アマランサス~人でなしとろくでなしの学生生活~ 作:只の・A・カカシです
入学してから一週間半が経った。
〈あ・・・また朝が来た。〉
起きて、私が最初に思ったことがそれだ。実を言うと、それは日を追うごとに強いものになっている。
〈あー、もー・・・。帰りたい・・・。〉
学校生活に馴染めないとか、そんな理由ではない。
私の心が重い原因。それはひとえに、若狭さんのせいだ。
別に意地悪をされているなんてことはない。
事の発端は、入学直後の学力テストだ。そのテストでは、私の点数が低かったせいで、一組の点数は学年トップになれなかった。
若狭さんにとっては、それが何よりの屈辱だったらしい。彼女が私を退学させる方法まで考えているなんて話しも噂に聞いた。
もっとも私自身、この学校に望んで入ったわけではないので、思ってはいけないのだろうけど地元に帰られるものなら帰りたい。
しかしその場合、数が限られているカーススフィアと融合している私の命の保証はされかねるので、ここにいることが何よりの安全である。
やや話しがずれてしまったけど、要するに私は、この学校を去ることはできないし、しない方が良い。
不服そうではあったけど、そのことは若狭さんも知っている。そんな私がいる状態で、どうやって平均点を上げるか。
解決策は至って簡単。私に勉強をさせる、それだけだ。
その勉強を教えてくれる時間が、放課後なら少しはマシだっただろう。けど、彼女は部活動に入っているので、放課後は時間が取りづらい。
安定して時間が取れる時間帯。それは朝だ。
私の地元の友達が通う学校は、未だに朝練をする時代遅れな学校らしいけど、この学校には少なくともそういった習慣はない。
彼女は、平日は言うまでもなく土日は一切関係なくやって来る。それもキッチリ朝の六時半に。お陰で、規則正しい生活はできているけど。
「やっほー、久しぶり。」
〈あー辛い。起きたくない。寝たい・・・?〉
頭が起ききらない。ぼやーっとして考えが纏まらない。
「もしもーし。」
何か声が聞こえた気がして、私は頭を持ち上げる。
「後ろ、後ろ。」
苦笑いでもしているような口調で、また声が聞こえてくる。上げていた頭を一度ベッドに埋めて、そして深呼吸を行う。
おもむろに起き上がりベッドの上でアヒル座りをする。更に一息ついて、それから体を一八〇度回して後ろを向く。
目の焦点が定まらず、部屋の景色がぼやける。
〈ん?何で声がするの?〉
この学校の寮は、基本的に一部屋に三人が生活している。
しかし急遽入学の決まった私は、人数が合わなかったために三人部屋を一人で使っている。
つまり、声を掛けられることはあり得ない。
「目が覚めた?」
目の前で、誰かが私に手を振る。
「えぇっ?!」
その人物の輪郭をハッキリと捉えた。私は驚き大声を上げる。
「・・・あれ?」
と言う夢を見たようだ。目の前には、天井の石膏ボードと灯りのついていない照明。
手を伸ばして、枕元の目覚まし時計を探る。
「あー・・・六時前。」
珍しく、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
あと十分もしないうちに、若狭さんが勉強を教えるために起こしに来る。
でも私は起き上がらない。彼女に「起きろ!」と言わせるのが、私にできる数少ない抵抗だから。
それに週初めくらいはのんびりと・・・。
「!!」
感覚としては一分と経っていない。にもかかわらず、私は体に電気が走ったように飛び起きた。
〈しまった!今日は野外活動に出発する日だから若狭さん来ないんだった!〉
枕元に投げていた時計に目をやる。七時半の集合時間まで、あと十数分しかない。
ベッドの片づけもすっ飛ばして洗面所に向かい、身だしなみを整える。
荷物は金曜日に預けてあるので、制服に着替えると鍵だけ持って飛び出す。
集合場所のグランドに向けて、猛然と走る。
グラウンドが見えてきた。同時に、同級生達が体育座りをしているのが見える。
時計を見る。必死の思いで走ったことが幸いし、無事、遅刻せずに到着した。と言っても、残り一分を切っているけど。
一人の生徒から睨み付けられている気がしたが、私は気が付いていない振りをしてスッと列に入る。
「では、これから野外活動に出発します。一組から順番に――」
時間になったので、先生が話を始める。しかし必死で走ったことが災いし、呼吸が整わない私はそれどころではない。
やっと先生の話を聞けるぐらいに呼吸が整った頃には、話しはほとんど終わりだったようで、間もなく全員が立ち上がった。
前の人が歩き出す。私はそれについて歩く。
一列に並んで歩くこと一〇分。私達は桟橋に到着した。
そこには船が一隻待機していて、先生の先導でそれに乗り込んでいく。
最初に乗り込んだ私達一組は、指示されたエリアの席に座り他のクラスが乗り込むのを待った。
それから時間は進んで、今の時刻は午前一一時半。船からバスに乗り換えて、私達は野外活動をする施設に到着。
入所式を済ませ、まずは部屋に荷物を運んだ。
-*・A・*-
一六時半。日本宇宙航空高等学校の生徒達は三時間にわたるボート訓練を終え、ヘトヘトの状態で宿舎に戻ってきた。
行きは元気いっぱいだった彼女たちも、さすがに口数が少ない。
生徒達は、それぞれの部屋に重い足取りで戻っていく。
「手、痛ぁい。」
これは、とある一室でのこと。ドアが閉まるなり生徒の一人がそう漏らす。
「セノミンも?私は皮むけちゃった。」
「うわー、痛そー。」
互いの傷を見せ合い、二人は少しばかり盛り上がる。
「ねーねー。そろそろ準備しないと、夕べの集いに遅れるよ。」
それを見ていた別の生徒が声を掛ける。
余程のマイペースでもない限り、しおりに書かれている時間に遅れる時間ではない。
にもかかわらず、声を掛けた理由。それは、一組の生徒である彼女たちにとっての集合時間は、クラス委員長の若狭さんが指定したものだからだ。
もしも、その時間に遅れてしまったなら。どれ程小言を聞かされるか、分かったもではない。それが怖くて、彼女たちは互いに声を掛け合っていた。
「なんで、勝手に時間指定するんだろ。」
「それ。面倒くさいんだよね、あの子。」
「分かるー。あの子、自分が完璧超人ってことを理解してないから、押しつけてくるんだよね。」
文句を垂れつつも、彼女には頭脳でも力でも逆らえないので、嫌々ではあるが支度を急ぐ。
「先行くね。」
「りょ。」
赤信号皆で渡れば怖くないは、彼女の前では通用しない。見捨てるわけではなく、準備ができた順に部屋から出て行った。
「遅い!一〇分前には集合を完了しろと言っただろ!」
他クラスの生徒の姿もまばらな広場に、若狭亜紀の怒声が響いた。
両者は同級生なのだが、その間には超えがたい壁がある。
「着替えて、身だしなみを整えるだけでどれだけ時間を掛けている!」
雷を落とされた生徒は、三〇秒と遅れたわけではない。にもかかわらず、こっぴどく叱られていた。
遠巻きにそれを見ていた他クラスの生徒達は、あまりの厳しさに自分が怒られている訳でも無いのに背筋が伸びる。同時に、彼女が自身と同じクラスでなくてよかったと安堵の表情も浮かべていた。
結局、彼女の説教は先生が止めるまで続いたのだった。
-*・A・*-
少し時間は巻き戻って、一五時を回ったときのこと。白色のコンパクトカーが、日本宇宙航空高等学校が野外活動をしている施設の正面に到着した。
「到着しましたよ。」
車の運転手は、助手席で寝ていた男子を起こす。
「ん?もう到着ですか・・・。お世話になりました。・・・・・あー、まだ眠た。」
彼は手を軽く握って、ぐーっと前に突き出し伸びをする。それからシートベルトを外し、ゆっくりとした動きで車から降りる。
彼は車の後ろに回ると、ラゲッジルームから大きめのエナメルバックを一つ取り出して右肩に掛ける。
「では、私はこれで帰ります。後のことは、建物の中に先生がいるはずなのでそっちに聞いて下さい。」
「分かりました。ありがとうございました。」
彼は、運転してくれた人に軽く頭を下げる。
車を見送ってから、彼は建物の中に入っていった。