ナハル・ニヴ ~神様転生とは~   作:空想病

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黒鷹の大公

/Transmigration …vol.14

 

 

 

 

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 プレーアハンに与えられた私室から退去し、女中たちにくれぐれも頼むと言付(ことづ)けて、統一王国の大公──サウクは階段を降りた。

 美しく荘厳な白百合の宮殿を後にし、六人ほどが乗れる大きな馬車に乗り込んで参謀府に向かう。

 道すがら、窓外の光景を右目の瞳に映しつつ、先ほどのやりとりを思い出す。

 怒りにかられ、不条理を嘆き、世のすべてを拒むかのような、いたいけにすぎる我が姪の涙。

 表情を変えることなく、思う。

 そんな参謀の姿を見咎めた側近中の側近──車内の対面に座ることを唯一許した女補佐官が声をかけてくる。

 

「殿下」

「わかってる。今日の後の予定は、全部頭に入ってる。評議会に出席し予算審議。その後は領内の政務作業と公共事業見積もり。昼飯は軽く済むやつで頼むぞ、仕事の合間にとれるものでな。正午過ぎからは軍学校の視察に、魔法府長官との会談。その次は最も重要な〈魔者〉対策──ひと月も話されている魔王の復活についての」

「心得ておりますが、それよりも──」

 

 補佐官の言わんとしていることがわかった。

 しかし、素直にブチまけるのは、いろいろと心理的抵抗が大きすぎる。彼の立場と政治的位置を思えば、そうそうに感情的になってよいはずがない。

 

 ──サウク・アキニーツィ・イムパラハト。

 

 黒鷹の大公。

 プレーアハン姫の叔父。

 国政において王を補佐する参謀府の長。

 統一王国の国王が見初め妃とした女の弟として王侯貴族の仲間入りを果たしたことで、最終的には政略結婚の相手・旧帝国の姫君に婿養子として迎え入れられただけ(・・)の男。

 

 妻のいる夫。

 娘を持つ父。

 一般庶民から運良く成りあがった、王国民の一人。

 

 それが嘘偽りない、サウク本人の自己評価であった。

 サウクは嫌になるほど己の分を弁えている上、与えられた立場と役職──責任ある者としての義務を自己に課す生涯を、実に二十数年の長きに渡り続けてきた。

 しかし、補佐官は褐色の頬を緩ませ、銀色の前髪を横に振ってみせる。

 

「この車内でくらい、“黒鷹の大公”でいる必要はございませんが?」

 

 御者台とは壁で仕切られている以前に、この馬車は〈魔法〉によって自動的に運転されている。目的地の入力は補佐官のつとめとなっており、ほかの従者たちは、後続の馬車の中だ。

 

「…………そうだな────」

 

 サウクは熟考し、窓の外に見える遠い雲を見つめながら、呟く。

 

 

 

 

「……………………うちの姪っこのあたりが強すぎて、つらい」

 

 

 

 

 補佐官が小さくふきだすが、構いはしない。

 黒獅子、あるいは黒鷹の大公と宮中で恐れられる隻眼の男は、冷厳な表情のまま滔々と語りだす。

 

「しばらく会わない間に、姉さんに似て美人に育って、本当にうれしいよ。いや本当、あれならもう将来は引く手あまたって感じ。おじさんガチで感動してる。四年前はあんな小っっっちゃくて、人の背中でお馬さんごっこしてたのが嘘みたいなんだけど」

「ふふふ──殿下は──いえ、ご主人さまは本当に、家族思いですこと」

 

 サウクは端正な顔立ちを歪ませることなく述懐する。

 

「いいや。あの娘もつらいのは、わかる。理解できる。理解してやらないと…………やらねば、な」

 

 姪っこの拒絶や罵声に心砕かれている場合ではない。

 鉛のように重い溜息がこぼれる。

 そう。

 判ってはいても、サウクは気分が泥沼に沈む己を自覚するほかない。

 

「……………………どうしてプレアの居場所がバレたんだ? 新しい潜伏先の手配も万端整えられた直後に?」

 

 タイミングが悪いにも程がある。

 たった五歳で母を亡くし、頼るべき父は政争によって肉親すらも疑うしかない混沌の渦中にある。

 それを案じたからこそ、姫を療養と偽って宮殿の外に出した──暗殺者の魔手から逃がすために。

 だが、その父親によって、潜伏先を移すことが決められた。

 急なことではあったが、プレーアハンの安全には変えられないと言われれば、理解できた。

 そうして起こったことは──どう考えても王位継承権第一位の姫君を狙ったとしか思えない、夜襲。

 生き残ったプレア本人が語ったのだから間違いない。

 

(せっかくできた友達も……)

 

 生き残りはいなかった。

 村も、孤児院も、修道女たちや孤児たち、全員が犠牲となった。

 王直属の航空騎兵が到着した時点で、王女以外の生存者は確認できなかった。

 

(いったい、どういうつもりだ、国王──我が義兄上(あにうえ)は?)

 

 いまや宮中は権謀術数うずまく修羅の(ちまた)

 そんなところに九歳の娘を留め置くなど、これまでの国王らしくない差配に思えた。

 あるいは、

 

「王は、俺のことを疑っている?」

「──ま、まさか、そんな」

「ああ、いや、あくまで可能性の話だ──」

 

 しかし。

 それこそが妥当な判断である。

 状況的に言って一番怪しいのは、姫の隠匿に貢献してきたサウク以外、情報の漏洩先はあり得ない。

 しかし、

 

(プレアの秘匿は俺一人で全部やってたんだぞ。部下たちにも──目の前にいるヴァンにも、一切かかわらせてない)

 

 帝国の姫たる妻を娶ったとき、実に旧帝国領も三分の一がサウクの所領となった。

 その中にある寒村に、子供一人を隠す程度ならば、参謀府のコネを使うまでもなく十全にやり果せることができる。

 情報が漏れるとすれば、サウクの記憶を読むなどするしかないはずだが、そのあたりの防御対策もしっかりしていた。

 

(あるいは村に反抗分子が? いや、それならば下手に全滅なんてさせられるか? 証拠隠滅もかねて──それなら可能性が?)

 

 いずれにしても。

 村の内部に情報流出者がいたとも考えにくい。

 あの村は〈勇者〉を数多く輩出したことで有名な、国教会の巡礼地のひとつ。

 神への信仰に篤く、村人たちは教義に則して〈魔法〉を使わない質素かつ堅実な暮らしを続けることで有名な集団──そんなある種の閉鎖社会の中で、プレアの秘密を外に漏らすものがいたとは考えにくい。

 さらに、大公の脳裏に浮かぶのは、プレアの言動。

 

 

──あれは! あの男は! “私の父なんかじゃない”! “お父さまなんかじゃない”!!──

 

 

 左目の眼帯を撫でて熟慮に耽る。

 サウクの認識だと、プレアとプレアの父……国王との仲は悪くないはずだった。少なくとも四歳か五歳までは。

 だというのに、王宮を離れ、身を隠すことが決まった四年前の時点から、プレアはそのように主張し、親子の仲は急激に冷え切ったものに。

 

(やはり、王のおこなった粛正を怒っているのか? ──それにしては引っかかる気もするが?)

 

 王の子供たち──つまり、プレアの兄姉たち──当時、王位継承権第一位にあった王太子らや王女らに立て続けて起こった、不慮の死。

 

 一人は病死。

 一人は事故死。

 一人は転落死。

 一人は服毒死。

 

 だが、そのいずれにしても奇妙な点が多く、王派閥からは「暗殺に違いない!」とする主張が上がり続けた。

 そして実際、四人のうち二人については、王派閥の中でも保守系に属する者たちの犯行であるということが判明──そいつは一族郎党諸共に処刑され、領地も財産もすべてが没収された。そこから芋づる式に、王に対する叛意を持った貴族たちの粛正が行われ、統一王国はかつてない大粛清の嵐に見舞われた。

 無理もないとサウクは思う。

 育ててきた後継者──実の息子や娘を何者かによって奪われれば、サウクだって同じ挙に打って出ないという保証はできなかった。

 それを四人も。

 どの子も、叔父であるサウクが成長を影ながら見守り、なれど元敵国の帝室に婿入りした手前、王族に接近しすぎることは憚られた。

 

「せめてプレアだけは、そういうことから遠い所で、無事に育って欲しかったんだが──」

 

 黒鷹の大公は心から思う。

 我が子を奪われた心労から病んだ、実の姉の忘れ形見──彼女の未来を。

 プレアの叔父として。

 

(そのために、必要なことはすべてやる)

 

 サウクは胴衣の中に隠していた首飾りを手繰った。

 通信の〈魔法〉を起動。

 

「ブアラ」

『はーい、ご主人?』

 

 どうやら通信しても問題ない状況のようだ

 旧帝派の極秘会議に潜り込ませた少女──頭の弱い部下と交わす、脳内での会話。

 サウクはとりあえず、彼女に与えた仕事の進捗を量った。

 

『お仕事は、大丈夫だよ。ブアラはやればできる子だから! ご主人が言ってた“てーこくひみつこーさくいん”って人たちも、ぜんぜん気づいてなかったし?』

「──まぁ、無事で何よりだよ」

 

 だらしなく笑う声は子供っぽいが、無理もない。あの娘は、姉ともに買った時からこうなのだ。

 

「ああ、好きなだけあたま撫でてやるから」

 

 いつものご褒美に『やったー!』と跳ね回る声。

 通信を切り、自分の買った奴隷にして部下──銀髪褐色の娘をピックアップすべく、銀髪褐色の女補佐官に詳細な進路変更を命じる。

 予定していた仕事に遅れが出ない理想的な進路を進み、ブアラと合流。

 

「ごっしゅっじん~! たっだいま~!」

「うん、ご苦労」

「お姉ちゃんも~、ただいま~!」

「はいはい、おかえり」

「もー。そっけないぞー、二人とも? ほら、ご主人! 早く撫でて撫でて!」

「はいはい」

 

 ひっついてくる少女の銀髪をぐりぐりと撫でまわしていると、対面に座る姉の眼がうらやましそうに細められる。

 ふと、この二人に左目を奪われた時を思い出すが、それも昔のこと。

 

「ヴァンもやるか?」

「い、いえ! その必要は────その」 

「遠慮しなくていい。ほら?」

「──では、お言葉に甘えて」

 

 サウクは、補佐官のヴァンにも手を伸ばし、差し出された白銀の頭頂部を撫でつける。いつもの礼をこめて、しっかりと。

 くすぐったそうに震える補佐官の表情は窺い知れないが、妹と同様に蕩けた笑みを浮かべていることは、間違いないだろう。

 

 少しだけ己の無力感を慰められた黒鷹の大公は、気持ちを改めて評議会へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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