TOA~Another Story   作:カルカロフ

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蒼の帝国

 馬車が緩やかに止まるのを感じ、ジェイドは目を開ける。すると隣のアッシュは、窓から身を乗り出して外の状況を窺う。

 

 見れば、青い軍服を身に纏った兵士が検問の様な事をしていた。アッシュ達が乗っている馬車に兵士が近づき、何を運んでいるのか尋ねていた。

 

 御者は素直に人だと答え、兵士は中を確認する旨を伝える。

 

 その様子を見てアッシュは、窓から顔を引っ込め座りなおすと、程なく二人のマルクト兵士が扉を開け、ジェイドを見るなり揃って硬直する。

 

 「お、お前は将軍を呼んで来い!」

 

 ジェイドの視線で咄嗟に我に返った兵士の一人が相方に人を呼んでくるように命令する。

 

 慌てて走っていく兵士を見送り、残った兵士は緊張した面持ちで、ジェイドをまっすぐ見据えた。

 

 「すみません。貴方には少々外に出て会ってほしい方がいるのです。よろしいでしょうか?」

 

 「ふむ、私ですか? いいでしょう。それでは、ガイとアッシュは少し待ってて下さい」

 

 兵士に促されてジェイドは一人で馬車を降りる。

 

 どうやら検問されている馬車は、自分らの他に三台もいる。もうすぐ戦争が始めるのだから、入国してくるものは、全て詳しく調べるのは当然という事だ。

 

 だが、ジェイドを見て血相を変えた兵士を見るに、この検問は死んだと思われた国の大佐を探している事も容易に想像できる。イオンの書状が効果を成したようだ。

 

 検問担当である人物が小走りでやって来るのを見て、ジェイドは大きくため息を付いた。

 

 「人探し程度で貴方を動かすとは、陛下はなにを考えていらっしゃるのでしょうねフリングス将軍?」

 

 日焼けした肌に銀箔の髪を併せ持つマルクトの将軍、アスラン・フリングスは、ほっとした笑みを浮かべた。

 

 「陛下も考えは、ありますよカーティス大佐。陛下は、貴方が生きていると信じていましたし、導師イオンの書状を見て確信したそうです。アイツは死なない、と」

 

 「嫌な信頼を貰ったものですね。それに、死んでいないなら話は分かりますが『死なない』と断言されてはどう反応したらいいか分かりませんね」

 

 「元老院達は不死の死霊使い(ネクロマンサー)と恐れていましたよ」

 

 「私をなんだと思ってるんでしょうね。まぁ、それは置いておくとして、フリングス将軍、ピオニー陛下のお考えは?」

 

 無意味な会話を切り上げジェイドは、核心を突く。

 

 フリングスは、ジェイドの纏う張り詰めた空気を感じ取り、無意識のうちに背筋を伸ばした。

 

 「陛下は、キムラスカとの戦争は出来るなら回避したいと私には仰っていました。表上は兵を国境付近に派遣してグランコクマを要塞化し、備えている姿勢を見せてますが」

 

 「そうですか。我々は、現状を報告した次第、すぐにキムラスカに向かう予定です。無理なら仕方ないですが、ピオニー陛下に取り急ぎ謁見をお願いできますか?」

 

 「はい。大丈夫です。すでに準備は出来ています。お連れ様もご一緒に城まで」

 

 イオンの書状が功を奏した結果なのだろう。二人の話は特に衝突する事無く終わり、ジェイドは初めて安堵の息を吐いた。

 

 妨害などなくここまですんなり来れたことが不思議であり不気味でもある。戦争を回避しようと動いているのだから神託の盾(オラクル)騎士団なりローレライ教団の者が邪魔をするものと予想していたが、そんな気配すらない。主席総長および六神将が行方不明になったことが原因と考えられる。

 

 だが、おそらくヴァンを最後に見た自分たちからすると、彼が本当にヴァン・グランツだったのか疑わしい。主義主張を逆転させ、あまつさえ、この期に失踪など。

 

 ジェイドにはヴァンが何か特別なことを隠していると推察したが、肝心な部分が何一つ分かっていない今、下手に周りを不安にさせるのは得策ではない。

 

 胸の内に蔓延る疑問と不安に蓋をしてジェイドは、第二の故郷と呼べる場所に向けて辻馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした森を抜け、続く平野の先にあったのは、巨大な壁に囲まれた風貌をした水の都であった。中心の巨大で優美な噴水。白亜の統一された街並みは、空の蒼と水の藍と上手い具合に調和し、さながらお伽噺に登場する世界のようでもあった。それを辻馬車の窓からアニスとイオンは目を輝かせながら覗く。

 

 「うっわぁ! 綺麗ですねイオン様」

 

 「本当です。グランコクマも観光地として有名だとガイが言っていたのも頷けます。白い建物が綺麗ですね」

 

 子供二人は、景観にはしゃぎ残り二人も微笑ましく見守る。そんな中でティアが思い出したように語った。

 

 「そういえば、ガイは卓上旅行が趣味みたいだから、今度お勧めの観光スポット教えて貰おうかしら」

 

 「あら、ガイはそんな趣味がありましたの? 譜業いじりくらいしかわたくし知りませんでしたわ」

 

 会えば雑談に花を咲かせるくらい、気の置けるガイの趣味にナタリアも驚いた。彼女の知るガイは、ルークに世話を焼いたりメイドに可愛がられたり譜業の事になれば、それこそ子供のように笑顔で話し始める青年であった。

 

 確かに使用人には、纏まった休みなど無い。もし、屋敷での生活で不自由していたのなら、言ってくれればいいのにと、ナタリアはため息を付く。

 

 その間にも辻馬車は、どんどん奥へ進んで行って、気が付けば宮殿のような建物が見え始めた。あれがマルクトの王が住まう城なのだろう。

 

 ちょっとした広場に停止し、御者に促され四人は辻馬車から降りる。アニスは目の前に広がる光景に、口を開けて驚いた。

 

 「きれい……」

 

 開けた空間の真ん中には、白亜の宮殿。その無限に広がる蒼空を背景に、世界はすでに完成したような美しさがあったが、出迎えたのは、なにも建物だけではない。彩り豊かな庭園が、その場に居た者を楽しませる。

 

 庭園の花々に歓迎され、先に進むと、ジェイド達が門の前で待っていた。

 

 「観光は、もっと別の機会にしてくださいねアニス。さて、謁見の間に行きますよ」

 

 「私以外も見とれてましたよ!」

 

 自分だけに釘を刺すジェイドに文句を言いつつ、アニスはそれきり黙ると、静かにイオンの斜め後ろに付いた。守護役である彼女の無意識な習慣なのだろう。すでに護衛準備は万端である。

 

 騎士の一人が、重厚な扉を開け、一行は迷うことなく入る。

 

 小さな階段の上に設けられた玉座に座っている人物を確認するとジェイドは、片膝をついて恭しく首を垂れる。

 

 「ピオニー陛下。ただいま戻りました」

 

 「おいおい、よせよジェイド。お前が礼儀正しいと背中が痒くて仕方ないだろ。つーか、どんだけ長くほっつき歩いてんだ?」

 

 「理由を述べれば、そこそこ長くなります。ですが、状況は緊迫しています。あまり長話は出来ませんので、単刀直入に尋ねます。キムラスカの動きはどうですか?」

 

 未だに頭を上げようとしないジェイドに、何かを感じ取ったのかピオニーは茶化す事を止め、自身が見聞きしたことをただ述べる。

 

 「戦争は、まだ起こっていない。ここ最近、キムラスカ側の動きが急に遅くなった。開戦準備はしているんだが、攻めてこようとも、積極的に武器を設置している訳でもない。導師、キムラスカにも私と同じように書簡でも送りましたか?」

 

 「はい、導師の許可なく戦争が始められません。なので私が生きている旨とナタリア王女が存命である証拠を送りました。一時的ですが、効果があるものでしょう。ピオニー陛下には、カーティス大佐が生きている事を伝えるために来ました」

 

 ピオニーは一つ頷く。

 

 「なるほど。では、最後に聞かせて貰えるか。どうして、アクゼリュスが消えたのか?」

 

 抑揚のない声は、その場に居る者全ての心のうちに木霊した。

 

 どうして、アクゼリュスが消えたのか。事実を伝えるのは、とても簡単だ。ただルークが超振動を暴走させ支えを消したと言えばいい。

 

 しかし、それが真相の全てではないのも事実である。あまりにも因果が複雑に絡み合いすぎて、説明するには、当人たちも頭の中を整理しなければならない。

 

 ジェイドは、こめかみに指を当てながら、事の発端を語る。

 

 「陛下が聞きしに及んでいるルークは、ヴァンが七年前に誘拐したルーク・フォン・ファブレのレプリカです。その彼が、超振動を暴走させパッセージリングと言う支えを壊しました。もし、この戦争の引き金がどこにあるか、と言うのであれば私でしょう」

 

 「ほぉ、その理由は?」

 

 「フォミクリーの技術。レプリカの製造。全て私が手掛け、作り出した禁忌です。そして幼少のヴァン・グランツをフォミクリーの機会に繋ぎ疑似超振動の研究指揮を執ったのも私です。事の発端と言う点では、私は罪人と変わりないでしょう」

 

 苦しげな表情で、吐き気を堪えるように歯を食いしばりながら、ピオニーの問いに応え終わったジェイドは、項垂れた。

 

 ティアがホドのフェンデ家の出身だと聞かされた瞬間から気付いていた。彼女の兄が、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデであることを。当時、ホドに訪れることなく非道な実験を目の当たりにせず、少年の悲痛な叫びなど知らず、ジェイドは数値と結果だけを見て淡々と命令を下していた。

 

 そんな非道な実験を受けた彼が、預言と言う狂ったシステムを知り、全人類をレプリカに挿げ替える計画を企てる知識を与えたのは、間接的に己の存在なのだから。

 

 どんな処罰も覚悟している。だから項垂れて仰ぐべき主の言葉を、ただ待つジェイドの姿は裁判官が言い放つ刑を予測して諦観した罪人そのものだ。

 

 そんな彼の耳に、小さい頃から一緒に遊んだ幼馴染の声が重く届く。

 

 「……ジェイド」

 

 誰もが身を硬直させ、皇帝の言葉に耳を傾ける。怒りの叱責が飛ぶか、もはや救いようのない罪人に呆れの言葉が来るか。最悪の想定が頭の中を駆け巡っていると、ピオニーが毅然と言い放った。

 

 「お前、絶対疲れてるだろ」

 

 「……はぁ?」

 

 ジェイドだけではなく、他何人かの口から呆けた声がうっかり飛び出た。

 

 なにを間違えたら、そんな言葉が出て来るのか理解の範疇を超えている。

 

 「いやいや、俺の知ってるジェイドは、例えフォミクリー開発して悪用されたからって自責の念に駆られても弱音を吐く奴じゃないな。むしろ悪用した奴を生きている事すら嫌になるレベルの拷問かますか、犯人の人生にチェックメイト打つね。それにヴァンがレプリカで悪さしたってお前の直接的責任じゃないだろ? 包丁発明した奴は歴史に名を残す大罪人になったか? 違うだろう。所詮道具は道具だ。扱い方次第で毒にも薬にもなるもんだ。それに、ホドの消滅と疑似超振動の研究支持は俺のクソ親父が命令したじゃねーか。ジェイドの理論が通るなら俺も立派な罪人の息子さ。手足縛られて引きずり回され、最後に無残に死ぬような刑になるだろうが」

 

 最後の最後に、俺そんな死に方したくないんだよ、なんて言い捨てて玉座にふんぞり返るピオニーの姿に誰もが口を馬鹿みたいに開けて、思考が石化する。誰もなにも言わないのを良い事にピオニーのマシンガンをフルオートで撃ったような傲慢な話は止まらない。

 

 「それになんだ、お前の連れは。どいつもコイツも死んだ様な面して。生きてんのか信じられないくらいだぜ? 導師は、まぁなんだお疲れって表情だけど他は本当に駄目だな。そんなに今が辛いなら、良かったな。それ以上悪くならないんだし。だからもうちょい嬉しそうにしろよ。ったく、辛気臭い話ばっかり持って来て。少しは、停戦の策とか、明るい話題とかないのか? こんな時だから暗いのより希望の持てる実のなる話しようぜ? 懺悔は教会に行ってやってろ。神父が適当に相槌打って、心の中で早く終われとか思いながら聞いてくれるだろーよ。そもそも罪を断じて貰う前に、悪いって自覚してるなら自分なりの償いしてから裁かれろや。だからとっとと停戦の策を練るぞ。明日の十時くらいにここ集合な。遅刻すんなよ」

 

 「ピ、ピオニー!? 待てまだ話は」

 

 「うるせぇジェイド!! 皇帝からの命令だ。今日はもう飯食って歯を磨いて寝ろ!! 少しは落ち着いてから出直して来い」

 

 思わず語調を荒げるジェイドの声など聞こえないとばかりにピオニーは、謁見の間から退場する。

 

 その際、フリングス将軍に何か言伝すると最後に、呆けている全員に言う。

 

 「俺が責任を持つ。お前らは、行動してくれ。本当なら俺が現場に出ていきたいが、皇帝ってのはそんな役回りじゃねぇーんだよ。国を背負って、国を救えそうなやつを人選して、背中を押すのが俺の仕事だ。そんで最後に責任を取るのが、俺のやり方だ。期待して待ってんぞジェイド」

 

 重い音を立てて閉まる扉。その脇に立っていたフリングスが一歩前に出る。

 

 「部屋の準備は出来ています。こちらにどうぞ、皆様」

 

 何も問わない彼の優しさが、ちょっと身に染みたジェイドだった。

 

 そして、落胆されても致し方ないと諦めていた彼の心に火が付いた。何を弱気になっていたのだ。こけた程度で泣きわめく子供ではあるまい。むしろ、こけた原因を粉砕して、後悔させてやるのが自分のやり方だろう。

 

 不敵に、低く嗤うジェイドの声に皆が視線を逸らし、そんなジェイドの姿にフリングスは安堵の表情を浮かべるのだった。


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