TOA~Another Story   作:カルカロフ

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誰にも理解できない痛みを背負って

 小鳥が囀るよりも早い時間にルークは宛がわれた部屋のベッドで目が覚めた。

 

 まだ太陽が地平線から顔を出していないので、世界は薄ぐら闇に包まれている。ぼんやりと光る窓から見える遥か彼方の空を眺め、彼は今日が来たのだと実感した。

 

 大きく伸びをして、体を解し、肺一杯に空気を吸い込んだ。少し冷たい空気に身を震わせて、ルークはベッドからのろのろと起き上がる。

 

 ブーツを履いて椅子の背もたれに掛けてあった蒼い剣を取る。ひんやりと冷たい冷気が伝わってきた。

 

 「さてと、早いとこ準備運動でも済ませるか」

 

 時計は六時を指していた。今から軽く三十分くらい素振りをしてシャワーでも浴びて適当に軽食を取って、決闘の地に行けばいい時間になるだろう。

 

 ルークは、アッシュの部屋を出て階段を下る。普通なら起床時間である騎士団も、もうすぐ戦争が近いのを気にして少しだけゆとりのある朝を迎えているらしい。戦争になれば誰もがストレスを抱えて、直ぐに不満が募る。それを緩和する意味合いで、過酷な任務と時間ギリギリまでの辛い訓練を控えているらしい。

 

 今、この時間で忙しく動いているのは食堂の人達くらいだろう。

 

 その証拠に、一回に下った途端、リズミカルな音が聞こえた。きっと包丁がまな板を叩いている音だ。

 

 ほんのりと空腹を刺激する食事の匂いに釣られそうになるのを我慢しながら、ルークは外に続く門を押し開ける。

 

 その先に広がる光景にルークは、息を呑んだ。

 

 灰色の硬い石畳。それと同じ材料で出来た街の外壁。昼間は、なんと味気ない景観なのだろうと思っていたが、朝焼けが照らす石畳は、薄っすらと朱色に染まり、外壁は昼間と違う顔を覗かせていた。決して一つの色で染められていない柔らかな街の色。この街は、こんなにも美しかったのかと驚嘆する。

 

 だが残念なことに、この感動を共有してくれる者がいない。街も未だに静けさの中にあった。

 

 世界が停滞したような不思議な感覚を味わいながら、ルークは沈黙した世界で唯一、開店準備に明け暮れる店を見つけた。季節の花を取り揃えた花屋だ。

 

 花屋の女性は、水を入れたバケツの中に生花を入れていく。見栄えを良くするために角度を調整して、また次の花を飾る。

 

 その白い花弁の花を見て、思い立ったルークは開店していない店を覗く。

 

 「あ、すいません」

 

 「あら、開店はまだですけど、何をお探しで?」

 

 営業時間外に来たルークに対して花屋の女性は、笑顔で対応する。

 

 「えっと、墓参り用の花って売ってある?」

 

 「それでしたら、こちらをどうぞ」

 

 墓参りと聞いて彼女は一瞬物悲しげな表情を浮かべたが、次の瞬間には優しげな微笑みを浮かべ、ルークが見惚れた白い花を一輪手に取る。

 

 華々しくない、素朴な花。それでありながら優美な形をした花。それを間近で見て、ルークも気に入った。

 

 「それ下さい。いくらですか?」

 

 「六百ガルドですよ。それでは、包装するので少々お待ちください」

 

 店の中にある包装をする場所で、手際よく花の茎を切り落とし、位置を整えると、目立たない色合いの紙を選んで丁寧に巻く。白い花が良く見える様にして包装した花束を、彼女は両手で抱いてルークに渡した。

 

 「ケセドニア北部の戦いで、誰か亡くしたんですか?」

 

 「いや、ただ久しぶりに友人に花でも添えようかなって。……ケセドニア北部の戦いって」

 

 首を振って否定するルークに女性は、小さく苦笑する。

 

 「御免なさい。この一週間、お墓参り用のお花を買う人は、その戦いで大切な人を亡くした人が多くて、つい貴方もかしらって思ったの」

 

 微笑みの裏に見え隠れする悲しみの色に、ルークは唇を噛み締める。

 

 漂う雰囲気から察するに、彼女も戦争で大切な人を亡くしたのだろう。

 

 どうやら、ケセドニア北部の戦いは、三年前のこの時期に勃発したらしい。預言(スコア)の力は絶対だが、時に預言には戦争の事が記してあっても、開戦時期を記していないものもある。ケセドニア北部の戦いは、それに当たり、故にこの戦争だけは開戦時期が一定ではない。

 

 世界の記憶が多い故にルークは、この戦争の日を知らなかった。

 

 「俺の知り合いは、家族をケセドニア北部の戦いで亡くしました。……今でも、苦しんでると思います」

 

 ルークは、両手で花束を優しく抱きかかえながら、ぽつりと語る。

 

 その内容は、女性の気を引き、瞳はルークの話を催促していた。

 

 「そいつは、強がりで優しくて、家族の事を一番に思っていました。だから戦争で亡くなったって聞いたときアイツは、目も当てられないくらい絶望して後悔して。今でもその時の事を忘れないで、生きてるんだと思います。そんな素振り見せないけど」

 

 促されるまま、ルークは誰と言わず打ち明けた。

 

 女性は、耳で聞いて、心で感じ、そっと瞳に涙を浮かべる。

 

 「そうでしたか。辛い話をさせましたね。私は、将来夫となる人をあの戦いで失いました。優しい人で、花が大好きでした」

 

 「だから、花屋をしてるんですか?」

 

 「えぇ、忘れたくないから」

 

 痛みは一人で背負うには、重すぎるものが多い。

 

 だから人は、この女性のように同じような経験を持つ人を無意識で求め共感し、痛みを共有し、孤独と辛さから脱却をはかる。別にそれが悪い事ではない。仕方がない事なのだ。誰しも、絶望が付きまとい不幸が襲う。生きるためにそれを和らげる行為は、生存本能なのだ。

 

 だからルークは、辛い話を振ってきた女性をとがめる事など出来ない。それに、ルークが語ったのは知人の話である。心を痛めるものであるが、比較的心身の傷は少ない。

 

 

 「それじゃ、またいつか」

 

 「有難うございました」

 

 白い花束を持ってルークは、小ぢんまりとした花屋を後にする。

 

 そして女性は、作業の続きを始めた。彼女は最後まで気が付かなかった。ルークが語ったとある人の絶望。それは一人の人間の事を語ったのではなく、二人の人間の悲しみと苦悩を語ったことを。

 

 気が付かなかった事は、仕方のない事だ。

 

 何故ならば、普通に考えて人が複数の世界の記憶を受け継いでいるなど、思いつくはずもない。

 

 故に、誰もルークの真の苦悩など、理解出来ない。誰にも彼の痛みも傷も見えない。共感も共有もない。

 

 そう、ルークは一人、誰にも見えない傷を背負って生きるしかないのだ。

 

 孤独な彼は、鎮魂歌を口ずさみながら友人であり悪友であり他人である『オリジナルイオン』の墓に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後ルークは、予定になかった墓参りをして剣を振る気にも、食事をする気分にもなれない。それだけ意気消沈してしまったのだ。

 

 ただ何をするわけでもなく、灰色の石柱の隣で仰向けになって空とそこに流れる白い雲。そしてその彼方にある譜石帯を眺める。

 

 その空に漂う預言(スコア)は、いったいどんな未来を詠んだのだろうか。

 

 無慈悲な未来確定の石の事だ。碌でもない未来を詠んだに違いない。そんな事を考えながらルークは大きくため息をついた。

 

 「なんで俺こんな所にいるんだろ?」

 

 こんな下らない行動も預言に詠まれていると思うと、それはそれで笑える話だが。

 

 「それは、アリエッタとの決闘のためだろう」

 

 「おう、ラルゴ。どうしてお前がここにいるんだ?」

 

 寝転がって居るルークの緊張感の無さにやって来たラルゴも嘆息する。

 

 「アリエッタに立会人をしていいかと聞いたら、了承を貰ってな。お前にも言っておかねばと思いアリエッタより早く来たのだ」

 

 「立会人か。やっぱお前ってそんな奴だよな。あれか、ナタリアと歳が近いから贔屓目になるのか?」

 

 「……別に贔屓している訳ではない。ただ、まだ若い子供の未来に少しでも幸があればいいと思っているのは、確かだがな」

 

 ルークの指摘に険しい表情でラルゴは答えた。

 

 確かに贔屓になっていると言うのは過激な発言だが、少々アリエッタに甘いのは自覚していたのだろう。そこを認めた上で彼は、立会人の役を止めなかった。

 

 「あと、なんでこんな辺鄙な所で決闘など。それに、なんだその石は?」

 

 「ん? あぁ、それイオンの墓だよ」

 

 ラルゴの二つの問いにルークは一つの答えで返す。

 

 たった一つの答えが、ラルゴの中にあった全ての疑問に終止符を打った。

 

 なぜ、ルークが人気のない平原を選んだのか。なぜ、ルークは今もこうして覇気のない声で態度でただ時間が過ぎるのを待っているのか。

 

 イオンの墓。

 

 彼はイオンにアリエッタを会わせるため、真実を話すためにこの平原を選び、彼が泣きそうな目で供えられた花束を見ている全ての理由だ。

 

 「ラルゴ。俺は、この世界で知っているイオンは、今のイオンだ。オリジナルのイオンは、赤の他人なのにアイツの死がどうしても悲しいんだ。なぁ、俺ってルークだけど、『どのルーク』か何時も不安になる。可笑しいよな。気持ち悪いよな。色んな人を愛しているのに、すっげえ憎いんだ。それこそ殺してやりたいほどに」

 

 「…………小僧、それは……」

 

 ラルゴの息の詰まった声にルークは苦笑した。

 

 なぜこんな事を語ってしまったのだろう。もしかすれば、ラルゴから僅かにでも勝ち得た信頼を崩してしまうような感情を。

 

 ルークはラルゴの持つ父性、それこそ雄大な自然に負けない大らかさに期待したのかもしれない。きっと彼なら自分の不気味な想いを経験を受け止めてくれるのでは、と。だがルークの口から聞かされた時、ラルゴの見せた困惑とも驚愕とも付かない表情に全てを悟った。

 

 自然とは、それを構成している物は至って普通で普遍的な物だ。規模があまりに大きすぎて小さな人間の尺度では捉えられないから、人の眼には摩訶不思議に映り、全てを受け入れる存在に見えてしまう。ルークもそんな目の錯覚が起き、ラルゴが受け入れるという幻想を幻視したに過ぎない。

 

 自然が受け入れるのは、数多に流布する普通。

 

 ルークのような異物で異常なモノを受け入れるなど、あり得ないのだ。

 

 だが一般に存在している人間は、自然のような大きな心を持ち合わせていない。精々、自分が理解できる人間だけを理解する個人に見合った小さな心だ。そんな奴らなら、ラルゴ以上に嫌悪した態度をルークに示しただろう。

 

 それこそルークを、気持ち悪いと口汚く罵って。

 

 「……俺は、きっとお前の全てを理解し、気持ちを共有することは出来ない。だが、ルークお前の味方に付く事は出来る」

 

 「……ッは。なんだよそれ。でも、ありがとな」

 

 それでも、ラルゴの言葉にルークの胸の内が少しだけ軽くなった。

 

 なにより、名前を呼んでもらえたことがルークには嬉しかった。

 

 隣に腰を下ろしたラルゴと一緒に雲の流れを目で追いながら、二人はアリエッタが来るのを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラルゴと語らいが終わって、程なくライガを二体、フレスベルグを一体引き連れてアリエッタがダアトの辺鄙な平原にやって来た。

 

 「それじゃ、さっそく始めますか」

 

 「アリエッタたちは準備出来てます。絶対に負けません!」

 

 三者三様の立ち位置に付く。

 

 ラルゴは両者の間に立ち静かに静観する。立会人は事の成り行きを見守るのみ。

 

 ルークは、イオンの墓から離れアリエッタをそこから離す。

 

 うっかり壊してしまっては、意味がない。

 

 「ラルゴ。掛け声よろしくな」

 

 「あぁ、それでは二人とも位置につけ」

 

 ラルゴの指示にルークはアクアマリン色の冷たい剣を引き抜き、アリエッタはルークから十分距離を取る。

 

 アリエッタとルークの間にはライガが、そして空にはフレスベルグが油断なく威嚇していた。

 

 殺気が鋭く切り裂く刃となり、その場を支配した。

 

 瞬きすら許されない空間に、ラルゴの低くだが良く響く声が木霊す。

 

 「始めッ!!」

 

 ラルゴの裂帛した声にいち早く反応したのは、空を飛ぶフレスベルグ。

 

 怪鳥は、ルークに向かって急降下し、それは青い一本の矢の如くルークに襲い掛かる。風を超えた速度でフレスベルグはルークに決死の体当たりをしたが、ルークはそれを軽くいなし、文字通り体を張った攻撃の被害を最小限に留める。

 

 だが、フレスベルグだけがルークの敵ではない。

 

 その後ろに居たライガたちは、溜め込んだ第三音素(サードフォニム)の雷撃を一斉に放出する。轟音を轟かせ土塊を巻き上げる威力に流石のルークも驚く。

 

 「なんだそりゃ!?」

 

 「これが、アリエッタたちの力、です!!」

 

 ライガの放電を防ぎ、潜り抜けたルークは、いつの間にか背後をフレスベルグに取られ左右はライガに囲まれていた。

 

 エンジン音にも似た威嚇音を鳴らしながらライガが距離を詰める。

 

 ルークも剣を構え迎え撃つ準備をした瞬間、足元から禍々しい猛獣の雄叫びが刃に具現した。

 

 「ブラッディハウリング!」

 

 気付かれないよう詠唱していた第一音素(ファーストフォニム)の上級譜術、ブラッディハウリングが放たれる。

 

 血を求める魔獣の咆哮。それに続くようにしてライガ二体とフレスベルグが同時にルークに殺到した。

 

 アリエッタ含めて四つの獣の攻撃は、未だ吹き荒れる闇の咆哮の中に居るルークに的確に迫る。

 

 「惜しかったな。アリエッタ」

 

 だが、重複攻撃の真ん中に居るはずのルークが涼しげな声が、嫌に響く。

 

 「凍っちまえ、守護氷槍陣!」

 

 第一音素を利用し、凍てつく氷の山をルークは創り上げた。

 

 理不尽とも言える氷山の登場に、誰もが開いた口を塞ぐことが出来なくなった。氷の中にはライガとフレスベルグが囚われ、身動きも満足に出来ない。

 

 第四音素と第一音素。時にはこの二つの音素は密接な関係を見せる。FOF変化でもこの二つは同じ効果なのだ。第四音素と第一音素をもし同時に使用出来たとすれば、通常の倍の効果を齎す。

 

 もとよりルークが持っていた剣は、第四音素を多分に含んだヴォ―パールソードである。

 

 通常では氷の槍程度の威力も、小さな氷山になる高威力に変わった。

 

 「そ、そんな!」

 

 詠唱をする間、どうしても無防備になってしまうアリエッタは絶望の声を上げた。まさか一瞬にして魔物たちを無力化するなど、一体誰が思いつくだろうか。

 

 だが、そんな離れ業をやってのけたルークも無傷ではなかった。

 

 全身に薄っすらと切り傷を負って、一見すると酷く血塗れである。

 

 「う、光の鉄槌……」

 

 「待つと思ってんのかぁ!?」

 

 アリエッタ最速の譜術は、ルークが放った光の柱を避けるために中断を余儀なくされる。

 

 そして顔の横を迸った凶悪な光にアリエッタは、尻餅をつく。そして、鬼神のごときルークの覇気にアリエッタは恐怖で全身が小さく震え、顔色も青褪めた。

 

 泣き出したアリエッタに、一切の情を掛けずルークを剣を抜いたまま距離を詰め、そして距離が無くなった瞬間、大きく剣を振り上げる。

 

 「……」

 

 「あ、いや!?」

 

 死の恐怖から思わず目をきつく閉じたアリエッタの横を大きな衝撃が走る。

 

 それは、ルークが振り上げた剣が土を抉った衝撃だった。

 

 「俺の勝ちだアリエッタ。もう、いいだろう?」

 

 「ど、どうして? なんでアリエッタを殺さないの?」

 

 すでに背を向けたルークにアリエッタは問いかける。殺し合いなのに、相手を殺さないなど、あり得ない。

 

 「俺は、アリエッタを殺す理由がないからな。それに真実を教えようと思ってるんだ。なぁ、どうしてイオンがお前を導師守護役から外したと思う?」

 

 「え?」

 

 アリエッタの思考を白く染め上げるルークの問い。

 

 アリエッタ自身が最も知りたかった謎をなぜ、ルークが知っているのだろうか。イオンとの旅の道中で彼から真相を聞いたのか。

 

 二年間、想いが届かず寂しい思いをしていたアリエッタは、涙を拭かないままルークの服の裾を掴んだ。

 

 「待って! 教えて。どうして、どうしてイオン様が」

 

 「なら、こっちに来いよ」

 

 グミを食べて傷を癒したルークは、アリエッタの手を掴むと、人工的に削り出された正方形の石柱の前に座らせる。いったい今から何が始まるのか、予想もつかないアリエッタは数回目を瞬かせる。

 

 アリエッタの困惑など知らないと言わんばかりにルークは、質問していく。

 

 「アリエッタは、イオンが昔と随分違うと思わないか?」

 

 「えっと、アリエッタはあんまり会ってないから……」

 

 「よく分かんないか? まぁ、元から知られないようにしてるんだし、仕方ないか。そうだな、アリエッタの知ってる大好きなイオンは、もう死んでるんだよ。これがオリジナルイオンの墓だ」

 

 その言葉を聞いたとき、アリエッタは全てを理解する事が出来なかった。

 

 何一つ整理する事の出来ないアリエッタを放ってルークは、真実を伝えた。

 

 「お前が知ってるイオンは二年前死んだ。今のイオンはレプリカだ。導師派を抑える飾りみたいなもんさ」

 

 「嘘! ルークは、嘘をついてる!! だってイオン様、ちゃんと生きてるもん!」

 

 「だったらお前のイオンは、本当に見捨てたんだろうな? どっちにしたって地獄だよ。アリエッタの知っているイオンが生きてる場合でも、レプリカにすり替わっていても。前者ならイオンにとってアリエッタが要らなくなった。後者なら導師がレプリカである事実を漏洩させないための導師守護役一斉更迭」

 

 ルークの反論を許さない容赦ない言葉にアリエッタは、耳を塞ぎ、声を上げて抗議した。

 

 辛い現実から逃げるために、彼女はひたすら泣き叫ぶ。

 

 その様子に堪り兼ねたラルゴが痛みを堪えるような表情で、ルークの前に立つ。

 

 「そこまでにしてやってくれないか? アリエッタは、大切な人が亡くなった事実を受け入れるには、早いのだ」

 

 同じような経験をしているからこその発言であり共感であり、拭いきれない過去の傷を見せられている様でラルゴも耐えられなかった。

 

 妻を亡くし、子を無くした事実。

 

 大切で守りたい者が指の隙間から抜け落ちるそれは、己の無力さを恐ろしいほど痛感させる。大切であればあるほど、なくした痛みに残された者はただ泣くのみ。

 

 

 だがルークはそれを良しとしなかった。残されたとして泣くだけの未来を享受しようなど欠片も考えないからこそ叱責する。

 

 「ふざけんなッ!? 人が死んで、それを偽っていいと思ってんのかよ。アリエッタが可哀想? それじゃ想いなんて絶対に届かないまま生きていく事が可哀想じゃないのか? 妄執に縋って何も知らないまま天命まで生きろって? お前はそんな真っ暗な人生過ごしたいかよ? 都合のいい夢ばっかり見ていたい子供じゃないだろ!」

 

 「そ、それは、だが」

 

 「だがじゃねーんだよ。他にもっといい道があるのか? 残念だけどない。だって、イオンは死んでいるんだから!」

 

 その光景にアリエッタは、自身にとって最悪の答えを理解した。

 

 僅かに振り返ったラルゴの目が、アリエッタを憐れみに満ちた眼差しで見ていた。嘘を付けない性分の彼はルークの言葉に一切、返す言葉を持っていなかった。

 

 嘘でもよかった。ラルゴが、イオンがレプリカでないと言ってくれれば、アリエッタはルークの言葉を切り捨てる事が出来た。でも、そんな期待など朝露の如く消え去る。

 

 「……イオン様、どうして。どうしてなの?」

 

 大切な人の死に打ちひしがれる少女は、冷たい石柱に縋りつく。

 

 「どうして教えてくれなかったの? だってアリエッタは、イオン様の事が大好きで! ぅうあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 あまりの悲しさに言葉が続かなかった。

 

 あまりの無力さに慟哭が止められなかった。

 

 あまりの孤独さに心がとても耐えられない。

 

 アリエッタは、大声を上げて泣き叫ぶ。

 

 そんなアリエッタの背中をルークが軽く叩く。

 

 「この世界じゃないけど、別の世界のイオンがアリエッタに託した言葉だ」

 

 優しい口調で、懐かしい温もりをもってアリエッタの心に響く。

 

 『アリエッタ、僕が愛した最初で最後の人。だから生きてほしい。もっと、もっと自由にこの世界を――――』

 

 それは正しくイオンの言葉。

 

 なんの根拠もないがアリエッタは止められない涙を流しながらそう思えた。

 

 理由なんていらない。もしかしたらアリエッタにとって一番傷つかない答えを無意識にアリエッタ自身が選んだとしても、彼女にとってその言葉が生きる理由そのものになり得た。

 

 まだ悲しくて辛くて寂しいが、大好きなイオンがそう望んでくれた。自分に自由を託してくれた。

 

 それだけで嬉しかった。

 

 大好きなイオンが見捨てたのではないのだと知れてアリエッタの二年間の苦悩が消えていく。

 

 「ぅぅううう!! ら、ラルゴぉ!」

 

 「アリエッタ……。済まなかった。本当に」

 

 ラルゴは駆け寄ってきたアリエッタをそっと抱き上げ、小さな頭をかき抱く。

 

 何度も謝罪をし、ラルゴの目尻にも小さな水が零れる。

 

 それを見ないふりをするためにルークは大空を見上げた。

 

 どこまでも続く空の下、一人の少女の暗闇は、この悠久の蒼空と同じように晴れ晴れとしたのだった。







俺、この小説を完結させたら、新しい物語書くんだ…………


よし、一つフラグを建てたのでこれで安心だ。
もう何も怖くない!!

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