ロリータ・コンプレックスSS   作:茶々

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大変長らくお待たせいたしました。
漸くパソコンの修理の方が終わりまして、リアルの諸事も一区切りがついたので投稿を再開したいと思います。

多分、二月入ったら本気出す。


第七話 おにい、ちゃん

 

『―――水崎のお兄さんは、俺の高校の、バスケ部の先輩で、キャプテンだったんだ』

 

昂の口から語られたのは、とある一組の恋人の物語だった。

 

年上の男に恋した少女がいた。

年下の少女に恋した男がいた。

 

別段、それが何か間違っていた訳ではない。人の営みとして、男女が惹かれあうのは、何ら可笑しい事ではない。

 

ただ一つ、間違っていたとするならば―――恋した少女は、小学生だったのだ。

 

『それが間違っている、って言うのもおかしいのかもしれない。けれど、社会的に見て、一般的に考えられた時、それはイケない事だったんだ』

 

だから二人は逃げ出した。自分達の感情を否定する全てから。

一つの物語として―――二人が主人公の、二人だけの恋物語としてならば、きっとそれでエンディングを迎える事も出来ただろう。

 

 

 

“二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし―――”

 

 

 

『でも、そんな事が許されるのは御伽噺の中だけなんだ。現実は……世の中は、そんなものもお構いなしに進んでいく』

 

御伽噺が魅力的なのは、主人公が幸せで、幸せで、幸せの絶頂にいる時に完結するからだ。その物語はそこで終わり、その後の物語は何一つ語られない。

逃げ出した先でのあらゆる苦労も、苦悩も、きっと「二人の愛があれば何でもできる」―――そんな、現実に帰れば余りにも陳腐で滑稽極まりない理屈がまかり通るなら、そもそも人は、御伽噺に焦れたりなどしない。

 

『二人がいなくなって、傷ついた人がいる。やり場のない周囲の、色んな感情をぶつけられて、傷つけられた人がいる』

 

水崎進。

恩師の娘で小学生の女の子と駆け落ちした、男子高校生の弟。

 

その年頃で、どれだけ精神が成熟している様に見えても――例え、本人がその様に振る舞っていたとしても――あらゆる“外”からの、数えるのも面倒になるくらいの諸々の感情に晒されて、一介の小学生が大丈夫な訳が無い。

ましてや、大の大人からの“暴力”という、確固たる形を伴ったストレートな感情を叩き付けられて、無事でいられる訳が無かった。

 

『だから、水崎は―――』

 

芝浦から逃げた。

両親から逃げた。

自分を取り巻いていた全てから―――自分の世界から、逃げた。

 

大人と言うには余りにも未熟な精神が、子どもと呼ぶべき体躯が、それ以外の方法を知らなかったが故に、水崎進は逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

智花は、思い出した。

 

『―――止めたほうがいいよ』

 

暗がりの中、震えながらに紡がれた言葉。頬を伝っていた涙。白む程に握られた手首。

あの時、彼が口にした言葉に、どれだけの想いが込められていたのか。

 

『―――湊は、湊だけは俺の様にならないで』

 

水崎は―――進は、分かっていたのだ。

もしもこのまま、自分の想いを昂に伝えてしまえば―――万が一、万々が一、それが叶い、昂と寄り添う様になってしまえば、自分達を取り巻く全てが、それを許さないという事を。

 

智花は、自分の胸に手を当てて目を閉じる。

 

「私、は……」

 

自分は、昂の事が好きだ……と、思う。

彼の事を考えるだけで、胸が温かくなる。彼が、自分以外の女の人――例えば、葵など――と親しげにしている姿を考えるだけで、胸が苦しくなる。

 

昂の、少し硬く、自分よりずっと大きな掌で頭を撫でられると、幸せな気持ちになる。

何時だったか、彼の手が自分の肩を掴んだ時など、心臓が跳ねあがったのを覚えている。

 

昂と手を繋ぎたい。

もっと一緒に、もっと多くの時間を共有したい。

 

ずっと、ずっと―――自分が中学生になり、高校生になり、大人になっても、彼の傍にいたい。

自分なんかで許されるのなら、昂の―――彼の、お、およ、お嫁さ、んに……!!

 

「と、智花ちゃん!? 大丈夫!?」

「ふぇっ!?」

 

がっしと肩を掴まれて、智花は現実に返ってきた。

目の前にいたのは、純白のタキシードに身を包んだ旦那様(すばる)―――ではなく、夏服の上から薄いウェアを羽織った親友(あいり)の姿だった。

 

「顔が真っ赤だし、汗もこんなにいっぱい……もしかして、具合が悪くなっちゃったの?」

「えっ? だ、大丈夫だよっ!? うん! 大丈夫!!」

 

慌てて手をパタパタさせながら、智花は大きく息を吸う。

 

今のは危なかった。時たま、自宅のベッドで夢想するものよりもずっと精度の高い夢であっただけに、意識が遠くに飛びかけてしまった。

 

静まれ、私の中のいっぱいある未来予想図(もうそう)

今はまず、進を探しだす事が第一だ。

 

―――と、その時。

 

「わっひゃぅっ!?」

「ひぁっ!?」

 

唐突過ぎる智花の素っ頓狂な声に、傍らにいた愛莉も思わず吃驚して飛び跳ねた。

 

「な、なにっ!?」

「ふぇっ!? え、ええとっ、えぇっと!?」

 

慌てて手で探ると、お尻の辺りで何かがブルブルと震えている。場所が場所であった事と、急激な刺激であっただけに、落ち着こうと必死だった智花にとっては驚愕に足る刺激だった。

 

その刺激物の正体は、携帯だった。

ピンク色の硬質なそれが、今は智花の手の中でブルブルと震えている。

 

「着信……!?」

 

誰からか、と、電子盤を見た瞬間智花の目が大きく見開かれる。

表示された名前は『昂さん』―――その名前もあり、智花は一層わたわたしながらも、どうにかボタンを押して声を出した。

 

 

 

 

 

 

美星経由で冬子から指示を受けた昂は、バスケ部のメンバーに連絡を入れ終えると、濡れタオルを頭に被せた進をひょいとおんぶした。

 

地元の商店街の方に向かっていた冬子によれば、自分や美星が向かうまで待っているよりも、木陰を選びながらでいいので少しでも別荘の方に向かった方が早く合流できるとの事だった。幸いにして、生徒の事となれば普段の数倍人間離れる美星の豪脚が別荘に止めてある車まで爆走しているらしく、あと数十分もあれば此方に到着するらしい。

 

昂から伝え聞いた情報を元に冬子が下した診断は“熱中症”らしく、指示を受けながら行った処置のお陰で随分と顔色が良くなった様に見受けられる。

とはいえ、時折何かにうなされる様に表情を歪める進をこのままにしておく、というのは、昂には到底受け入れ難いものだった。

 

「有難うな、えっと……」

「大輝だ。青峰大輝。こっちはさつき」

「は、はい……どういたしまして」

 

感謝を口にすると、浅黒い肌の少年―――大輝はふてぶてしそうに、やや後ろに控えた少女―――さつきは少し怯えた様に返事をしつつ、それぞれ視線は進に向けられていた。

 

「あの……水崎くん、大丈夫ですか?」

「ああ。出来る限りの応急処置は済ませたし、顔色も大分良くなったから……ああ、そうだ。タオルありがとう」

 

言って、昂はさつきから借りていた――昂の指示に焦りながらも従った大輝が、半ば奪いとる格好でさつきから取った――ピンク色のスポーツタオルを差し出す。

おずおずとさつきがそれを受け取ると、昂は別荘に向かおうと―――と、今度は大輝が、昂の横に駆け寄って言った。

 

「なぁ、アンタ。進が目を覚ましたら伝えて貰えるか」

「いいよ。何を伝えれば良い?」

 

問うと、小学生とは思えぬ程の闘志を秘めた瞳を輝かせて、大輝は告げた。

 

「明日の朝……十時に、また此処で待ってる」

「了解……っと言っても、明日、外出の許可が出れば、だけどね」

 

言って、今度こそ昂は別荘へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

遠ざかる二人の背を見つめながら、大輝の脳裏には先程の試合が―――より正確に言うならば、唐突な闖入者である一人の少年のプレイスタイルが蘇っていた。

 

大輝は、自分が聊か増長気味である事を自覚していた。同時に、その傲慢を正当化するだけの実力を持ち合わせている事も、十分に理解していた。

多くの時間をバスケに費やしてきたし、相応の努力も重ねてきた―――そして、自らのバスケスタイルこそが、最速にして最強に最も近いものだと、思っていた。

 

否、“思い込んでいた”。

 

「………………」

 

飾りっ気のない真っ黒な髪と、自分より幾分かか細い体躯が脳裏に蘇る。

吹けば飛ぶ、とまでは行かなくとも、当たれば吹っ飛んでしまいそうな程度には華奢な彼は、しかし自分より余程体格の大きい相手を向こうに回してするり、するりと突破していった。

頭に血が上っていたとはいえ、真正面から立ち向かい、苦戦していた自分を余所に。そしてそんなプレイスタイルを相手に、冷静さを失った中学生達を大いに翻弄した。

 

そして何よりも記憶に焼きついたのは、あのシュート。

 

凡そミニバスでは――仮に中高生が行うバスケットボールだとしても――見られたものではない、フォームも何もあったものではない、上体を仰向けてコースをずらしたシュート。

 

あんなにも“自由”なバスケを、大輝は知らなかった。

あんな風に“自由”なバスケを、大輝は今まで、見た事がなかった。

 

「……水崎、進…………」

 

戦いたい。

 

多くは望まない。

一度だけでいい。

 

あの少年と、水崎進と、一対一(1 on 1)で戦いたい。

 

照りつける太陽すら霞む程の焦れに、大輝は胸を高鳴らせた。

 

 

 

 

 

 

『こっちの準備は終わったぞ。俺も今からそっちに―――』

「いや、夏陽はそのまま別荘に居て大丈夫だよ。俺もあと少しで着くから」

 

一足先に別荘へ向かわせた夏陽からの連絡に、昂は胸を撫で下ろした。

 

連絡の取れた面々―――携帯を持ち歩いていた美星、智花、紗季の中で、真帆の別荘の電話番号を知る者がいなかった事も理由の一つであったが、何よりも別荘の備蓄になかったスポーツドリンクやら何やらを買い揃えなければという話になった時に、「だったら俺が」と言うが早いか駆け出した夏陽と、それを聞いて商店街の方に向かう事となった美星のお陰で、必要なものは揃った。

携帯を切って視線を向ければ、背中におぶさっている進の顔色は随分と良くなり、左手に望む夕焼け色の海から聞こえる小波に混じって、小さな寝息が昂の鼓膜を震わせた。

 

「よっ……と」

 

なるべく起こさない様に気をつけながら、昂は歩を進めた。

水平線の向こう側に隠れ始めた夕陽が鮮やかに世界を染め、アスファルトの上に二人の影を色濃く映し出していた。

 

「…………ん……ぅ…………」

 

進の身体は意外なくらいに軽く、そして傍目で見てきた以上に細かった。

首の辺りに回しておいた腕は華奢で、あれ程のスーパープレイを見せる手は年相応に小さく―――だというのに、その在り方と同じ様に何処か幼さを置いてけぼりにしていた。

 

「…………」

 

進の手が、僅かに揺れ動いて翻る。

手首の辺りを中心にして無数に奔る、その華奢な見た目にそぐわない傷跡が、昂の目に飛び込んできた。

 

声は、不思議と出なかった。

胸に去来した冷たさを、背中に感じる温もりが、世界を包む夕焼けの中に溶けていく様に消えて行く。

 

小波がまた一つ、昂の耳に届く。

 

「………に……ゃん」

 

その中に溶け込んで、小さな吐息が聞こえた。

ともすれば、遠くに聞こえる車の音にかき消されてしまいそうな程に小さな、弱弱しい音。

 

けれど、昂の耳はその声をしっかりと聞いていた。

 

「……おにい、ちゃん……」

「――――――ッ」

 

思わず。

 

本当に思わず、昂は己の時間が止まるのを知覚した。

 

僅かに震えていた、余りにも弱弱しく、か細い声音が紡いだ言葉に。

そして、先程よりもほんの少しだけ、自分の背中に縋る様に重く感じる身体に。

 

「…………」

 

小波の音を一つ聞いて、昂は再び歩き出した。

さっきよりも、少しだけゆっくりとした歩調で。それは、背中に誰かを背負っていれば、ゆりかごの様に感じられる様な優しい歩みで、別荘へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

夕陽が、もう半ば以上を水平線の向こうに隠した。

鮮やかな赤に変わって、やがて青と黒が空を覆い尽くす。そして、その中に散りばめられる輝きの一つを、昂は見上げた。

 

「…………ん……ぅ?」

 

背中で、進が身じろぐのを感じた。

 

「調子はどうだ?」

 

歩みを止めないまま、昂が尋ねた。

 

「……こー、ち?」

 

半分寝ぼけた様な声を出しながら、進が昂の肩に頭を預けた。

 

「あれ……僕…………」

「試合やるのはいいけど、ちゃんと水分は取らなきゃダメだろ? いきなり倒れて、吃驚したんだからな」

 

昂の言葉に、段々と思い出してきたのだろう。進はふと、抱えられている足を動かした。

 

「……バッシュとソックス、借りたままです」

「明日、許可が下りたら返しに行こう。な?」

「もう大丈夫です……だから」

「ダメだ」

 

進の言葉を遮って、昂は釘を一つ刺した。

 

「別荘についたら、ちゃんと羽多野先生に見て貰うんだ。それで大丈夫だって言われたら、俺が一緒に行くから」

「自分の事は、自分が一番……」

「―――分かってないよ、水崎は」

 

太腿に挟んだ手に力を入れて、昂は進を抱え直した。

驚いた様に声を上げる進を余所に、昂は言葉を重ねる。

 

「水崎が倒れたのを見た時、俺も夏陽も凄く驚いた。それにその事を聞いて、みんながどれだけ慌てたのか、分かっているのか?」

「…………」

「水崎は大丈夫かもしれない。けど、本当に大丈夫だって分かんないと、俺達が不安なんだ。もう二度と、あんな風になって欲しくない。だから」

「も、ぅ……分かりましたから。もう、いいです」

 

昂の言葉を遮る様に、胸の辺りに回された腕が、きゅっと締まるのを感じた。

肩に乗せていた頭が何時の間にか首の後ろの方にあり、熱い吐息が首筋にかかる。

 

「水崎?」

 

返事はない。

代わりに、進の手が昂のシャツを強く掴んだ。

 

「………………」

 

このまま止まっていても仕方がないので、昂は再び歩き始めた。

 

日はすっかり落ちて、何時の間にか辺りは暗くなっていた。遠くの海の方に船の光と、陸の方に車の光が見えるより他は暗く、黒く染まり、小波の音が一層大きく耳朶を打つ。

ふと見上げれば、夜空には数え切れない程の星が無造作に散りばめられ、しかしそのどれもが煌々と輝きを放って、一枚の絵画の様な美しさを見せていた。

 

「凄いぞ水崎……星があんなに綺麗だ」

 

微妙な沈黙を破る様に、昂は呑気な声音でそんな事を言った。

 

「……長谷川、コーチ」

「ん? なんだ?」

 

聞き返すと、進は背中に顔を埋めたまま、昂のシャツを掴んで答えた。

 

「……僕、長谷川コーチが嫌いです」

「…………ん。そっか」

 

どうしたんだろう、と思いながら、しかし昂は進の言葉に耳を傾けた。

 

「兄さんの事があるのに、いつもヘラヘラしていられるコーチが嫌いです」

 

胸の内に燻ぶっていた想いを噛み締める様に、進は言った。

 

「コーチからバスケを奪った兄さんの弟(ぼく)に、優しく出来るコーチが嫌いです」

 

胸の奥が痛くなるのを堪える様な声音で、進は言った。

 

「智花からバスケを奪うかもしれないコーチが、嫌いです」

 

涙を必死に堪える様に震える手でシャツをぎゅっと握って、進は言った。

 

「僕が好きな智花がコーチしか見ないから、嫌いです」

「…………そっか」

 

背中に熱い雫が落ちるのを感じながら、しかし昂は進の言葉を待った。

 

「……それに」

 

回した腕に力を込めて。堪り堪った全てを吐き出す様にして、喉を引き攣らせながら、絞り出す様に進は言った。

 

「それに……そんなコーチに甘えたくなる自分が、何よりも嫌いです」

「……進…………?」

「甘えたら、駄目なんです。僕は、水崎進は、“水崎新”の弟、だから…………誰かに優しくしてもらう理由なんて、ないんです」

 

小波の音が、酷く遠い。

昂は只呆然と、歩みが止まっている事にも気づかないまま進の言葉に聞き入っていた。

 

「本当はあのまま……あの冷たい水の中で、ずっと眠るべきだった。色んな事から逃げ出したまま、いなくなっちゃえばよかったって……いなくなればよかったって、ずっと思っていました」

「そんな事……っ!」

「でも」

 

背中に、進の温かさが戻った。

生きている、小学六年生の男の子の温かさが、確かに今、昂の背中にあった。

 

「やっと、好きになれそうなんです」

「…………」

「みんなに出会って、沢山の時間を過ごして……“あの日”からずっと嫌いだった水崎進(ぼく)を、やっと好きになれそうなんです」

 

声を震わせたまま、進は必死に言葉を紡いだ。

 

「こんな事を聞くのは、間違っていると分かっています…………だけど、教えて下さい、“昂”さん」

 

昂に縋りつく様に――――――或いは、救いを求める様に。

 

「僕は、此処にいて(甘えて)も、いいんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――良いに、決まってるだろ」

 

まるで予定調和の様に、昂は即座に答えを返した。

背中越しに、進が僅かに震えたのを無視して、昂は言葉を続けた。

 

「お前は此処にいて良い、甘えて良いんだ。誰が何を言おうと、俺が許すし、認める…………確かに先輩の事は、思う所がない訳でもない」

「…………」

「でも、だからと言ってそれが、此処にいる水崎進(おまえ)が否定されていい理由には絶対にならない。そんな事は、俺が絶対にさせない」

 

息を呑む音が聞こえた。

止まっていた足を再び踏み出して、昂は言った。

 

「だからさ、“進”。これからは、俺も一緒に背負うよ」

「…………」

「『肩代わりする』なんて言わない。そんな事は、“家族”じゃない俺には絶対に出来ないからな…………けれど、一人じゃ重くても、二人ならきっと大丈夫だろ?」

「……なん、ですか……それ。馬鹿みたい、です…………」

「ははっ、馬鹿は酷いなぁ……まあ、確かに無茶苦茶かもしれないけど」

「そう、ですよ……ほんと、に無茶苦茶、で…………ほん、とうに……」

 

昂の言葉に、途切れ途切れになりながら、声を震わせながら―――けれど、進は。

 

「―――長谷川、コーチ」

「ん? なんだ?」

「ありがとう、ございます」

 

確かに自分の言葉で、自分の口で、ハッキリとその言葉を紡いで、そのまま。

 

小波の中に、小さな泣き声が溶けて行った。

 

 

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