アマランサス~人でなしとろくでなしの学生生活~   作:只の・A・カカシです

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希望の新入生(12)

 二一時を回った頃。宿泊棟の廊下へ、人目を避けて非常口から三つの人影が侵入した。

 三人はスパイのようにかがみながら進んでいたが、廊下の照明は十分な明るさがあり遮蔽物も一切ないので大した効果がない。むしろ目立ってさえいた。

 「この部屋に入ったように見えたんだけど・・・。」

 やがて一行はとある部屋の前で足を止め、壁に張り付くようにして扉の隙間から部屋の中を覗き見る。

 「いる?」

 「うーん、電気はついてるけど・・・。」

 しかし扉の隙間からでは上手く見えない。作戦を切り換え、今度は扉に耳を当ててみるが物音も聞こえてこない。

 「どうする?」

 「でも電気がついてるんでしょ?突入しようよ。」

 他の部屋は灯りさえついておらず、この部屋であることに間違いはない。三人は確信を持った。

 「決まり。」

 意を決し、扉を開ける。

 ところが部屋の中に人はいなかった。それどころか荷物も置かれていない。

 慌てて部屋の中に踏み入り、くまなく見回してみる。

 「きゃ?!」

 突然、一人が何者かに肩を掴まれ悲鳴を上げた。それを聞いた二人も反射で振り返り、そして顔を青くする。

 「ここは立ち入り禁止です。何をしてるんですか!」

 そこにいたのは生徒指導の先生だった。

 「え?あ、あれー?部屋を間違えちゃった?」

 慌てて誤魔化しを試みるが、生徒指導の先生からしてみれば王道の嘘。それに言い方も下手だった。

 「はいはい。言い訳はいいから、ついてきなさい。」

 「「「はぁーい・・・。」」」

 思い切った行動をする割りに素直な生徒。しょんぼりとする彼女らを、先生は教員の部屋に連行するのだった。

 

 ということがあった、ちょうど同じ時間。松木と九谷は、宿泊棟から少し離れた場所のベンチに腰掛け話をしていた。

 「――とかもあったり。」

 「それはクラス委員長の範囲を逸脱しとるね。」

 「まあ何でもやってくれるから、痛し痒しではあるんよね。あ、でも悪い人ではないんよ。完璧主義なだけで。」

 気兼ねなく話せる相手ができて、九谷は溜まっていた話を一気に吐き出していた。

 「完璧主義は間違いないけど・・・。それにしても、あんな言いがかりを真に受けるかなぁ?」

 「それは美夏も思う。普通、あれは『あっそ。』で終わりだよね。」

 「あっそどころか『はぁ?』言われてお終いよ、ほんま。」

 話が途切れたタイミングで、松木は右手に持っていた紙コップから水を飲んだ。

 九谷は、そこでふと宿泊棟の方を見る。

 「?あれ?あそこって、知君の部屋があるとこだっけ?」

 「えー、たぁーぶんそう。」

 見れば四人が松木の宿泊する棟から出てきた。

 「まさか覗きとか?」

 「そんなわけないじゃん。俺の部屋なんか見てどうするんよ。散歩でしょ。」

 笑いながら松木が返す。

 「分からんよ。この学校、男女共学だけど女子しかいないもん。」

 「んー、だったら物好きもいるかもなぁ・・・。」

 松木はコップの水をこぼさないように上手いこと腕組みをして、そして何かを思い出して腕組みを解き左手で膝を叩いた。

 「しまった、荷物を取りに行っとらんわ。」

 「どこに?」

 「本館の部屋。こっち来てすぐに手続きとか何やらで時間食って、こっちに来る時間がなかったからそのまま集会に行ったんだよ。」

 残っていた水を飲み干すと、松木は立ち上がる。

 「ちょっと取ってくる。」

 「ついて行こ。」

 待っていてもやることがないと、九谷も立ち上がった。

 「そういえば、着替えないのにお風呂どうしたん?」

 「本館のシャワー室を使った(つこうた)よ。」

 なるほど。道理でその時間帯には噂が一切立っていなかったわけだと納得する。

 「・・・って、よく見たら薄着じゃん。寒くないん?」

 「寒いよ。耐えられんほどじゃないってだけで。」

 「上着、着てきたら?」

 「ない。」

 松木の性格からして、こういった場面では「失敗した」とか準備不足の後悔をするのだが、今は一切それがなかった。それをよく知るだけに、九谷はいぶかしむ。

 「何で?」

 「何でって、時間がありゃ準備できたよ。愚痴になるけど、昨日の朝、急に「来てくれ」って言われて。もう部活に行っとったし、家に帰って親に説明して手続して準備して、出たのが昼前。それから新幹線でこっちに来て一六時前で、船で渡って検査して泊まって今朝結果を聞いて、それから制服の採寸だとか何とかやって昼過ぎの便で鹿児島へ渡って車に乗って、ここについたのが一五時。正直、アドレナリンが出てとるけーか今は何とかなっとるど、明日の朝目覚ましで起きられるかどうか・・・。」

 随分と要約して話したのだが、それでも話が終わるまでに本館へと向かう廊下の三分の一を歩いた。

 足取りや仕草に疲れは見えないが、言われてみればどことなく色つやが悪い。

 「けど、みっちゃんがおってよかった。知らん土地じゃし、男子はおらんし。どうしようか思うたよ。」

 「それは美夏も思う。女子ばっかりってのも何か疲れるんよね。それに、ここって頭のいい人ばっかりでさ。テストで平均点九〇台ってどう?」

 「・・・マジで?」

 「大マジ。ちなみにうちの点数は聞かないで。」

 あまりにハイレベルな次元の話に言葉を失う松木。

 やがて本館に到着すると階段を上がり、目的の部屋で荷物を回収した。

 「うわ、ホンマ少ないね。」

 「着替えとタオルと、敢えて言えば筆記用具しか入ってなかったら、こんなもんでしょ。」

 松木がカバンを肩にかけると、二人は宿泊棟の方へと戻っていった。

 

 

 

 翌朝。

 起きられないかもと言っていた松木だったが、慣れない環境で緊張があったからか起床時間よりも早く目が覚めた。

 二度寝しようと布団に潜ったが、やけに目が冴えており寝付けない。

 仕方なく起き上がり、ひとまず寝間着からジャージに着替えた。

 荷物がないので片付けも準備もすることがなく、着替えが終わるとすることがない。

 部屋の中でボーっとしていても暇なので、往来が増える前にと集合時間まで三〇分以上もあるのに朝の集いの広場へと向かう。

 道中に誰ともすれ違っていないのだから、広場には誰もいない。

 ただ待っているのには少し肌寒いので松木は近くをランニングすることにした。

 気の向くままに五分ほど走り、広場に戻ってきた。

 まだたっぷりと時間はある。が、寒さを感じない程度には体が温まったのでランニングをやめ、どこか腰掛けられそうな場所を探す。掲揚台の近くに最適な場所を見つけるが、気合いが入っている人に見られそうだなと思い少し離れた場所へ移動する。

 そこで腰かけるのに丁度いい花壇を見つけた。

 植えられていたツゲの木を背もたれにしてリラックスできる姿勢を取る。

 目を閉じ鳥の声や、草木を撫でる風のささやきに耳を傾ける。

 その中に、近づいてくる足音が一つ混じったのはすぐのことだった。

 松木は音のしてきた方の目を開けてそちらを見る。

 〈自分に厳しくできるから、人に厳しくする度胸がある、か。〉

 足音の主は若狭だった。

 彼女が集合のために広場へ来たわけでないことは、その足取りが明白にしていた。

 松木に気が付かなかったのか、若狭は彼の前を素通りする。

 健康維持のランニングではなく、更なる高みへ行くための走り込み。その速さたるや、アスリートを彷彿とさせるものがあった。

 瞬く間に姿は小さくなり、そして見えなくなる。

 急に自分が情けなく感じられ、松木は体を起こす。

 〈あのペースじゃ、すぐに追いつかれるしなぁ。〉

 そう言い訳を思いつくと、松木は再び体を植え込みに預ける。

 〈っつか、ほんと速い。〉

 遥か彼方に若狭の姿が見えた。見えなくなった位置からの直線距離でも随分とあるはずなので、実際にはもっと走っている。

 しかし自身の走力が低いということは自覚していたので、敗北感も劣等感もこれといって覚えていなかった。

 若狭が再び松木の前を通り過ぎる。息が上がるとか、疲れが出ている様子はない。

 三週目。

 〈え?まだ上がるの?!〉

 今までのはウォームアップだったのか、走る速さは更に上がっていた。

 見えなくなったと思ったら、すぐに戻ってくる。四周、五周と周回数が増えてもペースは落ちない。

 それは七周目が始まるという時。近づいてきた足音が急に減速する。

 そして、ぼんやりと正面を見ていた松木の前に若狭が立ち止まった。

 「おはようございます。」

 じっと見つめられたので、松木はとりあえず挨拶をした。

 「いつからそこにいた。」

 あれだけ走って、ほとんど息が上がっていない。松木は驚きつつも、取り敢えず質問に答えることにした。

 「七周前からかな。」

 「最初からいた、と?」

 「七周ならね。」

 こんな姿勢は失礼かなと、松木は体を起こす。

 「随分と早く来たのだな。てっきりギリギリに来るものだと思っていたが。」

 嫌味が込められていることは分かったが、それは前日のことがあるからだと松木は気にしない。

 「集合時間にはうるさい方だよ、俺は。他人にそれをやらすのが嫌なだけでさ。」

 一つ伸びをして松木は立ち上がる。

 「・・・・・えっとー、まあ、そいうことなんで、よろしく。」

 話すネタが思いつかなかったので、松木は強引に話を終わらせ立ち去ろうとした。

 「あぁ、それと。お前が見つかった経緯を調べさせてもらった。」

 足を止めた本題はこちらだな。松木は立ち去るのをやめた。

 「面白いことなかったでしょ、調べたって。」

 「確かに言った通りだった。」

 納得してもらえたな。

 「だからだ。」

 そう思って油断したところへ、若狭が声のトーンを落として続ける。

 「なぜ宇宙に接点のないお前がカーススフィアと融合している。」

 「なぜって言われても・・・。俺が聞きたいよ。それは。」

 知らないものを聞かれても答えられない。困り果てた表情を浮かべる松木。

 「そうか。何か手掛かり的なものはないのか?」

 前日に引き続いてのことだったためか、若狭はすんなりと彼の言葉を信じた。

 「敢えて言うとすれば、これかなぁ・・・。」

 松木は、手のひらに消しゴムを出したり消したりを繰り返して見せる。

 「物心ついた時にはできてたし、周りからも手品上手だねって言われてたからそう思ってたんだよ。これいつだったかな・・・。小学校?いや幼稚園・・・あたりかな。何かがあったなら、そこより前だね。」

 ジーッと松木の手の上の消しゴムを眺める若狭。彼女は、松木に聞きたいことがたくさんあったが、彼に自覚がなかったのであればどう掘り下げようとも無意味なことだと諦めた。

 「経歴などどうでもいい。九谷にも言ったが、これだけは忘れるな。それを持っている以上、宇宙飛行士になる。お前の意思は関係ない。」

 すぐに踵を返すと、若狭は広場の方へと歩いて行った。

 宿泊棟の方向を見れば、第一陣が朝の集いのために出てきていた。

 松木はすぐには移動しない。彼は九谷が出てくるまで離れた場所で待ち、彼女が出てきてから集合場所に近付いていった。


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