アマランサス~人でなしとろくでなしの学生生活~ 作:只の・A・カカシです
「起立!」
一七時。夕べの集いが始まる。
号令に合わせ、体育座りで待機していた生徒が一斉に立ち上がる。
「姿勢を正して。・・・一同礼!」
それなりに統率の取れた礼ができるのは、生徒たちが優秀だからか、はたまた号令をかけている生徒の威圧感がそうさせているのか。
「みなさん、こんばんは。」
「「「こんばんは。」」」
少し声の大きさに不満があったのか、彼女は眉をひそめたが継続する。
「四月一六日、月曜日の夕べのつどいを始めます。司会は一年一組の若狭亜紀です。よろしくお願いします。」
彼女が軽く頭を下げる。慣例に従って、パチパチパチと拍手が送られた。
「国旗、所旗、校旗の降納を行います。姿勢を正して、掲揚台に注目しましょう。」
全員の動きが止まったことを確認して、旗係は旗を降ろし始める。
「旗係のみなさん、お疲れ様でした。」
旗係が旗を畳んでいる間にも、夕べの集いは進行する。
「全員、正面を向いて、腰をおろしてください。」
今度は掲揚台へ向き直る動きが気に入らなかったのか、彼女の声に苛立ちが籠もる。
「・・・自然の家から連絡をお願いします。」
司会の若狭が、職員にマイクを手渡す。
「みなさんこんばんは。」
「「「こんばんは。」」」
その返事には、いい意味で緊張が抜けていた。
数分ほどで職員の話が終わり、若狭のもとへとマイクが戻る。
再び、雰囲気が硬くなる。
「ちょっと待って。」
そこへ先生が声をかけて、マイクを受け取った。
「皆さんに一点、お知らせがあります。」
そう言ったのち、先生が手招きをする。
少しぎこちない動きで、その人物は前に出てきた。
「転校生を紹介します。今日から、皆さんと一緒に勉強する松木君です。自己紹介をどうぞ。」
「え、もう喋るんですか?」
驚いて先生に尋ねた彼の声をマイクが拾う。だがその声は、入学して間もない時期にもかかわらず転校生が来たことに驚いた生徒達の話し声に掻き消される。
「えーっと・・・何て言えば良いんだ?」
首を縦に振った先生を見て、彼は渋々と言った感じでマイクを受け取った。
「えー、今日から一緒に勉強をさせてもらいます、松木知則と言います。えー・・・・・っと・・・分からないことだらけですが、頑張りますのでよろしくお願いします。」
松木が話し終える。広場はシーンと静まりかえっていた。
その光景に、彼は「何かマズいことを言ったか」と必死に自分の発言思い返す。
「「「えええぇっ!?」」」
それは、嵐の前の静けさだった。
たまらず松木と先生が耳を塞ぐ。
しかし、その後は続かなかった。
皆が口をパクパクとさせている間に、先生は松木を下がらせる。
「連絡は以上で終わりです。」
それを言って、先生は若狭にマイクを返す。
「ありがとうございました。」
流石はと言うべきか。若狭には、松木の登場前後で一切の動揺がない。
「全員立ってください。・・・これで夕べのつどいを終わります。一同礼。」
彼女の号令にピッタリと合った動きで、生徒達が行動する。けれども、誰もが無意識の内に行動していた。
「クラスごとに解散してください。」
思考停止状態のまま歩き始める一組の生徒。
「じゃあ、松木君。取り敢えず、先生についてきて下さい。」
「分かりました。」
先生が松木に指示を出し、彼はそれに従い他の生徒達よりも少し前を歩く。
「これって、ドッキリとかじゃないよね?」
「転校生って、うちの学校って受け入れてるの?」
「集いの前に見かけたんだけど、まさか転校生だったとわね~。」
ようやく思考が再起動したのか。彼女たちは松木を見ながら、小声でうわさ話を始める。
先生の誘導で、松木が彼女たちとは違う方向の宿舎へ行ってしまうと、声のボリュームは大きくなった。
一七時半。夕食のため、クラスごとに並び食堂へと向かう生徒達。
昼食の時は一組が先頭だったが、夕食時は順番が逆で、一組が最後。そしてその最後尾には、松木の姿があった。
食堂の入り口で、順番待ちのために立ち止まる度に、チラチラと見られるので松木は居辛さを感じる。
ビュッフェ形式を採用している食堂。入口でお盆を持って中へ入り列が崩れると、仲のいいもの同士が近づいてうわさ話の声が大きくなる。
ようやく一組の最後尾、松木が食堂の入口に到達する。
彼がお盆を持って食堂に入る。賑やかだった食堂が水を打ったように静まりかえる。
誰も直視はしていないが、明らかに松木の方へと意識が向いている。それは本人にも届いていた。
と、そんなことなどお構いなしの足取りで、生徒の一人が近づいていく。
「え?アレって九谷さん?」
「嘘?!あの子ってそんなに積極的だった?!」
もう声をかけるのか。何かを勘違いした生徒達は、更に意識して見てない振りを装いつつ二人の様子を窺う。
松木が近寄ってきた人物に気が付いて、少し目を大きくする。
「何で来たん?」
彼女の、松木に対しての第一声はそれだった。
声が聞こえた人はすぐに、聞こえなかった人は又聞きをしてよろめく。
「あれ?逆に何でおるん?」
まるで知り合いのような・・・いや、知り合いでも、かなりしたくしなければ交わされないような砕けた話し方。
大半は、食事のことなど忘れて聞き耳を立てる。
「いや、まあ。知り合いがおる思わんかったけ、ありがたいのはありがたいけど・・・?」
「ありがたいのは分かったけど・・・何でここにきたん。」
「なんで来たいれても・・・何やらいう・・・何やらじゃいけんわ。えーっと、何とかスクエアー?何とかが・・・あれ?何だっけ・・・。まあいいや。それをどうも持っとるようなんよ。」
「え?知君が?」
「うん、俺が。」
「えー?そんなことある?授業で、不可能って習った気がしたけど・・・。」
二人の会話を聞いていた者は、先生を含め誰一人として内容を理解できていなかった。
しかし、この二人の間だけでは間違いなく通じ合っている。
「それなんよね。よう分からんのよ。ま、でも、俺らより偉い人たちが調べてそう言うんじゃけ、間違いないじゃろ。」
「それもそうか。ま、美夏も知り合いが来たけ心強いよ。」
今の会話の中のどこに、納得できる説明があったのか。話を聞いていた生徒達には、全くもって理解が及ばない。
そうしているうちに、二人は歩き出す。
食べ物の好みは違うようで、料理を取る間だけは離れていた。
それでも、取り終わるタイミングはほとんど同時。二人は、人の少ない食堂の奥の方へと向かい、長机に向かい合わせに座った。
「いただきます」と言って、二人が箸を持つ。
「変わったことあった?」
一口目を食べるよりも早く、九谷が尋ねる。
考えている間に、松木は味噌汁を飲む。
「んー、変わったことね・・・。」
「特にないないかなぁ・・・。」
「二カ月くらいじゃないか。」
他愛もない話をする二人。そこへ、一つの影が近づいて行く。
「失礼するぞ。」
突然、九谷の二席隣に一人の生徒が座った。
彼女の声を聴くや、九谷がわずかに表情をこわばらせる。
「失礼するなら帰ってくれ。」
その表情の変化に松木が気付いたかは定かでないが、間髪を入れずにそう言い返した。
「「「!!」」」
相手はあの若狭だぞ。初対面だからといって、彼女が許容するとは思えない。固唾をのんで生徒たちが見守る。
「そうか。なら、邪魔する。」
「邪魔すると思ってんなら来るな。」
間に挟まれた九谷は、彼の言動に冷や汗を流す。
若狭の表情を窺う。ムッとしていた。
「・・・ならば、何といえばよろしいのですか?座らせてください、でしょうか?」
「なしてそがーに・・・何で、そんなに両極端な言い回し?『ここいいですか?』とかさ。って言うか、別に指定席じゃないんだから座りたきゃ座ればいいじゃん。」
もっともここに座ると決めていた若狭は、何と言われても座るつもりでいたので、「座ればいいじゃん」の一言を彼が口にするやすぐに座った。