城門を越えながらレイトはシギュンから話を聞く。
「何があったんだ?」
「それが新しく隊に配属されたジルク殿が、いきなり暴れ出したって」
シギュンは荒い息を押さえながら心配そうな顔を浮かべている。
ライガットの事だろう、それに赤毛のアイツ。仲間殺しだという事はすでにレイトも知っている。最悪の事態を考えているのだろう。
「なら、アインで来た方が良かったんじゃないのか」
「いえ、すでに戦闘は終わった様なの、ナルヴィ隊長が訓練ってことでその場を収めたらしいわ」
ならレイトは、慌てたシギュンがつい助けを呼んでしまったってところかと察する。
さすがに疲れたのかシギュンが歩きにかわった所で、こっちをじっと見てきた。
「なにかあった?いつもより暗い顔をしている」
「いや、なんでもない……ッ!」
そこでレイトがよほど疲れた顔を浮かべていたのかシギュンは、なんと風邪かと疑い額に手を伸ばしてきた。
慌ててレイトは避けようとして、その手を掴んでしまう。
その途端、いつもの発作だ。
心臓が飛び上がり、体が熱くなる……だが今日はそれだけではなかった。
(……やめろ!命令に従え!!………、馬鹿か、いつ俺がお前を隊長だと認めたよ、……じゃあな。…………私、信じてますから……だから……ザッザザ……)
砂嵐の様に脳が一瞬の映像を映し出した。先ほどまで夢を見ていた影響かレイトはよろけてしまった。
「レイト!大丈夫!?」
「ああ……ちょっと嫌な事を思い出してしまっただけさ……」
自分で踏ん張り、レイトはシギュンから離れ歩き出す。
それにシギュンは肩に手を伸ばしかけるがやめた。
「どんなに苦しくても……絶対にあなたは、その事を話してはくれないのでしょうね……」
しばらく歩くとライガットが立っていた。
その無事な姿を見届けると、レイトはシギュンにまかせ離れる。
城壁に沿って歩き、当てはないが隊舎の方に向かってゆく。
するとどんぴしゃでミレニル隊の面々がいた。
ジルグを取り囲む形で、話をし、ナルヴィは怒り顔でジルグは笑顔を浮かべている。
ミリアが腰掛けていて、一番先にこっちに気が付いた。
「やっほー、レイト」
それで全員の意識がレイトに向く。
まずレイトは当たり前の確認をした。
「ナルヴィ、損害はないのか?」
「あ、レイト!貴様、将軍を見送りもせず何をしていた!」
「寝ていた、悪いか」
「悪いに決まっているだろうッ!!」
こっちに向かってくるナイルヴィだがレイトは、告げた。
「ジルグに話がある。ちょっといいか」
「なっ、こいつは今、私と反省中だ。お前の話なら後にしろ」
虚を突かれたのかナルヴィは驚く。レイトが子供以外に関わろうとするのが珍しいのだろう。
「そいつに興味がある。少しだけでいい」
「へえ、奇遇だね、俺もだよ」
ジルグはそう答え、こっちを誘うように歩き出した。
レイトもそれに黙ってついて行く。
ナルヴィがそれでも突っかかってきたが、ミリアが止めた。
「やめときなよ。男と男の話だよ、きっと」
「お前は私に、少しでも協力する気があるのか?」
ナルヴィはミリアを睨むが、ミリアはどこ吹く風だ。
「ごめんね、私、お兄ちゃんに逆らえなしさー」
「だあー!!問題児が4人に増えただけではないかッ!!」
ジルグはレイトを連れ、墓地までやってきたところでこちらを振り返った。
「さて、一体全体俺に何の用かな?」
軽薄な笑みを浮かべている男は、とても将軍の息子とは思えない。まあ、そうでなかったのなら銃殺刑にされていてもおかしくないのだが。
「さっきの事だ。お前は……ライガット達を殺す気だったのか?」
「なんだ……その事か。聞いただろう。ただの訓練さ。仲間がどれだけの力量をもってるか、確かめただけさ」
ジルグはやはりか、という表情で答えるとつまらなそうな表情に戻った。
「狂人なら同じ隊に置くことは出来ない。味方に手を出すのなら俺がお前を殺す。ただそれを伝えたかっただけだ」
「なんのために?」
ジルグの返答は短かった。
思わずは、と疑問の声が出る。
「誰のために……かな?お前はクリシュナの人間ではないだろう?関係ない事に首を突っ込むのか?いや、関わる必要はないだろう」
「俺は」
「随分とこの事には関わるんだな。契約だけでしか動かず、その力を使いもせず、あまつさえ敵さえ生かしたお前が、何故だ?」
遮ってジルグが言葉を畳みかける。
「ライガットが友人だからか?仲が良い王妃に頼まれたか?それとも王か?」
「お前は何が言いたい?この程度の事に理由が必要か?例え契約した傭兵であっても軍規を乱すものを見逃せないだけだ」
「どこの世界の兵士も、変わらないんだな。……いや、それ以上か。つまらん」
ジルグはそういうと、腰にあったガンを目にも留まらぬ速さで引き抜いた。
レイトも反応しようとするが、動くな!という言葉に動きを止めた。
「それだけの力があって、軍規だと?てっきり叩き落とした小言でも言いに来ると思ったが、一番つまらん事を言い出すとはな!」
「その銃を降ろせ、何が狙いだ」
頭に狙いがつけられた銃口はぶれることがなく、じっとレイトを狙う。隙はなかった。
アインに指令を送る事も出来ない。
「お前のゴゥレムをよこせ、俺が有効活用してやろう。あれさえあれば、この世界を落とせる。つまらない事も全部破壊できる。……ああ、不思議でならないよお前が何故、そうしないのか」
「わかってたまるか。例え俺を殺そうとお前はアインに、乗る資格はない。キチガイならなおさらだ」
するとジルグは銃口を、降ろしてしまった。
あっけないほどに殺気を消し、以前の軽薄な顔に戻る。
「やはり、わからないか……まあいい。いつかお前を殺そう。この楽しい戦争のゲームが終わったらな」
レイトは黙って、ジルグが去っていくのを見送る。
背中に向けて撃つ事も出来たが、その気持ちは抑えた。
一人でも多くの兵士は必要だ。それも優秀な……もし、あの気迫で力が伴ってないならお笑い草だ。大いに笑ってやろう。
「それにしても理由か……。そんなもの」
あいつが上げて行った理由を全て思い出す。だがどれもぴったりこなかった。
こうして釘を刺しに来た理由……まあ、きっと。
「あの馬鹿がいなくなるのは寂しいと思ったからだろう」
それにシギュンもホズルも悲しむだろう。世話になった人を悲しませるのは嫌だった。
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それから数日間はレイトは戦争中とは思えぬ穏やかな日々を過ごした。
ライガットの装備をシギュンと考え、原始的なボーガンを再現したり、鉄の製鉄を試そうとしたが、今回の戦争には間に合わないと悟ったため断念したりした。
すでに将軍が発ってから三日。レイトも出発すると決めた。
両将軍には、敵の補給路を後ろから絶つという方法で行くと伝えてある。
散らばった敵との遭遇のため、ライガットを鍛えるのを見送るのに少し時間を掛けた。
もう時間の限界だろう。
レイトは保存食をアインに詰めながら聞く。
「アイン、ネンルギーはどうだ?」
『エネルギー充填率31%。現在の当機の状態ではこれが最高である』
「結局、地下からファランクスを回収することは出来なかったな」
出来るだけ急いでもらったのだが、まだ数十メートル残っている。
まあ、あれを使ってしまえば完全に敵を消滅させてしまうだろう。なくても構わない。
「最短ルートを計測出来たか?到着までの計測時間は?」
『すでに確定。地形的要因が加わろうと数時間で到着可能。変更はなし』
最後に、散らばった格納庫の床に飛びおりると最終確認をする。
見送りの人はいなかった。ミレニル隊も今は、訓練で忙しいだろう。
だが、シギュンはやってくるのが見えた。まだデルフィングの調整があるだろうに。
「はい、これ。昼食がまだだったでしょ」
シギュンが差し出したのは布で包まれた麦のパンだった。
さっき出来たばかりなのか温かい。
じっと見ていると、業を煮やしたのかシギュンが口に突っ込んできた。
いくら、ここの食べ物に慣れたからと言って、いきなりは面食らう。
「おいしい……」
「そう、良かった。これ、私の部屋にいる捕虜のクレオって子が作ったの。暇そうにしてたから。私も手伝って焼いたわ」
慌ててレイトは喉に手をやって吐き出そうとするとシギュンは慌てる。
「だ、大丈夫よ!毒見はあの子自身がやってたから、危険はないわ」
「はは、冗談だ」
「…………」
じっとシギュンに睨まれてレイトはまずいことをしたかと黙る。
けれどもありがたく頂戴し、それを持った。
「じゃ、その子に伝えていてくれ、おいしかったと。それと脱走は絶対するなと」
シギュンはくすっ笑うと、じゃあ、気をつけてと、静かな声で言った。
この世界でレイトが気をつけるのは自爆しないかどうかだけだが、それでも心が温かくなった。前の悪夢とは全く違ったものだ。
そして乗り込もうとしたところで、いきなり警告音がアインから響いた。
『人類銀河同盟標準短波通信にて救援要請を受信』
「なっ!」
信じられない気持ちに息が漏れる。
シギュンが何事か尋ねるより、レイトはアインに飛びのった。
「どこからだ!」
『この惑星外より受信。もたらされた情報によればこの太陽系の第6惑星圏である』
目の前にホロが提示され、それが拡小して行き宇宙にまで広がる。
現在いる惑星より、二つ離れた惑星の衛星にすぐそばだ。
「なぜこんな近くになるまで気が付かなかった!?」
『不明。短波通信を用いていることから、通信装置の故障か、距離的障害によるものと推察される』
心臓が狂ったように落ち着かない。それをねじ伏せるようにレイトは判断を下す。
「理由はどうでもいい。すぐにそこに向かうぞ。可能か?」
実際はこちらが救援される側のはずだが、救援に来た船が何かしらの事態に巻き込まれたの間もしれない。
『単純計算なら当機の出力で惑星間移動は不可能。惑星の引力を利用したスイングバイ航法なら時間は掛るが可能である、しかし計算にしばしの時艱が必要である』
「時間が惜しい。計算しながら向かうぞ」
『いかなる事態にも対応するためファランクスの回収を推薦する』
「いや、だめだ。回収にエネルギーを使うわけにはいかない。このまま行く」
と、そこでようやく自分の名前が何度も呼ばれているのに気が付いた。
意識が集中しすぎて、周りが何も入ってこなくなっていた。
「……イト!レイト!」
「あっ」
人類銀河同盟の言葉で話していたため事情がわかわないシギュンを見て、レイトは気が付いた。宇宙にまで出てしまったら、当分は帰ってこられないだろう。
それはつまり、戦争状態のクリシュナを見捨てるということだ。
判断が迫られた。
「……俺は……、アイン。デルフィングにつないでくれ」
すぐに汗だくのライガットの姿が呼び出される。
「なんだ、レイト、もう出発するんじゃなかったっけ?」
「ライガットすぐにナルヴィを呼んでくれ」
こっちの緊張の表情がわかったのか、ライガットはすぐに機体から降りると呼びに行った。
「どういうことなの?何があったの!?」
シギュンを見て、レイトは唇をかみしめる。
そうだ、遠回しにしてただけだ。いつか救援が来るかも知れなかったんだ。
そうするとクリシュナとは離れるさよならだ。それが今になっただけだ。
けど、俺はここの人達を見捨てれるのか?
「レイト、なんだこのくそ忙しい時に……」
ナルヴィが顔を表した時にレイトは、もう決断した。
「ナルヴィ、今からいう事を隊長として聞いてくれ。俺はこれからこの国、いや惑星を離れる」
「はあ、何ィ!?」
「どうしても行かなければならない用事が出来た。戦争の助力には行けない……」
ナルヴィの顔が画面超しでなければ殴られているような表情に変わる。
「ふざけるなッ!トゥル将軍はお前の力込みで、戦場に赴いたのだぞ。お前の一方的な契約破棄が出来るとでも思っているのか!?」
「本当にすまないと思っている。……だが、俺は必ず帰ってくる。……だから」
「レイトッ!!お前は帰って来ても帰ってこなくても、弾丸をぶち込んでやる!」
そう叫んだのを聞き終わると、レイトは通信を切った。
アインの頭部を閉じ、いつもの様にヘルメットをかぶる。
ゆっくりと空中に浮かぶと、しばし静止しシギュンの前で止まる。
表情は悟ったかのように、こちらをじっと見ていた。
「必ず戻ってくる」
それだけ言うと、上昇していった。
そうだ、例え俺は帰れるとしても、一度ここに戻ってこよう。何があっても。
もう二度と、同じ間違いは繰り返さない。