TOA~Another Story   作:カルカロフ

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朱色の記憶

 草原が続く長閑な景色の真ん中で、一人の男が目を覚ました。

 

 腰まである長い朱色の髪だ。

 

 白を基調とした服に黒いマフラーを巻いた男は、起き上がると辺りを見渡す。

 

 どこまでも、緑が続く景色に目を細め、納得したように声を上げた。

 

 「あぁ、なるほど。俺、死んだんだ」

 

 彼は覚えていた。自分が最期に何をしてどうやって死んだかを。

 

 だから彼は、儚く笑う。もう自分はこの世界に存在しな者なのだと。

 

 「レプリカでも人間でもない、か。難儀なもんだな。それにここ、ダアトの近くか」

 

 草原の彼方に、灰色の塔らしきものが見える。おそらくローレライ教団の建物の一部だろう。

 

 彼は、長い髪を揺らしながら、ダアトを目指して歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと、まだ間に合うはずだけど」

 

 石畳に煉瓦の家。行きかう人々にあちらこちらにある石造や石版。預言(スコア)とユリア、そしてローレライを信仰する教団の街・ダアト。

 

 街の入り口で青年は、聳え立つ教団兼神託の盾(オラクル)騎士団の総本山の建物を見上げた。キムラスカ、マルクトとはまた違う街の雰囲気は独特で、どこか皆の意志が一纏めになった印象を受ける。

 

 預言。預言。預言。寝ても覚めても預言。

 

 世界最大宗教の街であるのだから無理もないのかも知れないが、聞こえてくる会話からも、ユリアや預言という単語が出てくる。

 

 彼は人の間を歩きながら目的地の目の前に着くと、いきなり複数の騎士団の人間に囲まれた。

 

 「アッシュ師団長! 探しましたよ。ヴァン主席総長が待っておられます。こちらへ」

 

 「分かった……」

 

 アッシュと言うのは彼の名前ではない。どうやら人違いなのだか、仕方ない。彼の顔はアッシュと同じなのだから。

 

 彼は反抗もせず、騎士団の後ろについていく。だが、黙っていると状況が分からないので、彼は目の前の騎士に質問してみた。

 

 「どうしてヴァンが俺を探してるんだ?」

 

 「貴方がアクゼリュスで独断行動を取ったからでしょう? 大切な時期なのです。もう少し自重してして下さい」

 

 「そうか。だが、間違ったことをしたとは思ってない」

 

 強気な発言に騎士も思わずため息をついた。

 

 もともとアッシュという人物は独善的で一人で勝手に走っている人物らしい。そんな事を考えながら彼は会談を下っていく。

 

 下に下に。それにつれて暗がりが増す。

 

 薄暗く、開けた場所に着く。そこは訓練場でかなりの広さがあった。

 

 コロシアムのように訓練、つまり戦う場所が大きく下がっていて、周りの客席に当たる部分からその様子を観察するのだろう。

 

 そこからまた歩き、訓練場の横にある扉を開ける。騎士は一歩下がって彼の入室を促した。

 

 「総長は一番奥の部屋です。私はまだ任務がありますので」

 

 「……」

 

 彼は無言で頷く。扉の先は廊下になっていた。そこには幾つかの扉があり、個室にでもなっているのだろう。

 

 アッシュという人物を探しているヴァンは、この廊下の奥の部屋にいるらしい。

 

 彼は、迷わず一番奥の部屋を目指す。

 

 等間隔に置かれた扉。そしてその一番最後の扉に手を掛ける。

 

 一瞬緊張の表情を見せたが、一気に引き締め、扉を開け放つ。

 

 「お前は? なるほどレプリカの方か」

 

 「いいえ。レプリカルークは預言通り死にましたよ。俺はそれとは違う存在です」

 

 扉を開けた先に居た人物は、朱色の青年を見るとレプリカと言い、朱色の青年はそれを否定した。

 

 目の前の男、ヴァン・グランツが言ったレプリカルークは死んだのだと宣言する。そして自分はそれとは、また違った者だと。

 

 「なら貴様は、何者だ?」

 

 「そうですね。敢えて言うならばルークの意識集合体とか全てのルークの記憶を引き継いだ新しいルークですかね? 俺はレプリカでも何でもないルークですよ」

 

 ヴァンは青年を認識してからずっと握っていた剣を引き抜く。金属が天井の明かりを反射してぬらりと光る。

 

 一振りで命を刈り取るであろう剣の先を突き付けられてもルークは眉一つ動かさず、口を開いた。

 

 「俺を殺しますか?」

 

 「いや、ある程度しゃべらせてから殺そう。そうだな先ずは、全てのルークの記憶。それについてだ」

 

 「実力行使ですか。確かに一対一なら、勝ち目はなさそうですね」

 

 あくまで穏やかな口調を貫くルーク。そんな落ち着き払った彼を鋭く睨むヴァン。

 

 「簡単に言うならパラレルワールドです。その各世界の中で生きていたルークの生前の記憶全てを俺は貰い受けました。でも、たくさんあるんでまだ自分のでも整理できてないんですよ。因みに今の所、俺の最高齢は八十歳です」

 

 「道理で気味の悪いほど落ち着いている訳か」

 

 警戒を弱めるどころかヴァンは更に警戒を強める。

 

 いつでもアルバート流奥義を放てるヴァンにルークは苦く笑う。

 

 「気味が悪いとか言わないで下さい。そもそも俺だっていきなり記憶が溢れて混乱しているんですよ。なにせ、俺の中で預言から本当の意味で脱却できた記憶はないんですから。例え貴方の理想が実現しても預言から逃げられなかった」

 

 「なに?」

 

 僅かに目を見開き、ヴァンの矛先は震えた。

 

 理論や仮設の限りを尽くして漸く預言からの脱却できるシステムを見つけ既に動き出したヴァンにとって、それはとても容認できる発言ではなかった。

 

 怒りと困惑を押し殺した表情のかつての師にルークは気色ばむ。

 

 「レプリカ計画くらいじゃ、預言はもろともせず人類は死にました。最後に生き残った記憶はそう告げてます。どうやら世界の行く末を決めているのは預言ではないようですね」

 

 「……戯言を。貴様の言う記憶が本当である証拠などどこにもないではないか」

 

 「それなら貴方がこれから行う計画を一から十までいいましょうか? 貴方しか知らない事も俺は知ってますそれで判断しても遅くはないはずでしょう?」

 

 無言で了承するヴァンにルークは頷くと、語りだす。

 

 意識的に声を低くし、朗々と物語の一部を語り聞かせた。

 

 それは、目の前の男の野望であり、人類延命の希望を望んだ計画の全て。

 

 まさしく、ヴァンが手掛けた計画のであり、彼しか知らないものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どう言うことだ。まさか、本当に貴様は未来から来たのか?」

 

 「未来の記憶は継いでます。でも記憶だけです。でもこの世界では、半分くらいしか俺の知識は通用しないでしょう」

 

 剣を下げ、ヴァンの表情は驚愕に彩られていた。絶望というよりも、漠然とした世界の広さを改めて知った彼の心は一時的にぽっかりと穴を開けた。

 

 

 そこに漬け込むようにルークはユリアが残した預言の一遍を諳んじる。

 

 

 ――ND2020

 要塞の町はうずたかく死体が積まれ

 死臭と疫病に包まれる

 ここで発生する病は新たな毒を生み

 人々はことごとく死に至るだろう

 これこそがマルクトの最後なり

 以後数十年に渡り

 栄光に包まれるキムラスカであるが

 マルクトの病は勢いを増し

 やがて、一人の男によって

 国内に持ち込まれるであろう

 

 

 かくしてオールドラントは

 障気によって破壊され

 塵と化すであろう

 これがオールドラントの最期である――

 

 

 失われた筈の第七預言の内容にヴァンは唇を噛み締め、それを語るルークを睨みつけた。

 

 様々なルークの記憶を継いでる彼ならば、知っていても可笑しくは無い。もう彼がどんな秘密を持ち出してもヴァンは驚かないように心がけ、張り詰めていた空気を一旦解くために剣を鞘に戻した。

 

 「あぁ、そうだ。世界は滅ぶ。それを回避しようとして何が悪い!」

 

 「星の滅亡は何があっても回避できない。ユリアの預言が絶対であり未来における可能性の一つである由縁ですね。星は必ず滅ぶが、滅ぶ過程までは確約された訳じゃない」

 

 「星の滅亡を回避するためには、預言に記されていないレプリカでの人類代用が必須だ。私はそう考え、理論を構築してきた。これでも人類は預言の最後に書かれてある死から逃れられないと言うか!」

 

 「レプリカを使っても星の滅亡は回避できませんよ。実際そうだったんですから。どれも栄光を極めた最中に滅びが待っていました。レプリカで栄華を極めようが、キムラスカが繁栄しようが、マルクトが栄光を手にしてもやっぱり滅ぶしかない。預言は未来の可能性の一つ。ですが、滅びという未来だけは絶対です。つまり貴方のしている事は無駄なんですよヴァン・グランツ」

 

 未来に希望などありはしない。多くの未来を内包したルークの言葉に、ヴァンは今までしてきた事が一気に水泡となったのを実感した。

 

 いや、ユリアの子孫である彼は薄々気がついていたのだ。この星はどうあっても滅ぶ。しかしそれを容認など出来やしない。だからレプリカで代用するという荒唐無稽にも近い計画を打ち出し、それの成功と人類延命に賭けてきたのだ。

 

 備え付けの椅子に深々と座り込むヴァンは、片手で大きく顔を覆った。

 

 「だが私は、この計画を投げ出すわけにはいかない。信じて付いてきてくれた同士のこともある」

 

 「ふむ。レプリカ計画は続行ですか? 未来を掴むための破壊となれば百歩譲って理解しますけど、結果駄目になると承知の上で人類抹殺するのであれば、俺が止めます。いや、寧ろ星自体の滅亡回避のために協力して下さい」

 

 青年の言葉に、ヴァンは初めて彼の瞳をまじまじと見た。希望を忘れず、邁進するものの瞳にヴァンは覚えがあった。

 

 おそらくまだ幼い頃の自身である。

 

 「俺は、人類滅亡もレプリカ計画も星の死も受け入れません。俺は、沢山のルークが望んだ未来を生み出す為にここに居るんです。人の意思で生きていける世界を。そんな我侭やりたい放題の願いの為に、星の寿命だとか覆す計画を持ってきました」

 

 「問題は山積み所の話では無いぞ?」

 

 「だから手伝ってくれと言ってるんです。貴方だって人類の死は避けたいでしょう? 預言なんてぶち壊したいんでしょう? それともホドを見捨てた世界の為に尽くすのは嫌ですか?」

 

 心の奥底に仕舞っていた憎悪が、ヴァンの中でふとこみ上げる。

 

 「当たり前だ……」

 

 「どう言った意味で当たり前なんですか?」

 

 「全部に決まっているだろう!? この腐りきった世界を、見殺した奴らを救えと? ふざけるな、私がこの世界の為に行動を起こすなど、断じてあり得ない!」

 

 力任せに拳をテーブルに振り下ろす。固い木で出来たテーブルの一部を砕いたヴァンの拳からは、血が流れ出てた。

 

 「預言により滅ぶと知っていながら見捨てたユリアシティとダアトの奴らの元で育つ屈辱と、捨て駒にしたマルクトへの恨み、理不尽に攻め込んできたキムラスカに対する正当な憤怒、私は忘れた覚えは無いぞ!!」

 

 怨嗟と怒りに蝕まれた怒号。聞けば心を震わせ、同情や悲しみを齎す。

 

 だがルークは、静かにそれを聞いたあと、苦笑しながら指摘する。

 

 「そしたら俺も復讐する権利くらいは、あるんですかね? 見捨てた世界を貴方が見捨て、捨て駒にした貴方を俺が捨て駒にする権利が」

 

 「お前の人形になるほど、私は愚かではない」

 

 「耳が痛い台詞ですね。そうですよまんまと騙された俺が言っても説得力に欠ける」

 

 でも、と彼は語り続ける。

 

 「それじゃ結局誰も救われない。滅ぼすにしても後に何も残らな事に意味は無い。アンタは、忌み嫌った奴らと同じ事をするためだけに生きてきた奴じゃないはずだ」

 

 「私に変われと言うのか? この世界を延命させるために?」

 

 自嘲的にヴァンは笑う。

 

 おかしくてたまらないのだ。この世界を滅ぼす人間に世界を救う手伝いをしろという彼の言葉が。

 

 その言葉に、唯一の肉親を思い浮かべ、あの子がこの世界で平和に暮らしていけたらと願ってしまう。自身が捨て切れなかった人の心に引っ張られそうになる。

 

 「俺だけにいい条件だと靡いてくれないのでしたら、貴方の計画を同時進行しましょう。この世界はやっぱり駄目だ滅びろ、と理由があって思ったなら俺も人類皆殺しに協力します。それまでは、俺の計画を主体でお願いします」

 

 「そこまでして私を引き込む理由はなんだ?」

 

 「人類を救いたい。世界を滅亡させない。それだけです」

 

 偽りない青年の答えにヴァンはさらに問いを重ねる。

 

 「アクゼリュスを崩落させる駒としたことを恨んではないのか?」

 

 「確かに恨んでいます。でも、復讐はしません。もし、俺の計画が成功したらティアが貴方の帰りを待つし、家族はなにがあっても家族なんだ。仲違いしたまま終わらせたくない」

 

 「なるほどティアのためか。いいだろう、我々の計画を第二計画として、先ずはルークの計画を主にする」

 

 平行作業を破棄してヴァンはルークの作戦で行くと断言した。その顔には先ほどまでの悲観した自虐的笑みは無く、不敵な面構えを見せた。多くのルークが見たことのある自信に満ち溢れた師の姿に、ルークも笑んだ。

 

 「ありがとうございます」

 

 「これからの計画の全てを一任するのだからな。私に畏まる必要は無い。そろそろ元の口調に戻ったらどうだ?」

 

 「それじゃ、遠慮なく。あー、堅苦しかった」

 

 長く続いた緊張から解き放たれたルークは、穏やかだった雰囲気を消し飛ばし、荒く雑なそれに早変わりする。

 

 ヴァンにとってみれば、いつもの見慣れたルークに戻ったくらいである。

 

 彼の変わらない事への安堵か、椅子に深く座り直し、先ほど聞いた話を頭の中で反芻し、理解を深めた。

 

 「人類の死は逃れられぬ運命と言うが、それを覆す方法はなんだ?」

 

 「あん? そうだな、端的に言うならローレライの死と記憶粒子(セルパーティクル)の元である地核を一度、超振動で分解して星の記憶を取り除いて再構成。ローレライの死については、アンタと一緒だ」

 

 口頭で軽く説明するルークだが、内容はとんでもなく無理難題である。

 

 ルークはローレライがどこに居るのか知っているのかもしれないが、意識集合体をどうやって死に追いやるのか。そもそも、ローレライが死んだとしても、ルークかアッシュの間でビックバン現象が起こる。そうなれば、ローレライが内包している星の記憶がどちらかに引き継がれ、結局絶対的な運命から逃れられ無い。

 

 考えればどう転んでも詰んでいると分かる居の局面で、彼は一体どんな奇跡を繰り出すのか。

 

 「言い忘れてたけど、ローレライを殺して俺が新しいローレライになるんだよ。つーか、俺はもうレプリカでも人間でもないからおあつらえ向きな適材ってやつだな。超振動で星の記憶を消し飛ばして、新しく記憶なんて無い地核の製造が俺の仕事で、ヴァンたちの仕事は世界が妄信してる預言(スコア)が人類滅亡を詠んだ物だって事を認識させる役割だ」

 

 「待て、色々と待て。なんだそれは、計画とも言えんぞ。先ず理論自体ないではないか。超振動で地核を、そこに含まれている星の記憶だけ消して絶対的な運命を失くす? どうやって地核にたどり着こうと言うのだ。結果だけ考えては足を掬われるに決まっている」

 

 ルークのとんでも発言の連発で頭痛のする頭を抱えるヴァンは、理解に苦しむと語る。

 

 結果だけを聞くと、頷ける部分も多い。ローレライの成り代わりになる意味がよく分からないが、星の記憶の消去というのは理解できた。決定された運命を破棄する。つまりそう言うことだろう。

 

 だが、どうやって星の記憶にたどり着く。どうやって再構築させるというのだ。

 

 超振動で未だに再構築をしたという事例は無い。圧倒的な破壊として使われているのは身をもって知っているが、製造に関して、誰も見向きもしなかった。理論上、再構築が可能であっても。

 

 こう見れば、ルークの語る計画には欠点が多い。早々と泥舟に乗ってしまったかと後悔するヴァンにルークは、どうやって納得させるか悩んだ。

 

 受け継いだ記憶の中には、ヴァンを納得させる材料は在るものの、どう言葉にするか答えが出ない。

 

 悩んで考え、考察した結果、ルークは言葉に出来ないなら見て理解してもらおうと結論付ける。

 

 つまり、百聞は一見にしかず。

 

 「地核に到達する手段は見せられねぇけど、構築とかなら俺でも出来るからな。よーし、よく見とけよヴァン。これが超振動でする構成って奴だ」

 

 ヴァンの信頼を勝ち取る為に、ルークは一つの譜陣を展開させる。

 

 朱色の光を発しながら、それは第七音素(セブンスフォニム)で構築させる。

 

 第七音素同士が反応し合い、さらに激しく光を発する譜陣。おそらくその譜陣を見たことあるのは、世界でたった一人、ユリア・ジュエその人だろう。ローレライとの契約の時、契約者の証として鍵の製造を間近で見た彼女ならこの光景を、懐かしいと、言ったかもしれない。

 

 第七音素が物質化し、超振動でそれが組み合わさる。その誰もが見たことの無い光景をローレライの完全同位体であるルークが造りだし、ユリアの末裔であるヴァンが見届ける。

 

 まさしく二千年前の光景を二人は再現してみせた。

 

 無意識に、無自覚に。

 

 そう、ユリアはローレライと契約して世界を救った。その契約時、ローレライはユリアに鍵を造り贈った。

 

 この神秘の世界に身を委ねながらヴァンは、心の底から思った。もしかしたら世界は救われるのかもしれないと。

 

 「出来た」

 

 静かにルークは宣言した。

 

 見たことも無い金属で出来た剣の刃。黒い音響の形をした柄に埋め込まれた珠玉。

 

 そしてヴァンは、唐突に理解した。これが伝承の中に出てくる『ローレライの鍵』なのだということを。

 

 「受け取れよ。その為に造ったんだぜ?」

 

 「……私が使っていいのか?」

 

 「そもそもローレライの鍵は、第七音素の収束拡散、パッセージリングの操作、プラネットストームの稼動と停止、そして譜歌の為に造られてるんだ。むしろこれはユリアの血族のために造られたもんで、武器としては欠陥した代物だ。ヴァンが使わねぇと扱えないってのが本音なんだよな」

 

 アルバート流の剣にも使えて一石二鳥じゃん、と言ってルークはヴァンに鍵を強引に押し付ける。

 

 反射的に受け取ってしまった鍵を見ながらヴァンも感嘆の一言を漏らす。

 

 「これは……」

 

 それ以上の言葉も無い。最上の物を例えるにしろ、言葉が浮かばないのだ。

 

 まさしくユリアの血を受け継ぐ彼だからこそ分かる。まるで自分の為だけに造られた剣であり譜術の媒介であり譜歌の威力を増大させるそれは、始祖ユリアに連なる者しか完全に扱えない。

 

 ルークの言うとおり、普遍的で誰にでも扱えて武器としても優れた一般の武器にもこれは劣るであろう。

 

 伝承で価値が上乗せされていてもごく少数の人間しか扱えないものに武器としての価値はない。

 

 「これがローレライの鍵か……」

 

 手にしっくり来る感覚に不思議なものを感じながらヴァンは呟いた。

 

 そこにルークの否定の言葉が割り込む。

 

 「いや、それ正確に言うなら『ローレライの合鍵』な。ローレライが造ったのは、別にあるし」

 

 「おい、威厳が激減レベルではないぞ。なんだその締りの無い名前は?」

 

 「いや、だってそれ後で造った複製品だし。二つ目の鍵は『合鍵』だろ? 別に本物に劣ってねーし大丈夫だって威厳はなくとも確かなんだから」

 

 そう言って親指を立てて力説するルークはヴァンの腰に差してある剣を鞘ごと奪い取る。

 

 「それじゃこいつを貰おうかな。新しく新調するの面倒だったけど、ヴァンが使ってた剣だからいいやつ間違いなしだろうし」

 

 「勝手に持っていくな! それにそれはフェンデ家に伝わる宝剣だ。くれてやる訳にはいかん!」

 

 「それなら返す。でも今、俺武器がなくて手ぶらなんだけどいいのある?」

 

 「……自分で造らんのか?」

 

 ルークから剣を返してもらいながらヴァンは疑問をぶつける。伝説にもなっているローレライの鍵を製造できるなら何でも造れるはずだ。その力で自身にあった武器の製造など造作も無いはずである。

 

 「いや、造るにしても構成とか素材とか音素を効率よく術にできる譜陣とか刻んだり設計図がどうしても必要になるんだよ。鍵はどっかのルークの記憶にあった設計図を基にして造ったし、超つえーかっこいい武器ってだけの空想じゃ物とか造れねぇんだっつーの。器用貧乏とか言うなよ?」

 

 話が進むたびにヴァンが渋い顔をしたので先に釘を差しておく。

 

 現にヴァンは空気を飲み込んで軽く頷いた。この男は絶対にルークの超振動を器用貧乏で使いどころに困る代物だと思っていたに違いない。

 

 「時間をくれれば支給するが、どうする一時的だがローレライ教団に入って素性を隠すか?」

 

 「あー戸籍とかってやっぱ無いと大変だもんな。念のために作っとくか。あれ? これリアル亡命してね?」

 

 ふと思い出したバチカルでの会話。

 

 無事にアクゼリュスを救ったらその期に乗じてダアトに亡命する、と言うもの。しかしアクゼリュスは救えなかった。

 

 「そうだな。だが、あの時とは状況は全く違う。分かるだろう。もう後戻りはできん」

 

 「別にしょぼくれてねぇよ。ただちょっとな。それより早く六神将に俺を紹介してくれ。あと計画が根本から違ってくるんだからそっちも説明しないとな」

 

 本来なら滅ぼす筈であった今の人類での延命。

 

 おそらく計画の中で一番の変更点。

 

 それをよく思わない人物が居るとすれば、筆頭でシンクだろう。彼は自身を生み出す原因となった預言や技術、そして自分を見放した世界を酷く憎んでいる。みんな死ねばいいと平然と思えるくらいに。

 

 故にルークとしては、彼の意識改革が計画の第一段階最大の難所である事を理解している。

 

 後は、ディストとアリエッタも問題だ。

 

 ディストは、レプリカ研究が大胆に行える為、ヴァンの元に居るだけ。ヴァンがレプリカ計画の半ば破棄に近い措置に彼が黙っているとは考えがたい。

 

 大詠師であるモースを抱き込んで行方でもくらましそうだ。

 

 アリエッタに至っては、母の仇として問答無用で襲われる。間違いなく殺し合いになる。

 

 そうならない為にどうすべきか考えたが、最終手段としたい手しか思いつかなかった。

 

 六神将の半分以上と諍いが起こる事を覚悟して、ルークはヴァンの後を追った。きっと彼が言った先に件の彼らがいるのだろう。

 






前書きとかでルーク死んだとか書いてあったけど、生きてるじゃん!!
という人々へ言い訳、もとい説明

ルークは死んでたくさんのルークとビックバン現象を起こしました。
現在のルークは、パーティーメンバー知っているそれではないのです。
つまり、ただのルーク誕生。聖なる焔死去。

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