ロリータ・コンプレックスSS   作:茶々

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本日投稿した二話分が、この一年近くで書けた大部分です。
たった“これだけ”書くのに、一年近くかかりました。

……や、ほんと、申し訳ない。


第十九話 来週さん、来週さん

 

「えへへ……」

 

シャワーを浴びてパジャマに着替え、自室に戻った愛莉は、ぽすんとベッドに身を投げ出すと、枕に顔を埋めながら表情を緩ませた。

 

 

―――今日は、進くんといっぱいお話出来たなぁ。

 

 

胸の中に、まだ少しだけ不安がない訳ではない。

けれど、そんなものが気にならないくらい、今の愛莉は幸せに包まれていた。

 

進との距離が、特別に意識する前よりもずっと近づいた気がする。

家まで送ってくれたし、進の姿が見えなくなるまで、ずっと「また来週」と手を振る事が出来た。

 

来週になったら、また学校で会える。

そうしたら、色んな事を話そう。バスケの事や、自分の好きなお菓子の事。いっぱい、いっぱい話をしたい。

 

「………………」

 

愛莉は、壁にかけられたカレンダーに視線をやった。

 

いつもなら、とても嬉しい土曜日と日曜日。バスケの練習や、お菓子作りなど、考えればいくら時間があっても足りない筈なのに。

今は、その二日間がとても長く思えて仕方がない。

 

愛莉は、ギュッと枕を抱き締める。

そのまま、記憶の端に残っていたおまじないを口にする。

 

少しでも早く、彼と直接会って、色んな事を話したいから。

だから明日が、明後日が、ほんの少しだけ早く来るようにと願いを込めて。

 

「……来週さん、来週さん。早く来て下さい」

 

 

 

 

 

 

あけて、翌週の月曜日。

 

「智花の誕生日?」

 

いつものように登校した進は、紗季からそんな事を聞かされた。

 

「そ、今週の土曜にトモの誕生日パーティーをやる事になってるの。それで今日、みんなでプレゼントを選びに行くんだけど、よかったらアンタも来る?」

「おー、すすむはともかのお誕生日会には来ないの?」

 

話を聞いていたらしいひなたがそう問い掛けると、進は少し困った様な顔をして首を横に振った。

 

「土曜は市民大会があるからダメなんだ。もうすぐ冬季大会の予選も始まるし、休むわけにはいかないよ」

「おー……ざんねん」

「……まぁ、今日は先生の都合で練習もないし、プレゼント選びくらいだったら大丈夫かな」

「そう、じゃあ夏陽にも声をかけておくから。学校が終わったらみんなで行きましょ?」

「おー、がってんっ!」

 

見るからに落胆してしまったひなたの様子を見かねて妥協したわけではない。

ただ、色々とお世話になったり迷惑をかけた分、恩返しをしなければならないという気持ちが進の中にあった。それだけのことである。

 

「さて、と……」

 

とはいっても、『プレゼント』である。

それも男ではなく、女の子に贈るプレゼント。

 

「……………………」

 

席につき、両手を口の前で組んだ進は、一見すると問題なさそうに見えて、しかしその背筋には冷や汗が一つ伝っていた。

 

―――何を贈れば喜んでくれるのか、皆目見当もつかない。

 

というか、そもそも友達の誕生日パーティー自体、進には殆ど経験のない事だった。

ましてや、友達に何かプレゼントを贈るという経験さえ乏しい進が、異性に何かしらのプレゼントを贈るという超高難度の問題に取り組む事自体、無謀と言って良かった。

 

―――だが、だからといって紗季達に一任するというのは、彼の小さくないプライドが許さなかった。

 

『またみんなで、一緒に見に行こう?』

 

何よりも、プレゼントを贈る事で、少しでもあの時の感謝を伝えられるのなら。

最も譲り得ぬもののためならば、泥水だろうと被る覚悟が彼にはあった。

 

「おはよう、進くん」

「愛莉、助けて下さい」

「え、えぇえっ!?」

 

故に、進は一切の迷いなく、登校したばかりの愛莉に深々と頭を下げて助けを請うた。

 

 

 

 

 

その日の放課後。

プレゼント選びに気炎を上げる真帆と、そのテンションにつられたひなた。そんな二人を諫める紗季と、どこか夢見心地についていく夏陽の後ろで、進と愛莉は肩を並べて歩いていた。

 

愛莉が何処となく緊張気味なのは、進の事を特別に意識しているから―――なんて、甘酸っぱい青春チックな雰囲気は欠片もなく、独りで思考に没頭する進の気迫を間近で感じて、愛莉の生来の弱気が顔を覗かせているだけだったりする。

 

「ぁうぅ……」

 

ちら、ちら、と視線を泳がせてみても、進は全く此方に気を配る事はない。

休み時間に愛莉や紗季から聞きだした情報を元に纏めた『プレゼント白書』をひたすら読み返し、時折ブツブツと独り言のような何かを呟くばかり。

 

「手作り……日持ちしない、当日渡せない……市販…………価格、相手への配慮……面子…………好み、趣味……いや、バスケ関連は一通り揃ってる…………消耗品…………アイシング用のスプレー……いや、ダメだ……シューズ、はサイズが分からない……」

 

周囲を全く見てないように見えるのに、ふと気がつくと道路の電柱やすれ違う人をスルリと避けて進み、その歩みには全く乱れがない。

むしろ、進の様子に気を取られた愛莉が時折何かにぶつかる事の方が多いくらいだった。

 

チクリ、と愛莉の胸の奥に何かが刺さる。

それは彼女にとってはとても小さい筈なのに、何故かその痛みがいつまでもジクジクと続いて、ショッピングモールに着くまで、それが治まる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱプレゼントって言ったらこれっしょっ!! メイド服!」

「おーっ! ひな、こっちのお洋服の方がいい! ひらひら~」

「二人とも! 今日は智花へのプレゼント選びなのよ!?」

 

女三人寄れば何とやら、とはよく言ったもので、色とりどりに華やかな衣服が並ぶ店内の空気にすっかりあてられた真帆とひなたは、智花へのプレゼント選びもそっちのけで服の物色を始める。

それを紗季が諫めるのを横目に、何処か居心地悪そうな夏陽に進が声をかけた。

 

「夏陽は何にするか決めたの?」

「……いや、湊の服の趣味とか、俺が知る訳ないだろ」

 

店内は少女が好みそうなファンシー系統の衣服が数多く並んでおり、ちらほらと見える客も中高の女子や二十代の女性ばかり。男の客は夏陽と進しかいなかった。

そして、当然そんな少年二人には四方八方から好奇の視線が集められる。主に、付き添っているであろうあの少女四人の誰と、どんな関係なのかといった感じの。

 

「…………やっぱり、俺は向こうのスポーツショップで考える。進も行こうぜ」

「ん、そうだね」

 

夏陽の言う通り、智花の服の趣味が分からない以上、プレゼントに洋服を選ぶのは得策とは言い難い。

進が賛同の意思を示した事で味方を得た夏陽は、ならば一刻も早くこの場から去らねばと紗季に声を掛けようとして、しかし唐突にその動きの一切を止めた。

 

「夏陽?」

 

―――その瞬間、竹中夏陽の思考の一切は停止し、五感の全てはある一点へと注がれた。その視線の先にあったのは、可憐な少女の姿。純白のドレスに身を包み、フリルがふんだんにあしらわれたスカートの裾を揺らしながら、まるで蝶のように舞い、花のように微笑む現世の天使。声は天上の楽器のように、瞳は極上の宝石のように、見る者全てを魅了してやまない究極の美が、あろうことか人の形を伴って降臨していた。

 

「おーっ! このお洋服、とってもかわいいっ」

「やるなーひなたっ! 次はこっちのゴスロリだーっ!」

「ああもうっ! 二人ともいい加減にしなさーいっ!!」

 

次はゴスロリか。黒とはまた奥深い。清廉にして純潔なひなたには白こそ至上にして究極ではあるが、だからこそ黒いドレスに身を包み、妖しく微笑む姿というのもまたイイものだ。穢れを知らぬ乙女の顔で、男を掌の上で転がすその魔性にも彼女の魅力がある。あの服はそれを十全に引き出してくれることだろう。いやしかし、或いはこうも考えられないだろうか? あれは囚われた純白の美姫が、暗く冷たい檻の中で、助けを求める姿に酷似している。その姿のなんと儚く、美しい事だろうか。叶うのならすぐにでも駆けつけ、その拘束を解き放ち、温もりを分かち合いたい。

 

「…………おーい、なーつーひー?」

 

思考が完全に何処かに飛んでいる夏陽の姿に、進は小首を傾げていた。

 

 

 

結局、紗季が無理やりに二人の試着を終わらせ、意識が彼方に飛んでいた夏陽が我に返り、再び全員で智花へのプレゼント選びが始まった。

とはいっても、洋服、小物、菓子……と、それなりの規模を誇るモールの中を巡ってはみたものの、全員が納得できるようなモノはそう簡単に見つける事も出来ず、時間も間もなく夕方に差し掛かろうかという頃合いになっていた。

 

「んー、やっぱむずいな……」

「真帆があちこち連れ回すからでしょう? 大体なによ、着ぐるみパジャマって。真帆じゃあるまいし、智花が気にいる訳ないでしょう?」

「いや、紗季の家庭用万能ヘラセットもどうかと思うぞ」

「夏陽が選んだ季節の盛り合わせフルーツセットっていうのも、何だか違うような気がするけど」

「おー、ひなも、もうへろへろ」

「ひなちゃん、ストロー使う?」

 

モールの一角に設えられた休憩スペースで一息入れていると、ふと、進の視線がある店に向けられた。

店の前のショーウィンドウの中には、スポーツウェアを着たマネキンが数体置かれている。店先の看板と入口から覗き見た店内の様子の限り、どうやらスポーツ関係の店らしい事が窺えた。

 

何時の間にか普段の喧騒に戻っている幼馴染三人組を放置して、進はその店へと足を向ける。ジュースを飲み終えたひなたが進の後に続き、愛莉は真帆達を放置してよいものか悩んだ末、結局進とひなたの後を追う事にした。

 

店内に足を踏み入れると、洋楽とも邦楽とも分からぬポップ調のBGMが三人の鼓膜を震わせた。視線を巡らせてみれば、ある区画ではサッカー用のシューズやユニフォームが置かれていて、かと思えばその隣では野球で使うであろうバットとグラブが並んでいる。適当に目を向けた先には、陸上用のシューズがずらりと並んでいる場所もあった。

 

「ほぇえ……おっきいね」

「おー! にぎやかー!」

 

驚嘆する愛莉と、興奮するひなたを余所に、進は迷路のように商品が並ぶ店内を泳ぐように進んでいく。店の中は思いのほか広く、後になってパンフレットで確認してみれば、この階のモール一区画がまるごとこの店の敷地であったのだが、そんな事を今の進たちは知る由もない。

 

ずんずんと店内を進んでいく進を見失わないように、愛莉とひなたもついていく。

やがて人波を抜けると、見慣れたウェアやシューズが並ぶ区画に出た。

 

店内表示にあったのは「バスケットボールエリア」。

 

「凄い……!」

「おー! もりだくさん!」

 

普段、自分達が利用するお店よりも遥かに多くの商品が取りそろえられている光景に、二人は目を奪われた。

愛莉でも背伸びしなければ手の届かないような場所にまで商品が並んでおり、そのすぐ上には往年の名選手たちのポスターが飾られている。

 

それらに目を奪われる事無く、進はとある棚の前でしゃがみこんでいた。

 

「おー? すすむ、なにかあった?」

「……うん。智花には、やっぱりこれがいいかな、って」

 

言って、進は自分が見ていたモノを二人に示し―――

 

ややあって、合流した夏陽達の賛同もあり、全員一致で智花へのプレゼントが決まった。

 

 

 

 

 

 

そして、土曜日。

智花の誕生日パーティーはつつがなく行われ、プレゼントにと選んだバスケットボールも好評だった。ひなたが描いた似顔絵付きの色紙には、女バスの四人に加え、一緒にプレゼントを選び、しかし今日はこれなかった進と夏陽の寄せ書きもあった。

 

その後、折角だからと夕食が振る舞われ、当人としては気を利かせたつもりらしい智花の母――どうみても智花の姉にしか見えない程に若々しい――花織が「よければ今夜は泊っていかれますか?」などと爆弾を放り込んで俄かに場を騒がせかけたが、外に出かけていた忍が早々に帰宅したために結局その話はお流れになった。

 

「あうぅ……ほんとうに、お母さんったら、もぅ…………」

 

ベッドの上に身を放りだしながら、智花は熱の残る頬を布団に擦りつける。

確かに誕生日を迎え、一歩大人に近づく事は出来た。

 

しかし、いきなり一つ屋根の下。それも自分の家に昂を泊めるなど、あまりにも早すぎる。お付き合いというものは、もっと色々と段階を踏まなければならない……らしい。父の話によるものではあるが。

 

「ん……?」

 

ふと、智花の視線が机の上に置かれた携帯に向けられた。

今日一日、自室に置きっぱなしにしておいたそれは、メールの着信を告げるライトが明滅を繰り返している。

 

誰かから連絡でもあったのだろうか?

だとすれば、今日の内に折り返し連絡をしなければ。

 

一日中お祭り状態でくたびれた身体をどうにか動かし、智花は携帯を手に取る。

 

そうして着信を確認し、僅かに目を見開いた。

 

『水崎進』

 

メール本文には短く、「僕達からのプレゼント」とだけあり、添付されたファイルが一つあるだけの、実に簡素なもの。

しかし、そのファイルを開き、液晶に映し出された写真を見て、智花は小さく笑みを零した。

 

自信満々にブイサインを向ける進と夏陽。

その手には優勝のトロフィーと賞状が握られ、進の首からは、最優秀選手に贈られるメダルが下げられていた。

 

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