我等が女王に、跪け。   作:白蛆

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第13話〜眠れ、我が追憶の棺桶で。〜

 

「––––––俺の勝ちだよ、相剋者。」

 

既に、この世には存在せず……

その生きてきた歴史まで喰われ、"初めから居なかったことにされてしまった"タイガー・レックスに向けて、俺はそう言葉を発した。

きっと、その言葉が届くことは無いのだろうけど……、俺と奴が戦ったことを知っているのは、もう世界に俺だけになってしまったから……、せめてもの手向けに、俺がお前に勝ったという事実を、俺はいつまでも覚えていようと思ったのだ。

 

単なる自己防衛に留まらず、生まれて初めて殺意を用いて能動的に生き物を殺した俺は……しかし拍子抜けするほどに、動揺や恐怖といった負の感情を覚えていなかった。

 

それが果たして俺という人間の持つ元々の性質であったのか、それともこの体に起因するものなのか……それは今となってはわからない。

だが、少なくとも今の俺は他者の命を奪うという行為になんの躊躇いも抱いていないということが、改めて確認できた。

それが良いことなのか悪いことなのかは、この際どうでもいい。

……その事実があれば、十分だ。

 

今更どれだけ善人顔しようとも、どうせ俺が地獄に落ちることには変わりないのだから……。

 

 

落とし穴から這い出た俺は、いっそ不気味なほどに晴れ渡った空を見上げて、ただひたすらに勝利を噛み締めた。

達成感や充実感、満足感……そういったものに、心が満たされていく。

前世において、このような充足を味わったことがあっただろうか?

答えは否……この感覚は、きっとこの世界でしか味わえない。

 

……ああ、なんと血みどろで、残酷で、儚く……そして華やかな世界なのだろうか。

 

恍惚とした表情を浮かべる俺は、前世よりもずっと"生きている"という実感を強く抱いていた。

 

 

 

–––––––すると突然、視界が暗転した。

 

全身を粉砕されるような痛みを味わっても……

大地が割れるような衝撃を味わっても……

……決して途絶えることのなかった意識が、急激に消えて行く。

 

まるで、深い眠りに落ちるかのように–––––––

 

 

《告、爪哭竜タイガー・レックスの討伐に成功しました。》

《告、修羅の欠片を回収しました。》

《告、『黒の法衣』の機能が拡張されました。》

《告、『深淵』の機能が拡張されました。》

《告、『禁書』の機能が拡張されました。》

《告、『禁書』に新たな項目が追加されました。》

《告、『人権』より『黙秘権』が解放されました。》

 

 

《告、『禁書』より、獲得した『追憶の書』のインストールが完了しました。》

 

〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜

 

 

……目が覚めたら、狭くて暗い場所にいた。

どこか心地いいのに、そこはどうしようもなく息苦しくて……その息苦しさに耐えられなくなったオレは、鼻先や爪を使って自分を包み込む硬い壁を食い破ろうとした。

なかなか破らなくてしばらくは苦戦したけど、一度罅を入れてしまえば、その壁は拍子抜けするほどにアッサリと割れていき、オレは狭くて暗い場所から解き放たれ、生まれて初めての外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

頭に被った殻を振り落とすと、直後に降り注いだ陽射しの眩しさに、オレは思わず目を細める。森の木々の隙間から僅かに溢れた木漏れ日が、オレの姿を静かに照らしていた。

 

冷たい外気に肌を晒され、寒さに震えるオレの上に、突然大きな影がさし、冷たい風を遮った。それを不思議に思ったオレがふと上を見上げれば、そこにいたのはオレと似たような姿で……しかしオレよりも遥かに大きな体を持つ、オレの親だった。

周りを見回せば、オレが出てきた卵と同じ物が数個……それぞれが小さく罅割れ、やがてその中からオレの弟達が生まれてくる。

 

 

そこでオレは漸く思い至ったんだ。

 

オレは、子竜。

タイガー・レックスの子竜だって。

 

 

***

 

それから一週間も経つと、親が持ってくる大っきい肉をいっぱい食べて、オレ達はすっかり大きく育っていた。まだ父さんや母さんには到底敵わないけど、爪も長く鋭く伸びてきて、肉を引き裂くための牙もだんだんと生え揃ってきた。

特にオレは兄弟の中でも頭一つ抜けて大きく育っている。当たり前だろ?だってオレお兄ちゃんだもん!

 

オレ達の父さんや母さんはとっても強かった。

オレ達が大っきい化け物に襲われそうになった時も、父さんや母さんは自分よりも大きい相手でも引くことなく戦って、そして必ず勝って来たんだ。

オレはそんな両親の姿を見て、いつかはオレもこうなりたいなって思ったんだ。今は無理だけどね、きっといつか……。

 

父さんや母さんや妹弟達に囲まれて、オレはすくすくと幸せに育っていった……思えば、この頃のオレが一番幸せだったんじゃ無いかな……って、今は思う。

 

 

***

 

それは土砂降りの雨の日のことだった。

いつもなら既に肉を持って帰って来ているはずの父さんが、その日はいつまで経っても帰ってくる気配が無かった。だから成長期のオレ達はすごくお腹が空いて……その事を母さんに訴えたら、母さんは巣から飛び去って獲物を探しに行ったんだ。

 

……そのまま、次の日。

 

……母さんも、餌を探しにいったまま、結局帰ってこなかった。

物音がするたびに、ひょっとして帰って来たんじゃないかと外を確認するけど、でもどれだけ外を眺めても、父さんの姿も母さんの姿もそこには無くて……ただ土砂降りの雨が降り続けるだけだった。

 

……そして、次の日。

……次の日。

次の日。

 

どれだけ経っても親は帰って来ず、その間ずっと何も食べていなかったオレ達の空腹は既に限界に達していて……あまりの飢餓感にクラクラしたオレは、そのまま気を失ったんだ……。

 

 

 

……目が覚めたら、巣の中に一人でいた。

さっきまで一緒にいたはずの弟や妹達が、気付いたらどこにも居なくなっていた。

その事を不思議に思って、いったい何処へ行ったんだろうと体を動かして周囲を見回そうとすると、その瞬間オレの全身に激痛が走った。その痛みに驚いて自分の体を見ると、オレの体は何故か傷だらけだったんだ。

 

……そういえば、さっきまであれほど辛かった空腹感が、何処かへ消えてしまっている。今はゆったりとした満腹感があった。

 

そして……オレはもう一度、巣の中を見回した。

 

 

––––––––血塗れだった。

 

***

 

オレは巣から飛び出した。

そこからは苦難の連続で……数え切れないほど多くの生き物と戦って、数え切れないほど死にそうな目にあって、数え切れないほどの命を奪って……オレはこの世界を生き続けた。

 

オレは理解していた。

 

あの日巣の中から弟や妹達が消えた理由を……。

オレは理解出来てしまった。

 

……知らなければ、どんなに楽だっただろうか。どんなに幸せだっただろうか。考えなかったわけではないけど……でもそれじゃいけないんだ、忘れちゃいけない、気付かなかったじゃ済まされない、それだけのことをオレはしたんだから。

 

その罪を背負って、オレは生き続けた。

ひたすらに、ひたすらに、生き続けた。

 

 

そんなある日、オレはふと思ったのだ。

 

オレがこんなに苦しんでいるのは……

弟や妹達が死んだのは……

そもそも、帰って来れなかった親のせいなんじゃないかって。

 

親が弱かったから、獲物を探しに行って自分が死んで……だから食べる物が無くなったオレは、仕方なく弟や妹達を殺して食べた。

じゃあそれは誰が悪い?何が悪い?

 

 

そうだ……。

 

 

……親の"弱さ"が全部悪いんだ。

 

***

 

その姿を始めて目にした時、オレはどうしようもない苛立ちを覚えた。まるで本能から拒絶するような、存在そのものが許せないかのような、そんな感覚……これまで多くの生き物を殺して来たけど、こんな気持ちを抱いたのは生まれて初めてのことだった。

 

黒いドロドロに紫色に光る気持ち悪い模様の浮かんだその禍々しい化け物は、だけど見かけに反して途轍もなく弱かった。

オレが軽く歩いただけでも吹っ飛ばされてバラバラになり、ちょっと吠えただけで彼方へと消えていく。いっそ不気味なほどに弱かったソイツは、しかし決して死ぬことはなかった。頭を潰そうが、骨を砕こうが、心臓を消し飛ばそうが……例えバラバラの小さな肉片になっても、ソイツは決して死ななかった。

 

だからオレは、ソイツの"弱さ"に対して苛立ちをぶつけ続けた。

何度も、何度も、執拗に。

 

 

……そしたらいつのまにか、オレは何と戦っていたのかを忘れていた。いつのまにか、右後脚が無くなっていて、それにすら気付くことが出来なかった。

 

自分が何と戦っているのかわからなくなって……自分が自分じゃなくなったかのような感覚さえ芽生え始めて……それでもソイツは、死んでいなくて……

オレは、これまで感じたことのないような恐怖を抱いた。

 

相手はこんなに弱いのに……

何故か自分が追い詰められていく。

 

 

 

そして、オレはとうとう何もわからなくなって……そしたら地面の中から何かが襲ってくるのを感じて……怖くなったオレは、とにかく攻撃しなきゃって思って、力の限り息を吸い込んで、オレ達の種族のメインウェポンである空気を引き裂く咆哮を放ったんだ。

 

 

……そしたらオレは、真っ逆さまに落ちていた。

 

……どこまでも暗い奈落の底に、落ちていた。

 

もう何がなんだかわからなかった。自分が何と戦っているのかも、自分がどうして戦っていたのかも、自分がどのような状況なのかも、自分が、何者なのかも……。

 

何も、わからなくて……、

 

ただ、自分が落ちている穴の底を見た時……ああ、自分は弱いから死ぬんだなって……そう思ったんだ。

 

 

 

そしたら突然、頭の中に昔の光景が浮かんで来て……

 

オレの父さんは、オレ達の餌を取ってくるために死んだ。

オレの母さんは、オレの我儘で出かけて行って死んだ。

オレの弟や妹達は、オレに食べられて死んだ。

 

……みんな死んだ、死んでしまった。

 

 

 

 

ごめんなさ–––––––––

 

 

〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜☆〜〜

 

 

 

「––––––ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああっっっ!!!」





『追憶の書』
それは、自分が殺した相手の生涯の、生まれてから死ぬ瞬間までの全ての記憶を、強制的に脳内に映し出す……


……あまりにも、悪趣味すぎる能力。
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