そこは死の世界だった。そこは崩壊の跡地。故に跡形もなく消え去った大地の残り香。
無数の瓦礫と人だったものが散乱し、まさに死に塗れた世界。だが生命の息吹も感じられない場所で、声が響いていた。美しいソプラノの声も今では、すっかり枯れてしまっている。
彼女はそれほどまでに一生懸命に叫ぶ。救えなかった彼の名前を。
「ルークお願い返事をして!!」
瓦礫の間を歩きながら少女は、ひたすら名前を呼ぶ。
だが返ってくる返事などある訳もなく、少女は胸の内を締め上げられる。後悔と、懺悔。その二つが今の彼女を支配していた。
柴色に彩られた世界で、少女は力尽きたように座り込む。
活力を失った彼女の肩に、誰かの手が添えられた。
「ティアしっかりして。こんな所で休んでも良くはなりませんわ。どうせならタルタロスの中に戻ってゆっくりしてください」
「駄目よナタリア。だってルークが、ルークが見つからないのよ! 私が、私が」
いやいやと首を横に振るティアにナタリアは、なんと声をかければいいのか分からない。それほどまでのティアが負った心の傷は大きいのだ。
アクゼリュスが崩壊した時、ティアだけが崩落しても助かる術を持っていた。
ティアは事の重大性に気付くと、近くに居た仲間たちを救うべく第三譜歌を謡い何とか生き残った。だが、その時ルークを救うには、時間がなかった。
彼女は、選んだのだ。仲間を守るか、小さな希望に掛けてルークも救うか。前者を取ったのはティアだが、選ばなければならない状況に追い込んだのは、彼女の実の兄。様々な要因がティアを傷つけ、締め付け壊していく。
心の何処かで信じていた者に裏切られ、仲間を一人見殺しに、一体なんと声をかければいいのか。
だからナタリアは、何も言わず後ろから抱きしめた。これ以上壊れてしまわないように。
「ティア休んでください。でないと貴女が壊れてしまいますわ。お願いです休んで」
「でも、早くルークを見つけないと」
頑としてティアは、ルークの捜索を諦めない。だが既に彼女には再び立ち上がる気力は残されていないのが現状で、痛みに鈍感になってしまったティアにこれ以上捜索をさせるのは、酷である。
「いいえ。何が何でも休んでいただきますわ。立ち上がる事も出来ないで強がりを言わないで下さいませ」
ティアの腕を肩に回しナタリアは立ち上がると、タルタロスへ連れて行く。
ほとんどティアを引きずる様にして運ぶ。それはティアが連れて行かれるのを拒絶しているのではなく、もう体力が残されていないのだ。心身ともに疲れ切っているのだから仕方ないが、こうなるまで気が付かなかった自分が情けないと、ナタリアは自嘲する。
戦艦の中に入るとイオンが慌てて近寄ってきた。
「どうしたんですか!?」
「イオン済みません。ティアをどこか休める部屋へお願いします。私もまだやる事が残っているので」
ぐったりとしたティアを見てイオンも神妙に頷く。元からティアが長時間動けるとは見込んでいなかったのだろう。一番近くの船室を直ぐ休めるようにしていたらしく、そこにティアを運んでいく。
ナタリアは、疲労した体に鞭を打つためにヒールを唱えた。精神的な疲弊まで回復してくれなくともこれで体は使う事ができる。しかし諸刃の剣でもある。ヒールで回復してもその後に、倍の疲労を背負うことは確実だ。だが人命には変えられない。
敵国の者であってもこの絶望的な状況でも見捨てる事など出来ない。
何よりも、大切な人を見つけるまで倒れる事も、諦める事もしたくないのだ。
ナタリアは頬を叩くと、タルタロスの外に出る。
「あら、大佐休憩ですか?」
「おや、そんなナタリアこそ休憩をしていたのでは?」
出入り口付近で腰を下ろして休憩するジェイド。その横に立ってナタリアは囁く。
「えぇ、ティアがちょっと」
「そうですか」
あまり声を張って言う事ではないのを二人は理解して押し黙る。
限界が一番先に来るのは誰かを見越していたからだろう。ジェイドは特に驚くこともなく、柴色に染まった世界を眺めながら、メガネの位置をもとに戻す。
「貴女は大丈夫なんですか。疲れているみたいですが?」
「私は大丈夫です。それよりもルークを探さなければ、ティアも良くなりませんわ」
疲れなど感じていないと言わんばかりにナタリアは、張り切って見せた。しかしそれが疲れている証拠でもある。ジェイドもそれを指摘するほど野暮ではない。
だから質問を試みた。
「ルークは、生きていると思いますか?」
「生きてますわ。そう信じているからこうして探しているのです」
「ですが状況は絶望的。最悪なにも見つからないまま全てが終わる可能性もありますよ」
まるで
ルークの死が決められていると、彼は暗に語っているのだ。もちろんナタリアはそんな事を信じたくない故に反論する。
「諦めません! ルークはきっと生きていますわ。……でも貴方は信じていないのでしょう?」
「さっきからの発言でしたらそう思うでしょうね」
「いいえ。それだけじゃなくて、貴方はルークを探す事よりも自分の頭の中を整理したいように見えてなりません。何について悩んでいるか知りませんが、それほどまでに大事なことですの?」
ナタリアの発言にあのジェイドが言葉を忘れ、硬い表情のまま俯く。
その姿は、何から話そうか迷っている風にも見え、どこか言い訳を探す子供の姿にも見える。
自分の事を極端に語らないジェイドの事だ。きっと教えてくれないのだろう。諦めに近い気持ちで最後にナタリアは一押しをする。
「大佐も少し休んでください。これからの方針を決めるときは、きっと貴方を中心にして会議をするのですから」
「そう、ですね。分かりました少し休息を貰います。いやぁ、困ったものですね。老いると体が言う事を聞かない」
ジェイドがおどけて見せるとナタリアも仕方がない、と言う風に笑う。
そこへ二つの声が割って入った。
「ジェイド!」
「大佐ぁー!」
一つは、爽やかな青年の声。もう一つは、可愛らしい女の子の声だった。
二つの声は切羽詰まっており、思わずジェイドとナタリアはそちらに視線を向ける。
ジェイドとナタリアの視界に入ってきたのは、一本の剣を持ったガイとその後ろから付いてくるアニス。
ナタリアもジェイドも目を細めてガイが持っている剣を見た。遠くでよく見えないが、それは普段ガイが使う細身の剣の類ではない。早さよりも一撃一撃に威力を込めるように作られた剣だ。
独特な刃の反りに、少し短い剣。あれはカトラスだ。
軍属のジェイドならいざ知らず、剣にさして興味のないナタリアもその剣の名前が分かった。
何故ならばその剣は、崩落に巻き込まれたルークがよく使っていた武器だからだ。
二人は弾かれたように、ガイたちに走って近づいた。
「ガイ! それはもしかして」
「あぁ、ナタリア。これはルークのだ」
「それで本人はどこですか?」
急かすように訪ねてくる二人にガイもアニスも気まずそうに顔を逸らし、ぽつぽつと語り始める。
「ルークは、見つからなかった。アニスの人形で大きな瓦礫とかどけてたら、大きな岩の下からそれだけが出てきた。周りも一生懸命探したんだ、でも」
「他には何も見つからなかったの。結構広い範囲探したんだけど。もしかしたらルーク、この瘴気の泥に沈んだんじゃ」
「アニス」
今にも泣きそうな声で、最悪の予想を言おうとしたアニスをジェイドが止める。
ジェイドは、数秒何かを考える仕草をすると、思いつめた表情で言った。
「取り敢えず、詳しくはタルタロスで話しましょう」
「でもジェイド、ルークが見つかってないんだぞ!」
「それを含めて、話し合います。きっと彼はこの世に居ないのでしょうから」
時間が経つにつれ濃厚になってきたルークの死。
それをついに突き付けられ、ガイは反論することも忘れ、立ち尽くした。
ジェイドは先にタルタロスの中に戻る。ナタリアとアニスはガイを促しながら、タルタロスに戻った。
「それでは、どこから話しましょうか。ガイ、何から聞きたいですか?」
「いきなり俺の疑問でいいのか?」
「誰から聞いても最初の質問は変わらないでしょう。ユリアシティに着くまでにある程度、疑問を消費しましょう」
タルタロスの運航をしながらジェイドは、集まった皆に言う。
そこにはティアを除いた全員がいた。
ティアは、今のところ疲労が抜けていなのでまだ船室で休んでいる。
「それじゃ、本当にルークは死んだのか?」
ガイが恐る恐るジェイドに問う。
「えぇ、そう見ていいでしょう。最も彼に話を聞きたいところですが」
「彼って誰ですか大佐?」
また出てきた疑問をアニスが素直に口にする。
「彼とは、アッシュです。ルークが本当に死んだならば、アッシュには直ぐに分かるでしょう」
「六神将の彼が? 接点など、無いように見えますけど」
「……生体レプリカ」
ナタリアの更なる疑問に、ガイが小さく声を漏らす。
自然とそれは、空間全体に広がり、一部の者は疑問符を浮かべ、更に一部の者は表情を硬くした。
「あってますよガイ。そしてルークは、アッシュの完全同位体のレプリカです。オリジナルかレプリカが死ぬとビックバン現象が起き、レプリカの記憶全てがオリジナルに引き継がれます」
「っ!?」
その瞬間、誰もが言葉を失った。
一人も声を発さない中、ナタリアが魘されるように呻く。
「うそ。ルークがアッシュのレプリカだったなら、アッシュは。それでしたら、七年間一緒に居たルークは!!」
おそらくここで一番ショックが大きいのは、ナタリアだろう。
今まで一緒にいた婚約者が偽物で、敵として会い
何がどうしたら、そんな複雑な関係になるのか。誰もが疑問に思うなか、ナタリアは、思い出したようにつぶやく。
「七年前の誘拐。あの誘拐は、グランツ謡将が起こしたもので、でも『ルーク』を攫った理由はいったい」
「おそらく、超振動の力が欲しかったのではないのでしょうか?」
「超振動?」
イオンの問いにジェイドが辞書を読み上げるように答えた。
「超振動とは、同一の音素振動数を持つ音素同士が干渉し合うことで起こる、ありとあらゆる物質を分解し再構築する現象の事です。ルークは
つまりそれは、キムラスカもマルクトも滅ぼせるということ。
あまりに飛躍した発言に今度こそ、誰もが閉口する。
自然と沈黙が続くなか、アニスがおずおずと手を上げて質問する。
「ねぇ、大佐。どうして総長は、そんな力が欲しいの?」
「分かりません。ですがイオン様から状況を聞くとヴァン謡将がルークを騙してアクゼリュスを落としたことは、間違いありません。瘴気を超振動で消す、というのは可能かもしれませんがあの場には、
「もういい……」
さらに思考を深めようとしたジェイドを遮るようにして、ガイが声を絞り出した。
腕も震え、今にも怒りが吹き上がろうとしている。
「必要なのはレプリカとかオリジナルとかじゃないだろ。結局、ヴァンがルークを騙して、アクゼリュスを落としたんだろ。誰もなにも気が付かないで、終わってみればこれかよ! くそ、何が友人だ。友人失格じゃないか!?」
「ガイ。休む事をお勧めしますよ」
「……そうさせて貰う。俺も疲れてるみたいだ」
ガイが出ていくのを見送ってから、皆が吐息を零した。
確かにオリジナルだとかレプリカだとか。そんな議論は無意味だ。
もう、彼は死んでしまったのだから。
レプリカは死ぬと体は残らず、
今、おそらく考えなければならないのは、国がどうなっているかだ。
キムラスカの王族がマルクト領土で亡くなった。
親善大使としてルークが公式に出ているのだ。国を挙げて開戦準備に明け暮れているだろう。
「この先が思いやられますね」
「えぇ、ルークが亡くなったのなら、戦争を回避しようがありません。寧ろダアト含めた三つ巴の可能性だってありえますわ」
国の中枢近くに居るジェイドとナタリアが揃ってため息を零す。
深刻を通り越して戦争は絶対に始まるだろう。
止められる材料がないのだ。自国に戻り最良を振るうならば、必然的にこの二人最大の敵となる。
この旅で二人は相手の力量を確認してしまっている。
ジェイドはナタリアの勇猛さといざとなれば責任を負える気高さを評価していた。
ナタリアに至っては、ジェイドの機転と咄嗟の事態に対応できる能力。そして軍の指揮力に一目置いている。
「貴方と敵同士になるだなんて、死んでも嫌なんですけれども」
「奇遇ですね。私もナタリアを敵に回したくありません。最後は自分の首を差し出してまで民を守ろうとするでしょうし」
「それが国を背負う者の使命ですわ。戦をするのが兵士なら、終結する場所を我々王族が指し示す。例え命を差し出すことになっても」
声は落ち着いていて、いつでも覚悟が出来ていると語っていた。無理に背伸びをしている訳でなく、ありのまま全てを曝け出して王女ナタリアは言ったのだ。
「それに今回、マルクトの方を見て侮れない相手だと再認識させてもらいました。正直に言って、易々と勝てる気がしません」
「それはこちらも一緒です。二大国家が共倒れ、といった可能性しか見えない。故にダアトが何を企んでいるか知る必要があります」
「我々が戦争をしている隙を突いてくる可能性ですか?」
ジェイドは小さく頷く。
「えぇ、今回のヴァン揺将の動きには、国を争わせたいという思惑しか見えない。ですがそれで終わるはずがない。一体何が彼を動かしているのか」
「分からない事ばかりですわね」
「人生、意外と行き当たりばったりなんですよ。考え通りに行く事は、滅多にありません。それに見えてきましたよ」
タルタロスの中から、島影のようなものを二人は視界に捉えた。
おそらくあれが、ユリアシティ。
あれが、ティアの育った所なのだろう。
日の光とは程遠い世界は、街全体を飲み込み、それはそれは気味の悪いところだった。
さらに気味の悪いことに、街は音機関や譜業で固められ景観など無機質で冷たいものばかり。誰もが異様な街に唖然としていると、広場には緋色の長い髪を靡させた男が立っていた。
「鮮血のアッシュ……」
「やっと来やがったか。おい、レプリカの奴はどうした?」
見覚えのある容貌に誰もが戦闘態勢を取る。
アクゼリュスの崩落時に助けてくれたが、味方である保証はない。
だが、ジェイドはアッシュの発言に食いつく。
「アッシュ、貴方に彼の記憶は無いのですか?」
「レプリカの事か?」
「そうです。完全同位体のレプリカは、死ぬとビックバン現象を起こし、オリジナルに記憶だけが引き継がれます。貴方に、その記憶はあるんですか?」
その問いに、アッシュの表情は硬直した。
「なんだと? ならアイツは本当に死んだのか!?」
頭に手を当て、混乱の極みに立たされたアッシュ。その驚愕の顔にジェイドは嫌な予感を覚える。
「貴方に、彼の記憶は?」
なんども同じ問いを繰り返すジェイドに苛立ちアッシュは舌打ちすると、苦い表情で語り始めた。
「全部の記憶は無いが、あのレプリカ野郎がたぶん死んだ瞬間の記憶みたいのならある」
「……宜しければ、聞かせてください」
「ジェイド、今ここで聞く事じゃ」
ガイが慌ててジェイドの前に立って止めに入る。
しかしガイの視線は、時々ジェイドの後ろに注がれていた。そこには、きっと顔色の悪いティアがいるのだろう。
ティアを想うのであれば、ここで早急に聞く事はしてはならない。だが時間を惜しめるほど、状況に余裕がないのも事実。故にジェイドは引かなかった。
「ガイ、でしたらティアをどこか休める場所にお願いします。私は聞かなければなりません」
「ティア、無理しないでほら、休もう?」
ジェイドの提案にアニスがすぐさまティアの手を取る。イオンもそうすべきだと便乗したが、彼女は彼が残した剣を強く抱きしめ、首を横に振った。
「私も聞かなきゃいけないわ。だってルークが本当に死んだなら私の、私のせいだもの」
覇気のない声。感情が抜け落ちた瞳。
死人のような今の彼女に、いったいどれだけの言葉が通じるだろう。
アニスとイオンが強く手を引こうとしてもティアは動かなかった。
「時間も押しています。アッシュ、教えて下さい」
「……後悔するなよ。俺が見たのは、ヴァンが導師に封呪を解かせ、パッセージリングの前に着いた辺りからだ。おそらくこの辺は、導師に聞いてるんだろ?」
イオンはその問いに頷く。
「はい。ルークがヴァンから超振動で瘴気を消せると聞いていたらしいです。それで戦争を回避して英雄になるんだと」
「はっ! お笑い草だな。回避するどころか開戦を加速させやがって。あのレプリカの最期は、自分の超振動を暴走させ、自分を消し飛ばしたみたいだ。詳しくは分からねぇが力の制御ができてなかったのは確かだ」
「でしたらアッシュ。貴方になにかが入ってくるような感じはしましたか?」
ジェイドはアッシュの話を聞いて、ルークが死んだものだと断定した。
超振動を制御出来ていなかったのだ。おそらく暴走させて自身まで分解したのだろう。もし、本当にそうなのであれば、ルークを救おうとしなくてある意味正解だった。
もし助けていれば、崩落に飲み込まれたか、超振動で消し飛ばされたに違いない。あの瞬間、すでにルークを救うなど到底無理な話だったのだ。
「そうだな。確かになにか、温かいものが入ってきたような気はした」
「それが出ていく感じは?」
「ない」
ジェイドの矢継ぎ早の質問にもアッシュは簡潔に答えた。
その表情からして偽りがないと見たジェイドは、一度紫色に染められた空を仰ぐ。
彼の口から初めて、大きなため息が零れる。
「そうですか。ありがとうございます。どうやら本当に死んでしまったようです」
「うそ、そんな」
誰もがそんな事を口にする。誰もが自責の念に駆られる。
どうして傍に居ながら彼の異変に気が付かなかったのか。どうしてもっと話し合おうとしなかったのか。
彼は、我儘で勝手であったが街を救おうと少なからず思っていた筈だ。だがこの世で一番信頼し、憧れていた人物から英雄になれるのだと唆されたのだ。
誰もが自分が彼の立場であったならと、想像してしまう。
そして誰もが彼から信頼を勝ち得なかったと、絶望した。自分たちは、彼を一度も一人の人としておそらく認識していなかったからだ。
誰にも非がある。もちろんルークにも自分たちにも。
「私たちが、殺してしまったのですね」
「あぁ、ルークだけが殺したんじゃない。俺たち皆もアクゼリュスの人を殺したんだ」
片手で顔を覆いガイも、ナタリアの意見に賛同する。
親友の最期を婚約者として一緒に育った七年間を想いながら二人は、唇を噛み締めた。
一番、ルークと長くいた二人が、この罪を早くに受け入れる。自分たちも同罪なのだと。
「そうであっても時間は戻りません。戦争を回避しなければ、そしてアッシュもう一つ聞いていいですか?」
陰鬱とした空気に飲まれたのかアッシュも覇気のない声でジェイドに応じる。
「なんだ? ヴァンの目的か?」
「そうです。あの男は何を企んでいるんですか? 国を戦わせようとして、それで終わる筈がないでしょう」
これで終わらないと断言するジェイドに、アッシュではない別の人物が答える。
「ヴァンはただユリアの
皆が声の方向に視線を走らせる。
そこには、一人の老人が立っていた。少々猫背ぎみの老人は、ティアを見つけると髭を撫でながら言った。
「おぉ、お帰りティア。戻っていたのか」
「お爺様。さっきの言葉の意味は、どう言う意味ですか?」
生気の抜け落ちた抑揚のない声に老人は疑問を感じることなく、朗々と語った。
「ふむ、全ては人類の繁栄を迎えるためだ。ユリアが記した
「…………兄が預言通りに事を運んだという事は、ルークの死もアクゼリュスの崩落も詠まれていたのですね?」
「うむ。そうだ」
大きく頷いてみせる老人にティアは最後の質問をする。
「どうしてそれを公表しなかったのですか?」
「そんな事をすれば、人は平常ではいられない。暴徒化してしまう可能性もある。それに人の死を詠んだ預言は秘匿する義務がある。全てはユリアの預言通り事を運ぶためだ。そうすれば、人類は未だかつて経験したことのない繁栄を手に入れるのだ」
「そう、ですか。お話、ありがとうございました」
「ふむ。もう話がないなら、儂は街に戻るよ」
ティアは小さく頷く。老人もまた、街に帰って行った。
今にも倒れそうなほど、ティアの顔は青白くなり、ルークの剣を抱えながら小刻みに震えだした。
「ティア! しっかりして下さい。気を確かに!」
「ふ、ふふふ。どうしようナタリア。私、自分の事が嫌いになりそう」
手を取って覗き込んでくるナタリアにティアは静かに言う。
イオンもティアが倒れないように背後に手をまわしながら声を掛ける。
「ティア、先ずは落ち着いて。貴女は悪くありません!」
「導師イオン。私が、悪いんです」
「そんなこと無いよ! だって……ぁ」
彼女の罪悪感を少しでも薄めようとアニスは励まそうとしたが、とある事を思い出した。
もともと、ルークを使ってアクゼリュスを落としたのは、誰だ?
彼女の兄じゃないか。
ティアが自分を責めるのも頷ける。言葉を失ったその場の者に聞こえる声でティアは、そのソプラノの声を響かせた。
「だって私は、ユリアの子孫だもの」
「……え?」
さらに衝撃的な一言に、アッシュ以外の人物は目を見開いた。
「私の本当の名前は、メシュティアリカ・アウラ・フェンデ。ホドの人間よ。ユリアがルークの死を詠んだなら、私が殺したも同然じゃない」
「それは違いますわ! たとえ先祖が罪を犯したとして、どうしてその罪を貴女が背負わなければならないのです? ティアはティアでしょう。貴女は、あんな事を望んでいた訳ではないでしょう?」
それでも、ティアはルークの剣を持ったまま震え続けた。
罪悪感と絶望。その二つに苛まれ、崩壊しそうに見える。
「ティア……」
「皆さんは、ティアを頼みます。私は、さっきの老人に上に戻れないかを聞いてきます」
「俺も行こう。聞きたいことがある」
ジェイドの隣にアッシュが立つ。どうやら彼も何か気になる事があるらしい。
広場には、ガイとイオン、ティアとナタリア、アニスが待機することとなった。
ナタリア達は、いったんティアを座らせると、アニスが背中を擦る。
「ありがとう。みんな」
その時、ティアが初めて落ち着いた声で言った。
それに、誰もがほっと息を吐き、囲むように集まる。
「辛き時はお互い様だって」
「そうです。僕たちは仲間じゃないですか。ティアの為ならこのくらい」
「そうだよティア! これからだってずっと仲間なんだから。ね、なんだったら今日の夜トクナガ貸すよ?」
アニスが背中にくっついていた人形をティアの目の前に持ってくる。どこか憎めない笑みを浮かべた人形を見てティアも微笑を浮かべ、人形を撫でた。
「いいの? これはアニスの大切なものでしょう?」
「いいんだよ。てゆーか、この期を逃せばトクナガ抱けないよ? いいの?」
人形の隣で意地の悪い笑みを浮かべるアニスに、その場にいた者たちが笑う。
「じゃあ、今夜貸してもらっていい?」
「うん。私が言うのもなんだけど、結構抱き心地いいから」
気丈に振る舞っているティアに気が付いていたが、誰も触れなかった。
今、彼女が何を思ってそう振る舞っているか分からない。
でも、それでも必死に絶望を乗り越えようとする姿に、仲間は応援した。
そして時間は過ぎ、ジェイドとアッシュが戻ってきた。
「みさなん、私は一度上に戻りますが、ここに残る人は居ますか?」
「私は、キムラスカに戻り戦争を止めねばなりません。連れて行ってください」
ジェイドの言葉に一番早く反応したナタリア。
「ですが預言ではキムラスカの勝利が詠まれているそうじゃないですか? いいんですか止めて?」
「もちろんです。これは策謀で起きた戦争ですわ。戦争に正当など無いのかもしれませんが、このような始まり方には納得がいきません。それに、父に言わなければいけない事があります」
強い意志を秘めたナタリアの瞳に、ジェイドは頷くと、周りを見渡す。
「他はどうします?」
「僕も上に戻ろうと思います。戦争をする為には、導師の許可が必要になってきますから。少しでも時間を稼ぐか止めなければ」
「そうなったら私も上に戻ります!
アニスも高らかに宣言する。その姿が頼もしいのかイオンも微笑んだ。
「俺も上に戻る。個人的に戦争を回避したいし、ナタリアには護衛が必要だろう?」
「まぁ、頼もしいですわ。期待していますわよ?」
ガイの申し出にナタリアも嬉しそうにする。付き合いが長い分、気が楽なのだろう。
「私も、上に行くわ。兄の行動を止めないと」
ティアの言葉に仲間達は力強く頷いた。
「それでは、タルタロスに乗って下さい。アッシュ、中でヴァンの思惑を教えてもらいますよ?」
「分かっている。俺もヴァンの行動を止めたいからな。一時、行動を共にするがいいか?」
「戦力は多い方が良いですからね。歓迎しますよ」
ジェイドがアッシュの同伴を許し、誰も口には出さないが戸惑う雰囲気は伝わった。
死んでしまった彼に酷似しているアッシュを、間違えて『ルーク』と呼んでしまう可能性がある事とオリジナルとレプリカという複雑な関係にどう接したらいいのか分からない。
七年間も会っていなかったナタリアとガイは、一番複雑な表情で彼を見つめていた。
アッシュはその視線に答える事無く、黙ってタルタロスに乗り込む。
ジェイドは涼しい表情で乗り込むのを催促した。
「それでは乗って下さい。時間は待ってはくれませんからね」
全員が乗ったタルタロスは、ゆっくりと行動を開始した。
ユリアシティの港が遠くなる。
そして完全に見えなくなったとき、タルタロスは止まった。
誰もがこれからどうするのかと、思ったとき、急激な浮遊感に襲われた。
見れば、光の枝が戦艦を押し上げているではないか。タルタロスよりも大きな枝。
それに押し上げられた先は、青い空と海が広がった世界。
ようやく帰ってきた自分たちの世界。
だが誰も歓喜の声を上げなかった。そして戦艦は進む。各々の使命を果たすために。
テオドール市長の口調を見事に忘れたが、まぁいいや。
得に思い入れのあるキャラクターでもないし、これから先絶対に出ないし。