ロリータ・コンプレックスSS   作:茶々

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>前回の投稿日 2014/05/07
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……スランプって恐ろしいっすね。


第十八話 帰ろう、愛莉

 

銀河がコーチをする件について昂から説明を受けた進は、何故か自分以上に憮然としている様子の夏陽を横目に五年生チームに視線を移した。

視線の先では、「いい作戦がある」らしい銀河の話を真剣に聞く少女達の姿があり、その真摯さたるや、ミミを除けば出会って十分と経っていないとは思えない程である。

 

というか、自分や夏陽があれこれ作戦を教えた時より真剣になっているのではなかろうか。

 

「……最初っから、こうするつもりだったのかよ」

 

見るからに「私、不機嫌です」と言いたげな様子の夏陽が呟くと、昂は困った様に苦笑する。

無理もない事だ、とは思う。何しろこの数日、当人達と同じくらい真剣に打ち込んでこの試合に臨んだ夏陽にしてみれば、今までの努力をまるごと掻っ攫われる様なものなのだ。

 

無論、進とて思う所が無いわけではない。

だが、同時にある種の興味もあった。

 

“あの”長谷川銀河が、どんな作戦を立てるのか。

 

「進もゴメンな。勝手な事しちゃって」

「いえ……まぁ、問題がなかったかと言えば、そうでもありませんけど」

 

「ただ」と、進は言葉を続けた。

 

「正直、少しワクワクします」

「ワクワク……?」

「はい。“空飛ぶ冷凍マグロ”の作戦が、どんなものなのか」

「…………冷凍マグロ?」

 

何故その異名を知っている。

小首を傾げる夏陽に目線をやる余裕もなく、昂は眼下の少年のミーハーっぷりに軽く頭痛を覚えた。

 

 

 

銀河が提案した作戦は、一言でいえば単純な事で、「シュートする順番を決める」というものだった。

予め誰がシュートするのかを事前に決めておき、後はその順番を守ってゴールを狙う……と、言ってしまえば簡単な事だが、これが結構難しい。

 

まず前提条件として、全員がきちんと順番を守る必要がある。その為にはパス等で協力して、チームとして一致団結しなければならない。だがそんな事が、僅か数週間しかチームを組んでいない彼女達に出来るだろうか――――――そんな不安を、しかし銀河はたった一言で解決した。

 

「試合の残り時間ちゃんと出来たら、御褒美にアイスをあげよう」

 

…………そんな即物的なものでつられないで欲しかったなぁ、と後で話を聞いた進が思う事など知る由もない少女達は、あっさりとその作戦を承諾した。

 

そうして始まった後半戦は、先程までとは見違える様に攻防が一転した。

進や夏陽が元々立案していた作戦で互いの動き方を粗方理解していた五人は、それまでミミやかげつに集中していたシューターが全員になった為、怒涛の勢いで追い上げ始めたのだ。

無論、六年生チームもやられっぱなしではない。先程までと違って守備がいくらか緩くなった分、愛莉の高さを生かしたポストプレーや紗季のミドルレンジからのシュート、更に智花の鋭い攻撃などで突き放しにかかる。

 

試合時間が残り三分を切る頃には、両チームの得点は30点に迫ろうかという程に積み上げられていた。

 

―――そうして、何処かの神様が巡り合わせたかの様に、ラストマッチはやってきた。

 

「行きますっ!」

「っ! 止めるっ!」

 

本日何度目になるのかも分からない、ミミと智花の1 on 1。

 

ミミにしてみれば、自分達に傾きかけている流れを一気に引き寄せるラストチャンスであり。

智花にしてみれば、五年生チームの猛攻の流れを断ち切り、一気に突き放す為にも絶対に負けられない。

 

両者が止まったのは、しかし一瞬だった。

 

「っ!?」

 

ミミの姿が一瞬ぶれたかと思った刹那、智花の視界から少女の姿が消える。

 

消失行動(インビシブル・ドライブ)―――同年代でも頭一つ飛び抜けたミミのバスケセンスと、智花に比べてやや小柄な体格という条件が揃って初めて、ほぼ完全な形での再現を可能にした最後の鬼札(ジョーカー)

この一週間で進がミミに仕込んだ、一度限りの必殺技である。

 

練習方法も教え、試合でも見様見真似で再現した智花を相手にする以上、付け焼刃では何度も通用するとは考えられない。

 

『だから、これはここぞという時に使ってね』

 

そう言って、進はミミにこれを教えた。

 

タイミングとしては完璧だった。試合終盤のラストチャンスに、成功すれば一気に流れを引き寄せる事が出来るこの場面において、間違いなく相手の意表を突いた一撃である。

加えて、この試合において初めて見せた事も大きい。智花にとって技自体は初見ではなくとも、よもやミミが使えるとは考えていなかっただろう。

 

だからこその一瞬だった。

 

智花の懐を抉る様に抜き去ったミミは、そのままゴールへ一直線に向かわんと踏み出し、

 

「おー、ひなさんじょー!」

 

意表を突く事に定評のある(トリックスター)ひなたのカットに、一瞬でボールを奪われる。

 

「「な、なんだってーっ!?」」

 

椿と柊の悲鳴にも似た叫びは、図らずも五年生チームの心中を一致させていた。

 

 

 

 

 

 

結局、試合はそのまま流れを断ち切られた五年生チームが失速し、終わってみれば28-22という結果に落ち着いた。

内容としては、五年生チームの意外なまでの健闘、それに銀河のアドバイス後はチームとしてのリズムが整った攻撃などがあり、今後の指導次第では十分に県大会等でも勝ちあがれるレベルまで成長するだろう、といった具合だった。

 

「……と言っても、みんながそれを素直に受けるとは思わないけど」

「だよなぁ……」

 

試合の後片付けを手伝いながら、夏陽は進の言葉につられるように視線をやる。

 

健闘した―――と言えば聞こえはいいが、結局、五年生チームを勝たせる事は出来なかった。

ミミの言葉を借りるなら、「ショーブする」事そのものが目的であったとはいえ、やはり悔しいものは悔しい。

 

「………………」

 

夏陽の目が、不意に昂へと向けられた。

体育館の入り口の方で、片付けに勤しむ少女達を見つめて満足げに微笑む顔が何となくイラつきはするが、今はその辺りはどうでも良い。いや、その視線がひなたに向けられたらまた別なのだが。

 

六年生は、昂の言葉に全幅の信頼を寄せ、互いの長所を理解し合ってチームを作っている。春先にはあんなにもデタラメで、お粗末としか言いようのなかった集まりだったというのに、だ。

 

対して、自分達はどうだっただろうか。

 

勿論、指導できる時間の短さや練習量のばらつきなど、前提の異なる点はいくらでもある。

それでも、もっと出来る事があったのではないだろうか。

 

今でこそ試合後の総括をしている銀河にも、現れた途端にあっさりと主導権を取られてしまった事も、そんな思考に拍車をかける。

 

夏陽はふと、銀河の方に視線を向ける。

見やれば、何処からともなく何時の間にか色紙とペンを用意してきたらしい進が銀河にサインをねだり、銀河もそれに快く応じているのが見えた。

 

何やっているんだアイツ、と一人ぼやく夏陽の耳に、進の声が届く。

 

「長谷川さんは、これからもコーチにいらっしゃるんですか?」

 

五年生の少女達も聞きたかったであろう事を、真っ先に問い掛ける。何処か期待の熱が篭っている言葉に、しかし銀河は軽く頭を掻いて答えた。

 

「そうしたいのは山々なんだが……もうすぐハワイに戻らないといけないからなぁ」

 

「それに」と銀河は言葉を続ける。

 

「こんなおっさんよりも、もっと適任者がいるぞ」

 

では、それは誰なのか―――と、話題がシフトするより早く、体育館口から声が飛び込んできた。

 

「アイス買ってきましたー」

 

七芝高校の夏服を着た葵である。

コンビニの袋を片手に提げて現れた彼女を指して、銀河は言った。

 

「彼女が、君達のコーチだ」

 

俄かにわき上がりかけた不満も、制服姿のまま鮮やかにシュートを決める葵の姿に忽ち呑み込まれる。夏服で、丈の短いスカートのままレイアップを決めた新コーチに、ミミ達はあっという間に懐いていた。

 

「………………」

 

先程まで、頭の中をぐるぐると巡っていた思考が何時の間にか霧散する。

所詮、性別と年齢の差には勝てなかったか……と、誰に聞かせるでもなく夏陽は嘆息した。

 

 

 

 

 

 

その日の帰り道。

 

いつものように昂と智花が一緒に帰り、かげつとすっかり打ち解けたミミが二人で家路につき、何か用事があるらしい紗季と真帆とひなたに連行されるように夏陽が連れて行かれ、「にーたんを何処に連れ込むつもりだーっ!」と妹二人がその後を追い、何時の間にか帰っていたらしい雅美の姿はとうに消えた、その帰り道。

河川敷を歩いていた進は、前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。

 

「香椎」

 

決して大きくはなく、また驚かせるような声音ではなかった。

だというのに、声を掛けられた瞬間、愛莉はビクリと全身を大きく震わせて、ガバッと慌てたように振り向いた。

 

「み、みじゅさきくんっ!?」

「……どうしたの?」

「な、なんでもないよっ!? うん! なんでもない!」

 

進に言い訳するというよりは、まるで自分に言い聞かせるように愛莉はそう繰り返した。

そんな様子を不思議に思いながらも、進は少しだけ歩を速めて愛莉に肩を並べる。

 

「香椎の家ってこっちだったの?」

「う、うん! み、水崎くんも?」

「ん。まぁね」

 

夕陽が傍らの河をキラキラと照らす中、愛莉の少し前を歩きながら、進はふと、紗季の言葉を思い起こした。

 

『アンタさ、愛莉の事、どう思ってる?』

 

自分は。水崎進は、香椎愛莉の事を、どう思っているのか。

ただの知己なのか、バスケをする仲間なのか―――或いは、もっと踏み込んだ間柄なのだろうか。

 

「水崎くん……?」

 

唐突に足を止めた進に、愛莉は不安げな声音で声をかけた。

夕陽に照らされた二人分の影は伸びて、けれど、重なるにはほんの少しだけ遠い。手を伸ばせば、一歩踏み出せば触れられる程に近いのに。

 

今の愛莉には、その一歩がどうしようもない程に遠く感じられた。

 

まるで二人の間に、底の見えない、とても大きな溝が横たわっているかのようで、そのまま、いずれ見えなくなってしまう程に離れてしまうのではないか―――そんな風に思えてきて。

 

そんな、言葉に出来ないくらいの不安から逃れるように。

 

「……ん?」

「っ、あ……っ!」

 

気がつけば、愛莉は何時の間にか、進の手をギュッと握り締めていた。

訝しむような進の声音に、ハッと我に返った愛莉は、弾かれたように手を離してその場から飛び退く。

ついさっきまで進の手を握っていた自分の手をギュッと握り、夕陽よりも赤くその頬を染めて、愛莉は言葉にならない声を洩らす。

 

彼女が何をしたかったのかは分からない。

しかし、そんな愛莉の姿に、進はふと、胸の中にストンと何かが落ちるのを感じた。

 

―――ああ。そっか。

―――こんな単純な事で、今まで悩んでたのか。

 

「………………くくっ」

 

進は不意に、笑みを零した。

気づいてしまえば、“答え”は酷く単純で、けれど、それは余りにも見えづらいものだった。

 

智花や夏陽なら、バスケがあったから何の気負いもなく口に出来たそれは、けれど、初めてバスケを抜きにして言うには、少し照れくさい。

 

だから進は、頬を赤らめて視線を彷徨わせる愛莉に半身を向け、穏やかな声音で声をかけた。

 

「―――帰ろう、“愛莉”」

 

その言葉に、弾かれたように愛莉は顔を上げ、驚いたように進を見る。

 

進は既に身を翻して、少し先を歩く。その後を追いながら、愛莉は自分でも気付かない内にその表情を緩ませ、口を開いた。

 

「ま、待ってよ! “進”くん!」

 

友達と呼ぶには余りに近く。

恋仲と呼ぶには少し遠い。

 

夕陽に染まる帰り道。二人分の影は並んで歩く。

影の主は肩を並べ、他愛もない事を話しながら道を歩いていた。

 

 

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