ロリータ・コンプレックスSS   作:茶々

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タグの微クロスから“微”を抜こうかと思います。

というか原作ェ……



第六話 バスケ、やろうよ

 

夏は暑い。

今となっては当たり前の事を、しかし現実味を帯びて実感したのは、芝浦小バスケ部での最初の夏季合宿の時だった。

 

部員が男子だけでも五十人を優に越える芝浦小バスケ部において、普段から体育館を使った練習が出来るのは一軍のみ。試合が近づけば、それもレギュラーとベンチメンバーに限られる。

残りの面々は基本的にグラウンドの運動部に混じってランニングとフットワーク、上級生になるとそれに筋トレが追加される。

 

夏季合宿の時点ではまだレギュラー“候補”止まりだった進も、基本的には外での練習がメインだった。

 

そして、それが芝浦小バスケ部の―――全国にも名前の知られた強豪校特有の“選抜”であったと気づいたのは、秋季新人戦を終えた後の事だった。

 

燦々と照りつける太陽の下、終わりの見えないレースを延々と続ける様なランニングやフットワークに、合宿中に脱落し、そのまま部活を辞める生徒は後を絶たなかった。

入部前の事前説明会での脅し文句が、近所の子犬並に可愛く思えるくらいに過酷だった。

 

進が合宿の半ばで体育館組に合流する頃には、同時期に入部した一年生の八割が部活を辞めていた。

残りの二割にしても、合宿の期間中に誰もが一度は保健室のお世話になっていた。

 

進自身、軽度の脱水症状で保健室の世話になったし、当時からレギュラー組に混ざっていた憲吾を始め、体育館組ですら保健室で横になっている者がいたくらいだ。

学年上下の別なく、凡そ小学生に課すとは思えない程に過酷な練習メニューで、バスケ部員達は徹底的に扱かれた。

 

そうして迎えた秋季新人戦。慣例的に低学年を中心としたメンバー構成で臨むこの大会に進も出場し――――――そして、あの合宿が“選抜”であった事を、身に染みて実感する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽の熱を吸った様に熱いアスファルトが、剥き出しの足裏をジリジリと焼く。

ぼんやりとした意識のまま、どれだけ歩いたのかも分からない。

 

……痛い。熱い。

 

楽しい合宿になる筈だったのに、どうして今、自分はこんな所にいるのだろうか。

 

分からないまま、けれど、あの場所にはいられない気がして、当てなどある訳がないのに歩き続ける。

あの場所に、自分はいてはいけない気がして、只、ひたすらに歩き続ける。

 

「―――んだよ!!」

 

何も考えていなかったからだろうか。

ともすれば、反対車線を車が通っただけでも掻き消されてしまいそうなくらいに小さく、遠い声が進の鼓膜を震わせた。

 

ふと顔を上げた進の視界に、先程美星の車に乗って通り過ぎた公園が飛び込んでくる。

続けざまに聞こえた声は、その敷地の中から響いている様だった。

 

「………………」

 

誰の声なのか、何に対しての怒声なのか、進は知る由もない。

けれど、何時か何処かで嗅いだ匂いが、進の鼻孔を擽った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は激怒した。

必ず、かの無知蒙昧の輩を除かねばならぬと決意した。

 

少年には無知蒙昧の意味は分からぬ。

先日、学校の授業の中で教師が言っていた言葉から、それらしきものを引用しただけである。

 

「俺らが先に使ってたんだぞ!!」

「はぁ? 此処は元々俺達の指定コートなんだよ」

 

少年は、幼馴染の旅行に付き合う格好でこの避暑地に来た。別段、家に居て親から夏休みの宿題の事をグチグチ言われるのを嫌っての事ではない。

後、結局この旅行には付いてこなかった親に「さつきちゃんと仲良くしなさいよ!」と耳にタコが出来るくらい騒がれたから、彼女をクーラーの利いた別荘から炎天下のコートまで引っ張ってきた訳でもない。

 

偶々、旅行の日程の間は学校のバスケ部が休みで暇を持て余していただけだし、コートに来た事に関しては完全に彼女が勝手についてきただけの事だ。

だから彼女が、余程の揉め事を起こさない限りは干渉しないつもりで、地元の子供に混じってバスケに興じていた。

 

だというのに、

 

「つぅか、小学生如き下手くそなガキが俺らの邪魔してんじゃねぇよ」

「あぁっ!?」

 

中学生らしき連中がいきなり割り込んできて、折角のミニゲームの邪魔をしたばかりか、コートから出て行けと喚く。

そこから先は売り言葉に買い言葉、元々自他共に認める少年の沸点はとっくの昔に突破しており、更に周囲の剣幕やら空気やらに怯えたのか、幼馴染が俄かに涙目になってしまえば最早少年を止める存在などこの場所にはいない。

 

すわ乱闘か、と、今にも目の前の憎たらしい中学生の生意気面に飛びかかろうとしたその時、

 

「―――じゃあ、アンタらより上手けりゃいいわけ?」

 

冷水をぶっかける様な落ち着いた声音が、自分と中学生の間に差し込まれた。

声のした方を見れば、ノースリーブのシャツに短パンという実にラフな格好の子供が一人、とても冷やかな眼差しで自分達を――正確には中学生の方を――睨みながら歩み寄ってくる。

 

「あぁ? 何だよこのガキ」

順番(ルール)も守れないガキに、ガキ呼ばわりされ筋合ないんだけど」

 

明らかに小馬鹿にしながら歩み寄ってきた中学生の影を、剥き出しの素足で足音を立てるくらい思いっきり踏みつけて、少年は鋭く睨みかえす。

その眼光に思わずたじろいだのか、僅かに後ろに下がった中学生に目もくれず、少年は自分とリーダーらしき中学生に歩み寄ってきた。

 

「……アンタらも、コートの喧嘩は試合で買えよ」

 

呆れた様な、戒める様な言葉に、しかし中学生の方は鼻で笑った。

 

「なに、君ってもしかして熱血系? そーゆーのってウゼェっつうか、正直お呼びじゃね―――」

「だったら帰れよクソガキ」

 

先程より相当鋭さを増した声音と共に、少年はギロリと中学生の方を見やった。

 

「恥って言葉も知らないド下手くそのド低脳の分際で、バスケの邪魔してんじゃねぇよ」

「―――ッ! アァッ!?」

「一年か二年早く生まれただけで年長者ぶって、それ以外に何の取り柄もないからそうやって犬みたいに喚き散らす事しか出来ないんでしょ?」

「ッ、舐めんじゃねぇぞテメェっ!!」

 

掴みかかろうとした中学生の手を、しかしそれよりも早く動いた少年の手が相手の手首を鷲掴む。

鼻先数ミリという位置で強引に止められた手がプルプルと震えながら、しかしそれ以上少年に近づく事はなく、むしろジリジリと顔から離されていた。

 

「なっ……!?」

「口で勝てないからって、暴力に訴えるのがクソガキの証拠だよ。もし違うってんなら―――」

 

言って、少年は放り捨てる様に相手の手首を掴んだ手を振る。

薄く焼けた小麦色の肌にしっかりと残った赤いあざを中学生が擦る間に、少年は足元に転がったボールを拾って、自分の前に立って中学生達を睨みつけ、

 

「バスケ、やろうよ」

 

積もり積もった諸々の鬱憤を吐き出す様に、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「探しに行くのは、俺だけでもよかったんだけどな……」

「んな事言ってられる場合かよ」

 

アスファルトで舗装された道を走りながら、昂は並走する夏陽の言葉に苦笑した。

 

あの後、諸々の顛末を語り終えた昂は、俄かに重苦しくなった空気を打ち破る様に「じゃあこの後は、臨時の部活動をやるから少し食休みしていてね」と言って、進を探しにいくつもりだった。

いや、実際探しにきた。

 

但し、

 

『わ、私達にもお手伝いさせて下さいっ!』

『すばるんちょっと待ったーっ! アタシ達もずっきんを探しに行く!』

『おー! ひなもすすむを探しに行きますっ!』

『長谷川さん、私達も一緒に手分けして探した方が、効率が良いと思うんです』

『わ、わたしも行きますっ!』

『姉様が行くなら、かげつも行きます!』

 

と、何故か女バスの面々が進捜索隊に名乗りをあげ、数分間の説得交渉の果てに宥めすかす事は不可能と判断した昂は智花と愛莉、真帆と紗季、ひなたとかげつの、それぞれ二人一組による編成で進を探す様に頼んだ。

で、別段名乗りを上げていなかったにも関わらず当たり前の様に自分についてきた夏陽は、流石に普段から走り込んでいるらしく、それなりの速度を出している自分にもちゃんと並びながら、一緒に進を探していた。

 

何故だ、と軽く頭を抱えた昂に対し、

 

「あんな話聞かされて、アイツらに『心配しないで、黙って待ってろ』っていう方が無茶な話だろ」

 

―――進がそれを求めているかどうかなんて、あのお人好し達が考える訳もないし。

 

僅かに剣呑さの取れた声音で、夏陽がそんな言葉を続けた気がした。

 

「……とにかく、当ても無しに走り回るんじゃこっちが疲れるだけだ。何処か目星をつけないとな」

「―――当てならあるぜ、一か所だけ」

 

確信に満ちた声音で、夏陽は続けた。

 

「あのバスケバカが行きそうな場所なんて、あそこくらいなもんだろ……っ!」

 

 

 

先導する様に駆ける夏陽に追走して辿りついた場所は、別荘地の一角を切り開いて設けた様な、広々とした公園だった。

整備された敷地に植えられた木々が、海岸線から吹き込む潮風に揺れて爽やかな緑と共に踊り、中央の噴水からは水しぶきと共に見事な虹がかかり、やはり此処がそれなりに敷居のある避暑地である事をまざまざと見せつけられる様だった。

 

「此処は……?」

「さっき真帆の別荘に着く前に、此処の公園にバスケットコートがあったのを進が見たんだよ。海で遊んだら、後で此処に来ようって……」

 

言いかけて、突如二人の耳朶に歓声が飛び込む。

どちらともなく視線を合わせて、頷き、そして駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

桃井さつきにとって、自分の幼馴染は一言でいえば「バスケバカ」である。

学校でバスケ、休み時間でバスケ、放課後でバスケ、休日でバスケ…………まるで、泳がなければ死んでしまう鮪の様に、彼女の幼馴染は年がら年中バスケ三昧の日々を送っていた。

 

そんな幼馴染は、やはりというか当然と云うか、バスケにおいて無類の強さを誇った。

県内でもそれなりに強いチームにエースとして所属し、中学ではバスケの名門と名高い帝光中学校をスポーツ推薦で受験すると息巻いている。

 

そんな幼馴染と近くに居る内、自然とさつき自身もバスケについての知識を身につけていた。知識だけでなく、その選手がどんな事に長けているのか、どういう技を持っているのか―――気づけば、彼女はバスケ部のマネージャーに近い業務を得手としていた。

元々、明るさと賑やかさはそれなりにあると自負していた事も間違いではなく、マネージャーとしての仕事も決してイヤと言う訳でもなく、手のかかる幼馴染の事も気になっていたし、彼女にとっては一石を投じて何羽かの鳥を仕留める様な僥倖だった。

 

そして、マネージャーとして活動を続ける内、彼女の情報収集、そして分析力はぐんぐんと伸びていった。

地元の平凡な公立小学校のバスケ部が、県大会ベスト4まで躍進したのも、彼女の力に寄る所が大きい。

その一方で、幼馴染の底しれぬ実力を前に、マトモに太刀打ち出来る相手が乏しかった事も、厳然たる事実である。

 

詰まる所、何が言いたいかと言えば。

 

「―――ッ、チィッ!!」

 

桃井さつきにとっては、テレビ等で見るプロ選手よりも、幼馴染の彼――――――青峰大輝こそが、最強のバスケプレイヤー“だった”。

 

「っ、大輝ッ!!」

 

体格的に圧倒的有利な中学生を相手に、その懐を抉る様な鋭いドライブが駆け抜ける。

身長差で優に抑えられる筈のシュートコースを大きく外しながら、しかし確実に相手のゴールへとボールが吸い込まれていく。

 

そして今また、幼馴染が中学生二人にコースを封じ込まれた場所へ、ボールを求める声が差し込まれる。

僅かな隙間から、叩きつける様にボールを放れば、体格の良い中学生が触れる前にボールを掴んだ少年が、踊る様なステップから繰り出されるフェイクと共に一人、二人と相手をすり抜ける様にインサイドへ切り込む。

 

そのまま踏み切って飛んだ少年の前に、しかし一番身長の大きい中学生がそのシュートコースを完全に塞ぐように飛び上がった。

 

「させるか、よぉっ!!」

 

ダメだ、とさつきが思った次の瞬間、

 

―――ヒュッ

 

あろうことか、少年は上体を後ろに大きく逸らした体勢でボールを放り、誰もが予測したであろうシュートコースをずらした。

基礎中の基礎とも云えるフォームの悉くを無視した、しかし何処か美しささえ感じられる無形のバスケスタイルを前になす術もなく。

最早何度目かも数えられぬ程に、ゴールネットが揺らされた。

 

「凄い……」

 

息を呑みながら呟いたさつきの言葉は、わぁ、と何時の間にか集まっていたらしい観客達の歓声に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

有閑の親子連れの群れを掻きわける様に進み、昂達は群衆の最前列へと進み出た。

コートを見れば、がっくりとうなだれる中学生達を尻目に、汗だくになりながらも喜びを露わにする小学生達の―――進の姿があった。

 

「水崎……!」

「たくっ、こっちの気も知らないでアイツは……」

 

ガシガシと頭を掻く夏陽の横で、昂は安堵のため息を洩らす。

同じチームだったのだろう、一際肌の黒い少年が進の肩に腕を回して破顔しており、それにつられる様に進も笑顔を零している。

 

他のチームメイトもそれぞれに笑顔を浮かべており、喜びを露わにしている。

 

その様子を暫し眺め――――――と、不意に昂は自分の顔が険しくなるのを感じた。

 

「……おい、どうした?」

 

隣で夏陽が怪訝そうな声を上げているが、それどころではない。

昂は再び人混みを掻きわける様にしてコートの入り口へと向かい―――と、その背中で誰かが悲鳴を上げた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

視線を向ければ、コートの上で進がぐらりと体勢を崩して倒れ込んでいた。周りの子供達は突然の事態に、どうすればいいのか分からずオロオロしている。群衆の間から救急車だなんだと声が聞こえるが、そんなものを待っていられる程悠長な事態ではない。

 

「どいてくれ!!」

 

弾かれた様に駆けよった昂は周囲の小学生達をどかせて進を抱き起こす。

浅く早い呼吸音と、炎天下にも関わらず病的なまでに白い肌―――疑いようもなく、脱水症状だ。

 

「誰か冷たい水とタオルを持ってきて! それから、日陰になっている場所まで案内して!! 急いで!!」

 

意外なくらいに軽い進の身体を抱き抱えて、昂は試合で指示を飛ばす時よりも厳しく声を張り上げた。

 

 

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