ナハル・ニヴ ~神様転生とは~   作:空想病

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統一王国

/Transmigration …vol.13

 

 

 

 

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 時は第九紀・9663年から9700年にまで遡る。

 

 9663年、百年ぶりに封印が解かれたその魔王は、まさに人類の天敵であった。

 

 純白の虚

 白き幽騎

 悪の権化

 純銀を鎧う絶望

 無をもたらす王君

 全魔の統率者にして軍団指揮官

 人類史上最悪にして最大にして最強の敵

 

 ……人喰いの魔王……

 

 それに立ち向かうべく名乗りを上げた一人の〈勇者〉と、彼が率いる精鋭軍に、世界の命運は託された。これが9699年のこと。

 大陸を跋扈し、人々を恐怖の底に沈め弄んだ魔王を誅すべく、数多くの血が流され、尊き命が喰い殺され、幾つもの国が滅びた──

 その無念を晴らすべく、魔王の幹部と雑兵たちは殲滅され、魔王との最後の一騎打ちにおいて、神の御業たる〈聖痕〉が一画、鋭く閃いた──

 

 こうして、悪逆にして惨忍非道を極めし魔王は見事討滅された。

 人類に平和の安息史がもたらされ、〈勇者〉はティル・ドゥハスの大地に秩序と安寧を回復させた。

 

 彼の功績を讃え、彼の血筋に敬意を表し、千年前に失われた小国が再建され、〈勇者〉は「王」となった。

 

 彼の築いた奇跡の王国は、僅か数年で、大陸全土にに覇を唱えた。

 

 北の氷原野を統べる女王の蛮国が、隷属を余儀なくされた。

 南の獣人騎士団による連合国軍が、半日も経たず殲滅された。

 西の魔装都市を擁する浮遊大陸が、一島も残さず墜落沈没した。

 そして。

 東の最強にして最大と謳われた真聖帝国が、三十年の長きに渡る戦いの末、敗れ去った。

 

 他にも大小さまざまにあった国家・集落・共同体、それらすべてを屈服させ懐柔させ隷従させ、大陸をただ一つの旗の下に合一させた。

 

 その神懸かりともいうべき大事業・征服行を成し遂げた〈勇者〉の王の名は──“イアラフトゥ”。

 

 ついに大陸全土をひとつとした国の名は──“シーァハーン”。

 

 

 

 

 神に愛されし「  王」“イアラフトゥ・イ・ラハール”──

「  王」たる彼こそが、第九紀・9700年、魔王を封印した〈勇者〉であった。

 

 

 

 

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 統一王国・首都“エツィオーグ”。

 

 目抜き通りを行き交う馬車の数々、その中で遠目にも格が違うと判る壮麗な造りの四頭立ては、王家の紋章旗を掲げた特別製である。

 馬車は一直線に通りを抜け、王の住居のひとつである“百合(リラ)”の宮へ。

 馬車だまりに停まった車から降りた男は、御付きの従者を侍らせ、宮の主人であるがごとく建物にあがる。

 豪奢な内装に目をくれず、数多くの調度品を素通りし、吹き抜けの煌びやかなシャンデリアを尻目に、建物の最上階へ。

 そして、女中二人が待機している扉の前に立つ。部屋の中にいる少女への取り付けを済ませ、御付きの者たちを外に残し、中へ。

 目当ての人物は、大きな窓のそばで、両膝を抱えて俯いていた。救出直後は軽い怪我も見られたが、〈魔法〉によって即日回復している。

 小さくなっている少女が、来客に対し顔を上げることなく問いかける。

 

「いまさら……私を宮殿に戻して、どういうおつもりです?」

 

 純白の絹と見まがう美しい長髪の少女は、きらびやかなレースやラフをあしらった衣服……襟ぐりを大きく取ったドレス(グーナ)ではなく、寝間着用に用意された子供用の服に身を包み、いらただし気な口調を隠す努力をしつつ、無遠慮にも見下ろしてくる黒髪の男に話しかける。

 

何分(なにぶん)、陛下のご意向ですので。私ごときでは、その真意を量ることなど」

 

 男は若い顔立ちのわりに、老塾した落ち着きのある声で、少女の詰問に応じる。

 蒼黒の胴衣に黒銀の毛皮でできた上掛けを羽織った男の様は、荘厳な漆黒の獣を思わせる風格を漂わせていた。その左目は、これまた黒い眼帯に覆われており、男の印象をより不吉かつ不気味なものに変貌させているように見える。多くの貴族達から“黒き獅子”あるいは“黒鷹の大公”という異名で呼ばれるにふさわしい眼光の右目が、数多くの女たちに恋情を催させ、今でもそういう噂が絶えないという。

 しかし、九歳の少女は鼻を鳴らして窓外を睨んだ。

 

「どうでしょうか。一応は貴方も王族の一員……あのロクデナシの「義理の弟」でしょう? 黒き大公殿下?」

「それを言うなら君もだな、我が麗しき「姪御(めいご)」殿、“白鴉(シロガラス)の姫君”よ」

「ッ、私は! もう、あの人とは関係ない!」

 

 手近に転がっていたぬいぐるみを掴んで、男の顔面に投げつける少女。

 だが、それは虚空を貫いて、柔らかな絨毯の上におちた。

 男は金属のように平坦な調子で告げる。

 

「実の父君に対して、そのような粗雑な言葉遣いをされるものではない。亡くなった母君も、そうは望まんだろう」

「あ、──あなたがそれを──もういい!」

「此度の件、あの村のことは、本当に気の毒だった」

「!」

「だが四年前、当時の情勢下において、姫の身の安全を確保するために、あの孤児院に隠れることが適切だと配慮されたのだ。結果は悲惨を極めこそしたが、こうして無事に戻れたのは、ひとえに父君のおかげだと」

「何が『父のおかげ』!? 『父のせいで』でしょ?!」

 

 少女は激するままに叫んだ。

 

「あれは! あの男は! “私の父なんかじゃない”! “お父さまなんかじゃない”!!」

 

 昂然とし、会話をすることに嫌気がさした少女は、首都の様子を眺めるでもなく眺める。最上階の部屋から見える眺望は、しかし少女に感動をもたらさない。

 宮殿の誇る百合の庭園の向こう、高い塀と深い堀を超えた先にある街辻は、実によく整備された道路だ。肉や魚、野菜や果物、パンや穀物を売る市場があり、衣服や道具や書籍を取り扱う商店がある。その軒先──平らに均された道の下には〈魔法〉の上下水道も完備され、実に清潔で衛生的だ。石畳の上を歩く人の波は、寒村で暮らしていたころとは比べようもない命の営みがあふれている証拠であった。人々の暮らしぶりは実に穏和で、かつ生き生きとしている。家族連れが親子三人で手をつないで歩き、老人に手を貸す若者や、転んで泣いてる子を助ける老女もいる。見上げれば都市上空を闊歩する航空騎兵隊の影が、一瞬の内に通り過ぎていくのが見えた。

 少女は否が応でも思い出す。

 一週間ほど前。

 彼女は空を駆ける騎士たちによって救出され、首都に連行された──否、“戻ってきた”。

 あの夜の惨劇──炎上する教会──煌々と刻まれた勇者の証──はじめて出来た大切な友達との別れが脳裏をよぎる。

 

「…………っ」

 

 こんなはずじゃなかった。

 こんな別れになるとは思ってもみなかった。

 いやだいやだと駄々をこねても、情勢は……世界はそれを許すことはなかった。

 黒い魔獣たちに襲われ、壊滅した村。炎上した孤児院から唯一生き残った少女……それを哀れんだ国の王が、彼女を保護したというわけでは断じてない。

 

「どうしてよ……どうして村が、あの孤児院が……これじゃあ、本当に、全部が全部、私のせいで……!」

 

 泣き腫らした顔に、さらに大粒の涙を溢れさせる姫君。

 

「泣いたところで何の意味もない」

 

 氷のような冷たい指摘。

 ギリッと表情を上向ける少女に対し、黒い男は凍てつく視線と言葉を落とした。

 

「こちらの用向きを伝える。君の父、国王陛下が御呼びになられた。支度をし、()く“王城”へ参上せよ、プレーアハン姫」

「……ええ、承知しました叔父上。……サウク大公殿下」

 

 王の義弟であり、参謀府を預かる重鎮であり、プレーアハンの叔父……母の弟。

 肉親に向けるような感情など一切取り交わすことなく、二人は別れた。

 プレーアハンは一人、肩を抱いて友の名を呼ぶ。

 

「…………ナハル」

 

 魔王に連れられて行った友の身を案じながら、プレアはきつく両肩を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 首都郊外、とある屋敷。

 

「もう一度、言ってみよ」

 

 暗がりの中に灯された蝋燭の火が、怪しく揺れる。

 

「ぜ、全滅、だと?」

 

 報せを受けた男たちが席を立った。蝋燭の火がまたも揺らめく。

 

「はい。全滅です。間違いございません」

 

 そう告げた男の声は、毒を呑んだように軋んでいた。

 

「ば、馬鹿な。飼いならした〈魔者〉100体を貸し与えてやって、それで全滅などするものか?」

「全滅です──此度の作戦従事者も、用意した傭兵団も、生き残りは一人も確認できず。──報告が遅れたのも、統一軍内部での事実確認に手間取ったがためのことで」

「それで、肝心の“対象”は?」

「“対象”は王直轄の航空機兵隊によって首都へと送還され、もはや我々では打つ手が」

「なんという失態か!」

 

 集まった要人の一人が銀の盃を中身ごと投げつけた。報告をした男──旧帝国情報工作員の長が、頭から果実酒をひっかぶる。金髪の男は一言も漏らさず、(いわお)の表情で頭をさげた。

 

「申し訳ございません」

 

 彼らがやっとの思いで探し出した殺害の対象。

 それに関わるすべての人間を含めた抹殺計画。

〈魔者〉を利用することで、不慮の事故という風に偽装して事を運ぶつもりだった者たちは、憤懣やるかたない様子で罵声と悲嘆の息を吐き出し続けた。

 

「せっかく用意してやった〈魔者〉まで一掃されているというのは、信じがたい」

「まったくだ。いかに“胎盤”があるとは言え、生育には時間がかかる」

「いったい、何が起こったのだ? まさかとは思うが、神の降臨か?」

「くだらん冗談を言っとる場合か! とにかく状況確認を!」

「〈魔者〉を一方的に葬れる力の持ち主は〈勇者〉だけだ──よもや、我等の感知しない、新たな〈勇者〉が?」

「いや、ありえんだろう」

「たとえ新たな〈勇者〉が奇跡的に誕生したとしても、数十体を相手にして生き残れる道理があるか?」

「確かに。軍学校や聖教会で戦闘力を教練されていない、つまり〈聖痕〉の扱いに熟達していない〈勇者〉など、生まれたての赤子同然」

「それが一度に100体殺しなど、神話の話──第八紀最後の英雄譚でしか聞いたことがない」

 

 第九紀の9800年という、途方もない歴史の中で数多く生まれてきた〈勇者〉たち。

 しかしながら。

 彼らの尽力をもってしても、〈魔者〉の首魁たる()魔王──人々に恐怖と絶望を与える王君を、完全に滅殺できた例はひとつもない。

 魔王と人類──そして、人類を守る神々。

 人類の敵である〈魔者〉──魔王との戦いにおける公式。

 それは、〈勇者〉が魔王を封じることで、人類は平和の時代を謳歌するということ。

 しかし一度(ひとたび)魔王の封印が解けてしまえば、平和の世は終わりをつげ、世界に災厄を成す〈魔者〉たちが力を振るう。

 それが、“神に守られし人類”の認識であった。

 

「やはり、王族を護衛する親衛隊が?」

「そんなものがいたという報告はないだろう? どこかに潜んでいたとでも?」

「そうとしか考えられんだろう。現に、掌握していた〈魔者〉100体を屠った何者かはいたはずだからな。そうなると、親衛隊あたりが妥当なところ」

「だが、本当にそれで全滅するものか?」

「元〈勇者〉の私兵や傭兵がいたという線もある」

「そちらの方がまだマシだ。親衛隊に工作員を訊問されれば、ここにいる我等にまで類が及ぶ」

「その心配はいらん。旧帝国魔法院が誇る工作員共には、任務遂行の際に自爆装置を埋め込んでいる。しかも、こちらに関わる情報を喋れば心の臓腑が弾ける特製品が、な」

「情報漏洩の心配はないとして──全滅原因の可能性は、親衛隊・八、私兵の類・二、というところか」

「口惜しい限りじゃ」

 

 暗黒の議場に集ったものたちが、一斉に溜息をもらす。

 

「……前回の魔王の封印から120年。時期的にも、そろそろ〈魔者〉の力が活発化して良い時節。実際、その兆候は確認されて久しい」

「だからこそ、今回の襲撃という作戦は良い手だと思ったんだがな」

「やはり我等の手でやるしかないのでは?」

「──今からでも、事をなすというのは?」

「馬鹿な。既に我等の働きで“五人”始末している。うち四人は数年前のこととはいえ、今、王の膝元たる首都で動くのは、大きな危険を伴う」

「ええ。対象らが病気療養という名目で外に出された折に、徹底的な犯人さがし──大粛清が巻き起こっている。あれを繰り返されては、さすがに我々の首も危ない」

「あれによって、王国の貴族どもが大量に消えてくれたのは痛快だったがな」

「しかし同時に、王の権威も一極集中化がなされた。残った王の側近は、揃いも揃って有能ばかり。──おかげで、我ら旧帝派は、いまだに肩身の狭い思いをしている」

「王が『我等の計画を利用して、大粛清に動いた』という噂も、うなずける話だ」

「だな」

「しかし。よりにもよって、あの娘が我々の旧領──もと帝国領内の村に隠されていたとは」

「ああ。あれには本気で驚かされたわ。やはり、あの王は切れ者よ。でなくば、馬鹿だ」

「まぁ、大公殿下の──義弟殿の所領地であればこその判断、というところでしょうが」

「は! あの若造め」

「灯台下暗しとはよく言ったものよ」

「見つけ出すまでに四年もかかった以上、我々の方が耄碌(もうろく)しておったというところだろうて」

「とにもかくにも。我等の作戦が失敗した事実は拭い難い。村ひとつ潰すくらいどうということもないが、あの王位継承権第一位にいる娘が生き延びてしまっては、何の意味もない」

「さよう。我等が悲願のために、あの娘に生きていてもらってはならぬ」

「ならば、次はどうする?」

「再び機を待つしかあるまい」

「そんな弱腰で、我等が真聖帝国の再興がなると思っているのか!」

「では聞くが。何か策があるのか?」

「飼っていた〈魔者〉を再び増やすのに、また数年の月日がいる。かと言って、我等が表立って動いても、出来ることはたかが知れておるわ」

「長老の言う通りだ。今は伏して、機会を待つほかない」

「我々は60年を待った。あと数年を待てぬ道理など無し」

「すべては“帝国のために”」

「我等が“帝国のために”」

 

 暗中にて、彼らは虎視眈々と、その時を待つ。

 

 

 

 

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 闇の会合を、その闇の中にとけて聞き入っているものがいた。

 彼女はするりと天井裏から移動し、音もたてずに物置部屋に侵入。体中を覆っていた〈魔法〉の布を外すと、艶めかしい褐色の肌と、起伏に富んだ女の肢体が現れる。豊かな双丘の中心に赤い紋様があるが、これは奴隷の刻印。手早く裸体の上に新たな衣服を身に着ける少女は手鏡に映る自分の銀髪をいじりつつ、カチューシャの位置を整える。ニッコリと微笑むさまは小さな子供のように晴れやかだ。

 ふと、首飾りから声が聞こえてくる。

 

『ブアラ』

「はーい、ご主人?」

『首尾はどうだ?』

「守備? 防御がどうかしたの?」

『ちがう。仕事はちゃんと出来てるのか?』

「お仕事は、大丈夫だよ。ブアラはやればできる子だから! ご主人が言ってた“てーこくひみつこーさくいん”って人たちも、ぜんぜん気づいてなかったし?」

『──まぁ、無事で何よりだよ』

 

 主人から褒められた(?)銀髪褐色の乙女は、「にへへへ」と言って、だらしなく頬を緩ませる。

 

『会議の内容は把握──できたとは思えんから、録音録画したのをもって離脱しろ。──ちゃんと起動できたんだろうな?』

「もっちモチモチ、もちもちまんじゅうだよー!」

 

 ふざけているような明るい声量であるが、彼女はいたって真面目である。そもそも、この「通信」の〈魔法〉は互いの心の声をやり取りしている関係上、余人に声が聞こえるというものではない。

〈魔法〉の道具は種々様々に存在している──この通信の首飾りも然り──だが、〈魔法〉で情報隠蔽がなされている会議のなかへ“潜り込み”、ほぼ闇の中で交わされる一言一句もらすことなく映像と音声を同時に“記録できる道具”というのは、通常では存在しないはず。

 それこそ、“王室による特別受注品”でもなければ。

 

「今から帰るからねー、ご主人。帰ったら、いつものお願いねー?」

『ああ、好きなだけあたま撫でてやるから』

 

「やったー!」とウキウキ気分で跳ね回る少女。

 首飾りの通信が切れ、それをメイド服の内側へ大事そうに隠す。

 最後に真っ白な仮面を身に着けたブアラは、どこにでもいる普通のメイドという風情を構築。素知らぬ顔で屋敷の廊下を闊歩し、買い物に行くような気軽さで、一瞬の内に高い塀を飛び越えていく。

 

 旧帝派の極秘会談を偵察した銀髪褐色の奴隷少女は、自分の主人のもとへと、無事に帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




≪人物紹介コーナー≫第五弾

〇プレーアハン    異世界の??。愛称・プレア。現、王位継承権・第一位。“白鴉の姫君”
〇サウク       異世界の大公。王の義弟。プレアの叔父。旧帝国領の主。“黒鷹の大公”

〇ブアラ       異世界の奴隷。主人が好きすぎるアホの子。銀髪褐色娘。

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