少し寝坊したが、隼一は何とか時間通りに寺子屋へ到着する事ができた。席に座って昨日の情景を思い出す。あの楽しかった夕食は遠い昔の様に感じられる。居酒屋ではあったが、あの絶品だった『天麩羅』という揚げ物はかなり絶品だった事を暫く考えていた。
「もう始まる時間なのに、先生遅いね。」
突然耳元で囁かれ隼一は体をびくりと震わす。それを見ていた華奈はクスクスと笑う。
「びっくりした……。って華奈か。相変わらず人を驚かす才能はあるよね。」
「酷いわ。そんな才能持ってないわよ。」
「冗談だよ、冗談。何か異変が始まったとか? 前も遅れた時は巨大な船が浮いていたし。」
それもそうね、と返して華奈は席を離れる。隼一はそれを見送り、窓側の座席の特権行為をする。机に肘をついて、外の景色をぼうっと眺める。そしてまた昨日食べた絶品達を思い起こしていた。
「遅れてすまない。そして今日は話がある。」
「また異変ですか〜?」
1人の生徒が声をあげる。何回もこのような状態を経験していると慣れたのか、危機感が持てなかった。
「ああ。それも人里への。今回はかなり危険だ。今日は絶対に『寺子屋から出るな』。私も現場へ向かわなくてはならんからな。」
そう言いながら先生はすぐに寺子屋から出ていった。暫く教室には静寂が訪れていたが、それはすぐに決壊し、また話し声が聞こえ始める。
「また『異変』か。全く、幻想郷は平和なのか、平和じゃないのか。」
そんな事を呟き、隼一はトイレへと向かう。『異変』―妖怪や、それに似て非なる者が起こす一種の事件。大抵が幻想郷自体を何かしようと目論むので、先生の話が本当ならば『人里へ』の異変は初めての事であるかもしれない。廊下を歩きながらそんな事を考えていると突然誰かに手を掴まれる。
「っ! 誰?」
その伸びている腕に沿って視線を辿らすと、どうやらまたあの男らしい。
「作戦会議だ、隼一!」
その勢いのある声は太一だった。振りほどこうとしても振り払えず、隼一は太一に引っ張られながら付いていく。トイレは通り過ぎ、さらに奥へと進む。
「ちょっ、どうしたの太一?」
質問すると、太一は隼一の顔を見て答える。
「異変だよ!異変!!!」
「ここは?」
何やら見慣れない物が置かれている部屋に連れ込まれた。埃も部屋中に飛び回っている。恐らくあまり使われていないようだ。大きな箱から何やら羽のついた…『扇風機』と書かれたそれは印象深い。
「2年前に寺子屋から離れた大樹先生の倉庫化していた空き部屋らしいぜ?」
つい数年前までこの寺子屋にはとある1人の教師が居た。その人は外の世界から幻想郷にやって来た人で、魔法を使って幻想郷に落ちている機械やら何かを治している人だ。その抜けた穴は教え子の1人が教師となる事で結果、昔と変わらない体制で授業を進めている。
「ふぅーん……。って華奈も居たのか!?」
空き部屋を見回してようやく隼一は華奈を見つける。2人が訪れる前からここに座っていた。華奈は無言で頷く。
「それで、これはどういう集まり?華奈と太一が一緒にいるの珍しいんだけど…。」
「よくぞ聞いてくれました! この3人の共通点は『悪魔』に契約したって事だよ!」
ドヤ顔まで決めている太一に、ただ無言で見つめる華奈と惚けている隼一。太一は少し顔を赤く染める。
「と、兎に角…、俺達は仲間だ!『悪魔』を使って今から人里を襲う妖怪を退治するのさ!」
「あら、恥ずかしがってるの?」
華奈が横やりをいれる。うるせぇ、と照れ隠しする太一。隼一はようやく頭が回転し始めた。
「慧音先生が言ってた『異変』ってそういう事なの?なんで太一は分かっているのさ?」
「身内に聞いた。向こうの言い分だと、『昨晩、3人の妖怪が人間らしき誰かに殺された』らしいぜ。」
「らしい、らしいって。それは本当なの? それに身内って前言ってた親戚?」
「あれ? 俺って隼一にそんな話したっけ? まあいい、なあ隼一。俺が嘘をつくと思うか?」
隼一は過去の太一との記憶(主にやらかした事案)を思い出す。確かに馬鹿な事をして慧音先生達によく説教されてはいたが、いずれも自己申告していた。
「……まあ、嘘はつかないかな。馬鹿な事と落書きはいつもしてるけど。」
「だろ? って最後の一言は余計だ!」
「僕だって嘘はつかないだろ、太一?」
ぐぬぬと何やら言い返したい気分を堪える太一。2人のやり取りを見ていた華奈は大爆笑していた。
「兎に角、時間が無ぇ。早速外に出るぞ!親戚の奴らも悪魔を使って妖怪達を迎え撃つからな!」
「……先生に後から説教されそうだから、パス。」
「なんだとぉ貴様! そこは親友らしく『お前が行くなら俺も行く』とかかっこいい事言えよ!」
慧音先生の頭突きは生徒を必ず泣かす最強の技で、説教中に繰り出す事が多々ある。皆の見せしめでそんなもの喰らいたくは無い。太一はまた何かを堪える仕草をする。
「ねぇ……。」
先程まで笑って見ていた華奈が隼一の方に寄っていく。
「私を危険な場所に放っておくの?」
「えっ?……。」
隼一の手を取り、顔を近づける。隼一は驚いていて華奈を突き放して顔を抑える。同時に心臓の高鳴りも抑える。
「分かったよ! 行くよ!」
「ついに不動の隼一が動いた!流石は隼一の嫁だな!」
「その2つのあだ名は何だよ一体!?」
照れながら隼一は太一を追いかける。太一はここぞとばかりに親友の弱点を見つけ、嬉しそうに逃げ回る。一方の華奈はまたいつもの様にクスクスと笑う。若干顔が赤く、少し嬉しそうにしているのを見ると隼一の羞恥心は高まっていく。
「よぉーし!夫婦の惚気話を聞いたところで、早速出発だぁ!」
「よし、着いたぞ!」
「着いたぞって……。ここ、太一の家じゃん。」
寺子屋を誰にもバレず抜け出してまで向かった先は太一の家だった。何代も住み継がれ、親戚がまとまって暮らしている事もあってか、人里の中では稗田さんの豪邸を除けば1,2を争う程大きい家だ。木造建築という点では隼一の小さな家と変わらない。よく仲の良い友達とここで遊ばしてもらっている。太一の両親は優しくしてくれる。―両親を無くした隼一にとっては、居心地良く感じていた。3人の足音に気づいたのか、その家の扉からは10人規模のが出てきた。
「来たな太一。それに隼一君じゃないか。もう一人は見た事無い子だな。」
戦闘にいたのは太一の兄だ。隼一は彼とは面識を持っており、偶に遊んでもらったり、勉強を教えてもらったり。陽気な人という印象を持っている。
「あいつは隼一の嫁の華奈だ!」
「どうも、隼一の嫁です。」
「ああ、そうなの?その歳で嫁さんいるのは良かったじゃねえか隼一。」
3人はニヤニヤしながら隼一の方を見つめる。隼一は言葉で否定しながらも、顔を赤く染めながら顔を手で隠す。
「っと、馬鹿な事している時じゃ無かったな。こいつら皆『悪魔』と契約した奴らだ。」
太一の兄の後ろにいた十数人は全て契約者だった。数の多さに隼一は驚く。紹介された彼らは気分を高揚させ叫び声をあげる。
「妖怪と人間との決まり事は御先祖様の時代に制定された。だが、実際はどうだ。この中には大切な人を妖怪に食われた者も多いだろう。本当にこのまま何もせずに良いのか?折角『悪魔』が力を貸すと言ってくれたんだ!人間の底力、見せてやろうぜ!」
太一の兄は大声をあげて演説する。そこにいた人々はまた叫び声を放つ。それを聞いた隼一の心からは赤く燃え上がるような火を感じた。これを感情で例えるとするならば『憤怒』―理不尽に殺された両親、祖母の敵を取る復讐心であろう。
「それじゃあ、行くぞ!」
「どうか怒りを抑えてくれ。仮にお前達がここで暴れた所で博麗の巫女にやられるだけだ。」
人里の門の入口では50を超える妖怪達が押し寄せていた。慧音は何とか説得しようと他の自警団のメンバーを連れて話をする事にした。
「この怒りを抑えろ、と?無理だな。こっちはもう10人犠牲になっているんだ。お前達屑の人間が変な奴らと契約している噂は知っているんだよ!」
言い終わったと同時に、門の柱を勢い良く蹴る。後ろに控えている妖怪達も各々文句を言い始める。
「それもこれもお前達が約束事を守らず、人里の人間を食っているからじゃないか!」
慧音も怒りを抑えきれず、声を荒らげる。
「人間ごときが、妖怪様と同等に約束できると思い上がるな!やっちまうぞ、皆!」
全員が声をあげ、一斉に突撃する。慧音はすぐに門の扉を閉める。が、その扉にはすぐに凹みができ始め、扉に体当たりしている音と扉が軋む音が響く。
「無理だったか…。私が急いで巫女を呼ぶ。その間、なんとしてもここを死守してくれ!」
慧音は空を飛び、魔法の森の方角へと向かう。自警団達は持っている槍を構え、妖怪達が門を突破してくるその時を待つ。
その軋む音は次第に木材が裂ける音に変化して、タックルしていた妖怪達が扉と共に吹き飛んでくる。転がった体を起こそうとする妖怪を上から槍で差し込む。
「おのれ、卑怯な人間共がっ!」
刺された槍をすぐに体から抜き、槍ごと人間を投げ飛ばす。自警団達数人に対して、妖怪が50人程度。圧倒的な数の差にすぐに戦況が逆転する。
「ケケケ!人間が俺らに勝てるわけないだろ!」
先程まで威勢を張っていた人間達は逃げ始める。それを容赦無く妖怪は追い回す。
「くそっ!決まりを破って卑怯なのはお前達だろ!」
「生き残った方が正義さ。お前みたいな見るだけで吐き気がする人間は殺してやる!」
指の爪を伸ばし、自警団の1人の腿を突き刺す。その人間は悲鳴をあげ、立つことも出来なくなり倒れ込む。それを見た妖怪達は大声で嘲笑う。
「キシシシシ!粋がるから死を速めるのさ!」
「死ねぇ、人間共!!」
その爪を腿から抜き、今度は心臓目掛けて突き刺そうとする。が、その爪は別の何者かに勢いを止められ、逆にそれを握り潰される。
「だ、誰だ!?」
「よう妖怪共。随分好き勝手してくれたじゃねえか。」
それを掴んだのは別の妖怪でも無く、あの博麗の巫女でも無かった。それは唯の人里の人間であった。だが、妖怪達は違和感を感じる。その違和感の原因は有り得ない程の妖力にあった。本来、人間には霊力が備わっている。それを扱う人間もいるが、基本的には使わない。それと対照的な位置にあるのが妖力―妖怪やそれに準ずる者が持つ力。本質的には霊力とさほど差異は無い。
つまり、人間が妖力を持っている事が有り得ない。しかし、目の前の人間達は現にその力を振るう。
「それ!やっちまうぞ!」
後から来た人間達のリーダー格の太一の兄が第一声をあげる。それと共に他の人間達も『悪魔』から借りた力を放出する。禍々しい妖力は先程までの妖怪達の威勢を削ぎ取るまでの効果を発揮した。
「そ、そうか…。お前達が噂の契約している奴らか。おい、こいつらを袋叩きにしろ!」
互いに突撃する。無論、太一や華奈も。隼一は後方に回る。それは隼一が『悪魔』と契約していない事にある。殴り合いを繰り広げる。戦略性はそこには無く、ただ個人の力のぶつけ合いの様な戦いであった。単純な力で勝っている人間側に対して、数で圧倒する妖怪側。戦況は泥沼化していく。
「ここに居たか隼一。」
隼一が振り返るといつの間にかレオが立っていた。昨日の夕暮れから会っていなかった為か、どこか彼と会うのを懐かしく感じた。
「あ、レオさん。」
「さん付けは要らない。隼一はあくまで俺の雇い主と言っても良いからな。…なるほど。」
遠くからレオは人間達の戦いぶりを観察する。昨晩話をした縛られていた男からの情報だと、ここ―『幻想郷の人間はあまり争いを起こさない』と。その割には、あまりにも戦い慣れしている。
「『悪魔』が力を貸すと本人達は思っているようだが、それは嘘だな。」
「どういう事、レオ?」
レオの言っている意味が分からなかった。太一は確かに『悪魔が力を貸す』と言っていたが。
「人間には手に余る力を感じる。それは『悪魔』のマナで間違い無いだろう。だが、彼らは操られている。あんな闘い方は普段から訓練しないと人間にはできない。」
その説明を聞きながら、隼一は太一の動きを見る。1人の妖怪を背負い投げ、別の妖怪にぶつける。それが倒れている所を物凄いスピードで近づき、上から何の躊躇いも無く短い刃物で肉を突き刺す。
「…今の太一のあの動き、とても同い年だとは思えないよ。」
「まさに『悪魔』らしいな。数の圧倒的アドバンテージを、個々の力量差だけで覆している。」
子供の隼一から見ても分かる程に戦況は人間側に傾いていた。こちら側には被害者が1人も出ていないのに対して、妖怪側は目測では半分は既に返り討ちされていた。
「ねぇレオ。今戦っている人達って意識を持っているのかな。」
隼一は胸を抑える。先程まで燃え上がっていた様な熱い、そして黒く歪んだ感情の感覚を思い出す。
「僕がもしレオじゃなくて本当の『悪魔』を召喚してたら、きっと同じ様にむごいやり方で復讐してたのかな?そう考えたら突然怖くなって……。」
「きっとそうかも知れない。…復讐心からは憎しみだけが生まれる。そして、こんな事を繰り返すだけでは負の連鎖からは抜け出せないだろう。」
レオ震えながら胸を抑える隼一の手を取る。そのレオの手は冷たく、でも何故かゆっくり、じわじわと温もりを感じる。隼一は何とか恐怖心を抑えて、正気を取り戻す事ができた。
「ありがとう、レオ。お陰で落ち着けたよ。」
「ご主人様の精神ケアも行うのが従者の務め。気にする事は無い。」
暫くすると、太一や華奈、他の皆達は戦場から立ち去っていた。残されたのは戦いの影響で壊れた建造物達の破片、そして大量に飛び散る血、そして肉塊。少し異臭も立ち始める。レオと隼一もその場から立ち去る。秋風によって屑が飛び、ぶつかり合って生じた音だけがその場所で無残に鳴り響く。
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