アマランサス~人でなしとろくでなしの学生生活~ 作:只の・A・カカシです
週が変わって月曜日、広元は六人乗りのトラックの前席中央に座っていた。
時刻はもうすぐ昼だというのに、彼のお腹は全く空く気配がない。
「緊張するか?」
それを察知して、助手席に座る所長が声をかけてくる。
「そ、そうですね。」
「なあに、大丈夫さ。」
本来であれば、この様な仕事に所長が出てくる必要はない。だが前回以上に特殊な作業となるため、所長自らが出張っていた。
「今回は画面と睨めっこするのが作業みたいなものだからな。緊張するような作業はないぞ。」
所長は彼のことを気遣って声をかけたつもりだったが、原因には当てはまらない言葉であった。
「ハハハッ・・・。わかりました。」
しかし広元は、所長の心遣いを無下にはできないと愛想笑いを返す。
彼の緊張の原因は、冗談や手抜きをして書いたわけではないが、監視カメラの映像を調べればすぐにわかると思いながら作成した報告書が、ここまで大掛かりな捜索に発展してしまったことだ。
もっとも、こうなると誰も予期していなかった。まさかこの周辺には防犯カメラがほとんどなく、唯一の頼みの綱であった駅の監視カメラに至ってはトラブルでデータが物理的に消えてしまっているなどとは。
『まもなく料金所です。』
再び会話が途切れたところでナビがルートを告げる。
インターで高速を降りた後、しばらく山間の国道を走る。点在していた民家も、数分も走れば密度が上がってきて、マンションなども現れた。
「さあ、もうすぐ着くぞ。」
トラックは右折をして、駅に隣接した施設の駐車場に止まる。
広元はトラックから降りてあたりを見回す。四方を山に囲まれた地形だ。
丁度、貨物列車が駅を通過していく。駅の時計台をみると正午を指していた。
「君が見つけた反応は、この建物でキャッチされた。」
「なるほど、ここで・・・。」
広元は勝手な思い込みで、人が多い場所だから今まで見つからずにいたのだと思っていた。それだけに、実際の現地をみて少しばかりつまらなさそうな顔をする。
「そう言えば、他の場所でも検査をしたって聞いたんですけど、それもこの街なんですか?」
「そうだけど・・・。どうして?」
「他の場所で取ったデータが見当たらなかったもので・・・。あ、ノイズ観測機のデータです。それが少し気になってまして。」
近場なら、
「あー、あれ。機械が置けなかったんだよ。正直、ここでも隠せるギリギリだったしなぁ。」
尻すぼみなる所長の言葉。広元は聞いてしまったことに対して申し訳なさを覚える。
「よし、ここで話をしていても時間が勿体ないから、さっさと設置をして観測を始めよう。うまくいけば今日で終われるぞ!」
「――って言ってから四日経ちましたね。」
パソコンの前で疲れた顔をした広元はそうこぼす。殆どの時間を画面と睨めっこをして過ごし、そして何の手がかりも掴めないのだから『元気でいろ』という方が無理だ。
「うーん・・・。もうちょっと何かあってもいい筈なんだけどな。」
そしてそれは、所長も同様だった。
「前回と変わったことと言えば・・・何か思い付くか?」
「違うことですか?・・・いずれも平日でしたし、違うところは特にないように思います。」
その時、出入り口の扉が開いた。
「ん?何の話しですか?」
入って来たのはお手洗いに行っていた研究員だった。
「反応が出ないのは何でなのかなって。条件はそんなに変わってない筈なんですけど。」
広元が説明すると、彼は「なるほど」と言って立ったまま黙り込む。
「例の融合者は学生なんですよね?だとすると、片割れも学生の可能性はないですかね?」
「「?」」
それに何の関係があるのか。広元と所長が揃って首を傾げると、彼は説明を始めた。
「あのデータを取ったのって三月末じゃないですか。学生は春休みの期間中ですよね。だったらここを通る時間帯が変わったって可能性もありませんか?」
「あー、確かに!」
「んー、そうだな。考えてみなかったが、大いにその可能性はあり得る。」
何か希望が見えてきた気がする。
と、広元が画面に視線を落として黙り込んだ。
「思い切って駅の中でやってみますか?」
「いやいや、それは駄目でしょ。」
彼の提案はにべもなく却下された。
自体が急転したのは、翌日の昼前のことだった。
「あれ?ここおかしいな・・・。」
データの整理をしていた広元は、不自然に乱れている箇所を見つける。
どうしてそうなったのか。やることがなく暇だったので、彼はデータの修復に取りかかる。
解析してみると、そのデータはノイズの発生源が一直線上にあったようで、綺麗に分離するのに時間がかかる。
「これ・・・何だこれ?・・・・・あぁ?!」
ふと、見知った波形がその中に紛れていることに気が付く。広元は、一歩間違えば貴重な痕跡を消してしまうところだったことに冷や汗と大声が出た。
「どうした?何があった。」
その声に反応して所長が寄ってきた。
「こ、ここ見て下さい!!」
そう言って彼は画面を指差す。
「昨夜の二〇時過ぎに反応が出てるんです!」
「二〇時!?」
三月末の時の記録で、そこまで遅い時間に記録が出たことはない。故に、その時間は宿に帰って休んでいた。
「カメラを確認してみよう!」
二人は大慌てで別のパソコンの前に移動して、目の前の道路に向けて設置しているカメラの映像の確認を行う。
「この時間からか。」
記録の二分前から映像を再生し、誰が通っていたか調べようとした。
そして再生を初めてから四分が経過した。
「あれ?誰も通ってないですね。」
「何故だ?反応があったのに・・・。」
彼らの期待をあざ笑うかのように、そこには何も写ってはいなかった。
彼らはカメラの時間がずれているのではという思いから、ノイズ観測機が記録した電車のノイズの時間と、映像に写っていた電車の通過時間を照らし合わせてみる。
だが残念なことに、それはしっかりと合っていた。
「でも、今もこの近くを通っていることは分かりましたね。」
「うん。大きな進歩だ。」
時間割を変更して、掛かるのを待つ。そしてチャンスは、当日の夜、すぐに到来した。
『ピ、ピ、ピ、ピ、ピ――』
「で、で、出てます!」
特定のノイズを記録したときに鳴るようにセットしていたブザーが鳴ったので画面で確認すると、間違いなく目的のノイズが出ていた。
「外だ!外を見ろ!」
所長が窓際にいた研究員に指示を出す。
「二人・・・いや、三人います!!」
「三人?!くそっ!今日に限って!!」
二人が愚痴をこぼす横で、広元はノイズの強度を監視する。
「今、マックス出ました!」
「二人のどっちだ!?」
三人のうち二人が彼の真正面にいる。殆ど同じ距離だから、どちらがターゲットなのか迷ってしまう。
「広元くん!ここで強度を見ていてくれ!小川くんは私とあの二人を呼び止めに行くぞ!」
二人は部屋から飛び出して外へ向かう。
だが彼らの本業はデスクワーク。普段それ程運動をしない彼らは、走る速さは遅くないものの持久力が乏しい。
「すいません!そこの方!待って下さい!」
「はい、何でしょう?」
故に追いついたとき、彼らは完全に息切れを起こしていた。
「す、すいまゲホッ!!・・・ちょ、ちょっと待って・・・下さい。」
止まってくれたことに安堵して、二人は手を膝について肩で大きく息をする。
その必死な姿に同情してくれたのか、呼び止めた二人ともが「大丈夫ですよ」と快く承諾してくれた。
「お忙しいところ申し訳ないのですが、伺いたいことがありまして。」
あまり待たせると申し訳ないので、所長は痩せ我慢をして話を切り出す。
「昨夜のこの時間に、この近くを通られましたか?」
「昨夜ですか?そもそも昨日は家から出てないですね。」
こちらは空振り。となると、もう一人が当たりか。」
「昨夜のこの時間ですよね?通りましたよ。」
これがあの少女の片割れを持っている。所長は心拍数の上昇を感じる。
ところが。
「あ、昨日か。すいません、昨日は残業がなかったのでここを通ったのは一七時くらいでした。」
その瞬間、彼らは完全に読みを外したことを悟る。
〈〈しまった!その前か!〉〉
「何かあったんですか?」
二人が顔を見合わせたことを不思議に思ったのか、片方の女性が尋ねてくる。
「えーっとですね。・・・実は昨日のこの時間に自転車の盗難事件がありまして。目撃者がいないか聞き込みをしているんです。ちなみにですが、自転車を見て回っている不審者とかって見かけませんでしたか?」
「あんまりここに来ないから、分からんねぇ。」
「うちも特には。」
「あーなるほど・・・。すいません、お忙しいところありがとうございました。。暗いですからお気をつけてお帰りください。
二人は軽く頭を下げて踵を返す。
「二人とも違うみたいですね。」
周囲に人影のないことを確認して、耳打ちする程度の声で所長に話しかける。
「だな。となると、前を歩いていたあっちか?」
距離的に違う気がするものの、どういう理屈で見つかる日とそうでない日の違いが出ているかわからないので手当たり次第に調べてみるしかない。彼らは速足で部屋へと戻った。