ナハル・ニヴ ~神様転生とは~   作:空想病

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・人物紹介

“黑鷹の大公”“黒獅子”

「サウク・アキニーツィ・イムパラハト」

 義兄・国王の命令で帝室に婿入りした。黒髪隻眼の“参謀”。

 姪思いのおじさん。


友への手紙 -2

/Transmigration …vol.22

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 人間の地────ティル・ドゥハス大陸。

 

 統一王国・首都エツィオーグ。

 統一国王の名は、ファウクーン・リアハ・ウァラハス・リーァハト。

 彼を政治的に支える文官と、軍事的に支える武官とは、もとから対立するような構造をなしている。それは問題ない。国を運営するうえで、三機構が癒着することは、国の腐敗と頽廃を招くからだ。

 

「ですから! すでに諸方にて、〈魔者〉の大量発生をこれほどの数が確認されているのです!」

 

 白熱する議論。

 がなりたてる若者は、統一王国の国務尚書。名をマクティーラ・メアフ・ディールタス伯爵。

 若年ながら伯爵家を継いだ栗毛の若者──文官の長は、とある資料を手に熱弁を振るう。

 彼に賛同し、「国庫を開放すべし」という意見を持つのは、九人いる文官のうち四人。

 国務尚書のほかは、土木尚書、コラッハ・スィール。宮内尚書、ペーコーグ・セルヴィーシャハ。典礼尚書、イービス・アウラ―二―。

 彼の言論は続けて議場を震わせる。

 

「旧帝領にて『九』地域、北方氷原にて『十』地域、西方魔装都市地域では『十二』、南方の亜人獣人特別自治区でも『十三』、そして我等が首都の膝元であるエラバル副首都を含む『十六』──総計六十もの領地にて、人喰いの〈魔者〉による人的被害が出ている! 先日派遣した調査船団からも通信が途絶えた現状を鑑みても、魔王の復活は確定事項であると申し上げさせていただきます!」

 

 がなり声をあげて書類の束を机上にブチまける。

 議会にてハト派に位置づけられるマクティーラ国務尚書。年齢は三十台半ばということで議場内では若輩とみなされる青年は、栗毛の髪と紅玉の瞳で堂々と議事場内のお歴々に危機意識を促した。彼は続けざまに、国軍による防衛策──〈魔者〉根絶に必要な兵力の登用を訴える。が、これに難色を示すのは、ハト派と対極に位置するタカ派、統一王国の財政を司るシーナハ・カニ―財務尚書である。壮健な若人に対し、こちらは宮仕えをはじめて三十年、国務尚書が生きた時間分を政治に注いできた、禿頭の御老公である。

 彼と同意見──国庫解放などもってのほかと考える派閥は、内務尚書ラクーン・マドラ・ファルトール、司法尚書キーラ・セルヴィーシャハ、内閣書記官長、パーロージ・バルド。

 国財の長は静かに述べた。

 

「そんなことはわかっておる。だが、我が国の軍事費用はすでに他の財源を圧迫している。とくに、ここ数年続いた異常気象による災害救助費が響いているのだ。寒村が雪にとざされ、酷暑で土地が干上がり、地の恵みを得られなかった民への給付慰労会は、もはや過去に例を見ない額を呈示しておる。そんな時節に、復活しているかどうかも判らぬ魔王への対策費用などと──のう?」

「何を馬鹿な! 実際に〈魔者〉によって壊滅した村落もあるのですぞ? これが後々にどういう被害に発展するか、考えてみてはどうか?!」

「国務尚書くん。お気持ちはわかるが、ない袖は振れぬのが道理というものだろうに?」

 

 口をはさんだのは老人ではなく、女性の好悪を感じさせぬ一声。

 

「魔王復活は確定事項。だが、現在の財源で対策費用──軍務に回す金はないなどとは、おっしゃられまいな?」

「無論、そうだが……」

 

 国務尚書はあきらめたように席に腰を落とした。

 癇癪を起しかける自己を制するように長い栗毛をかきむしる。

 

 彼を制したのは、魔法府の長である魔法尚書を務める女幕僚ララァバである。

 

 見た目は十代後半でも通りそうな若い娘に見えるが、実際は、〈魔法〉によって老化を遅らせているとか、あるいは変身の〈魔法〉や幻惑の〈魔法〉によって姿を変えているとか、そういう噂だけは枚挙に暇がない。いずれにしても、銀色の長髪と眼鏡越しに見える紫水晶の瞳に、蠱惑的な雰囲気を纏う年齢不詳の才媛として、長く王国の魔法発展に尽力してきた影の実力者だ。

 彼女は手を組み足を組み、黒衣の上からでも主張の強い胸元を張り出して、居丈高に主張する。

 

「国務尚書くんは、我が国の財政を破綻させることをお望みなのか? 無用な出資と出兵により、自ら国益を損ねるというのは如何なものか?」

「無用であるはずがないことは再三申し上げている通りだ! 現に〈魔者〉の被害は」

「拡大する一方、と言いたいことは判る。判るが、」

「!」

「!!」

 

 文官らが円卓の議場を囲んでいる中に、国王の参謀にして義弟・サウクの姿はあった。

 参謀府の長として、議場を席巻せねばならぬ身分というのもあるが、

 

(実際、軍事方面で我が国が出来ること──それを左右するのは、間違いなく金だからな)

 

 サウクは左目の眼帯を撫でつつ黙考に耽る。

 

(〈魔者〉への対策は喫緊の課題。どうあっても軍務省としては予算を捥ぎ取る必要がある──のだが)

 

 右目をちらつかせ、右側の席──国王の席に近い位置にいる友人を見た。

 シキーン・ガルダ・ティルガラホール軍務尚書。

 サウクと同年代の彼は、いかにも苦労性な気質を表す白髪に、震えた双肩がいかにも小動物的だ。「臆病者」とのそしりは免れないだろうが、彼がそれだけではないことは、少ない軍事費で国土防衛の任に必要な最低限度の兵装と兵員と兵站とを揃えることができる辣腕家(らつわんか)だからである。サウクではこうはいかない。おそらく国王自身が同じ仕事をなさそうとしても、彼の行には及ぶまい。

 

(おっと、不敬罪不敬罪)

 

 いや、むしろこの場合は“不経済”というべきか。

 大地は枯れ、作物の実りないこと、早数年。一年前はどうにかなるだろという楽観論が先行していたが、もはや、その地平を軽く飛び越えてしまった。

〈魔者〉の襲撃は勿論、腹が空いては農民は生きていない……彼らは国が徴税する各地の国庫を襲い、収奪された食い扶持にありついている……つまりは内乱だ。

 

(内乱といえば、チィーガルのやつぼやいてたな。

「これ以上、戦域が広がるようなら俺は陛下に直談判(じかだんぱん)するぞ」──あいつなら本当にやりかねないな)

 

 チィーガル・ガースタ・ドゥブ・スラウラ辺境伯。

 もっとも遠方かつ国土最重要地である聖地守護の退任を司る彼は、この場にいない。サウクの左席は空だ。現在、彼は報告があった〈魔者〉の群体に襲われた都市防衛のため駆り出されており、会議などに出席している場合ではなかったのだ。

 

 白熱する議論だが、方向性が定まらぬ原因はひとつであった。

 国庫解放の賛成が四、反対が四、棄権が一で、両陣営が意見を自分たちよりに持っていこうと躍起になっている。あれではほとんど言い争いだ。醜い権力抗争そのものといったありさまである。

 サウクは涼しい顔で茶をたしなむ女性を睨み据える。

 

(あの女狐──ここぞとばかりに棄権しおってからに)

 

 無論、魔法尚書の特性・特質というべきか。彼女は自国内の魔法研究関連に関する議題ではいの一番に参画する癖に、こういった国政にかかわることには無関心極まれりなのだ。

 

(〈魔法〉は万民に享受されるべきもの──という熱意は本物だが、……)

 

 黒衣黒髪に妖しい色気。花鳥を思わせる典雅な黒いドレスに肩掛けまで、すべてが魔法工房による一級品ときてる。

 それでいて、サウクを見てくる熱っぽい視線。〈魔法〉で幾度も左眼を直して差し上げようと言ってくるが、ありがた迷惑この上ない。

 彼女の視線を追い払うようににらみつける眼圧をあげると、魔法尚書は悪戯っ子のような微笑で論議に戻った。

 サウクは大きく息を吐く。

 

(はぁ。いっそのこと、──あのとき、宰相位にでも就いた方がよかったか……?)

 

 彼は自虐的に考える。軍事もとい戦闘での才能に恵まれていたばかりに、義兄から“参謀”などという新たな役職を創設されたが、最近は富に思う……空位である宰相位について、王の国政と軍事、両輪を支えるものとなるべきものがいるのではないか、と。

 だが、自分は王の義弟。おまけに、帝国の姫へ婿入りしたことで、その道は完全に閉ざされた。王を補佐する宰相の権威に、家族の情や帝国の血が混じることを忌避する動きは必ず来る。絶対に。

 黒獅子と呼ばれた戦地の覇者──黑鷹の大公は毒によって潰された左眼に、空の玉座を見据える。さらに一座を見渡す教皇席に座すものもいるが、恐れ多すぎて眺めることも難しい。

 

(本日も体調を理由に欠席──王が議論に参じていれば、結論まで一足飛びだろうに)

 

 国政を蔑ろにして久しい義兄──だがそれも、四人の子を殺された事実を思えば、無理もない。

 ちなみに、教皇には国政にかかわる権道はない。信仰は民を導きはするが、政治の道具とされた歴史もあり、その反省によって、教会の権威は信仰を司ることのみとなった。政治は政治

宗教は宗教、司法は司法であり、軍事は軍事が担う──だが、それも民が飢えていなければであり、民が“喰われていなければ”という注釈がつくだろう。

 さて、どうしたものかと目を閉じるサウクに、隣席から声がかかった。

 

「な、なぁ、サウク」

「どうした、シキーン?」

「これ、いつになったら、終わるのかな?」

「帝国になればいつも通りに散会だろうよ」

「そ、そう、じゃあなくて」

「うん?」

「いつになったら、我等の王は立ち直っていただけるのだろうか?」

 

 自分と同じことを考えていた友に、彼は片目の身の笑顔を向ける。

 

「大丈夫だ。我が義兄は、きっと戻ってこられる」

 

 そう。必ず。

 

「あ、ああ、そうだ。これ、今月の文……今、渡しておこうかと」

「おお。ありがとな」

 

 シキーンとの相談や雑談に、こういった文通を使い続けて数年となる。

 サウクは自分の広い袖口に文を大切にしまい込んで、また難しい顔で議場を見やる。

 

「今晩は空いているか。久々に飲みたい気分なんだが」

「いや、国家の重大事というときだから、控えておくよ」

「ふふ、そうかい?」

 

 定刻を告げる教会の鐘が鳴り、本日の議論は決着を見ずに散会となった。

 

 

 

 

 

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