能力を思い浮かべるだろうか?

 

ひょっとしたら俺の『深淵』と同じような能力を思い浮かべるかもしれない。

さもなくば喰らった相手から力を得るような能力であるかもしれない。

或いは大量の物を食らうことで恩恵を得る能力というのもあるだろう。

 

 

だが、俺の持つ『暴食の神秘』はそのどれにも当てはまらない。

 

そんな生易しいものでは無い、そんな可愛らしいものでは無いのだ。

 

 

タイガー=レックスは、己が四本脚であることを完全に"忘れていた"。自分が元々三本脚であると信じ込まされていたのだ。

さらに、途中では『敵』が俺であったことまで"忘れ"、ついには俺が目の前にいることさえも"忘れてしまった"。

 

それらは決して、タイガー=レックスのみが"忘れた"という訳では無い。

 

 

『この世界において元々存在しなかった事になった』のだ。

 

タイガー=レックスに右後脚など元々存在せず、俺という『敵』もはなっから存在しない。そういうことに俺がしたのだ(・・・・・・)

 

 

それこそが、『暴食の神秘』の力。

 

 

その正体は……

 

 

 

 

 

『歴史を喰らう能力』

 

 

 

その者が、或いはその物体が、歴史上初めから存在しなかった事に出来る。これはそういう能力なのだ。

 

例えば、俺がタイガー=レックスの右後脚を『暴食の神秘』を用いて喰らえば、その脚は元々存在しなかった事になるように。

……もっとも、本能の塊であることが幸いしたのか、奴はその違和感に気付いたようだが。

 

更に、『暴食の神秘』を用いて俺自身(・・・)を喰らえば、先程まで相対していたタイガー=レックスを含めて、あらゆる存在が俺のことを忘れてしまうように。

 

 

全てを喰らい、無に還す。

それが、暴食の咎人。

 

 

 

……なんて、つまらない能力だろうか。

 

俺のことを忘れてしまったタイガー=レックスを一瞥し、俺は静かに溜息を吐いた。

 

 

 

今の状況からタイガー=レックスを殺害することが出来るかと言うと……実はそうでもない。

『深淵』と『黒の法衣』で喰らおうにも、それにはどうしてもかなり近くまで接近しなくてはならない。そして、あそこまで警戒心をバリバリに働かせている相手に、此方の存在を悟られないように接近できるかと問われれば、答えはノーだ。

 

それどころか、下手に逃げることさえ今の状況においては悪手である。

 

 

俺の現在地は……地中だ。

『深淵』によって喰らったことで出来た地下空間に隠れているに過ぎない。

当然、そこに空気など無いはずなのに、不思議なことにどれだけ時間が経っても息苦しくはならない。

 

だからより一層、現在の停滞を生む。

 

 

こんなにも無駄な時間があるだろうか。

俺はこんな場所はいち早く脱出して、目的を達成しなくてはならないというのに……。

 

 

無駄だっ!無駄だっ!無駄だっ!!

 

 

その時間の無駄を極度に厭う感情は、果たして日本人の感性から来るものなのか、それとも全く別の何かから来るものなのか……。

 

どちらにせよ、耐え難いものであった。

 

 

地中奥深くへと潜る。

タイガー=レックスの知覚の及ばないくらい、深く。

 

 

 

目指すのは、奴の真下。

 

 

思えば、能動的に生き物を殺そうとしたのは、この時が初めてだったような気がする……。

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