暁がお姉ちゃんっぽく振る舞う(?)お話。

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夜明け前の小さなできごと

 ある朝のことです。とある鎮守府の廊下に一人の艦娘が居りました。彼女はバレッタで栗色の髪を纏めた女の子”電”で、顎を乗せられるほどの書類の束を運ぼうとしていました。

 そこへ、階段を上って来る艦娘がもう一人。海軍の錨マークが目印の帽子を被った長い藍色の髪の女の子”暁”でした。

「あ、おはよう、暁ちゃん」

 姉の存在に気づいた電は、朗らかな笑顔で挨拶をしました。声を掛けられた暁は慌てて俯いた顔を上げました。 そして、声の主が電だと分かると、ほっと胸を撫で下ろしました。

「おはよう、電。……そういえば、あなた秘書艦だったわね……」

「仕事のお手伝いだよ。暁ちゃんは司令官さんに何か用事が?」

 電の素朴な疑問に、暁は勢い良く首を振ります。

「い、いいえ、何でもないわっ。そんなことより、それ、重そうだから一緒に運んであげる」

「はわわ、これくらいへっちゃらだから……」

「いいのよ。困っている妹は助けてあげなきゃ、姉として!」

 遠慮する電を他所に、暁は積み重なった書類の上から半分を手に取って抱えました。

「さ、行きましょ」

「う、うん」

 等間隔に張られた大きな窓から白い日光が差す中、ふかふかの紅い絨毯に合わせて二人の靴が微かに空気を揺らします。姉はそわそわしてどこか落ち着きがありませんでしたが、妹はのんびりとした気分でちょっぴり眠たげでした。

「……どうかしたのです?」

 しばらくして漸く、暁の不自然な様子に気づいた電が、心配して訊ねました。

 それに対し暁は明らかに狼狽して、

「ふぇ?ど、どうもしてないわ」

「もしかして、お手洗いとか?」

「そ、そうじゃないわよ!その、なんというか……」

 散々頭の中で逡巡した結果、暁は恥ずかしさ交じりに言葉を続けます。

「相談したいことがあるの」

「どんな相談なのです?」

 小首を傾げる電に、暁はこれまた言いにくそうに答えました。

「えぇとね……司令官のこと」

「司令官さんの!?」

 電は俄かに顔が赤くなりました。

 もじもじする暁に、相談の対象が鎮守府で(おそらく)唯一の男性である提督ときたら、これは恋の悩みではないかと察したのです。

「あの人、いつもお面を被ってるじゃない?」

「へ……?」

 と思ったら、急に話が変な方向へ逸れました。どうやら彼女の推測は早とちりだったみたいで。

「そ、そうだね。確か、昔のとくしゅぶたい?、のお面だと言ってたような」

 電はどぎまぎする気分を紛らすように返しました。

「あれ、凄く怖……じゃなくて、人と話す時はその、素顔で向かい合った方が良いと思うのよね。そっちの方が紳士的だわ」

「つまり、司令官さんにお面を外して欲しいと?」

 電の要約に暁は頷きました。

「えぇ。電もそう思わない?」

 電は、まだ灰色の明かりが下がる天井を見上げながら、ちょっと考えました。

「……私はもう慣れちゃったから、今のままでもいいかな」

 てっきり賛同してくれると思った暁は唖然となって、それから必死に食い下がりました。

「あ、甘やかしちゃダメよ。それじゃあ司令官はずっとあの怖いお面を着けたままになっちゃうじゃない!」

「やっぱり怖い、と……」

 思わず本音が出てしまい咄嗟に口を塞ぎましたが、時既に遅く。

 しかし、彼女の本音を薄々察していた電は気にせずそのまま続けます。

「だったら、司令官さんにきちんと伝えてみたらどうかな?」

「ほ、本人に直接!?」

 信じられない、といった表情。空いた口から魂が昇りそうでした。

 そんな姉を慰めるように、電は空いた手で暁の手に重ねました。

「大丈夫だよ。司令官さん、とても優しい人だから」

「……それに暁ちゃんはお姉ちゃんだから、一人でもちゃんと司令官さんに言えるよ」

「うぐ……そうね。姉だもの。頑張ってみる」

 仕方なしとはいえ決心した暁に、電は微笑みました。

「相談、乗ってくれてありがと」

「どういたしまして、なのです」

 その後、書類を大淀に引き渡した二人は、日課の種々雑多な任務に励みました。

 

 〇

 

 あっという間に日は暮れて夜。

 艦娘の過ごす営舎の一室で、すやすやと寝息を立てる電を他所に、暁は眠れずにいました。寝巻に着替え、消灯し、ベッドに入っても、でした。

「……むぅ」

 今朝のことを思い出して、いま提督の元へ行くべきかどうか迷っていたのです。

 何回も寝返りを打った末、がばと布団を這い出て静かに制服に着替えると、電を起こさないようそっとドアを開けて部屋を出ました。

 営舎と連結した鎮守府の暗い廊下を、窓にぽつぽつと灯る工廠や灯台の仄かな光を頼りに、意を奮い立たせて進んでいき、執務室の大きな扉の前までやってきました。扉の隙間からは細く明かりが漏れ、ペンを走らせる音が微かに聞こえます。どうやら提督はまだ仕事の途中のようでした。

 提督がいることを確認すると、暁は、夜の薄ら寒さと怖さに震えながらも扉をノックしました。

 コンコン、と小気味の良い音が辺りに響きます。

「どうぞ」

 ノックに気付いた提督の声が部屋越しから聞こえて、暁は恐る恐るノブを回しました。

 そして扉を開けると同時に照明の光が飛び出して、眩しさに暁は思わず目を細めます。

 目が慣れてくると、今度は提督の怖いお面が見えてきました。鉄のように黒く、目の部分が刳り貫いてあることと、後は鼻の部分に少々起伏があるだけのそのお面は、傍からみるとまるでのっぺらぼうのようでした。

「こ、こんばんはっ、司令ひゃん」

 取り敢えず挨拶をしましたが、緊張と怖さでに声がひっくり返りました。でも、そんなことは今の暁には気にしていられません。

「あぁ、こんばんは……って暁か、珍しいな。こんな夜更けにどうしたんだ?」

 見た目に似合わぬ提督の優しい声に、暁はかちこちになった姿勢をほんの少し和らげて、更に深呼吸を何度か繰り返してから、答えました。

「あのね、司令官」

「うん」

 じっと先を待つ提督に、暁は見えない表情を窺いながら続けます。

「えぇと、そのお面のことなんだけど……」

「これか」

 提督の自分の面を指差すと、暁は何度も頷きました。そして、もう一回深く息を吸って、発言します。

「……は、外して欲しいの」

「……怖いから?」

「い、いえっ、そ、そんなことないっ……わ!」

 理由を言うまでもなく本音を見破られて、暁はしどろもどろになりながら取り繕おうとしましたが、提督はその慌てようで逆に確信しました。

「ふむ……」

 暁のお願いに提督はしばらく腕を組んで黙りましたが、やがて口を開きました。

「私の素顔は、この仮面よりもっと怖くてな。だから私は顔を隠しているんだ」

「も、もっと怖い顔……」

 暁は固唾を飲みました。でも、そこまで言われるとむしろ怖さより好奇心が勝るものです。

「それでも?」

 提督の確認に、暁はこくりと頷きました。瞬間、緊張した空気が二人の間に漂います。

 少し躊躇って、おまけに溜め息を吐いてから、提督は仮面を外しました。

 その素顔を目にした途端、暁は言葉を失いました。

 提督の顔の半分を、醜く爛れた火傷の跡が覆っていたのです。

「どうして、隠してたの」

 それは、提督を問い質すというよりは、事実を知らなかった自分を責めているような言葉でした。

「それは……」

 予想だにしなかった暁の様子に提督が戸惑っていると、暁は無言のまま近付いて、提督の目前に来ました。丁度、机を挟んで向かい合う形です。

「そんなに酷いケガなら、お薬もあるでしょ?」

 若干強めの口調に、提督はただ肯定します。

「まぁ、一応」

「貸して」

「どうするんだ?」

「お薬、塗ってあげるから。ほら、こっちに来て」

 提督は促されるまま席を立って、来客用のソファに腰掛けました。そして軍服の胸ポケットから小さな軟膏を取り出すと、暁に手渡しました。

 暁は小さくお礼を言うと、チューブから少量薬を捻り出し人差し指に乗せて、火傷の跡を静かに撫ぜ始めました。

「……」

 とても近い距離に、提督は居心地が悪そうでしたが、暁は集中していて全く気が付きません。

 丹念に時間を掛けて患部を塗り終えると、暁は手を止めました。

「うん。これで大丈夫ね」

「……ありがとうな。わざわざ」

 提督がお礼を言うと、暁は胸を張りました。

「これくらい、当然よ!」

「将来立派なレディーになれるぞ」

「ほ、ほんとっ!?……じゃなくて、私はもうなってるってばっ」

「はっは、そうだな……」

 からかわれて怒る暁に提督はひとしきり笑うと、また真剣な顔つきに戻ります。

「とにかく、これで私が普段顔を見せない理由が分かったろう?」

「えぇ。……でも、司令官。お面を着けなくても、みんな気にしないと思うけど」

 暁の考えに、提督は首を横に振りました。

「私自身が気にしてしまうんだ。だから、怖いかもしれないけど、もうしばらくはこの面を着けさせてくれ」

 提督の言葉に、暁は照れを隠すためそっぽを向きました。

「子ども扱いしないでよねっ。……あなたが怖い人じゃないって分かったから、もうそのお面も怖くないわ」

「そうか……それじゃあ、もう夜も遅いから早く寝なさい。電も待っているだろう」

「うんっ」

 暁は扉の前に戻ると、提督が立ち上がって見送りに来ました。提督は既にお面を着け直していましたが、もう彼女が怯えることはありませんでした。

「おやすみ」

「おやすみなさい。また明日ね、司令官!」

「あぁ」

 少女は屈託のない笑顔を見せて、踵を返しました。直後にばたん、と扉の閉まる音。

 再び一人だけになった執務室で、提督はうんと腕を伸ばしながら、自分の席へ戻ります。

 ふと、窓の外を見ると、夜の月がしらしらと光っていました。

「さて、仕事の続きだな」

 不思議と晴れやかな気分で、提督は明けに向けてまたペンを執るのでした。

 




非常に短いお話でしたが、楽しんで頂けたなら幸いです。
本来は雷や響も出す予定でしたが、私の技量不足で上手く織り込めませんでした。
機会があったらもう一度挑戦したいものです。

それでは、読んで下さりありがとうございました!

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