ロリータ・コンプレックスSS   作:茶々

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二月入ったので本気出す。
とりあえず、夏合宿終了までは一気に終わらせる。


第八話 約束は守られてこそ約束

 

照りつける太陽が、ジリジリと肌を焼く。

元々浅黒い肌ではあるが、この炎天下のお陰で一層黒くなりそうな勢いで肌が焼けて行く。

 

「大ちゃぁん……暑いよぉ……」

「うるせぇよさつき、だからお前はついてくんなっつったろ」

 

木陰で情けない声をあげる幼馴染に言葉を返すと、暑さで蕩けたバターの様になりながらも、さつきが非難する様な声を飛ばしてくる。が、大輝はその全てを無視して道路の向こう側を見た。

 

「…………っ」

 

そして、その姿を見止めて唇の端を吊り上げる。

全身に喜色と興奮を滾らせ、目にギラギラとした光を宿しながら、“彼”がしっかりとした歩調で自分の前まで歩いてくるのを見つめていた。

 

「昨日ぶりだな、進」

「ん。昨日ぶりだね、大輝」

 

 

 

 

 

 

少しだけ海岸線をのんびり進みながら別荘に戻ると、入口の前で待っていたらしい六つの影―――進のクラスメイト兼バスケ仲間である女バスの面々と夏陽が、心配そうな面持ちで駆け寄ってきた。

声をかけようとして、しかし昂の背中で安心した様に柔らかな寝顔を浮かべる進の姿を見つけて、皆は一様に胸を撫で下ろしていた。

 

最も、ひなたは「いいなー。ひなもおにーちゃんの背中に乗りたいなー」と羨ましがったり、智花に「よかったね竹中君」と言われた夏陽は「ま、まぁ俺は進なら大丈夫って分かってたし!」と言った傍から紗季に「あらぁ? さっきまであんなにオロオロしてたくせに」と指摘されて、揃ってニマニマする紗季と真帆に顔を赤らめながら反論したり、安心しきった愛莉が思わず「よかったよぉぉぉ」と泣き出してしまったりと大変だったのだが。

 

ともあれ、別荘に戻ってから冬子に検査して貰った所、怪我、体調に問題無しとの診断を受けた進は、足の手当てを受けた傍から「明日バスケをする」と脈絡もなく言いだして美星に拳骨をくらっていた。

 

「訳が分かりません」

「訳が分からないのはお前だろうが」

 

頭を擦りながら本気で分からないとでも言いたげに呟く進に、呆れかえった様に夏陽が突っ込んだ。

 

「いい加減にしないと、先生が十六連コンボ叩き込んでベッドに寝かしつけるぞ?」

「ミホ姉、それ以上はいけない」

 

反省の色が見えない進に半ギレしつつ、怒りのレベルがマックスを振り切りかけた美星が(多少は加減するだろうが)物理攻撃に踏み切りそうだったのでとりあえず昂が止めに入った。体罰云々は教育現場では割と死活問題なのだ。体罰、ダメ、ゼッタイ。

 

「離せよ紗季っ! あの分からず屋殴れないっ!」

「殴るな馬鹿真帆!」

「おー、まほ、でんちゅーでござる」

「は、な、せっ!!」

 

向こうは向こうで真帆の怒りが天元突破して紗季とひなたに後ろから抑えられている。

まぁ、彼女の怒りも最もだ。友達思いという点では、この少女達の中でも一、二を争う熱血ぶりを誇る真帆にしてみれば、熱中症で倒れて足を火傷して帰ってきて、しかもその完治も待とうとしない進の態度は業腹ものだろう。

 

「何を考えているんですか! 倒れて帰ってきて、姉さまや皆さんがどれだけ心配と思っているんですか!?」

「そうだよ! 自分を大事にしなくちゃダメだよっ!」

 

かげつが怒り気味に、愛莉が心から心配そうにそれぞれ説得を試みるが、進は首を横に振ってその言葉を聞こうとしない。

尚、根っからのオーバーワーカーである所の智花は真っ先に説得を試みて「それ鏡見て言えるの?」と返されて真っ先に撃沈し、隅っこに蹲りブツブツと独り言を呟いている。

 

「進」

 

美星を宥めてから進に歩み寄ると、進はフローリング張りの床に胡坐をかいて座り、正面に立つ昂にそっぽを向いていた。

何だか数時間程前にも同じ様な光景を見た気がするが、取りあえず昂はかがみこんで進に視線の高さを合わせ、言葉を続けた。

 

「青峰くんと試合するのか?」

「……はい」

「問題ないって言っても、足の怪我や体調は決して万全じゃない。そんな状態で試合をやって、お前は全力を出し切ったって言えるのか?」

「…………」

「全力を尽くせない試合をして、お前はそれでいいのか?」

 

昂の言葉に暫し口を噤み、しかし進は不意に正面を向いて昂と目を合わせて口を開いた。

 

「約束、しました」

「約束……?」

 

約束と言われて、思い出せるのは別れ際のあの言葉だ。

明日、午前十時にあのコートで待つ。

 

だがあの時、進は確かに意識を落としていた。あの言葉をしっかりと聞いていたとは考え辛い。

だとすれば、それとは別に何かを約束したのだろうか。

 

「約束は守られてこそ約束です。明日、大輝と全力で1 on 1をします」

「………………」

 

自分を真っ直ぐに見つめる進の目を見て、昂は言葉を失った。

より正確に言うならば、“説得する為の”言葉を失った。

 

眼は口ほどにものを言う。

その眼が、何よりも雄弁に進の決意を物語っていたのだ。

 

誰に何を言われても、進は明日、大輝と試合をするだろう。雨が降ろうが拳骨が降ろうが、その決意が揺らぐ事は絶対にない。

 

―――ことバスケにかけるそれ程の熱意をまざまざと見せつけられては、最早昂にどうこう言う事は出来ない。

この辺りは、葵にバスケ馬鹿と言われる昂だからこその理解だろう。

 

「…………はぁ」

 

美星を説得する事と、進が無理をしない様に注意する事。両方やらなければいけないのが、昂の辛いところだ。

やれやれと息をつきながら、そういえば晩御飯まだ食べていなかったなぁと思いながらも昂は美星を説得する為に立ちあがったのである。

 

 

 

 

 

 

「昨日の」

「うん?」

「ぶっ倒れたろ……大丈夫なんだよな?」

 

軽いウォーミングアップを終えて、コート上で進と大輝が向かい合う。

進と相対していた大輝の視線は僅かに下を向き、進の足の方に向けられた。

 

「大丈夫、って先生が言ってた。それに……」

「それに?」

 

小首を傾げる大輝を余所に、上体を崩して進が構える。

緩やかな弧を描いた口元が、ほんの少し、挑発する様な色を浮かべた。

 

「―――あれくらいの事で、大輝が僕に勝てるなんて思えないし」

「―――ハッ!」

 

驚きは、一瞬。

しかしその瞳を見て、その言葉を聞いて、大輝は昨日ぶりの興奮を抑えようともせずに腕を広げた。

 

「見せて貰うぜ進! テメェの実力を!」

「見せてあげるよ大輝。“今の”僕の全力を」

 

言葉を終えて、直後。

灼熱のコートで、二つの影が弾かれた。

 

 

 

 

 

「5本」

 

それは、美星他、数名の怒号と憮然とその他諸々を一身に受けながら、その全員をどうにか説得した昂の頑張りに応えて、進に与えられた条件だった。

 

「勝ち負けに関わらず、1 on 1を5本。それでいいんだったら、明日の試合を許可する」

「分かりました」

 

美星の言葉に、進は一も二もなく頷く。

先程までの頑固っぷりが嘘の様な素直さに、呆れたように美星がため息をついた。

 

「……まぁ、一介の教師として言わせてもらうんだったら、本当は許可なんて出来ないんだけどね」

 

「特にカマキリだったらその辺うっさいしなぁ……」とぼやきながら、美星は頭をがしがしと掻く。

その言葉に、そういえば普段の練習中は愚か、自主練においても決してオーバーワークを許さなかったなぁ、と、夏陽は今更のように顧問の小笠原先生を思い出した。

 

夏陽自身、自主練の事がどこから洩れたらしく小笠原顧問に度々注意されたものである。

本当にあれは誰が洩らしたのだろうか。元凶に心当たりは全くないのだが。

とりあえず部活が無い日も進とちょくちょく“遊ぶ”という口実を使って自主練を繰り返していたから家に帰るのはむしろ部活がある日よりも遅くなって主犯の目論みは外れただろう。いや全くもって元凶には心当たりがないのだが。

 

心の中で棒読みにそんな事を考えながら、夏陽は美星からの諸注意に耳を傾ける進を見やる。

 

生徒の体調を重んじ、時には憎まれ役であろうとこなす小笠原顧問。

生徒の自主性を尊重し、自らがその盾を買って出る美星。

 

幼心ながら、自分達がどれだけ恵まれているのかを、ふと夏陽は考えていた。

 

 

 

 

 

 

“天才”という言葉が、昂は余り好きではなかった。

特に、そう囁かれる本人とは何の関係もない一般大衆が、まるで口癖のようにそう言うのが、昂は正直、嫌いだった。

 

自分自身が、突出した才覚を持っていないからという事もある。

だが何より気に入らないのは、周囲の想像など及びもつかない程の努力の結実が、そんな軽い言葉一つで片付けられてしまうのが嫌なのだ。

 

だから昂は、卓越したプレイヤーに対しても極力その言葉を使わない様にしている。

本人の意図しない所で、その努力を無視する様な冒涜的な言葉だから―――と、少々入れ込み過ぎている感がある事は、幼馴染の忠告もあって理解はしている。納得はしていないが。

 

だが、ごく稀に昂はその言葉を使いたくなる時がある。

 

「―――ッ!?」

「ハァッ!!」

 

例えばそれは、初めて智花の本気のバスケを見た時。

例えばそれは、そんな智花を相手に、それを凌駕する程のプレイを進が見せた時。

 

そして、例えばそれは―――

 

「つ、2―1です!」

 

そんな進さえ上回る程の身体能力を見せつける、浅黒肌の少年に出会った時だ。

 

 

 

小学生同士のミニバスの攻撃と守備において、有利なのは前者である。

それは、中学生や高校生の様にスティール等の技術が十分でないという事も理由としてあげられるが、最大のポイントはシュートをガード出来るだけのフットワークが身についていないという事である。

シュートコースを塞ぐ、パスコースを塞ぐ……そういったテクニック云々よりも、まずはボールを取ろうと躍起になってしまい、守備側は攻撃側の簡単なフェイントに引っ掛かってしまう。

 

無論、県大会上位や全国に駒を進める様なチームであれば幾らか話は別だが、多くのミニバス選手はそういった傾向にある。

特に1 on 1の場面になった場合、先ず攻撃側が圧倒的に有利なのは言うまでもない。

 

―――だが、それを踏まえたとしても大輝のプレイは凡そ小学生とは思えないものだった。

 

まず一本目を制したのは進だった。

昨日、熱中症で倒れたのが嘘ではないかと思えるくらいに鋭いダックインで大輝の作った壁をあっさりぶち抜き、シュートを決めた。

 

だが、攻守交替した大輝が攻めた瞬間、空気が変わった。

一瞬の空白を縫う様なドリブルで進を抜いたかと思えば、抜かれた進が即座に反応してシュートコースに割って入る。完全にシュート体勢だった大輝に最早打つ手はないと思われたその瞬間、

 

『―――ハッ』

 

停止状態(ゼロ)からの高速クイックターンでこれまたあっさりと進を交わし、悠々とシュートを決めた。

 

そして、進が再び斜めへの高速ダックイン―――消失行動(インビジブル・ドライブ)で切り込んだ時、進は完全に“呑まれた”。

 

『同じ技が、二度も効くかよッ!!』

 

死角への高速ダックイン――智花や夏陽さえ、初見では見破る事すら不可能だったそれ――を、たった一度の相対で見切ったとでも言うのか。

進のコースに先回りした大輝が、渾身の力でボールを叩きだしたかと思えば、ラインを割る前にそれを確保した大輝が即座に攻め、呆気にとられた様に棒立ちしていた進を抜き去ってシュートを決めた。

 

これが、小学生のバスケだというのか。

言いたくはないが、昂は思わず胸中に過った言葉を呟いた。

 

「……天才、か」

 

有史上、バスケットボールの神様が実在のものとして日本でも確認出来るのは、西暦で云えば1963年以降である。気紛れなその神様は自由とジャンクフードを好んだのか、現在でもその時間の多くを北太平洋上の大陸で過ごしている。

が、稀に日本の八百万に混じっては、その片鱗を何処かの誰かに振りまいて帰っていく。そして、その片鱗を受けた者こそが天才である――――――と、そんな冗談(ジョーダン)が思わず脳内で華麗なムーヴからダンクを叩き込む姿を幻視する程に、大輝のプレイはずば抜けていた。

 

これ程の選手が、今までどうして話題にならなかったのか。

昂はコート上に視線を奔らせ―――そうして、直ぐにその原因を視認した。

 

「………………ふぅ」

 

あれ程の強さだ。県大会でもかなり上位まで食い込んでくるだろう。

そしてあのシュート力を見れば、恐らくは個人成績でも中々良い線を行くに違いない。

 

―――が、それでも頂点へ至る事は決して容易ではない。

 

「そろそろ、本気出す」

 

筋に金どころかダイヤモンドを入れた、県下どころか全国でも指折りの負けず嫌いが、嬉しそうに呟いた。

 

 

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