ロリータ・コンプレックスSS   作:茶々

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今回からアニメ二期に突入します。

すずり…………だに……?(忘却)


第十話 ここであったが百年目

 

夏休みの最初に合宿を終えたかと思えば、部活や学校の宿題をこなす内にあっという間に日は巡り、気づけば八月も中旬に入った頃の、ある日。

 

「夏祭り?」

『ええ。ウチの近所の鈴蘭神社で、今度夏祭りがあるのよ』

 

「女の子から電話よーっ」とやけに嬉しそうな笑顔で受話器を渡した母親の後ろ姿を見送りながら応答すると、果たして電話の主は紗季だった。

何事かと問えば、返ってきた返答は“夏祭り”。

 

『合宿が終わった後は私達の強化試合があったり、アンタ達は遠征に出かけたりで中々遊ぶ機会がなかったでしょ? 夏休みもそろそろ終わりだし、最後にもう一回くらいみんなで集まりたいなー、って思って』

「僕は別にいいけど……」

 

日付を聞いてカレンダーを見れば、丁度その日は練習の中休み。夏休みの宿題も殆ど片付いており、残っているのは毎日の日誌と数枚のプリントだけだ。

と、そこでふと進は思い出した様に呟いた。

 

「あ、そういえば袴田にも聞かれたな」

『え?』

「夏祭り、一緒にいかないかって」

『……ゑ?』

 

数日ほど前だったか、同じ様に母親から「女の子から電話よーっ」とやたら嬉しそうな顔で渡された受話器の向こうから聞こえてきた声に、進は同じ様な事を尋ねられたのだ。

 

『……い、一応聞いておくけど、どっち?』

「妹の方」

 

「袴田…………かげ、かげたん?」と続けると、やたら疲れた様なため息が受話器の向こうから聞こえてきた。

 

『……ああ、かげつの事ね。というか、名前くらいちゃんと憶えておきなさいよ』

「しょうがないだろ。直接会ったのは夏合宿の時だけなんだし」

 

というか、この夏休みの間に進が女バスの面々と顔を合わせたのも、夏合宿の時を含めて二回しかない。より正確に云うのなら、顔を“見た”のは二回、なのだが。

二回目は夏陽と一緒に夏休みの宿題を片付ける為に、市内の図書館を訪れた時だ。

 

「あ、香椎達だ」

「えっ?」

 

二階にあったフロントエリアで教科書と課題を広げていた折、ふと下の階に視線を向けた時に進が偶然発見した。

何か作業をしている様子だったし、目の前に広げられた理科のプリントの方が優先事項だった為に進はそれっきり興味をなくしたが、対面に座っていた筈の夏陽は時折視線を下の階に――恐らくはひなたにだろうが――向けては、表情をだらしなく緩めていた。

 

後になって「ちょっとトイレ行ってくる」と言って姿を消し、十五分ほどして戻ってきた時には意気消沈していたが、あれは一体どうしたのだろうか。

 

『って、そんな事より!』

「ん?」

『なんでかげが水崎を夏祭りに誘うの!?』

 

捲し立てる様に問われても、進には「さぁ?」と答える事しか出来ない。

何しろその電話にしたって、まず早口過ぎて何を言っているのかさっぱり分からなかったし、辛うじて聞きとれた予定についても聞き返す前に電話を切られてしまった。

後になってひなたからのメールで漸く予定を理解し、その理由を問うて返ってきた答えが、

 

「“仲直り大作戦”だって」

『……はぁ?』

 

 

 

 

 

 

袴田かげつにとって、水崎進という少年はいかなる存在か。

 

最初に彼の事を聞いたのは、姉が嬉しそうに学校の様子を話している時だった。

 

「今日は水崎と一緒に、ウサギさんにレタスをあげました」

 

母が「誰?」と問うと、どうやら最近クラスに転入した男の子らしい。聞けばバスケがかなり上手で、クラスではひなたと同じ飼育係になったとの事。

今まで異性の話題がひなたの口から出る事は殆どなかっただけに、母は随分熱心にそのクラスメイトの事を根掘り葉掘り聞いていた。

 

気が付くと姉は彼の事を“すすむ”と名前で呼ぶ様になり、学校や女バス以外の事ではその子の話題が大きな割合を占める様になった。

これはいよいよ我が子に春が来たか、と喜色を浮かべる母と、いやウチのひなたにはまだ早い! と血の涙を流す父を余所に、かげつは独自に“水崎進”について調べた。

 

そして彼の兄の事を知った矢先、姉は女バスの合宿に出かけた。

自分も時折話す“同志”竹中夏陽と――――――水崎進を伴って。

 

『そして貴方! 貴方は最大級警戒人物です!』

 

かげつにしてみれば、それは一重に姉を思う妹心からの行動だった。

小学生の女の子に手を出して、学校を追われた男の弟―――そんな危険な人間を、大切な姉の傍に近寄らせる訳にはいかない。

 

正義、とまではいかなくとも、大義は自分にあると確信していた。

 

なのに待っていたのは、夏陽からの渾身のグーパンチと実姉からの激しい叱咤。しかも自分の所為で、ひなたに頭を下げさせる始末。

どうして――――――その答えは、実に意外な人物から齎された。

 

『―――水崎のお兄さんは、俺の高校の、バスケ部の先輩で、キャプテンだったんだ』

 

長谷川昂。

かげつ的ブラックリストのナンバー2に位置する、要注意人物。

 

彼から聞かされた話は、かげつの想像を絶するものだった。

 

それから、居なくなった進を探して、怪我のまま試合に出ると言って聞かない彼を説得しようとして、何故か彼を激励する為の料理を手伝わされて……と、そんなばたばたをしている内に夏合宿が終わってしまい、その数日後。

 

『かげ、すすむにちゃんとごめんなさいはした?』

『え?』

 

―――かげつにとって、その時のひなたは今まで生きてきた中で体験したどの現象にも勝る程に怖かった。

あの時は怖かった。本当に泣くかと思った。というか少し泣いた気がする。

 

一頻りかげつを叱った後、彼に連絡を取ろうと姉が携帯をとり(既に連絡先を交換していたのだとこの時初めて知った)、電話をかけたが返ってきた答えは「遠征中」。

どうやら件の少年、女っ気というか暇っ気が欠片もない弾丸少年だったらしく、バスケの部活動と夏休みの宿題と自主練のサイクルを傍から見れば尋常でないくらいに回しているらしく、かげつにしても夏季講習や姉との練習等があってすれ違いが続き、気づけば夏休みももうすぐ終わってしまう。

 

このままではひなたの中の阿修羅が再び目覚めてしまう……そんな危機感を抱いたかげつを救ったのが“夏祭り”だった。

 

(これだっ!)

 

雑誌によれば、異性に謝罪する際、一緒に出かける事でその代わりとする『埋め合わせ』というものがあるらしい。

 

「姉さまっ! 私は夏祭りで水崎先輩に『埋め合わせ』をしますっ!」

「おーっ! かげファイトーっ!」

 

……と、気合いを入れて宣言したはいいものの、結局上手く連絡が出来なかったらしく、後でひなたに確認のメールが届いた。

 

 

 

 

 

 

で、結局。

 

「お、おおお待たせしましたっ……!」

「大丈夫。まだ待ち合わせの時間まで十分あるよ」

 

『私達は後で合流するから、先にかげと仲直りしてきなさい』という紗季の言葉とその手回しにより、夕陽が傾き始めた頃に進はかげつと合流する事になった。

出店が軒を連ねてはいるものの、流石に祭り本番まではまだ少し早いのか、人はまばらであり、着なれない浴衣に身を包み、『浴衣と言ったら下駄でしょう』という紗季の謎の拘りにより貸しだされた下駄を履いている進だが、問題なく歩く事が出来た。

 

濃紺の生地に星や月を象った模様を散りばめた浴衣を着た進は、カラン、と下駄を鳴らしながら駆け寄ってきたかげつを見やる。

淡い桜色の布地には白い花が散りばめられ、ゆったりと締める帯は少し濃い紫色に魚を象った模様がある。手には可愛らしい巾着を提げ、一見すれば少し背伸びをした中学生か、蕾から花へと開き始めた高校生程度には見える美少女が其処にいた。

というか、進と並ぶと姉弟の様ですらあった。

 

「じゃあ少し早いけど、行こっか」

「は、はははははぃっ!」

 

喉を引っ繰り返した様な返事を返すかげつに小首を傾げながら、進は少しだけゆっくりとした歩調で歩きだす。

その後を追う様にかげつが歩き…………その二人を見はる様に眼鏡を光らせる少女が、入口である鳥居を背に立っていた。

 

 

 

 

 

「女の子とお出かけするんだからっ!」とやたら気合いの入っていた母親に持たされた小銭入れの中には、五百円玉が十枚程入っていた。

その真意をまるで理解していない進は、とりあえず飲み物でも買おうかと出店に視線を巡らせて――――――“それ”を見つけた。

 

「え……あれ、水崎先輩?」

 

ふらふら~っと、誘蛾灯に導かれる様に進が向かった先には、地元商店街が共同で出店しているフリースロー屋があった。

“三回で百円。三本決めたら鈴蘭商店街の商品券をプレゼント!”と看板にデカデカ踊る文字をしげしげとかげつが見つめていると、

 

「十五回やります」

 

何の迷いもなく五百円玉を出して注文する浴衣姿の小学生が其処にいた。

 

「って、水崎先輩っ!?」

「お、弟くんやる気だねー! よっしゃ、頑張りなっ!」

 

進の事をかげつの弟だと思っているらしい店番のおじさんが笑いながら進にボールを寄こした。

 

「普通は三回連続で決めるごとに商品券が一枚なんだが、特別ルールだ! 全部決めたら商品券を十枚やるぞ!」

「じゅ、十枚っ!?」

 

普段は三回で一枚貰える五百円分の商品券が十枚……その金額をかげつが頭の中で計算していると、何処かから歓声が聞こえた。

 

「凄いぞあの子っ! もうこれで五回連続ゴールだ!」

「えぇっ!?」

 

かげつが驚き、店番のおじさんが慄いている間に進は六本目のシュートを何の躊躇もなくゴールに放り込む。

周囲の歓声にまるで反応も示さずに、進は続けざまに七本目のシュートを放った。

 

 

 

「楽しかった」

 

ソーダ味のアイスキャンディーを舐めながら、進は少しだけ嬉しそうに呟く。

 

「よかったですね……」

 

イチゴ味のアイスキャンディーを手に持ち、かげつは憔悴した様に呟く。

 

あの後、十五本全てをノーミスでゴールに放り込んだ進は、テントの奥で嫁と思しき女性にガミガミ叱られている店番のおじさんを尻目に商品券を五枚受け取った。

残りの五枚については「楽しかったのでいりません」と断った所、奥で正座していた店番のおじさんに泣いて感謝された。

 

「水崎先輩、本当にバスケが上手なんですね……」

「今日は午前中に浴衣のサイズを合わせたり下駄を借りてきたりで、ボールに触れる時間がなかったから落ち着かなかったんだ」

 

微妙に成立していない会話を続けながら、進はアイスキャンディーを齧った。

 

「ん。美味しい」

 

―――そんな様子を見つめながら、何時の間にか入手したおたふく仮面を被りながら少女は独り言を呟いた。

 

「水崎の奴……自分だけ楽しんでどうするのよ、全く……!」

 

 

 

 

 

 

「あ、夏陽だ」

 

その後、二人で屋台を一通り見て回っていると、進がビニール袋を吊るした手で通りの向こうの方を指差した。

声につられてかげつが視線を向けると、多くなってきた人通りの向こうから真ん中に男の子を挟み、その両脇をそっくりな顔立ちの少女二人が固めた三人組―――竹中兄妹が歩いてくるのを見止めた。

 

かげつの隣に立っていた進が「おーい」と手を振ると、此方に気づいたらしい夏陽が遠目にも分かるくらいに目を見開き、ヤバい所に出くわしたとでも言いたげな表情をした。

 

それが何を意味しているのかを理解するより早く、

 

「「あぁーっっっ!!!」」

 

周囲の人間が思わず振り返るくらいピッタリ揃ったサラウンドの発生源が、進を指さして大口を開けていた。

 

そして音波の発生源は、後ろから兄が「おい! 椿、柊!」と制止する様な声を上げているのも無視して、突然の大声に吃驚している自分とその隣でキョトンとしている進にずんずんと大股開きで歩み寄ってくると、

 

「ここであったが百年目!」

「ボク達と勝負しろ、水崎進!」

 

双子らしく、ピッタリ同じポーズで進に指先を突き付けて宣戦布告を叩きつけた。

 

 

 

 

 

―――にーたんを返せ!!

 

竹中椿、竹中柊にとって、“水崎進”は敵である。

 

家でのゲームの時間、一緒にやってきたバスケの練習、毎日の登下校……今までずっと、二人で独占してきた(にーたん)との触れ合いの時間は、しかし此処数カ月で激減していた。

理由は、春先に突然現れた転校生―――水崎進。

“たまたま”兄と同じクラスで、自分達より“ちょっと”バスケが上手いというだけで、自分達から(にーたん)を奪った。

 

二人にしてみれば、不倶戴天の宿敵と言っても過言ではない。

 

兄とゲームする時間が減ったのも進の所為。

最近一緒にバスケの練習をしてくれなくなったのも進の所為。

部活の時間に応援にいったら兄に叱られたのも進の所為。

勉強に集中できなくなって母親に叱られたのも進の所為。

 

坊主憎けりゃ何とやら、ではないが、他人にしてみれば責任転嫁にも聞こえるだろう。

しかしこの二人にとっては他人の意見などどうでもいい。

 

最重要且つ重大なのは、

 

「よくもボク達からにーたんを奪ったな! この泥棒猫!」

「どんな手を使ってにーたんをゆーわくしたんだ! この泥棒猫!」

「えぇっ!? ゆ、誘惑って一体……」

「「げったんは黙ってて!!」」

 

凄まじい剣幕で威嚇する椿と柊の様子に、かげつは目じりに軽く涙を浮かべながら怯えた。だが、その剣幕を真正面から受けている進はと言えば、

 

「…………はぁ」

 

傍目からでも容易く分かるくらいに、呆れた様子も隠さずに、心底うんざりした様な雰囲気と共に、ため息をついた。

 

「お前らいい加減にしろよ!!」

 

後ろから駆け寄ってきた夏陽が二人を怒鳴りつけるが、むしろ火に油を注いだ様で、椿と柊は目じりを吊り上げて金切る様な声音で叫んだ。

 

「にーたんは騙されているんだよ!!」

「そうだよ! この泥棒猫が全部悪いんだ!!」

 

ぎゃあぎゃあと喚く竹中三兄妹を余所に、恐る恐るかげつは問い掛けた。

 

「あの、水崎先輩……」

「なに……?」

「何で二人に、こんな敵視されているんですか?」

「……それ、僕が聞きたいんだけど」

 

ため息と共に吐き出されたその言葉に、かげつは初めて、本気で苛立った様な進の顔を見た。

 

 

 

ちなみに、その時。

進たちから少し離れた場所で、進と全く同じタイミングで頭痛を覚え、ため息をついた少女がいた。

 

「つばひー……アンタ達ねぇ…………」

 

 

 

 

 

 

その後、「勝負だ!」「決闘だ!」「いい加減にしろ!」と騒ぎまくる三兄妹の声を聞きつけたらしい妙齢の女性――後で進が夏陽に聞いた所、三人の母親との事――が、娘二人の首根っこを掴み、「お邪魔しちゃってごめんなさいね」と深々と頭を下げ、ついでとばかりにそのまま双子を連行していった。

母親と一緒に頭を下げた夏陽がその後を追おうとした所で進が呼びとめ、「あと十分くらいしたらみんな来るから一緒に遊ぼう?」と言うと、何かを言い淀む夏陽を余所に母親が「折角来たんだから、遊んで行きなさい」とやんわり笑って言ったのを決定打としたらしく、夏陽は進の誘いを受け入れた。

 

その時の進の喜び様は、これまで祭りを一緒に巡ってきたかげつが見た事がないくらいに喜色を露わにしており、見れば夏陽の方も何か期待を抱く様に少しだけ綻んだ表情を見せている。

 

そんな二人の様子を見て、かげつの脳裏に椿と柊の言葉が蘇る。

 

「“泥棒猫”…………」

 

確か、以前たまたま見たお昼のドラマで、夫の浮気相手の若い女に対し、主人公である女性がそんな罵声を浴びせていた。

「夫を返せ」「私の方が愛している」「所詮は身体だけの関係」云々、何となく見てはいけないものを見た気がして、お昼寝からひなたが起きてくる前にテレビは消したのだが。

 

―――つまり二人にとって、水崎先輩は竹中先輩を奪った“泥棒猫”?

―――いやいや! だって二人は男の子同士だし、というかまだ小学生だし!

 

よもや自分の傍で、自分とその友人をネタにとんでもない妄想を暴走させている小学五年生がいるとはつゆ知らず、進は友達と一緒に遊べる夏祭りに心躍らせ、夏陽は間もなく来るであろう想い人の姿を幻視して胸を高鳴らせた。

 

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