智花ともう一度勝負したい。
その為にはチームが必要だ。
だから男バスを乗っ取って自分のチームを作ろう。
「…………って、いう事?」
「はい……」
堂々巡りというか平行線的な話を続ける夏陽と少女―――ミミ・バルゲリーを見かねた進が、かげつから聞いた話を三行で纏めた結果がそれだった。
「はぁ? 何言ってんだっ!」
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさいっ!!」
苛立ちを隠そうともせずに夏陽が声を荒げると、怯えた様にかげつは謝罪を繰り返す。
しかし当事者たるミミはけろりとした表情で言葉を続けた。
「トモカと同じチームじゃ試合出来ない。別のチームが欲しい」
「だから」とそこで一旦言葉を区切り、
「ドージョー破りです! 私とショーブして下さいっ!」
「いや、その理屈はおかしい」
即座に半眼で夏陽がツッコミを入れる。
途端、本気で驚いたらしいミミはその見た目からは想像も出来ないくらいに声を荒げて夏陽に詰め寄った。
「何故ですか! ニッポンダンジたるもの、イクサとケットウからは逃げないのでしょう!? ブシドーはどうしたのですかっ!」
「うん。多分それ僕達の知ってるニッポンと違う」
日本の戦国時代は、昨今のメディアミックスの影響からか海外でもかなり知名度が高い。
特に、部内でも度々話題に上がるアクションゲームは史実を簡潔かつダイナミックに理解でき、尚且つ登場人物やその思想が悉くビジュアル系である事が、その人気に火をつけたといっても言い。
「実際は結構しょーもないのよ? 体裁とか利権とか、大体はそんなんばっかりに目がくらんでるし」とは、お好み焼き談議から日本の戦国史に話題がシフトした時に、既に中等部の予習にとりかかっていた少女の言葉である。
その時合わせて見せて貰った主な戦国武将の肖像画を思い出しながら、そんな事を進がぼやくと、
「むっ」
「ん?」
ミミが訝しむ様に進を見つめた。
アクアマリンの双眸にじっと見つめられれば、同い年は愚か、多少年上の少年でもその美貌にみとれそうなものだが、何となく品定めする様な雰囲気を醸し出すミミに進がときめく様な事はなかった。
「……貴方はもしかして、“ミズサキススム”ですか?」
「え……あ、うん」
余り聞き慣れないイントネーションで呼ばれ、多少戸惑いながらも肯定を返す。
瞬間、擬音でも聞こえそうなくらいの速度で詰め寄ったミミが進の両手を握りながら、表情は余り変わらないのに瞳だけをキラキラと輝かせて顔を間近に近づけていた。
その余りの急接近に、ミミ越しに進を見ていたかげつは、何かを勘違いしたまま状況を把握した瞬間顔を真っ赤にして手で覆いながらも指の隙間から二人の姿を覗き見て、隣にした夏陽はミミが一瞬で移動した事に驚き、更に進が呆気にとられているらしい事を表情から読み取って驚愕を深めた。そして遠巻きに四人の事を見ていた男バスの面々は何が起こったのかさっぱり理解出来ず、しかし間もなくかげつと同じ様な勘違いをしたのか戸惑いと驚きを露わに右往左往している。
そんな周囲を余所に、ミミは先程より幾分か弾んだ声音で、蕾程度にしか開いていなかった口を満開の花びらの様に広げて、
「トモカから聞きました! 是非ショーブして下さい!」
「えっ」
宿泊していたお寺に明け方いきなり「来ちゃった☆」と重臣が特攻かましてきた時の第六天魔王様並に進を呆気にとった。
◆
ミミ・バルケリーにとって、日本は憧れの国だった。
両親が日本のサブカルチャーに造詣が深い事もあり、幼い頃からバスケ以外の事となると、専ら日本文化に親しむ事が多かった彼女は、特に父親が持っていた日本のアクションゲームがお気に入りだった。
其処では、見目麗しい“サムライ”達が、己の信念を胸に様々なドラマを繰り広げていたのだ。
後にそれが日本の歴史を元にしているのだと知った時、ミミにとって日本は“憧れの国”から“心の故郷”へと昇華された。
ハワイでバスケを教えてくれた銀河は、ひょうひょうとした性格ながらもミミでは及びもつかないバスケの技術を持っていて、バスケにおいてはどんな不可能も可能にしてしまいそうな男だった。
昨日試合をした智花は、互角以上の実力を以てミミに同世代の女の子では初めての敗北を教えてくれた。あの滑らかな動きは求めるほどに遠く、諦めるには近く、その動きに呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の敗北へと進む様だった。
そして、今まさに目の前にいる少年こそ、ミミが一日千秋の想いで待ち焦がれた人物だった。
母国のクラブチームで指導を行ってくれた坂井コーチ、そして昨日のバスタイムに智花の口からも出てきたそのプレイを耳にする度、将来の発育が待ち遠しいミミの胸には期待と興奮が募って行った。
戦いたい、と願うのは、必然だったと言える。
「さぁっ! ショーブしましょうっ!」
両手をギュッと握り、瞳をキラキラと輝かせながらそうのたまうミミを前にして、進は言葉を失う。
その様子を見て、夏陽は一層驚きを深めると共に、共感めいたものを感じた。
普段がバスケの方向にかなり吹っ切れているだけであって、進も自分と同じ様に良識と常識のある人間だったのか……と、夏陽が安堵の吐息を洩らそうとした瞬間、
「……戦うしかないようだね」
「ごひゅっ」
ミミにシンパシーらしき何かを感じたらしい進が覚悟完了した声音で呟いた言葉に、呼吸の乱れた雑音が夏陽の口から零れ出た。
―――なんでそーなるっ!?
乱れた呼吸を整えて詰め寄ろうとするが、二人は既にコートの方に向かっており、かげつもわたわたしながらその後を追っている。休憩中だった男バスの面々は戸惑いながらも二人の雰囲気に圧されたのかコートを明け渡し、下級生などは何時の間にか進の応援に回っていた。
「……………………」
そんな彼ら彼女らにため息の一つもつきたい所ではあったが、結局夏陽も好奇心に早々と白旗を上げ、二人の試合を観戦する為にコートへ向かって歩き出した。
「あんまり時間もないし、攻撃と守備を一回ずつで良い?」
「
ゴールを背にして立ちながら進が問い、ボールを持ったミミが答えると、いよいよコートの空気は緊張を帯びてくる。
先程まで応援の声を出していた下級生も声を潜め、何時しか広い体育館の中にはボールが弾む音がやけに大きく響くばかりとなった。
グッと腰を落としたミミと、進の視線が俄かに交錯する。
「
「ッ!」
刹那、小柄な体躯からは想像も出来ない程の勢いと共にミミが進に肉薄した。
ミミはコースを塞ぐように身体を寄せる進と距離を保ちつつ、しかし鋭いフェイントを織り交ぜながら一瞬の隙を突いてすりぬけようと機会を窺っている。
その動きの一つ一つが年不相応なまでに洗練されており、思わずといった風に進は目を見開いた。
自分よりも小柄な選手を相手にする事は多くなかったし、その相手がこれ程に素早く鋭い動きをする事もなかった。
―――“トモカから聞いた”、ね。
他人の評価を得手としない智花が手放しに称賛していた少女が、目の前の彼女という訳か。
その思考に至り、そして―――そんな強敵を相手に出来た興奮に、進は笑みを浮かべる。
それをどう捉えたのか、ミミもまた笑みを浮かべて言った。
「ススムは、とても強いですね」
「ありがとう。でも、まだ行けるよね?」
「―――
硬直は、一瞬。
次の瞬間、ミミの速度が更に跳ねあがった。
「早っ!?」
「進っ!」
シューズがコートを駆けると同時に、ミミの体躯が完全に進の横をすり抜ける。
誰もが――進ですらも――抜けたと思った、まさにその時。
「っ!」
ゾクリ、とミミの全身を凄まじい悪寒が駆け抜ける。
まるで猛獣に牙を向けられた時の動物の様に、駆けた姿勢のままミミの身体が硬直した。
「――――――ッ!!」
理屈ではない。
ただ生物としての本能が、硬直した身体を動かす。ボールを取ろうとした手を、逃げる様に上に伸ばす。
そして、次の瞬間。
まるでその空間を食い破る様に、
「うわっ!?」
ゴールポストの傍にいた五年生が、恐るべき速度で飛んできたボールを咄嗟に避ける。余りの速度に受け身も取れぬまま、その部員は尻を体育館の床にうちつけた。
静寂を打ち破る様にてんてんとコートの外を転がるボールに、誰もが視線を奪われる。
「…………」
ミミは、冷や汗が伝うのを感じながらもゆっくりと顔を背中の方に向ける。
そして、半身を此方に向けながら、しかし随分と落ち着いた吐息を零す進の瞳に、獣の如き猛々しさを垣間見た。
その瞳に。或いは、全身から沸き立つ様に漂う闘争心に。
ミミの心臓は、血液を沸騰させる様に早く、大きく震えた。
◆
「……次、僕だよね?」
「…………え、あ……はい」
進の問いに、ミミは我を取り戻した様に慌てた口調で答えた。
体育館の熱気に中てられた為かその頬は紅潮しており、玉の様な肌を伝う汗の量も決して少なくない。
「大丈夫? 疲れた様なら、給水してきても……」
「
言いながら、ミミはゴールを背にして油断なく構える。
その姿に応える様に、進もまたボールを持って腰を落とす。
ミミの瞳に、先程までの楽しむ様な色はない。
公式戦さながらに油断なく進を見つめ、ボールを狙う様に両手を広げる。
体格で言えば、やはり男子である進の方がやや大きい。それを踏まえ、“コースを塞ぐ”のではなく“ボールを狙う”のは、やはり幼くともクラブチームに籍を置く選手としての経験が成せる技だろう。
その在り方に、進は感銘と共感を覚えた。
持てない事を嘆くよりも、持てる技術を尽くして戦おうとする事は、言う程簡単に出来る事ではない。
しかも直前にあれだけのプレイを見せられながら、それでも闘志を絶やさずに立ち向かえる姿勢は、いっそ敬服さえ覚える。
―――だからこそ、進もまた全力で応えねばなるまい。
相手が年下だから。女の子だから―――そんな理由で手を抜く事は、それこそバスケに対しても、これ程真摯な相手に対してもとてつもない非礼に当たる。
文字通り、本気も本気。全力中の全力で壁を貫き、叩き壊す。
呼吸も、音も。
何もかもを置き去りにする様に、進はコートを駆け抜けた。
「ッ!?」
進が動き出す瞬間を、ミミは確かに捉えた。
自分の右手側を抜ける―――そう、頭の中で確かに認識し、止めようとした。
―――キュ、キィ!
だが、進のバッシュがコートを駆ける音を耳朶が捉えた時、既に進はボールと共にミミを置き去りにしてゴールに駆けていた。
まるで、動いてから自分を抜き去るまでの数フレームを切り取った様に。
“気づいたら”というより他に言葉がないくらい、余りにも速く。
「
予定調和の様にゴールを決める進の背中に、ミミは心からの称賛と敬意を呟いた。
◆
夏休みが明けたとはいえ、まだ日中は太陽がアスファルトを焼く様に熱し、気温の高い時間が延々と続いている。
そんな中、校舎と体育館の日陰に隠れる様に進む二つの影があった。
「こちらつば、入口までの進路を確認」
「こちらひー、周囲の人影無しを確認」
夏陽の妹で双子の椿と柊である。
ペンケースを無線に見立てながら、3mと離れずスネークごっこに興じる彼女達の目的は、無論「にーたんの勇姿を観戦する」為である。断じて夏休み中逃げ続けた母のお小言のツケを恐れての事ではない。
夏休みの宿題についての担任のお小言がなければもう少し早く来れる筈だったのに、と二人して筋違いな憤慨をしつつ、着々と体育館へと近づいていく。
「……よし、行くよ」
「いざ、にーたんの元へ」
むんっ、と気合を入れて二人は体育館のドアを開ける。
―――瞬間、手をかけたドアが勝手に開き、ギョッとした二人は小さく悲鳴を上げつつも慌てて飛び退いた。
が、
「なにしてんだ、お前ら」
「にーたん!」
「にーたんだ!」
「おぉぅっ!? 馬鹿、やめろっ!」
開けた相手が
驚き慌てる夏陽は二人を支えきれず、三人揃って倒れそうになったが、長男としての維持か
ドシン、バタン、と小さくない音が響き、何事かと慌てて駆け付けた進やミミ、かげつの目が驚きに見開かれ、痛みに悶えながらも夏陽は三人の表情を見て、そして自分が今どんな体勢でいるのかを今更の様に把握する。
椿と柊を庇ったため、夏陽の身体は仰向けに倒れている。その自分の胸の辺りに覆いかぶさり、まるでキスをねだる恋人の様な間近な距離に椿の顔がある。更にその椿の背中に下半身を投げ出しながら、夏陽のふとももを枕にしつつも股ぐらの辺りにいやに温かい吐息を洩らす柊がいて――――――兄妹だろうと家族だろうと問答無用でスリーアウトまっしぐらな様相を呈している竹中さんちの三人兄妹がそこにいた。
「夏陽っ!?」
「タケナカ、大丈夫ですかっ!」
純粋に自分の身を案じてくれる進やミミの姿に、妙な勘ぐりをされるんじゃないか、と一瞬頭を過ったそんな思考が夏陽は結構本気で恥ずかしかった。
「き、禁断の兄妹愛……っ!?」
そして同時にかげつの変な方向での吹っ切れ方にもいい加減慣れてしまった自分が怖い。椿と柊にとって夏陽はお兄ちゃんだけど愛があれば関係ないとか言いそうだが、夏陽にとって二人は最近鬱陶しくなってきた妹でしかないのである。
「ねぇ、にーたん?」
「な、なんだよ……」
そう。
「ドキドキした?」
「ボク達と“くんずほぐれつ”になって、ドキドキした?」
―――俺の妹達がそんなに可愛くあってたまるかっ!
「いいからさっさとどけぇっ!! つぅか、もう来るなっつっただろぉっ!?」
プライドもへったくれもない格好を恨む様に、残暑の炎天下に男バス部長の怒声が木霊した。