少しくらい逃げたい時も……ある。
ユグドラシル終了の危機を前にして起こった謎の事態に彼は巻き込まれた。
ユグドラシル――彼のやっていたMMOゲームは本来その日サーバーごと停止する、はずだった。
だがゲームその物の実体化としか思えぬ謎の現象に告ぐ転移現象が発生。巻き込まれたのはモモンガことプレイヤー鈴木悟。
気がつけば彼が長を務めるギルドとその本拠、ナザリック大墳墓自体が明らかに別の世界に来ていた。何事かと思いNPCに外を確認させ己も外を見渡すとそこは――
(地球だよな、これ……)
見た事のない光景ではあるが、どう見ても地球らしき町が眼下に見える山間部だった。
ひとまず粗方のチェックを終え。構成員を全員を招集し、さてどうするか――と、モモンガが思いにはせた瞬間。
「わたしはショッカーの首領」
ナザリックの皆に協力を申し出に参った。
そう言って異世界に降り立ったナザリックに、皆を招集したその場に、ひとりの男が突然出現した。
ギョロリとした一つ目の、種族もわからぬ男。
いつからそこに来たのか。
この厳重なナザリックに部外者が勝手に転移するなどどのようなスキルがあれば「可能」なのか。
混乱と場を支配するもすぐさま場の全員が警戒を整える。
「キサマ、モモンガ様に不敬を――」
と数名は激怒して向かうが、ふっと「それ」は景色に溶けて消えた。
転移、いや幻か?
飛び掛かった者の後ろに再出現した自称ショッカーの首領と名乗る何者かは手を向け悠々と弁明する。
「やめておくことだ。わしに敵意は無い……」
瞬間、モモンガはあらゆる既存のユグドラシルのゲーム内における効果から相手の手の内を推定し、いやどれを使ってもあんな風にこの場で振る舞うことは不可能だと戦慄し――
「み……皆の者、よせ。確かに敵意は感じぬ」
と内心に混乱を抱えつつも、命じた。
こんな時だからこそ自分が毅然とせねばならない。
このギルドを守るべき責任者は今、自分しかいないのだから。そのモモンガの――いや「鈴木悟」個人としての意識をもが、この意味不明のナニモノか相手にすら決して一歩も引いてはならぬと言っていた。
「何をしに参った。首領とやら」
との問いかけに――手を広げ首領は何かを取り出した。周囲の睨むような眼を無視し、それをモモンガに手渡す。
「情報提供だ。そして我等「ショッカー」は特筆して貴君らに敵対する気はない――という意思表示」
この世界のことを知りたくばそのメモリのスイッチを押すがいい。記憶と記録を伝えてくれる。そう言ってショッカー首領は消えた。
既に誰も居ないようだった。
「奴がどうやってこの場に来て、どうやって消えたかわかる者は――おらぬか。いや恥じる事はない。私もだ」
あれがなんだったかは誰にもわからずじまいだが、ひとつのUSBメモリは骨の手に置かれていた。
MEMORYと言う単語とMを象ったマークが描かれた、この掌に確かな実感を覚えるメモリが。
「……あいつ。レベルも、ステータスもまるでわからなかった」
と誰ともなくひとりが、ポツリと呟いた。
なるほど確かに、あの男がこの世界における桁外れの強者というだけならばまだわかる。
極端な話自分達より遥かにステータスが上の存在であったとしても、驚き脅威として感じこそすれ、あそこまでの不気味さは覚えなかっただろう。
しかしあれはまるで……存在自体があらゆる説明を拒否しているかのような意味不明の存在だった。
さながらイドの怪物――とでもいうべきか。
ああいう手合いが居るという事実だけで、この世界に対する警戒の念は増す。
「モモンガ様、そのアイテムは」
「うむ……ショッカー首領と自称する謎の存在が置いて行った「記録」とやら。見るしかあるまい」
そんな! 危険です! との声がそれぞれからあがる。
「しかし直接害をもたらすのならば、あそこまで我等全てがなにひとつ捉えられなかった存在だ。既に何かされているだろう。それに我々にこの世界の情報が必要なのも事実だ……」
溜息をつきながらモモンガは掌を見つめる。どう見ても大きめのUSBメモリだ。
情報源たりうるアイテムらしき何か。無機質なメモリは、虚ろな髑髏の眼窩ごしにもひどく不気味にうつった。
一方ショッカーアジトにて。
「よろしいのですか首領、あやつらにライダーと……我々悪の組織の戦いの記録を渡すなど」
ショッカー大幹部がひとり、地獄大使は少しの不満を首領の前でも明らかに見せていた。
首領自らナザリックなどというわけのわからぬどこぞの世界の新興勢力へ向かい、情報提供までするなどと。
そのへりくだったようにも思える対応にプライドを刺激され、ぼやく地獄大使に対し首領は余裕の笑い声をたてた。
「よいのだ。彼らも異界より襲来した悪の組織ならば、我々よりまずライダー共を滅ぼすに違いない。あの空気どうあがいても善側の存在というわけではあるまい……
何か不自然な物も抱えているようだがな。ともあれ、奴らの力は中々使えそうだ。それに下手な怪人では返り討ち。良くて話がこじれるだけであろう。わし自ら出向くことで牽制にもなる」
その言葉にしぶしぶ納得はしたという顔を地獄大使が見せ、一応の落着の空気となった。
周囲の戦闘員もホッとした顔を見せる。
だがしかし、首領にはひとつの誤算があった。
それはナザリックの強さでも善悪正邪でもその組織的な性質でもなく……むしろ、自分たちの特異性だった。
「なんだよこれぇ!!!!」
その後NPCに対し、とはいえ万が一危険なデータかもしれぬ私自ら責任を持って見よう、いや我々こそがこのような時こそと押し問答になったのだが。
結局は判断力ある代表としてデミウルゴスとモモンガ自身が双方見るハメになったこの情報。
おかしかった。
まず地球の概念を有したガイアメモリの戦い。
ナザリックの目線からしても厄介と言える代物だった。
(地球の記憶、か。難しいがそれぞれが独立した概念として成立している以上、どうこちらに作用するかわからないな……)
「危険ですね。タダの人間ごときがレベル差を無視できるような存在へ成りうる。人には過ぎた玩具です」
「う、うむ。まったくだ」
更に錬金術で作られたメダルの戦い。
「欲望の概念――これではどんな耐性が有効か判断できません。世界を飲み込む力とはまた大仰な」
「古代からの力か。この世界の脅威となる力がひとつだけでなかったとは……」
続いてプレゼンターとコズミックエナジー。
「……宇宙人、だと?」
希望をもたらす指輪の魔法。
「先の錬金術の力、とはまた異なるのでしょうか……」
生態系を支配する黄金の果実。
コア・ドライビアにより際限なく進化する機械生命体、ロイミュード。
願いを叶えるグレートアイと偉人の力を象徴する眼魂。
システムの違うゲームをごちゃ混ぜに成立させるライダークロニクル。
火星から見つかったパンドラボックス――
そして稀にやってくるあらゆる法則を無視した「世界の破壊者」
それ以前も居たと思われる数多の特訓や超技術で不可能を可能にしてきた「仮面ライダー」。
何度も何度も何度も倒しても蘇るショッカーと各悪の組織とスポンサーとして暗躍する財団X、そして近い異世界に存在すると思われるスーパー戦隊と超次元砲などを有する宇宙刑事……
「多すぎだろ異なる種類のデタラメな力が!!!」
モモンガはとうとうキレた。精神を通常に保つ設定も効いているのかいないのわからなかった。
というかもはやこの世界における「通常」の認識自体がなんなのかすらわからなかった。
隣に立っているデミウルゴスは「人間とは一体……人間とは……」と人間の定義自体に悩んでいる。
(なんだよこの世界――下手したら何が原因でどんなライダーやら組織に狙われるかわかったもんじゃないしスキル判定やワールドアイテムがどこまでどう通じるかもアテにならないじゃないか……)
まず記録を隅から隅まで確認するとショッカー首領とやらの存在がイチバンわからない。
何度組織ごと滅んでいるのだあいつは。
歴史やあの世やらをひっくり返したり消えたりしても平然とまた「ショッカー」として復活する……意味がわからない。
モモンガは完全にドン引きしていた。
そう、これこそ首領の誤算である。
この世界における悪の組織やライダーは良くも悪くも「異なるわけのわからない力や存在で世界がどうにかなる」ことには皆慣れているのだ。
だからナザリックも当然そんなこと気にしないと思った。
単に計算すべき敵の脅威とこちらの力の強大さを見せ、善側でないのなら協力した方が良いと軽く思って大雑把なデータを渡しただけに過ぎないのだ。そこにさしたる罠はなかったのだ……珍しくも。
しかしそれがモモンガにとっては、ひいてはナザリックにとっては異常にしか映らなかった。
(関わり合いになりたくない……)
負けるのもそうだが何より嫌なのが、万が一自分たちが仮面ライダーたちに完全に「勝って」しまったが最後、もしかしたらモモンガの愛するナザリックまでもが……
今までのギルドとしての努力がどうでもよくなるような、意味不明の存在と化する可能性すらある。なにせ不鮮明だった情報の一部には「全ての神話のルーツであり宇宙を創世した神とそれにつき従う物理法則を無視した天使」などという物さえあったのだから。
……どこぞのフレーバーテキストでもいくらかまともだろう。
「モモンガ様、ご無事ですか!」
いつしかメモリー内の記録閲覧から覚醒したモモンガへ、シャルティアやアルベド、アウラなどが不安な様子でかけよる。
問題は無いと思わず静止し、周りの心配したような様子を大丈夫だと示しながらも、頭の中のぐちゃぐちゃした物をなんとか整理しようと思案する。
そばに居たデミウルゴスはまだ苦悩していた。いまだ人の定義自体が崩れているのだ。精神的な再起動にはもう少しかかるだろう。
その苦悩を見たセバスも「メモリーメモリ」に対してロクでもない物を見る視線を向けた。
「デミウルゴスが……やはり、このメモリとやら危険な物では」
「ない。逆に聞くが生半可な精神的悪影響など、この私に……効くと思うか?」
そう言われてはNPCとしては心配自体が無礼となる。慌てて平身低頭詫びるセバスに良いと言い、モモンガはデミウルゴスにただ一言「落ち着け」と命じた。
「……はっ。こ、これはモモンガ様。モモンガ様の前で取り乱すなととまことに申し訳――」
「許す。あの内容では混乱するのも無理はない」
内容? ということは何かショッキングな内容の情報があったということか?
あのデミウルゴスが困惑するほどに?
別の意味でNPCが騒然としていく。首領とやらといいこの世界に一体なにが……と。
「うむ。この状況を見せられては、皆も悩んでいるだろう。そこで今、重要な命令を下す」
張り詰めたナザリックの面々の空気。
「ギルドマスターとして命じる……この世界の存在とは決して交戦せず、なるべく逃げに徹すること!」
思わずその場で混乱が、爆発した。
「なぜでありんすか!」
「そんな、まるで我らがこんなどーでもよさそうな世界の連中に劣るかのような……」
皆を代表する形でシャルティアが、次いでアルベドが流石におかしいと言う切り口で問い詰めに近い疑問を投げかける。それに対し回答したのはいくらか冷静さを取り戻したデミウルゴスだった。
「……この世界の弱者は確かに紙クズのような物でしょう。しかし、しかし――強者はあまりにも我等のそれとは異質で、理解不能だからです」
事実オーバーロードであることすらこの「地球」ではそこまで絶対のアドバンテージにもならない。
不死の存在を問答無用かつ狂ったやり方で殺したり無力化した実例もいくつかある。
プトティラによる破壊。オールドラゴンによる太陽蹴り。ムゲン魂。仮面ライダークロノスなど。
あるいは剣崎一真。もしナザリックが別(ゲーム)の世界と判定されたら、世界を滅ぼすジョーカーが来た時点で詰む。
ジョーカーが世界を滅ぼすのはスキルのような能力ではなく「法則」であるし実際、ゲームの世界をその精神体が来ただけで消し去った事例が存在する。
エグゼイドに至っては異なるシステムのゲームの数々を共存させ、キャラクターの能力をでっちあげてすらいる。
(大体がなんだリプログラミングって。製作者や運営が自らフィールドへのハッキングにハイパームテキにサーバーレベルでのリセットとか、完全にそれPKどころかただの犯罪合戦じゃないか……)
仮面ライダークロニクルこそ、いちゲーマーとしての視点では最もおぞましい光景だった。
レベル100ならまだしもレベル0に未知数のXにレベルの概念が存在しない無敵だとかラスボスと運営が融合だとか小学生でもやらない屁理屈の塊のようなわけのわからないラインナップ。
恋愛ゲームのキャラだから攻撃無効というなんのジャンルだそれはと言いたくなる不条理な敵。
ウチの可愛いNPCたちをあんな頭のおかしいゲームに関わらせてはいけない、会わせてはいけない。そう強く考えていた。
生死の問題ではない。もっとその……ゲームその物におけるアイデンテティとかそういう方面の問題で汚されそうな気がする。
そんな考えを知ってか知らずかNPC全員に対しデミウルゴスが珍しく歯切れの悪い説明をしている。
そしてモモンガ自らメモリーを使って根気よく説明しようとした……その時。
また侵入者だという声がどこからかあがった。
つかつかと、扉を開いて一人の人間が入ってくる。
「まったく、騒がしいことだ。ここの住人は来客の出迎えもできないのか?」
自信だけに凝り固まった挑発的な言葉。
(まさ、か。この声は)
「こんにちは、鈴木悟くん」
モモンガの本名を、知っている。
隣のデミウルゴスは固まって「うわぁ……」とでも言いたげな心底嫌がる表情をしていた。
「既にユグドラシルガシャットは制作済みだ。大墳墓というフィールドへのハッキングも済ませた。それに恐らく――君たちの認識には間違いがいくつかある」
先の首領の経験も重なって殺気と警戒に満ちた、しかし今さっき「交戦禁止」を命じられた直後とあっては飛び掛かることもできぬNPCたちの顔も意に介せず。
むしろ馬鹿な相手の間違いを正すかのような余裕たっぷりのあの言動は。
首領から貰ったメモリーでもよく見た、あの顔は。
今にも土管からせりあがりそうな、あの男は。
「私は敵として来たのではない、話をしに降臨したのだァ……そして私は人ではなく――」
バッと手を広げ、本来は整った顔であるはずの男が、その容姿から見ても異様な声色と異常なノリで宣言した。
「神だァァァァ!!!」
「帰ってくれぇ!!!」
モモンガはこの日最も強く大きい声で、全力で叫んだ。
だが時すでに遅し。いやこの世界に来てしまった時点で、仮面ライダーと悪の組織に巻き込まれているも同然であろう。
それは新たな戦いと騒乱の幕開けであった。
「哀れな事だな。いや、これもやはりディケイドの――」
と、呟く眼鏡と帽子の男、鳴滝が――どこからか大墳墓の狂乱を遠巻きに見ていた。
ショッカー首領と迂闊に関わると色々と無視してショッカーにされます。
気が付いたらショッカーになっています。