子供たちが遊ぶ声が、孤児院の運動場に響き渡る。
「今度は、レイトの番だからな!」
「ああ。けどな、少しは休ませろよ」
荒い息を吐いて、レイトは子供たちに待ってくれと手を見せた。
その間にも、小さな子供が我先にとレイトの背中に飛び乗ってくる。
「じいちゃんみたいな髪~!」
肩の上に乗った子供が、レイトの逆立った白髪をボサボサにしてくる。
前では今度は鬼から逃げる番となった子供たちが挑発してきた。
「いい加減降りろ!……てか、何でお前達はそんなに元気なんだ。あと、それ壊すなよ!」
厳しい訓練を受けたはずの自分の体力を疑うほど、子供達は元気一杯だ。
そしてレイトが指差した先には、バイクに似た二輪の乗り物が置いてある。
自転車と呼称するそれに、子供たちは乗ろうとして、何度も倒していた。
自転車はレイトがクリシュナ王国を見物するために、アインから知識を得て石英で作り出したものだ。
アインを無闇に動かせないため、レイトの趣味も兼ねてシギュンに手伝ってもらい共同で試作した。
ある魔動技術士は、能無しや魔力が少ないもの、また子供にも売り出せると商品価値を見出し、目を輝かせていた。
しばらく遊んだ後、レイトは太陽の位置を確認すると子供達に告げた。
「んじゃ、俺はそろそろ行くぞ。最後にアテナに会って行くから」
「もっと遊んでいけよー!」
ごねる子供を引き剥がし、レイトは運動場を後にする。
自然と浮かべていた笑顔から、真顔に戻る。
しかしレイトは自分が笑顔を浮かべている事に気がつかなかった
(……何故、俺はここにいつも来ているのか?……か)
二週間ほど前に偶然、この場所を通りかかり、レイトはほぼ毎日ここに来ている。
疑問に思うのは自分の行動で、その理由についてアインから提言された。
『貴官のその行動には有意性が見受けられない。児童の教練ならば教官に任せるべきである』
「俺にもわからない……。ただ、なんとなくだ」
『貴官の自由時間のおよそ三割を、児童の自由行動に付き従うことで消費している』
「そんなにか……。だが、どうせこの惑星の位置座標すらまだわからないんだ、……他にすることがないからこうしているのかもな」
『提言。この時間の貴官の心拍音、脳波はともに安定値を記録している。貴官の精神統一の手段となっている模様』
「疲れるだけとも思えるけどな……」
確かに、人類銀河同盟にいた頃ではありえない穏やかな休暇を続けている。
この地に来てから、一ヶ月。
アインの学習プログラムによって言葉は、ある程度不自由なく話せるようになり、この大陸の成り立ちをだいたい理解した。
しかし、人類銀河同盟の中でもどこか異質な存在であったレイトでも、この国の人々の常識の間には多くの溝があり、何度も迷惑をかける事があった。
「あっ、お兄ちゃんだ!」
そこで部屋の中から、女の子が声を掛けてくる。
考え込んでいる間に目的地についたようだ。
「よ、アテナ」
レイトは手を上げると、アテナが横たわるベットの隣の椅子に腰掛けた。
白い肌に黒い髪、どこか儚げな印象を覆える可愛らしい少女だ。
アテナがいる部屋からは、子供達が遊ぶ姿がよく見える。
「今日も、綺麗な絵を見せてくれる?」
表面上は元気に見えるが、アテナは他の子供のように外で遊べない。
施設の職員に聞いた話しでは、生まれつき病弱で激しい運動をすることは出来ないそうだ。
アインにアテナの健康状態をチェックさせた所、表示された診断結果は弱りきった心臓だった。
『人類銀河同盟においては生まれた直後に排除、処分されていた人間である』
その言葉にレイトは理解不能な怒りを感じたのを、今も覚えている。
「レイトお兄ちゃん?」
「あ、ああ。これはな、俺が宇宙で見た星が爆発する瞬間だ」
不思議そうな表情を浮かべたアテナに、レイトは通信デバイスのホロ画像を表示させる。
この国には記録する術は、紙に書き記すのみであるため、この技術は到底理解できないものであろう。
だが、アテナはそんなものを気にする様子はなく、純粋に楽しんで見ている。
「今日も来てくれてありがとうね、レイトお兄ちゃん」
「いや、俺は……」
……俺は、感謝されたいからここに来ているのか?
レイトはすっと、視線を下ろした。
思い出すのはレイトが人類銀河同盟で、最初に開拓部隊を選んだ理由だ。
レイトのクラスメート達は、何故か病弱な者が多かった。
最初、レイトは兵士の基準値に満たない者と同じ班にされたことにより、自分の能力が低く見られたと憤慨していた時期もあった。
だが、交流しくしていく内に、彼ら彼女らにも得意とするものがあり、レイトは人にはそれぞれ役割があるのだと悟った。
しかしいくら得意部分を持つとはいえ、それはヒディアーズとの戦闘には直接役に立たないものだ。
戦闘に参加出来ない虚弱な人間は、排除されていくのはレイトにもなんとなくわかっていた。
だからこそレイトは、進路に開拓部隊を選択し、居住可能な惑星を探す事を目的とした。
新たな場所での開拓が進めば、彼らにもきっと何かしらの役割が与えられるはずだと……。
誰かのために役立ち、存在価値が認められれば、彼らも生きていくことが出来る。
そう信じて、胸に抱える根本的な疑問も抑え、開拓部隊で任務をこなしていた。
ホウウウウウウウ、ウウウウウウウウウ!!
と、そこでいきなりのサイレンが鳴り響いた。
「なんだ!? どうした!」
初めて聞く音にレイトは身構えた。
アテナも不安そうにレイトに体を寄せてくる。
「ビノンテンは今、敵攻撃を受けています!警戒ランク・ラムダ! 外出中の市民の皆様は速やかに自宅か礼拝堂に避難してください」
「敵……?アイン、状況を教えろ!」
響いてきた拡声器の声にレイトは眉をひそめ、通信デバイスをアテナから返してもらう。
『報告。環状外門にてゴゥレムの破壊音を確認。プレスガンによる攻撃であると推測』
「クリシュナ国に確認をしろ」
レイトはそれから、アテナの頭に手を当てた。
頬を釣り上げた笑みを無理やり浮かべて、安心させようとする。
「レイト! 乗れ!!」
そこで外からナルヴィの声が聞こえてきた。
窓から顔を出すと、バイクにはナルヴィその後ろにはミリアが乗っている。
『シギュン殿から交信の要請』
「よし、つなげ」
すると、シギュンの顔がレイトの前に表示された。
珍しく焦った顔を浮かべ、背後では慌ただしく人が動いている。
「シギュン、何が起きているのか教えてくれ」
「レイト、今クリシュナはアテネスの侵略を受けているの。恐らく、攻撃してきているのはゼス」
「ゼスってホズルから聞いた、同窓生の事か?」
「ええ、私もライガットもそう」
シギュンはそっと視線を下げた。
「クリシュナ国から俺に傭兵としての要請はあるか?」
「いえ、上層部はそれどころではないので、……私個人としてレイトにお願いがあります。クリシュナ国王の保護です」
「現在地は?」
「第118採掘所。……そこにはライガットも」
シギュンは黙ってじっとレイトを見てくる。
クリシュナからの正式な要請でないのなら、レイトは受ける義務は生じない。
契約内容には常時のクリシュナ国の防衛任務は含まれていない。
だが、協力関係を結んだ相手であり、なにより親しくなった人を悲しませるのはレイトの信条ではなかった。
「受けよう。二人を必ず救ってくる」
「ありがとう」
レイトは頷くと、シギュンは安心した顔を浮かべた。
そしてレイトは通信を切ると窓から飛び出し、バイクに向けて走り出した。
こんな口調するかな~……。
『貴官の行動に有意性を見い出せない』
「なんだと!?」
『貴官が児童と戯れる姿を見て、ナルヴィ上等重騎士並びにナイル一等騎士からコメントがある』
「なんだ?言ってみろ」
『このロリコン野郎』
「ろり、えっ?なんだって?」
『人類銀河同盟の辞書には存在しない語句である』
「……恐らくろくな意味じゃないだろうということはわかるぞ」