「では、作戦会議を始めましょう」
真ん中がくり抜かれた円形のテーブルを皆で囲みジェイドは全員が揃ったところでそう言った。
集まった皆はこの間よりは顔色は良い。雰囲気までいいかと問われれば微妙であるが。だがジェイド・カーティスという男はそう言った部分を特に気にしないので、ずれたメガネの位置を元に戻すと淡々と議題を進める。
「私たちの最大の目的は戦争の回避、その為にはキムラスカ王国に行くことです。ですが現在はそれこそ戦争が始まる手前、私たちが気軽に行ける場所ではありません」
「陸路、海路で行くことは出来ないでしょうね……」
ナタリアの悩む声にジェイドは頷く。
「現状、国境を超えることは不可能です。不可能ですが……皆さん、とんでもない賭けに出てみませんか?」
白く輝く鏡面のようなジェイドのメガネ。全員が少しだけ身を引く。
その全身から溢れ出るただならぬ気配。彼の背後から後光、もしくは漆黒の闇が広がっているかのようだった。
誰もが表情で、その賭けを辞退しているのに彼は全員の反応を楽しむと笑顔でこう言った。
「アッシュの超振動でバチカルへ行きましょう」
たっぷり一分。会議の時が止まった。
そしてきっかり一分。その場が割れんばかりの声が響く。
「な、なに言い出してるんですか大佐ぁ!!?」
「ジェイド流石にそれは無理だろ!!」
「考え直してくださいませ大佐! もしもがあれば私たちは死んでしまいますわ!」
「ふざけてんじゃねぇぞクズ! そんな危ないことが出来るか!!」
アニスとガイとナタリアとアッシュが立ち上がって抗議する。
イオンはその大胆な案に唖然とし、ティアは僅かに考え込む。
ジェイドは四人の声に涼やかな笑みを浮かべるだけだった。
「えぇ、あなた方の意見と反応は最もです。私も重々理解していますよ」
「してるならもっとまともな案を出せ!」
「これが一番だと私は思っています。なにせ成功したら直通ですからね」
「大佐! 流石にお城行きのフリーパスでもそれは不味いでしょ!」
「アニス、考えてみてください。では徒歩でえっちらほっちら行って無事にたどり着ける確立と超振動の確率、本当はどっちも変わらないんですよ?」
ジェイドの冷静な声にアニスは、きょとんとした。
「で、でもこの少人数ですよ? 隠密鼓動を取ったらそっちの方が……」
「見つかる確率は低くそしてこっそりキムラスカへ行ける。そうですね、私もそう思う部分はありますがあまりに不特定要素を含みます。ですが超振動の方は既に前例がある。でしょう、ティア?」
「は、はい。……私とルークで一度そんな事が……」
急に話を振られてティアの肩が跳ねる。
「でも大佐、私がルークと起こした超振動の移動はまぐれです。また起きるという保証はありませんし、それに無事にバチカルに収束する保証も……」
「それはルークが第七音素を扱うという事が出来なかったからでしょう。それを制御し人為的な物にする、というのが今回の目的です」
「……自分で言うのもなんだが、俺は超振動のコントロールは上手い訳じゃねぇ。失敗することもあり得る」
アッシュの苦い声にジェイドは瞳の奥を細める。
「安心してくださいアッシュ。そこはここに居る全第七音素を使える人たちがコントロールします」
「え?」
衝撃的な言葉にその場にいたティアとナタリアが驚きの声を上げた。
「大佐、待ってください! 私たちは第七音素を使えるだけで超振動のコントロールは出来ませんよ」
「そうですわ! 一体どうやってそんな事を」
「まぁ、待ってください。超振動というのは完全同位体の音素二つが干渉し合い起きる物です。これを疑似的に起こします。これは通常の超振動ではありません。詳しい説明は省きますが、その音素の量などを調整して目的の結果が出る様にするという事です」
そして彼は、少しだけ重たい息をついた。
「これでも昔、私は疑似超振動について研究をしていたんです。それにルークとティアが起こした超振動のデータはタルタロスから抜いてきました。これを元に昔の研究データと照らし合わせて大よそ、必要な量の音素とどう言った風にすればいいかを割り出しましょう」
「それならそうと早く言ってくださいよ!」
「私だって忘れたい過去があるんです。これはそれなんですよ」
アニスの不満にジェイドは少し苦い笑みを浮かべる。だが彼は意を決したようにガイを見た。
「ガイ、アナタは私を恨むでしょう。それこそ殺したいほどに」
「どう言う事だよ、旦那」
彼がのらりくらりと躱さず、真っ直ぐにガイを見る。もう逃げることをしないと彼の中で決めたのだ。
ジェイドは思い起こすように語り始めた。
「まぁ、理由としてはホドが滅んだのは私のせいだからですよ。ホド戦争が始まる前、私はとある少年、そう当時11歳の彼を機械に繋ぎ疑似超振動やレプリカの研究をしていました。そう言う意味で、ホドは私の技術とマルクトの最深部の技術の研究所でもあったんです。そしてキムラスカと戦争がはじまり、情勢が危なくなるや否やその少年を使って、疑似超振動を起こしホドを沈めたのです」
淡々と彼は言う。
「ガイ、この事実を知ってもアナタは私を恨まないと言えますか?」
ジェイドの視線の先のガイは、唇を噛みしめ手を握り締めていた。激情を押し留めようとして、唇の端から血がにじむ。彼の震える肩にナタリアが触れようとして、彼の体質を思い出しそっと引いた。気づかわし気なナタリアにも気づかずガイは小さく言う。
「なんで今になってそれを?」
「……アナタの剣術を見て察していました。それはホド特有の盾を持たない流派、シグムント流のモノでしょう。ユリアの譜歌についても良く知っていた所を見ると、どこの出身かは想像は尽きます」
ジェイドが珍しく緊張の息を吐く。そして、手を打ち鳴らした。
「と、言う訳で今日はここまでです。各自解散。後で全員どうするか教えてください。陸路にしろ海路にしろ超振動で行くにしろ、私に意見を持ってくるなり他の人と相談をどうぞ」
会議の終わりに全員が僅かに力みを抜く。ジェイドは一足先に会議室から出て行った。その後姿を見送ったガイは、長く息を吐く。
「はぁー…………。俺たちって意外と因縁で結ばれてるのかもしれないなぁ」
それは何気ない感想であり、故に嘘偽りのない本心だった。疲れ切ったガイにナタリアは声をかける。
「ガイ、無理をしないでくださいませ」
「ははは、有難うナタリア。でもここでぐっと我慢して、無理しないとたぶん俺はもう忘れようとしたことを思い出しちまうんだ」
イスに深く座ってガイは手を額に当てた。どっと疲れたかのような疲労感が襲う。
自分は、もう復讐はどうでもいいと思っていた。果たして本当にそうだったのか。いや、きっと違ったんだ。
ルークに対しての憎しみが消えただけで、まだあの理不尽な唐突な戦争を故郷を滅ぼした者を許せたわけではなかった。でもだからこそ、自分がぐっと飲みこんで我慢しないといけないのだ。
今ここで憎しに駆られている場合ではないというのも大きな理由だが、一番は。
「こんな情けない顔してたら、ルークに笑われちまう。……俺はあいつの分まで生きてるんだ。そんな俺が誰かに復讐とかやってられないってことだ。……だからアッシュ、後で話し合おう。今はちょっと無理だけどお前とも分かりあわなきゃいけないんだ。辛かったろう」
「……ッ、別にそんな事は」
「その変な所で意地張るのは、昔から変わらないなぁ」
「ふん!」
腕を組んでそっぽを向く。そのアッシュの横顔が少しだけ綻んだのにガイもほっと息をついた。
ずっと恐れていた。アッシュがルークの居場所を食ってしまうんじゃないかと。大切な親友が居た残り香までも消されてしまうのではないかと。でもそれは勝手な妄想だというのも分かっていた。彼にはそのつもりはない。ルークになれと言われてもきっと頷かない。しかし世界はきっと彼をルークにしてしまう。それを恐れていたのだ。
自分を変えてくれた掛け替えのない親友の為にも、立ち止まる事だけは出来ない。ガイは脚に力を入れると立ち上がった。
「俺も休ませてもらうよ。気持ちを整理したらまた話し合おう」
そう言って手を振ってガイは会議室から出て行った。
残ったのは、アッシュとティア、ナタリアとアニスとイオンだった。
この場に居るものはアニスを除いて第七音素を扱える存在であり、ジェイドが出した提案に関係ある者たち。今からは彼の提案に伸るか反るかを決めなければならない。アッシュは難しい表情だった。
なぜなら彼は自分の力の制御というのに少し不安がある。ルークと違いオリジナルであるが故にその力が強大で制御面では心もとないのだ。
元より人智を超越した領域の力。そう簡単に扱える訳ではない。その不安からアッシュは無意識に問う。
「お前たちはこの賭けに乗るのか?」
「……どうでしょう。安全面では不安がありますわ。でもそれは陸路海路でバチカルに向かうのとあまり意味は変わらないですし」
「悩みどころですね。僕もどちらの方法でバチカルを目指しても大して差は無いと思います。でも第七音素の、それも疑似と言えど超振動のコントロールとなれば不安にもなります」
イオンも神妙に頷く。
「うーん、結局どっちも一緒ってことなんでしょ? なら確率高い方にした方が良くない? 確かその疑似超振動での移動ってある意味一回は成功してるんだよね」
「そうね。ある意味一回成功してるわ。収束点を制御できれば、本当に言う事は無いのだけど」
アニスの前向きな発言にティアも少しだけ肯定する。だがティアの返答にアニスも、やっぱりそこか、とため息をついた。どう考えても結局「本当に成功できるのか?」という不安の前に勝てない堂々巡りであった。
「戦争が始まるかもしれないルグニカ平原を横断するという行動とどっちがいいかと問われても、本当にどっちもどっちね」
「困りましたわ……。時間はないというのに」
「私はそんなに難しいことを考えられないから、もうこの際、アッシュが超振動扱うの下手くそだからその修正のついでバチカル行くって言う事でいいんじゃないかな?」
「なんだとてめぇ!!」
「事実じゃん怒んないでよ!」
「アニス、流石にアッシュも怒りますよ」
ストレートな言い方に怒ったアッシュにアニスが言い返し、そんな二人をイオンが苦笑しながら収める。
アニスなりに空気を軽くしようと思ったのかもしれないがアッシュが一部素直な性格でそのままとして受け取ったようだ。もしかしたらアッシュは難しく物事を考えるのが苦手なのかもしれない。
「どっちにしたって、アッシュがもうちょっと上手く超振動を扱えるって言うのは便利になるんでしょ? だったら今ここで修正しちゃおうよ。一石二鳥じゃん」
「確かにそっちは効率良いわね。戦力にもなって便利になって……」
「てめぇら、俺を何だと!」
今にも噴火しそうなアッシュを見てアニスがすかさずナタリアに振り向く。
「ね、ナタリアはどう思う?」
「そうですわね。確かにアッシュがさらに強くなって色々出来る様になったら素晴らしいですわ」
「…………ッチ。少しくらいなら付き合ってもいい」
「さっすがアッシュ、話が分かるぅ~」
既にアッシュの扱い方を理解し始めたアニスは心の中でにやりと笑う。
アッシュはナタリアの言葉に矛を収めて、だが少し苛立たし気に腕を組んだ。ティアとイオンはその様子を困ったような苦笑いのような、そんな表情を浮かべる。
「アニスもそんなにアッシュを弄らないで提案してあげてください」
「はーいイオン様」
子供っぽく返事をしてアニスは、イスから飛び降りた。
「それじゃ、やること決まったみたいだし私は大佐に報告しにいくね」
「えぇお願いするわアニス。私も部屋でちょっと休もうかしら」
「僕も部屋で少し休みつつ資料を読んでおきますので、用事があれば来てください」
ティアとイオンも席を立つ。三人は手を振って部屋から出た。
自然と残されたアッシュとナタリア。こうして向かい合うのは、初めてでどちらも少しきまづかった。ナタリアの本心としては誰でもいいから一人くらいは残ってほしかったのだが止める暇と理由が無く、タイミングを逃してしまった。
こうして二人だけになると、ナタリアもまじまじとアッシュを見る。彼は気難しそうに眉間に皺を寄せて少し視線を逸らしていた。彼の心情を推し量れないからその態度が何を意味するのかなんて分からないが、アッシュがここから出て行かないことを邪険にしていないと受け取り、小さく深呼吸をして意を決する。
「あの、……アッシュ。私、アナタに言いたい事があるのです」
「なんだ」
「…………昔の約束、覚えていらっしゃるでしょうか?」
その問いにアッシュの表情が一瞬、柔らかくなる。
「さぁな。もう覚えてない」
「……有難う御座います。その答えが聞けただけでも、良かったですわ」
ナタリアは少しだけ晴ればれとした表情でこう言った。
「初めましてアッシュ。これからよろしくお願いします」
「意外だな。納得するなんて」
「私、気付かされたんです。ただ約束に縛られていたのだと。そしてそれは貴方も。でもこの約束が支えにもなっていたのでしたら私は幸いです。貴方はこの約束があったから、自分が『ルーク・フォン・ファブレ』でなければならないと思っていて、そしてそのルークの場所に……私のもう一人の幼馴染が居た。それが言葉にできない感情を産んでいたのでしょう。もちろん、それだけではなく貴方という存在居場所全てが他の人の手にあったから寛容できなくて。でも貴方は貴方ですわ。だから私はアッシュを受け入れます」
全てを言い切るとナタリアは微笑んだ。
「だから貴方として、もしよろしければファブレ家へ顔を出してくださいませ。叔母様も喜びますわ」
「そうか。……ありがとう」
アッシュはその言葉に、どこかで肩の荷が下りた。そんな気がした。
あとがきから失礼します
再発を願ってくださった皆様ありがとうございます。
この度からちまちままた投稿していこうと思っております
時間が開いたときや筆が乗った時は出していこうかと
声援があったおかげでまた始めようと思ったのは事実です
キャラに対してはかなり自己解釈を含みます。主に六神将
彼らの内面情報が少ないのでかなりあれこれ手を入れていますので「こんなのこのキャラじゃない」と思われるかもしれませんが、生暖かい目で見守って下さい