てんせいぐらし! ~キチガイ二人は地獄を往く~   作:青の細道

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二話連続投稿するつもりだったのに仕事終わりの土曜日は見事に寝過ごしました(土下座

そろそろ有給取りたいンゴ


せきにん

「…………」

 

 

「…………」

時刻は昼過ぎ。場所は屋上、俺と拓三は二人揃って正座していた。チラリと視線を上に向けると腕を組み、どこか冷たい笑顔で俺たちを見下ろす般若……もとい『若狭 悠里』の姿がある。その影に隠れて心配そうな顔でこちらを見つめる若狭の妹こと『るーちゃん』。

 

 

更に視線をずらせば少し離れたところで何とも言えない表情で苦笑いするめぐねえこと『佐倉 慈』先生と原作主人公である『丈槍 由紀』。洗った頭をタオルで拭く『恵飛須沢 胡桃』と、呆れた顔で溜め息を吐いている『直樹 美紀』を「まぁまぁ」と宥める『祠堂 圭』。

 

 

今ここに、漫画『がっこうぐらし!』のネームドキャラ7人が揃っている。原作では開始時点で丈槍、若狭、恵飛須沢の三人から始まり、丈槍の幻覚として既に故人となった佐倉先生が登場する。そこから話が進み、一人生き残っていた直樹を迎えるのが本来のシナリオ……。祠堂や若狭妹は、本来であれば──。

 

 

「ちょっと木村くん、聞いてるの!?」

感傷に浸っていた俺は思わず「ウェアッハイ」と気の抜けた返事を返してしまう。現在進行形で俺達二人はお説教を受けている最中、罪状は「危険な行動を取って二人だけで下に残ったこと」と若狭は言っているが、どう見ても血塗れの野郎(精神30代のおっさん)を見てぶっ倒れた事への私怨であることは決定的に明らか。

 

 

脅かすつもりはなかったーと言い訳したいところだが普通に考えて血塗れの馬鹿が二人も眼前に現れりゃそりゃビックリして失神するのも仕方ないねとしか言い様がないのも事実。

 

 

プンプンと漫画やアニメだったらSEが付き添うな膨れっ面の若狭からのお小言を程ほどに、ようやく解放された俺達は全員の状況を確認する。全員これといった外傷はなく、肉体的というより精神的疲労が蓄積されている様子から早急に安定した環境を確保しなければならない。

 

 

拓三曰く初日は安全を考慮して、制圧した三階ではなく屋上で夜を過ごしたと聞く。人数も揃い、人手が増えたことで俺は三階を完璧な生活空間へとするために計画を説明していく。

 

 

まずは俺と拓三が二手に別れ、それぞれに比較的余裕があり立候補した直樹と恵飛須沢がサポートとして付いて回り各階段のバリケードを補強、残存する感染者の探索とその排除。その後に放置されている感染者の死体を集めこれを火葬。衛生面を配慮して全員で三階の掃除と居住スペースの確立。

 

 

三階にある職員休憩室を女子グループの寝室とし、俺と拓三は生徒会室の向かいにある校長室を寝室に選んだ。

 

 

「じゃ、気を付けてな」

拓三・恵飛須沢ペアと別れ、直樹と共に俺は職員室側の散策に向かう。手始めに階段すぐ隣のトイレを確認する。俺が女子トイレの確認に行こうとしたら脇腹を殴られた。いやこんな時に一々そんなの気にする必要ないだろと言い返そうと思ったが絶対零度の眼差しで睨まれたため男女に別れた。

 

 

特に感染者の姿は無し。

 

 

続いて物理実験室と準備室の二部屋。三体ほど感染者の死体を発見したが頭部を叩き割られているため動く心配は無さそうだと判断する。硝酸ナトリウムや過酸化水素水など役立ちそうな化学薬品を軽く纏めておく程度に止め次へ。

 

 

化学実験室と音楽室、その両方の準備室も含め左手化学実験室側を俺が、右手音楽室側を直樹が同時に開け確認していく。化学実験室にはまだ息のある……って言い方も変だが活動する感染者が一匹だけ残っていたため排除。簡易槍から取り外しておいた包丁に着いた血を拭いながら廊下に戻ると直樹が顔を曇らせる。まだ感染者について割り切れていない様子だ。ユーモアを利かせ「割り切れよ、でないと……死ぬぞ?」とキメ顔で名台詞を口にするがネタをネタと知らない直樹は真に受けた様子で謝罪してきた。なんかごめん……。

 

 

続いてLL室と放送室。こちらも特に異常は無し。廊下に戻る頃には管轄範囲を探索し終えた拓三と恵飛須沢が合流し残りを四人でちゃっちゃと終わらせていく。

 

 

生徒会室は何もなく。校長室は他の部屋と比べて異様に綺麗だったが特に何もなし。職員室は相当荒れた有り様だったが感染者は既に拓三によって排除済み。

 

 

「…………」

 

 

「先輩、どうしました?」

職員室の『資料棚』へ視線を向けていた俺に直樹が呼び掛けてくる。すぐに「何でもない」と返し職員室を出る。さて……『アレ』はどのタイミングで出そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、大体全部確認できたな」

階段のバリケードを完全にし、手に着いた埃を叩きながら三人へ目配せする。直樹と恵飛須沢は大きく息を吐き緊張が取れた様子で表情が崩れる。

 

 

「んじゃぁ上に戻ろうぜ」

拓三はグローブを外しながら一足先に屋上へと向かっていく。そんな奴の背中を見る恵飛須沢に、俺は声を掛けた。

 

 

「色々思うことはあるだろうが、今は協力してくれ。OBの先輩については残念に思うが」

 

 

「……わかってるよ、悔しいけどアイツもお前も、あたし達の中で一番冷静に考えてるんだ。従うよ」

恵飛須沢はそう言い、シャベルを担ぐと階段へ向かっていく。何の事を言っているのか事情を知らない直樹が小首を傾げるが、俺は「色々あるんだよ、色々」とだけ呟き屋上に向かう。

 

 

上へ上がり、三階に降りることを伝え全員で再度三階へ降りる。全員が全員、手には箒や雑巾、バケツなどを手に持ち総出で三階の清掃を開始する。感染者の死体を集め、窓から投げ落とし山になったところへアルコールランプを何個か投げ込み火を放つ。燃える感染者の死体を眺める恵飛須沢の横顔が、どこか儚げだった。

 

 

血や散乱したガラスなどを片付け終わると今度は部屋割り分担。職員休憩室を女子グループに任せ、俺は拓三と共に校長室を散策する。

 

 

至ってシンプル。どこにでもあるような校長室。多くの額縁や表彰、大会などのトロフィーが飾られた棚。校長が座るやたらデカイ椅子にドカっと腰かける。何とも言えない優越感が襲う。

 

 

「一度でいいからこうしてみたかったんだよなー」

 

 

「わかるわかる」

などと雑談しながら適当に棚や机などを物色していく。拓三は本棚に並べられている本を並べかえたり、指で軽く押したり引いたりし、俺は机の引き出しをひっくり返したり裏を覗いたり、飾ってある砂時計を逆さにしてみる。

 

 

……が、特に変化は無し。

 

 

「流石に無いか」

 

 

「ゲームのやり過ぎですねこれは間違いない」

 

 

バイオとかだったら隠し扉がーなどと愚痴を溢しながら物色を続けていると扉をノックする音が聞こえた。このご時世にわざわざノックする律儀さに顔を見合わせ、俺はン"ン"とわざとらしく喉を鳴らし出し得る限りの低い声で「入りたまえ」と返事を返すと入ってきたのは佐倉先生だった。

 

 

「……何してるの二人とも」

校長の席でゲンドウポーズを取る俺と、その後ろに意味深に立つ拓三を見て怪訝そうな顔をする佐倉先生。ああ、やっぱ通じないよねこれ。

 

 

俺達が遊んでいる間に休憩室の方は整理が終わったらしく、少し遅めの昼飯を準備するとのこと。

 

 

多少の食材は朝に拓三が確保していたらしいが、その量はたかが知れている。すぐにでも在庫の確保が必要だろう。が、食料よりも先に確保しなければならない『物』がある。学院だけでなく外への遠征、この先話の流れが狂わなければいずれ来るであろう日や感染者との大規模な攻防。全員を守るにはあまりに今の俺達は装備が貧弱すぎる。

 

 

戦い、生き残るための『武器』が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで俺と拓三で一階の、俺達『サバイバル部』の部室に道具を取りにいってくる」

 

 

「なにが、というわけで──よ」

昼飯を終え、まったりとした時間を満喫しながら「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの軽いノリで宣言すると速攻で若狭にツッコミを入れられた。また二人だけで危険なところに行くのかと怒り心頭な若狭に同調し、後日でもいいんじゃないかと言う直樹たち。今回は別に感染者との接触は避けるつもりで行くだとかそんなに時間は掛からないと説得するも頑なに首を縦に降らない若狭。一体何が不満だというのか。

 

 

あれやこれやと平行線を辿っていると、唐突に挙手を上げる人物が一人。

 

 

「なら、私が二人に付いていく……のはどうかしら」

以外や以外。名乗りを挙げたのは佐倉先生だった。しかし慕われているめぐねえを行かせるなら自分が、と恵飛須沢が割って入ろうとするが女子の中で一番動いていた彼女を案じ、たまには大人らしいところを見せなくちゃと笑みを浮かべる。

 

 

また少し話して、結局俺と拓三、そして佐倉先生の三人で一階に降りるということで決定。部室の鍵を取りに職員室へ向かい回収すると、佐倉先生の視線が資料棚に向いているのに気付く。……帰りにでも反応を見てみるか。

 

 

そんな事を考えながら北階段を静かに降りていく。部室は北階段に隣接する部室3号。元々は他の部の部屋だったが交渉(物理)で譲り受けた場所だ。もっとも階段から近く、そしてこの学院の地下に一番近い場所を確保したかった。地下が近いやんけ! というのは置いておいて。

 

 

階段を降り一階へ到着する。周囲を見渡し感染者が居ないことを確認、足早に学食兼購買部の倉庫になっている大部屋へ一度入り、姿勢を低くしたまま徘徊する感染者をやり過ごす。部室に行くには一度この大部屋を通らないと行けないのがネックだ。

 

 

ゆっくりと鍵を差し込み慎重に回す。小さくカチリとロックが開く音に、微かに冷や汗が流れる。いくら今まで散々鍛えていたとはいえほぼ丸腰で佐倉先生を守りつつ逃げるのは骨が折れるだろう。

 

 

何とか気付かれる様子もなく部室の扉を開け、すぐさま中に入る。自分達の部室というだけあって何となく安心感の持てる部屋、特に荒らされた様子は見受けられない。てっきり一部の生存者にでも荒らされているかもと思い対策していたが無駄だったようだな。

 

 

「うわぁ……」

部屋を見渡す佐倉先生がドン引きするような声を漏らす。

部室の中はありとあらゆるサバイバル用品などが飾られ、迷彩柄の服にサバイバルナイフから大型マチェット。見る人によってはちょっとした武器庫にでも思えるだろう。

 

 

「とりあえず適当に何でも詰めてってください」

大型のバックパックを一つ投げ渡し、俺と拓三も手当たり次第に必要なものをバックパックやリュックサックに詰め込んでいく。

寝袋はもちろん十分な量のパラコード、着火材から雨具、ケミカルライトに発炎筒。夜営用のテントにキャンプ用具、懐中電灯やペンライト、手回し式の充電器付きラジオ。

 

 

双眼鏡や救急医療キット、地図や方位磁石。工具一式にダクトテープなどなど。

 

 

複数の迷彩服やそれに見合ったプロテクターやインナー。グローブやブーツ、ニー&エルボーパッド、そして……。

 

 

「そ、そんなものまで持っていくの?」

手に取った物をマジマジと見つめる佐倉先生。俺が取ったのはガスマスクと髑髏を模したフェイスマスク。タクティカルヘルメット、サバイバルゲームなどで使われるような一般的なものだ。

 

 

「もしも外に出る場合、何があるかわからない。特に頭と顔は隠すことも含めて守りを厳重にしておいた方がいいんですよ」

なにかと、と付け加え荷造りを再開する。

 

 

各種サバイバルナイフやシースナイフ、折り畳み式のフォールディングナイフ、刃が内側に向かって湾曲しているカランビットナイフ、投擲用のスローイングナイフに緊急時のための小型ナイフ。片手で振れる程度の鎌、本体はネオングリーンのパラコードがグリップ部分に巻かれていたがあまりにも目立つためモスグリーンのパラコードと交換しておいた物。

全長950mmの杖としても役割を持つタクティカルハンマーステッキ。ボーイタイプと呼称される海賊などが持つシミターによく似たマシェット、両手持ちができるほど長いハンドルがあるヘビー級の大型マシェット、範囲よりも取り回し安さを重視した円形型のライオットシールド。

 

 

更に極めつけは──。

 

 

「よっこら──せっ!」「クスッ(ボソッ)」「やめないか!」

狭い部室に不自然なほどでかでかと置かれたソファーベッドを音がならないように拓三とひっくり返し、床面に沿った木製の骨組みを解体していく。やがて中から取り出した『ソレ』を見た佐倉先生が驚愕と怒りに声を荒げそうになったが透かさず止める。

 

 

「な、なんでそんなものが校内……しかも生徒の部室に!?」

アルミ合金や炭素繊維で作られたボディに大きな二つの滑車が取り付けられた、所謂『コンパウンドボウ』と呼ばれる弓の一種。

 

 

「まぁまぁ」

慌てふためく先生を宥めながら弓を専用の布ケースに入れ、大量の矢を何個かの矢筒に纏める。

 

 

ある程度纏まったところで俺と拓三が荷物を持ち上げる。俺はともかく筋肉バカの拓三がいるおかげで大分一度に必要なものを纏められた。

 

 

両手両肩、背中に胸にそれぞれバックパックやリュックサックをぶら下げる姿は滑稽だったが仕方ない。

先導を佐倉先生に任せ三階へと荷物を運ぶ。歩きにくくてしょうがない。

 

 

三階へ到着し、俺達の校長室まで運び終えると俺は休憩室へ戻ろうとする佐倉先生を呼び止め、拓三に『例のもの』の話をするとソレに関してはお前に一任すると丸投げされてしまった。

 

 

仕方ないと佐倉先生を連れ、職員室へ入る。

 

 

どうして呼ばれたのか不思議がっている彼女へ振り返り、人差し指で資料棚の一ヶ所を指差し──。

 

 

「『非常事態』……ですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の中が真っ白になった。呼吸が上手く出来ず胸が苦しくなる。

 

 

どうして。どうしてと頭の中で同じ言葉を繰り返す。

 

 

『どうして知っているの?』

 

 

そう訪ねようと口を開くが私の喉からは「あっ」とか乾いた声しか出なかった。

電気の消えた職員室、日の光を背に照らされる木村くんの顔が影を差し、言葉にできない恐怖が体を支配する。どうして彼が職員しか知らないはずの『職員用緊急避難マニュアル』の存在を知っているのか検討も付かなかった。私だってさっきまで存在を忘れてて彼ら二人と一緒に部室の鍵を取りに行った際に思い出した程度だったというのに。

 

 

「そ、そうよね……非常事態だもの、ね」

嫌に頬を伝う汗も拭わぬまま、私は資料棚のスライドを開きビニールで梱包されたマニュアルを手に取る。

 

 

思い出すのはだいぶ前のこと。校長先生に手渡されたその資料に最初、私はこれといった関心を持たなかった。大きく書かれた『緊急避難』と書かれたそれも、当時は単なる災害避難時の在り来たりなもの程度に考えていた。

 

 

背後に刺さる木村くんの視線を受けながらマニュアルの封を剥がす。生唾を飲み、震える手でページを捲った私はそこに記載されている内容を目の当たりにした。

 

 

最初のページには緊急時の連絡先として巡ヶ丘市の地主である企業『ランダル・コーポレーション』や、拠点と枠組みされた学院や聖イシドロス大学の名前。

 

 

二ページ目には学院の設備防衛施設についての詳細。地下室に15人ほどが一月は過ごせるだけの食料や医療品などの説明、途中「感染症別救急セット」という単語を見て胸がざわついた。

 

 

三から六ページまでは学院の見取り図で構成され、七ページ目に差し掛かったところで私は自分の目を疑った。

 

「なに……これ……」

書き記されていたのは『とある感染症』に関してのデータだった。

 

 

感染症、兵器という単語。完成された製品。感染症の系列。α型、β型、Ω型。感染症に対する初期対応、確保と隔離。武力衝突による人命の損失。

 

 

 

 

そして──。

 

 

 

 

《4.最後に

古今東西、様々な道徳があるが、あらゆる道徳に共通することは、人命こそが最も優先されるべきものであるということである。であるが故に、多数の人命が危機にある時は、少数の人命の損耗をためらってはならない

 

寛容といたわりの精神は、本文書開封時点のおいては、美徳ではない。

 

覚悟せよ。

 

あなたの双肩には数万から数百万の人命がかかっている。》

 

 

 

 

 

「……なによ、それ──」

読み終えた私は、震える声で言葉を漏らす。何なのだこれは、なんでこんな……まるで『最初から分かっていたような事態』を想定したものがこの学院にあるのか。これじゃまるで。

 

 

「先生──「違う!」」

私が読み終えるまで黙っていた木村くんの言葉を遮るように、私は叫んだ。

 

 

「違う、違うの! 知らなかった……知らなかったのよ。わたっわたし……私は……!」

立っても居られず地べたに膝から崩れ、子供のように何度も違う違うと頭を抱えて否定する。

 

 

私は違う、知らなかった。関係ない、私のせいじゃない!

 

 

そこで私は自分の考えに、ハッとする。

 

 

──違う。そうじゃない。

 

 

頭を過るのは残された生徒たち7人と幼い一人の少女。

 

 

あの子達を巻き込んだのは私たちだ。私たち大人だ。誰かがこれをちゃんと見ていれば。もう大人は誰もいない、私だけ。

 

 

だから全部──。

 

 

「違いますよ」

ぎゅっと頭を抱き寄せられる感覚。気が付くと私は木村くんの胸に抱かれていた。今まで聞いたことがない程に優しい声で、泣きじゃくる子供をあやすようにゆっくりと背中と頭を撫でる大きな手。

 

 

「誰も先生のせいだなんて思いませんよ、知らなかったのだからしょうがない。誰もこんな事になるなんて思わなかった、それでいいんです。もうどうしようもないかも知れないけど俺達はこうして生きている」

 

 

「でも、私……私!」

すがるように木村くんの胸に顔を埋め、涙で彼の服を汚すのもお構い無く、この歳になって誰かの胸の中で泣くなんて思いもしなかった。

 

 

「むしろ咎められるとするなら……」

抱き締める力が増し、微かに痛みを感じるが……今は何となくこの痛みが心地よかった。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

…………ハッ!?

 

 

「ご、ごめんなさい!」

私は慌てて彼から離れる。大の大人が生徒に、それも男の子に泣きつくなんてはしたない行動に今さら恥ずかしさを覚える。しかも頭を撫でられて嬉しいとすら感じてしまった自分が情けなくて仕方ない。

 

 

パタパタと崩れた髪を撫で、早鐘を打つ胸をなんとか落ち着かせた私はマニュアルを再度手に取る。

 

 

「これを……みんなにも見せようと思うの」

たぶんきっと、とても混乱するだろうし私を非難する声も挙がるだろう。それでも構わない、私は大人として……あの子達の先生として最後まで責任を持たなくちゃいけないのだから。どんなに拒絶されても、私はあの子達を守らなくちゃいけない。

 

 

「……どうして木村くんが『これ』の存在を知っていたのかは聞きません。きっと何か事情があるんだと思うけど、私が何か聞く権利はないと思うから」

 

 

「…………いつか、話せるときが来たら話しますよ」

頬を掻きながら視線を反らす彼に、思わず笑みが綻ぶ。私は「ええ、待ってる」と答え、職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

食事を終え、木村くんと田所くんを除いた全員が集まる職員休憩室。私は緊急避難マニュアルをみんなの前に差し出し、代表で若狭さんがマニュアルを読む。

 

 

「そんな、そんなのって!」

終わる頃には若狭さん、恵飛須沢さん、直樹さん、祠堂さんの四人は顔をしかめ、今一わからない丈槍さんと若狭さんの妹さんは小首を傾げる。

 

 

「……先生は、どこまで知っていたんですか?」

若狭さんの言葉に、ドキリと胸が跳ねる。私は正直に「マニュアルの存在は知っていたが、内容までは知らなかった。さっき木村くんと二人で確認して初めて知った」と答える。

 

 

「……先輩は、知ってたんですかね」

直樹さんの言葉に誰かが息を飲んだ。あまりにも対応が早く、感染者と読んでいる人々の有り様に怯むこと無く行動できる男子二人の存在。何かを知っているのだと疑わざるを得ない。

 

 

でも私は──。

 

 

「少なくとも、私は二人を信じてみようと思うの」

私の言葉に全員の視線が集まる。ああ、ずるい女だと我ながら思ってしまう、ほんの少しでも境遇が同じ二人を信じて、自分を正当化しようとしている卑怯な人間だ。

 

 

今この学院でもっとも優位に立っているのはあの二人の少年であるのは間違いない。そんな彼らと行動を共にしていれば少なからず生存率は上がるだろう。

 

 

「……そうですね」

マニュアルを畳み、若狭さんが呟く。彼女は以前から木村くんと個人的な繋がりがあるようで、妹さんの件も含めて彼を信頼しているのだろう。抱き寄せた妹さんに「るーちゃんは木村くんのことどう思う?」と訪ねると屈託のない笑顔で「大好き」と答えた妹さん。……いいなぁ、あんな風に好意を口に出来るなんて……──。って、何を考えてるのかしら私ったら!

 

 

「私も、思うところがない……と言えば嘘になりますけど、先輩は私と圭を助けてくれたことに変わりはありませんから」

直樹さんと祠堂さんはリバーシティで木村くんに救われ、彼が何かを知っていると合流前から疑っていたと言う。ここに来る前まで一緒に居たという親子からの助言も受け、彼女達なりに割りきったという感じだろう。

 

 

「ま、いけ好かない奴らだけど実際……あたしらだけじゃここまで上手く行かなかっただろうし、思うことはあっても追い出そうなんて思わないよ……先輩の事だって今なら分かる。あたしが弱かったからアイツに責任を押し付けちゃったようなもんだし」

恵飛須沢さんも当初は田所くんを敵視したような雰囲気だったが、この二日で彼が前線に立って私達を守ってくれていた事を理解し、心に区切りを付けようと頑張っている。

 

 

「丈槍さんはどう?」

私の問いに、彼女はうーんと腕を組んで難しそうな顔をする。

 

 

「よくわかんないけど、木村くんも田所くんもお友達だから、一緒に居たほーがいいよね!」

丈槍さんの答えに、私はそうねと返し彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 




次回、二人だけのエクスペンダブルズ(大嘘

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