アマランサス~人でなしとろくでなしの学生生活~ 作:只の・A・カカシです
「まだこんな時間か。」
二〇時丁度を指す体育館の時計を見上げながら、松木はボソリと言う。
現在、日本宇宙航空高等学校の一年生たちは集団行動の研修としてダンスをしている。
その最中だと言うのに、松木は暇を持て余していた。
「・・・端っこだったら行けると思うんだけど。」
理由は単純。練習には参加せず、壁際から見学しているからだ。
「意気込みは認めるが、習うより慣れろの精神はやめろ。まだ不揃いであることは認めるが、それでも入学以来やっている。混ざるのは邪魔以前に危険だ。」
もっとも、彼は独りぼっちではない。右隣りに、負傷のため車椅子に乗っている若狭がいた。
「いや、まあ・・・そうだけど。」
松木の反応が微妙なものだったのは、若狭の言葉が耳に痛かったから・・ではない。
そもそも若狭は気付いていなかったが、松木は完全な素人ではない。付け焼き刃ではあるが、昨日、マンツーマンで指導を受けている。
そして、そこで根本的な問題が露呈した。それはダンスの振り付けが、男子が躍ることなど想定されていないということ。
中性的な顔の人物であったなら、あるいはずば抜けて踊りが上手であったなら、許容されていた可能性はある。
残念ながら、彼にはどちらもなく、しかも容姿に関しては髪が短い(野球部の中では長い方だった)ことも相まって、「これは止めた方がいい」と言う判断が下された。
性別や見た目で判断してはいけないと言っても、越えることのできない壁に阻まれた格好だ。
「それはそうと、今日は何も言ってこないのだな。」
「特に言いたいことないから。」
「なるほど。」
「ところで、こっちばっかり気にしてる右最前列は誰?」
「住田!集中しろ!」
松木の指摘に、若狭の鋭い視線がその方向を向く。間髪を入れずに喝が飛ぶ。
気がつかれずにのぞき見できていると思い込んでいたその生徒は、身震いするほどに驚いた。そして、それを誤魔化そうと力んだものだから、周りと動きは合っているのに浮くという不可思議なダンスを踊りだす。
「動きが硬い!よそに意識を向けるからそうなるんだ!・・・お前は不真面目なのか真面目なのか、よく分からん。」
住田に動きの指摘をして、それから他に乱れがないかを見渡した後で、若狭は話の続きを口にする。
「気分が乗れば真面目。そうでなかったら適当。」
動きが揃っていなかったり集中していなかったりする者を、松木は鋭く見つけ出す。その協力ぶりは、昨日の対立がなかったようにさえ感じさせる。
「気分屋と言うことか。」
「そうだね。」
「私の嫌いなタイプだ。」
常に一定の調子を保つことを心情にしている若狭には、その代わりぶりが理解できない。にべもなく切って捨てると、彼女は再び口を閉ざす。
「九谷との付き合いは長いのか?」
かに思われた直後。松木がこの二四時間で感じていた、若狭と言う人物を覆すような質問が彼女の口より飛び出した。
「・・・長いよ。みっちゃんが生まれて以来だから。」
普段なら考えるまでもなく言えることなのだが、驚いていたために口の筋肉が上手く動かず、答えるまでに時間がかかってしまう。
「お前も四月生まれなんだな。」
「んにゃ、二月。」
「そうだったか。」
不自然な事実が、自然と会話へ混ざり込む。若狭を以てしても、そこに気付くまで幾ばくかの時間を要した。
「待て、計算が合わん。」
「?」
何の計算か分からず、面食らう松木。
「お前は今、二月と言ったな。九谷の誕生日は四月だ。九谷が生まれてではなく、お前が生まれて以降だろう。」
その瞬間、松木は顔面の右側だけをしかめて「しまった」とでも言いたげな表情を見せた。
「誰にも言わんでくれよ。俺、厳密には二年生なんよ。」
二年生。その単語で若狭の眉間にしわが寄る。
「どういうことだ。」
「どういうことも何も、そのままだよ。ただ一学年上ですって言ったら、留年したみたいで浮きそうじゃない。」
「そんなことはいい。どうして学年を偽って編入してきた。」
「偽ったっとか言うな。人聞きの悪い。」
少し不満をこぼして、それから松木は経緯を放し始める。
「この学校って宇宙飛行士の養成学校じゃん。聞いたところによると進学校要素が強くなってるみたいだけど、それでも一年生で習う教科には他の学校にはない科目が複数ある訳よ。それを履修しながら、二年生の授業について行けってのは正直、無理。そりゃ若狭さん、あなたならできるかもしれんよ?でもね、俺の学力なんて、この学校の入試を受けても合格ラインに到底届かない程度でしかない。だから学年を一つ下げて編入した。それだけ。」
一組の生徒たちの方を向いたまま話す松木の顔を、若狭はジーッと見つめる。
「大変失礼いたしました。」
それからかしこまって、若狭は謝罪の言葉を口にする。
「よしてくれ。二カ月早く生まれただけだ。」
それを言い終わるか否かと言うタイミング。松木は居心地悪そうに告げた。
「・・・そうか?」
「そうだ。」
「わかった。」
若狭が「そうだ」と言ったときは、まだ話が続くと言う合図に等しい。
しかし、そんなことを知るよしもない松木にしてみれば、彼女に戸惑いがあるように感じていた。
意図しなかったとは言え、発言の時間を与えなかったのは結果として正解だったが。
「ということで・・・えーっと。じゃあ、みっちゃんとは八カ月違いと言うことで。」
「二月生まれで行くなら一〇カ月違いだが?」
「え?・・・あ!一年は一二カ月だった!」
「大丈夫か?」
「大丈夫だったら間違えてない。結構な頻度で、こんな大ポカをやらかすんだよなぁ・・・。」
松木は面白くなさそうに首を傾げる。
「集中力が足りないだけだ。」
「それを言われると耳が痛い。後ろから二列目の左から二番目。」
「藤川!足が合ってない!・・・その割には、よく見ている気がするな。」
「人のミスは気が付くんだよなぁ。嫌んなるよ、自分の性格が。」
そう言うと、ダランと下げていた腕を胸の前で組み、面白くなさそうな顔をして天井を見上げた。
-*・A・*-
二一時過ぎ。一年生はダンスの練習を終えて、消灯時間までの自由時間に入っていた。
「あー!疲れた!」
一組の、ある班の一人。彼女は部屋に戻るなり床に大の字で寝そべり、割と大きめの声でそう言う。
「分かる!昨日は、ここまできつくなかった!」
皆、表情に出るほど疲れていた。違うのは、他の班員は床には座らず、二段ベッドの下の段の転落防止柵に腰かけていたくらい。
「あー、もう!お風呂入った後に、こんなに運動させないでよ!」
「ホント!腹立つ!」
「見てるだけのくせして!」
それでも、愚痴を言うだけの体力があるあたりは流石というべきか。
「どうなんだろ?」
愚痴の言い合いがヒートアップする。それに待ったをかけた者がいた。
「いや、そのね。若狭もヤバいけど、今日に関しては松木君じゃないかなって思う。」
若狭を擁護するようなタイミングになってしまったものだから、睨まれるように視線を向けられる。その圧に、彼女は少したじろいだ。
「どの辺が?」
指摘してきたのは若狭だけ。先生からの指導も今日はなかった。それにもかかわらず、そう思うには根拠がなければ納得できない。殺気の混じった声で、説明を要求される。
「ど、どの辺って言うか、松木君の口が動いた直後に、若狭さんが急に視線を変えてたんだよね。」
「
「思い返すと、やり過ぎたなと思う。・・・じゃなくて!それは置いといて、指摘が入る前には必ず松木君が何か言ってたんだよ。」
「となると、厄介な目が増えたってこと?」
「それはどうかなぁ。昨日あれがあっての今日でしょ?」
「昨日の敵は今日の友とも言うけど・・・。」
昨日の対立を見ているだけに、班員たちには住田の言っていることが事実とは思えない。
その一方で、若狭はケガのために他人を頼らなければならない状況とは言え、信じられないほど松木の言うことを聞いていた。一カ月にも満たない期間の中とは言え、皆が見たことがないほど大人しく、だ。
「まさか、惚れた・・・とか?」
「あれが他人を好きになる?」
「「「ない。ぜぇったい、ない。」」」
コイバナに花を咲かせていただけで、「男にうつつを抜かしている暇があるなら勉強をしろ」と言ってくるような人間が、誰かに興味を示すとは思えない。
増して、あの性格。好きになられた方も気の毒だ。
一体、若狭の心情に何の変化があったのか。班員たちは、それはそれで気になったものの、自由時間にまで彼女のことを考えるのも億劫だ。
話題が別のことに変わるのに、さほど時間は要さなかった。