てんせいぐらし! ~キチガイ二人は地獄を往く~   作:青の細道

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はじまりのまえ

突然だが『がっこうぐらし!』という作品を知っているだろうか。

 

これはまんがタイムきららフォワードという月刊誌にて連載されている漫画作品である。萌え漫画特有の可愛らしい登場人物。ひらがなで統一されたタイトルと表紙絵から単なる萌え漫画と思いきや、その実質はゾンビアポカリプスを題材にしたサバイバル漫画である。

 

登場人物である女子高生四人の生き残りを掛けた戦いを中心に語られる漫画であり、その作風は『地獄』の一言に尽きる。

 

ゾンビサバイバルとして当然のように出てくる『彼ら』と呼ばれるゾンビ。噛まれたり引っ掛かれたり、場合によっては空気感染すら危ぶまれ、洋画やゲームのように銃火器なぞ欠片程度にしかなく、非力な少女たちが懸命に生き抜いていくストーリーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~キツいっす……」

 

自室の机、召集をかけた拓三こと前世からの悪友と共に、俺は頭を抱えていた。

 

少なくとも危険がない世界では無いんだろうなと考えていたが、まさかよりによって『がっこうぐらし!』とは……同じようなゾンビサバイバル漫画で言うと『学園黙示録』辺りの方がまだ生存率は高いだろう。向こうは銃もあるし戦闘狂いるし。

 

 

 

だが俺達が来た世界。ここが本当に『がっこうぐらし!』の世界だとするならば原作キャラの中でまともに戦えているのは一人……しかもその一人も途中で不安定な状況に陥る。はっきり言って救いがない。極限状態のまま一部は精神が病んでくるし、場合によっては他生存者すら敵になりかねない。ゾンビものの王道的な展開が当然のようにあるが、あまりにもこの作品には都合が悪い。漫画の内容故にご都合だと言われる部分もあるが正直あれは結果的に生き残れた場面が多く一歩間違えれば全滅もあり得る場面が多々ある。

 

さてここで原作とは違う部分について考えてみよう。

 

 

 

最も重要なのは俺達の存在そのものである。

 

このまま俺達が何もせずにいれば原作キャラたちは原作通りに事を進める……かもしれない。……が、それはつまり原作キャラの数名が死ぬことになる。

 

まず第一に原作キャラである巡ヶ丘学院の生存者初期メンバーである三人と一緒に行動していた学院教師である『佐倉 慈』こと『めぐねぇ』の死がある意味物語の鍵とも言える。もしも俺達の介入で彼女を救うという原作とは違う、未来を変える行動をした場合のその後の展開が崩れるかもしれない。彼女の死から始まり、新しいメンバーとの出合い、学院からの脱出。他生存者との合流から決別までの流れで俺達二人の存在がどう影響するか分かったもんじゃない。

 

 

 

良い方向に流れるかもしれないし、逆に事態を悪化させかねないかもしれない。助けるつもりが取り返しのつかない事になってしまった場合、俺達はどうするべきなのか。

 

 

 

拓三は「それでも助けられるなら助けるべきだ」という。もちろん俺もそれには賛成だ。だが突っ走ってどうにかなるほどこの世界は簡単じゃない。めぐねぇの死後、一人の生徒が現実逃避からあらゆる行動を触発し、結果としてそれはメンバーの助けとなる。

 

だが俺達がいることでそれが無くなった場合。誰が彼女たちを導くのか……。

 

原作の流れで俺と拓三が提案するのもいいだろう、だがリスクやメリットを考え行動を控えようという意見が出てしまうかもしれない。そしてその場合多数決などで事が決まるだろう。

 

そして俺達を含めた場合の男女比率は2:4。下手すれば女子比率が増えるだろう。そうした場合、既にコミュニティが確率しているグループと女子というアイデンティティーからなる集まりで起こりうる事態を想定した場合。やはり俺達は肩身が狭くなり自由が利かなくなってしまう。

 

 

 

ならばいっその事関わらず影ながら助けるか?

 

だがそれだと俺達の危険が増える…。前世の記憶があるからといって俺達は不死身じゃないし、転生特典なんて幻想はかなぐり捨てている。

 

普通に感染もするだろうし死ぬときは死ぬはずだ。その中で如何に原作キャラの生存率を上げるか……。

 

 

 

三日三晩悩んだ末、俺達の結論は決まった。

 

 

 

1:巡ヶ丘学院には生徒として入学する。

 

2:原作キャラとはあまり関わらず、あえて別の生存者としてコンタクトを取る。

 

3:めぐねぇを初め、死亡してしまったり危険な状況になる場面は全力で助ける。ただしあくまで偶然や利害関係によるものであると説明する。

 

4:俺達が何か知っているという事を感づかれてはいけない。まぁそもそも話しても信じては貰えないだろうが不用意な不信感を持たれるわけにもいかない。

 

5:最後まで同行するかは彼女たちの意思を尊重する。

 

6:感染した場合は互いに始末を付ける。

 

7:できることはやろう。

 

8:最悪の場合、全責任は俺達で取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところか」

 

 

 

「これ何て無理ゲー?」

 

概要をまとめた紙を前に、俺達は溜め息を吐く。

 

 

 

「まぁとりあえず中学卒業後は巡ヶ丘学院に進学ってところからだな」

 

前世の記憶があるため少なからず入試に落ちる事はないだろう……恐らく。俺も拓三も前世じゃそこまで馬鹿じゃなかったはず、留年とかはしなかったし。

 

 

 

さて初歩的な進路は決まったが、問題はどうやって巡ヶ丘まで進学する手続きをするかだな。両親を説得せにゃならんし……。

 

 

 

……あ。

 

 

 

「……身内どうする?」

 

思い出したかのようにプリントの端に『身内』と書きぐるぐると円で囲っていく。

 

 

 

「流石に放っておくのも悪いしな……とはいえ行動するのに大人数だとなぁ」

 

生物学的には親に当たる人物たちの安全が頭から離れていたクッソ薄情な親不孝もの二人は更に頭を抱える。

 

危険を知らせようにも誰が「ゾンビ映画みたいな地獄が始まるから逃げろ」なんて言葉信じるのか。

 

 

 

とりあえず俺達二人は高校進学と同時に親元を離れルームシェアという形で身内から離れ、事件が発生する直前になったら暗に危険を教え避難するように指示しよう。

 

 

 

さてさて続いては事が順調に運び、巡ヶ丘に進学できたとして、その内どのタイミングで原作が開始するかというところだ。

 

一応今は原作開始の2015年より3年ほど前、問題がなければ俺達が三年に進学した春先に事が起こるはずだ。だが何かしらのズレが発生しないと言えない。

 

 

 

俺達は今からでも地固めに移ろうと決定した。まずは将来的にルームシェアするアパートなどの下見。高校に入ってすぐバイトを始めた場合の予算配分。必要な道具などのまとめ、そしてそれを生かす知識etc...

 

 

 

卒業を間近に控えた冬。俺達は進学先を巡ヶ丘学院にする旨を両親や担任に伝える。もちろん最初は「もっと上を目指せるはずだ」と反対されたが、これまた迫真の演技を披露し「巡ヶ丘学院の校風とどんな時でも生きる術を見つけるためだ」と適当な事を並べ、何とか説得に成功する。

 

余談であるが学費や生活費は両親が当分の間は負担してくれるという……嘘をつき、騙しているという自覚から心が痛い。これだけ両親から想われているのに俺達の優先順位が未だ原作キャラ贔屓という。これでは人間のクズだ。……いや元からか。

 

 

 

しかし両親だって大人だ、事前に警告し危険があればちゃんと身の安全を第一に考えてくれるだろう。

 

 

 

俺達はあくまで「偶然進学した学院で偶然生き残りを、偶然遭遇した生存者と行動するだけ」なのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校の入学式当日。小・中学の時は何も感じなかった人生二度目の各学校入学式。しかし今回ばかりは流石に緊張する。精神年齢30台のくせに、我ながら情けない。

 

残されたタイムリミット。計画の調整、できる下準備はしてきたはずだ。あとは上手くやるだけだ。

 

 

 

決意を胸に、俺は長ったらしい校長の話を聞き流す……。

 

 

 

進学してすぐ、俺達はアルバイトを探した。資金調達を含め、土地勘を付けられるようなバイト。俺は宅配のバイトに、拓三は新聞配達に。稼いだ金は一部を両親への仕送りに、いらないと言われたがこれは単に俺達の罪滅ぼし……ただの自己満足だ。この先起こる出来事を知っておきながら誰にも話さず黙ったままにする。犠牲者たちには悪いが俺達は都合の良いチート能力なんか持っちゃいないんだ。助けられる人数には限りがあるし、優先する順番は俺達が決めさせて貰う。恨んでくれて構わない。

 

 

 

バイト代や仕送りなどで集まった金で俺達はサバイバル生活に必要な道具をありったけ買い集めた。衣服や靴。簡易テントや火種。救急キットや戦闘に使う武器。流石に銃なんて物は手にはいるはずもないため、マチェットや斧、投げナイフやコンパウンドボウ。ネット通販などでこれらは容易に手に入るが、これだけの物を家においておけば明らかに怪しまれる。

 

 

 

そのため俺達は学院にて『サバイバル研究部』という部活を設立した。部活概要は「いかなる状況でも生き残る知識と力を身につけ、災害などで他者を救える能力を身につけよう」というもの。使う道具はすべて持参し、学院に申告するがやはり最初は危険だと却下された。しかしそこで助け船をだしたのは学院の長である校長だった小太りおっさん。名前は興味ないからどうでもいい。すまんな。

 

 

 

校長曰く「自主的にそういった取り組みを思い付く生徒を無下にするものではない」とそれらしい事を宣っているが忘れてはいけない。この小太りおっさんもまた学院の真意や事件の一部を知ってなお隠しているんだ。いわば俺達と同じ立場というわけだ。……まぁ、まさかあんな形になるとは予想してないだろうがな。

 

 

 

そんなわけで設立されたサバイバル研究部。最初こそは興味本意で何人か入部者は居たもののガチ過ぎる俺と拓三に付いてこれず、すぐに辞めていった。川辺にキャンプしに行くだけがサバイバルじゃないんだっつーの。

 

 

 

元々鍛えた体力を軸に、自然界での生き残り方や『奴ら』との戦闘を踏まえた近接格闘をゴムナイフなどで訓練する日々が始まった。最初は軽いフットワークから緊急時の危機回避訓練。長期休みはもっぱら山籠り。

 

 

 

日に日に増していく傷痕。いつの間にか俺達は三度学院では浮く生徒になった。一部からは「変態」だとか「現実とゲームの区別が着かなくなった馬鹿」と陰口を叩かれるが気にはしない。俺達のこれは無駄にはならない。だからといって他の連中に強要もしない。たとえお前達が死のうが俺達は俺達の目的のために生き残らせて貰う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2年の月日が経過した。新しい年を向かえ2015年……ついにこの時が来た。春先にはゾンビアポカリプスが発生し、世は地獄となる。

 

この時を18年待った。最初は転生生活やっほいとか思ってたが、目的が出来てからはとにかく生き残ることと、そして俺達が望む原作では見れなかった未来を求める戦い。

 

 

 

やれることはしてきたつもりだ。

 

 

 

俺達は生きて、生き抜いて……満足して死んでやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『木村 秀樹』という生徒と『田所 拓三』という生徒がいる。二人は都心部である東京からわざわざこの巡ヶ丘学院に入学してきた男子生徒だ。志望動機は学院のコンセプトに引かれ、自分達が生きていく上で必要な物事を学ぶためだと資料には記載されている。小・中共に成績は優秀、一時期は問題視されていた田所くんは木村くんとの出合いを皮切りに大きく成長したという。

 

現に二人は同年代の子に比べ、物事を先の先まで考え行動していると言える。10代の少年とは思えないほど達観した思考や行動。だがそれとは逆に行き過ぎたまでの部活動。……彼らが設立した『サバイバル研究部』は学院に則った部活動であると校長先生は嬉しそうにしているが。他の生徒や私の目から見ても、彼らのそれは明らかに異常だった。部活動とは名ばかりで、毎日のように絶えない怪我の数。担当顧問の先生からしても、やり過ぎている部分が多々あるらしい。

 

川の水を飲めるようにする方法や魚の調理法まではまだしも、野生動物の狩猟やその解体までも徹底的に学び、知識として身につけていく。

 

 

 

何より私が危惧しているのは二人の格闘技に関してだ。

 

二人は時々、事あるごとに喧嘩をしていると報告されている。だが私が見た彼らのそれは学生の喧嘩というよりも映画や海外のバラエティー番組などで時折目にする格闘技術に近いものだった。間接技やボールペンをナイフに見立て互いの急所を隙あらば狙う。休み時間や体育の時間にすら時折それを目の当たりにするという報告もある。

 

 

 

あまりにも危険な行為に総じて注意勧告を出すも、二人が辞める素振りを一行に見せない。いずれ他の生徒まで真似し出してしまったら大怪我ではすまないかもしれない。

 

 

 

そう考え、私は二人を厳重注意するも。二人の目は真っ直ぐと私を見つめ「必要な事なんです」とだけ答えた。

 

 

 

これだけ傷だらけになってまで必要なことなのだろうか……。私を見る二人の視線は、いつも決心とは別に私個人への……感情が微かに見えた気がした。

 

 

 

私は彼らのことをあまり深くは知らない。ご両親の反対を押しきってまで学院に入学してきたことは知っているし、入学直後にはアルバイトを初め部活動もこなし、勉学でも優秀な成績を出している。彼らの優秀さに感銘を受ける先生方とは裏腹に……私は歩く彼ら二人の背中に一抹の不安を抱いていた。

 

 

 

どうにも……彼らは私とは違う場所に生きている。そんな気がしてならなかった……そして、私がそれを痛感した時。彼らは既に取り返しのつかないほど遠く、手の届かない場所にいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三年目になる始業式を向かえ、桜が咲き……やがてその時が来た。

 

 

 

その日は転生して初めて、学校をサボるという校則違反を犯した。実家に電話が行くことだろう。だがそれよりも以前に俺は両親やその身内に対して「遠くない内に危険なことが起きる。信じてくれないかもしれないけどどうか安全な場所に避難していてほしい」とだけ伝え、スマホの電源をオフにした。

 

 

 

微かに頬を撫でる風。それに乗って鼻孔を通り抜ける春の匂い……普通であるなら平和な1日が今日も続くはずだった。

 

 

 

……そう、続くはずだったんだ。

 

 

 

 

 

「……準備はいいか、オーバー」

 

懐から無骨な携帯端末……もといトランシーバーを取りだし、周波数を合わせた相手へと通話を開始する。

 

 

 

ザーというノイズの後、聞き慣れた声がスピーカーから帰ってくる。

 

 

 

《おう、こっちはいつでも。オーバー》

 

拓三の返信を受け取り、俺は電源を切っていたスマホを起動する。着信履歴は両親の名前で埋め尽くされ、今なお増え続けている。だが俺はそれを無視しSNSを開く、既に一部の地域では『暴動』という形で事が発生している。それを見たSNSの住人は「映画かな?」や「合成乙」といった反応ばかり。

 

 

 

投稿された写真や動画には『奴ら』の姿。ついに地獄は始まった……起きないかもしれないという淡い希望を持っていなかったと言えば嘘になる。

 

 

 

だが起こってしまったのならば俺が……俺達がやる事は決まってる。

 

 

 

「じゃあ、学校の方は任せたぞ」

 

 

 

《ああ、お前の方もしっかりな》

 

その会話を最後に、俺はトランシーバーをポケットに押し込め、街が見渡せた丘を降りていく。直にここも地獄と化す。

 

 

 

俺達が最初にやるべき事はそれぞれが初期原作キャラの避難所になっている巡ヶ丘学院とリバーシティ・トロンへ二手に別れ生存者の保護を目指す。

 

くじ引きの末俺はリバーシティへ、拓三は学院へ。まだ平常な地区が多いため買い溜めた装備などは部室と自宅にまとめて置いてある。

 

 

 

「んじゃ、手はず通りにな」

 

 

 

《オーケー。んじゃまた後でな》

 

通信終わり、と最後に言い終えトランシーバーをポケットに入れる。

 

流石に不審者と通報されて出鼻をくじかれたくないので装備は最低限。衣服も一般で売られる赤のシャツに黒のデニムジャケット。モスグリーンのカードパンツ。緑のキャップ帽に20Lのリュックサック、中にはカロリーメイトや飲料といった軽食の類いと緊急用のサバイバルナイフ数本。見つかったら即タイーホだから気を付けないとな。

 

 

 

「さて……と」

 

ふぅ、と一度大きく息を吐き、軽く柔軟してから目的地まで足を進める。

 

 

 

できる下準備は全部した。

 

 

 

多くの計画は事前に建てた。

 

 

 

この先に待つ未来にも現実にも覚悟は出来た。

 

 

 

あとは生きるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、そういやあの二人がこっち来んのって授業終わった放課後じゃね?」

 

交差点のど真ん中で立ち尽くす馬鹿がいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きたのか、まったく理解ができなかった。

 

その日は授業が早めに終わって、でも空があんまり青くてきれいだったからまっすぐ帰るのがもったいなくって親友の『圭』と二人で、ちょっとだけ寄り道をした。

 

帰りの最寄り駅近くにある大きなリバーシティ。談笑しながら色々なものを見て回った。一階の食品売り場でおいしいパンの試食に圭が舌鼓をうち、二階の家電製品売り場で新発売したとても大きな液晶画面に驚き、三階の洋服売り場で綺麗な服を見て、同じ階にあった本屋に面白い本がないかと見て回っていた。

 

 

──そんな時だった。

 

「何……?」

遠くの方……外から悲鳴のようなものが聞こえた気がして様子を見に行った。

 

 

──それが始まりだった。

 

一瞬で頭の中が真っ白になった。ナニカが起きていた。

逃げ惑う人々、視界に広がる赤。

 

朱。

 

紅。

 

アカ。

 

人の形をしたナニカが、人を食べているように見えた。

 

映画? 撮影?

 

思考がそれを否定するようにぐるぐると頭をかき回していく。

 

言葉よりも先に、反射的に私は『圭』の手を取って走った。一刻も早くここから離れなければ……。

同じように避難しようとする人の波に押されながら、絶対に離すものかと親友の手を強く握りしめる。

 

「どっちだろ……」

キョロキョロと辺りを見渡す『圭』。天井にぶら下がっている標識を目印にエレベーターを目指し、私は上へ逃げるように促した。ボタンを押し、下の階から上がってきたエレベーターは──赤色に染まっていた。

 

どのくらい走っただろうか。二人とも運動が得意なわけではなかったためモール内を走り回るだけでも息が上がり、道すがら多くのナニカと、それに群がられている人が目に写った。

それでも走り続け、やがて停電が起き私は足元のコンセントに躓いて転んでしまう。

 

「こっち!」

『圭』が手を引いて、洋服売り場の試着室に隠れる。隠れることで切り抜けられるのかは解らなかったけど、私も『圭』も祈る事しかできなかった。

 

隙間から見た光景は言葉にできないほど悲惨なものだった。

 

「誰かっ……」

群がられ、貪られている誰かの最期を見たはずなのに、その人はナニカとなって立ち上がった。

悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪えた。もしも見つかってしまえば私達も『ああなる』という恐怖が全身を支配し震えが止まらなかった。

 

「っ……」

目を瞑り、強く手を握る。祈るように、すがるように……。

 

 

時間にして10分だったか、30分だったか、もしかしたら数時間。感覚にしてすごく長く感じるくらい試着室で身を潜めてから物音や声が聞こえなくなった頃。

 

足音もなく、気配もなく突然──男の人の声が聞こえた。

 

 

「大丈夫か?」

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