我等が女王に、跪け。 作:白蛆
––––––地中から飛び出したその瞬間、目の前にはタイガー・レックスの鉤爪が迫っていた。
警戒状態に入ったタイガー・レックスにとって、例え地中にいる存在であろうとも、それはあくまで知覚の範囲内。地面を猛然と掘り進んで来た
……そんなことは、知っている。
タイガー・レックスの鉤爪が、硬質化した禍々しい粘液体を大地諸共引き裂き、それに追随するかのように発生した衝撃波で全てを吹き飛ばした。
奴の攻撃というのは至極単純でありながら、強力かつ効率的だ。鋼鉄だろうがダイヤモンドだろうが軽々と引き裂く3本の鉤爪を用いて敵を引き裂き、直後に発生させた衝撃波によってその傷口を修復不可能なレベルまで損傷させる。元々の凄まじい威力によって大抵の相手であれば一撃で倒すことができるし、その攻撃にも耐えうるような馬鹿げた耐久力を誇る奴にも確実にダメージを与えていけるというお得な技である。
ただ、一つ問題点を挙げるとすれば……攻撃が大振りであること。
仕留められる奴は仕留められる内に自分の持つ最大限の力で仕留める。それがタイガー・レックスという生き物の習性なのだろう。例えもっと軽い力で倒せると思える相手であっても、一度でも敵と見なせば奴は全力で攻撃する。下手に手加減などしていたら、その先にあるのが"死"のみであることを奴等は本能レベルでよく知っているのだ。
確かに、タイガー・レックスの索敵能力と反射神経は驚異的と言えるだろう。だからこそ地中から迫る『黒の法衣』を確実に感じ取り、飛び出した瞬間に攻撃を加えることが出来た。……出来てしまったのだから。
……しかし、そこに俺はいない。
タイガー・レックスが全力をもって引き裂いたのは、ただの『黒の法衣』の一部に過ぎなかった。禍々しい粘液体はズタズタに引き裂かれながら四方八方へと飛び散った。
さっきも言った通り、タイガー・レックスの索敵能力と反射神経は驚異的だ。
自分が引き裂いたものの中に"本体"が存在しなかったことも、この竜は確実に察知することができる。
四方八方へと飛び散った禍々しい粘液体のカケラが、それぞれに動き出したことも察知できる。
奴を中心とした空間に存在する、あらゆるモノを奴は見逃さない。例え『黒の法衣』を囮に攻撃を加えようと試みたところで、それさえも奴の索敵能力と反射神経の前では無意味なのだ。
––––––だが、奴は
タイガー・レックスは自分の索敵能力に自信を持っていたが、しかし奴は決して慢心することも油断することも無かった。
自分の周囲で怪しい動きを見せようとする無数の禍々しい粘液体のカケラ……そして、自分の索敵を掻い潜り、未だに姿を見せようとしない本体。
それら全てを一網打尽に消し飛ばすため、タイガー・レックスは自分の持ち得る最大限の威力を発揮する攻撃を行使する。
両腕を大地に付き、その巨体をしっかりと地面に固定した。
周囲の空気を全て吸い尽くさんばかりに大きく息を吸い、一時は周囲の気圧まで激変させ、全身の血管を脈々と浮き出させながら膨大な力をその身に溜めていく。
極限まで張り詰められた
––––––直後、しょうげk
ァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアッ!!!!!!
全てを消しとばす暴力は、ただただ無差別に力を振るった。
タイガー・レックスを中心として巻き起こる衝撃波は、何一つ分け隔てすることなく、あらゆるモノを破壊しつつ同心円状に拡大していく。それは、間違えなく今の奴に出しうる最大威力の無差別攻撃であった。直撃してしまえば俺の驚異的な再生力をも上回って、本物の死を与えられるのではと思えてしまうほどに……。
……だから、礼を言おう。
ありがとよ、油断も慢心もしてくれなくて。
本気で俺を殺しに来てくれて。
–––––––お陰で、お前を殺せる。
……全てを吐き出したタイガー・レックスは、ふと、自分が空中にいることに気が付いた。先程まで確かに地上に居たはずの自分が、何故か攻撃の直後には宙を舞っていたのだ。ある程度は発達しているとはいえ、所詮は畜生でしかない奴の脳では、即座にその理由に辿り着くことは出来ない。
だが、理由はともあれ、このまま落下するのはいただけない。
そう考えたタイガー・レックスは、その巨大な翼を動かして空中での姿勢を制御しようと試みるが……しかし、それは叶わない。
もともとタイガー・レックスというのは飛行に関してはあまり得意ではない種族である。それに加え、奴は左脚をも失っていたのだ。そのような状態で咄嗟にどうこう出来るほど、飛行というのは甘くない。
重力という名の暴力によって為す術なく錐揉みしながら落下していくタイガー・レックスは、ふと自分の周囲が暗くなっていっていることに気が付いた。そこで漸く竜の脳は理解した。自分は今、空中を落下しているのではなく、穴に落ちているのだということに。
その事実に逢着したタイガー・レックスは、己の身に迫る危険を察知し、なんとか落下を止めようと最寄りの壁に前足の爪を引っ掛けた。
……しかし、なんとも皮肉なものである、これまでありとあらゆるものを引き裂いてきた頼もしい鉤爪は、自分が捕まるべき土壁までをも、容易く引き裂いてしまったのだった。
それでも多少の減速はしたのであろう。しかしそれはあくまで多少でしかない、重力加速度によって次第に増していく落下速度は、その減速をも易々と上回って、タイガー・レックスの巨体を下へ下へと引っ張り続ける。
暗き穴の底にある闇を、タイガー・レックスは見通すことが出来なかった。全ての光が"食われてしまった"かのような究極の純黒が、タイガー・レックスをただただ静かに待ち受けていた。
落下というのは、ありとあらゆる生き物にとり共通の恐怖である。
それは当然このタイガー・レックスとて例外ではない。どれだけ強靭な肉体を得ようとも落ちれば危険であるし、その落下した先に何があるのかもわからない。もし自分であっても到底敵わないような敵の住処に落ちてしまおうものなら、たちどころに殺されてしまうだろう。
闇というのは、知能ある生き物にとり共通の恐怖である。
タイガー・レックスは女王領域において際立った知能を持つわけでは無くとも、想像し、考えるということを実行するだけの知的レベルは有していた。で、あるからには、先を見通せない闇というのは、そんな彼に恐怖を抱かせるには十分であった。
……未知というのは、あらゆる恐怖の根源である。
ならば、"既知"を"未知"に変えてしまう『暴食の神秘』という能力は、ありとあらゆる"恐怖"を作り出す能力とも言えるのであろう。
それに打ち勝つには、タイガー・レックスは少し臆病すぎた。
–––––––女王領域の一角に同心円状に広がる破壊痕を残したモンスターが誰であったのかを、知る者はもういない。
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穴から這い上がると、俺は目の前に広がる光景に絶句した。
その様子はさながらクレーター……いや、これではクレーターそのものである。半球に近い形に抉れた大地、その中心に俺は立っていたのだ。
しかし、なによりも俺の驚きを誘ったのは、そんな状態になってなお、抉れた大地から既に新しい木の芽が伸び始めているということである。このような破壊が頻繁に繰り返される女王領域という土地においては、植物もまた凄まじい逞しさを持っているということなのか。
……改めて、よく勝てたなと自分でも思う。
俺がタイガー・レックスを殺すために使ったのは、最も原始的かつ単純な罠……"落とし穴"である。『深淵』の能力によって土という土を喰らい尽くし、タイガー・レックスを奈落に叩き落とすための凄まじく深い穴を掘ったのだ。
もちろん、掘っている途中でそのことを奴に気付かれてしまえばおしまいだ。警戒されればその時点で勝ち目は無くなる。なので俺は『黒の法衣』のカケラを囮にしつつ、奴の索敵範囲内ギリギリに巨大な地下空間を作り出した。
しかし、それだけでは奴を落とすことは出来ない。奴に何かしらの攻撃を誘発させ、地面を破壊させることで始めて、この落とし穴は完成する。
咄嗟に考え付いただけあってなんとも穴だらけで乱雑な計画だが、結果としては正直自分でも驚くほど上手くいき、奴は自分の最大威力の攻撃をもって、文字通り自分の墓穴を掘ることになったのだった。
……運が良かったと言ってしまえばそれまでか。
しかしまあ、プロセスはどうであれ……、
––––––俺の勝ちだよ。相剋者。