アマランサス~人でなしとろくでなしの学生生活~ 作:只の・A・カカシです
「おかえりなさい。どうでし・・・。」
部屋に残り状態監視を行っていた広元は、戻ってきた先輩たちの表情と醸し出す雰囲気からうまくいかなかったことを察した。
「二人とも外れだった。どうやらその前を歩いていた奴の可能性が高い。」
手短に答えて、彼は録画映像の確認のため椅子に直行する。
「ところで反応はどうなった。」
手の空いた所長は、広元に記録状況を尋ねた。
「消えました。指向性が高いのかな・・・。一気に出て一気に消えました。」
「だとすると、距離はあまり関係ないということか?」
所長は広元の横に移動して、彼のパソコンの画面をのぞき込む。
「やはり前を歩いていた方か。」
ほどなくして小川は、映像の中から目的の人物を探し出した。
彼はパソコンを操作して映像の中から一コマを切り出し、画像を鮮明にする処理を実行する。
「ん?これ・・・男?」
鮮明になった画像に写っていたのは、頭が丸刈り頭の人物で見るからに男だった。体格からしても男だろう。
「じゃあ、こいつも違うのか・・・。」
しかし彼らの反応が渋かった。それは現在において、カーススフィアと融合している一〇〇%が女性だからだ。
そして『現在において女性が一〇〇%』という裏には、『現在におけるまでに存在した男性融合者の末路』が絡んでいる。カーススフィアと融合した男性は体のあらゆる組織が異常な活動を始めたり、全身に内出血を生じたりして九割が半日以内に、最長でも一週間で死に至るのだ。つまり、男性は融合した時点で長く生きられないと歴史が証明している。
「いえ、可能性はあります。」
調査は振出しに戻った。諦めムードになったとき、すっくと立ちあがった広元が先輩と上司に向けてそう言い切った。
「この調査をしなければならなくなった大本を辿れば、
先例に捕らわれないのは柔軟な発想のできる若い脳があるからか、あるいは失敗をまだ経験していないから恐れを知らないからなのか。
「うん、広元君の言うことにも一理あるな。」
もしこの判断を研究所に仰いでいたのなら一蹴されていたことだろう。それ程に突拍子もない案だ。
しかし、わらにもすがる思いでいる彼らに取ってみれば、この上ない妙案に聞こえていた。
「この制服と一致する学校を調べてみます。」
「よろしく頼む。」
小川は画像をパソコンに読み込ませ検索をかける。
数秒で検索結果が表示される。
「この高校のようですね。」
所長は小川の席に移動して画面を見る。
「そのようだな。」
検索結果とカメラの映像とを見比べてみて、間違いのないことをその目で確認して所長は数度頷く。
「だがもう一度、様子を見よう。ここで下手をして我々が何をしているか知られたら、全てが水の泡となる。」
この先での失敗は致命的になる。確証を得るべく念には念を入れることにした。
そして土曜日。その日は朝五時から捜索を開始した。
追跡に掛かる時間を短縮するために、正面入口だけでなくその反対側にある非常口からも出られるようにしている。更にローテーションを組み、常に誰かが飛び出していける態勢も整えている。
これでいつ来ても対処できる。
午前中は、ノイズ観測機にもカメラでにもターゲットは捕捉されなかった。
そのまま午後もただ時間は過ぎ、一六時を回る。
ここから勝負の時間帯だ。常に二人で飛び出せる態勢を取り、その時を待つ。
やがてその時はやって来た。
「来た!!」
ノイズ観測機が、ターゲットが近くにいることをブザーで知らせる。
所長は窓から外を見た。昨日と同じ位置、そして同じ頭髪の男子高校生が歩いていた。
何より幸運なのは、彼以外に誰も姿のないこと。
「いくぞ!!」
確信を持って所長が指示を飛ばす。昨日の体たらくが嘘のように、彼らの動きは素早かった。
まず広元が部屋から飛び出し、続いて所長が後を追う。
上履きのまま非常口から飛び出し、施設と道路との境界線に設置されているフェンスゲートを開けて道路に出る。
「は、速いッ!!」
外に出たとき、そいつは六〇メートル先の丁字路を右に曲がり建物の影に消えていく。
昨日にいたってはその背中すら拝めなかったので大幅な進歩ではあるが、急がなければ見失ってしまう。二人は己の限界速度で走る。
若い広元は、所長よりも速く走れた。そして先に丁字路に到達して右に曲がる。
ターゲットは国道をくぐる通路の階段を降りていた。
あれだけ全力で走ったはずなのに、距離は半分ほどにしか縮まっていない。
どれだけ歩くのが速いのか。
ターゲットの姿が消える。そのタイミングで、なんとも上手い具合に国道の信号が変わる。広元は走る速度を緩めず信号に向かう。
〈み、短い!〉
青になったと思ったらすぐに歩行者信号の点滅が始まる。
間に合うとかいうレベルのタイミングではなかったが、それでもターゲットが上がってくる前に渡り切った。
「ハァ、ハァ・・・・・あれ?」
ところが、である。あれだけの速さで歩いていた割に上がってこない。
「あの、すいませ・・・えっ?!」
ようやく上がってきたと思って声をかければ、それは所長だった
「ん?来ていないか?」
「き、消えた?」
今まで追いかけていたあれは幻だったのか。
彼らはあたりを見回すも、歩いている人の姿は見つけられない。
道路はどの方向にも見晴らしがいいので見失うはずなどない。
所長はよもやと思い、国道と直行して流れている水路に目をやる。幅は四メートルほどあるが、実際に水が流れている場所の幅は三〇センチにも満たないU字溝。後の場所はコンクリで舗装されているので歩く分は全く問題ない。
「いや、ここは流石に・・・あっ!あれじゃないか?」
そのまさかだった。
「確かに服が同じですね!」
気付かれている風ではないが、完全に翻弄されている。
急いで追いかけなければ。そう思って駆けだしたが、数十メートル先で道路と水路とは平行でなくなっており、更には降りられそうな場所もぱっと見で見当たらない。
これは水路沿いに追わなければ見失ってしまう。
彼らは「なんでそっちに行くかな」と、もっともな文句を垂れつつ、国道をくぐる通路の階段を下りる。通路の構造はいわゆるトンネルではなく、橋の下を通る構造になっており、水路の一部を僅かにかさ上げして手すりを付けることで通路に仕立てた簡素なつくり。
彼らは、手すりを必死の思いで乗り越えて水路脇に降りる。
駆け足で進むと、幸運なことに高校生の姿はそこにあった。
これなら道路からでも声掛けができたな。そう思った次の瞬間。
彼はコンクリの護岸に向け軽く助走をつけると、ヒョイッと道路の方へ上って行った。
なんだ、そこに上り下りできる場所があるのか。苦労して柵を超えて損をした。
そう思いつつ彼を追いかけ、駆け足で向かった二人は愕然とした。
「いや・・・これ上がれるか?」
そこには高さ一メートル八〇センチほどはある、まっ平らなコンクリート製の護岸が垂直に立っていた。
これを上るのは、自分たちの運動神経では何時間かかっても無理だ。
「これで間違いはない。明日、必ず確保する。」
「ですね。これだけ揃っていれば確実に行けます。」
今日のところは振り切られてしまったが、写真もあるので勝ったに等しい。
妙に強気になった二人だったが、その後、登れそうな場所を求めてしばしさまようことになった。