ありもしなかった影のはなし。   作:ナナホシテントウ

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遅筆ですが、なんとか完結まで漕ぎ着けたいと思います。
『マハーバーラタ』編は十五話前後を予定していますが、『FGO』編の話数は未定で、一応第五特異点で参戦予定です。


開幕前世・××の××

 やわらかな心音。ひそやかな温度。

 怠惰な微睡みを促す、あたたかな世界。

 

 ― どうして、こんなところにいるの? ―

 

 自分の人生の最期、死の縁から転げ落ちたばかりの××は困惑した。

 何度ももがき、泥にまみれながらも必死になってようやく歩み始めた自分だけの人生を、たいして進められずに終えた魂は、何故か消える事なく染み付いて一体化した『前世』に問いかける。

 けれど当然、答えが返って来ることはない。過去は過去のまま、ただそこに在るだけだった。

 仕方がないと××は一時考える事を止め、ただ流れるままに身を任せた。××は儚い一生の中で、物事には流されるべき時があることを身を以て知っていた。

 手慣れた様子で思考をとめた××の魂を、限りなく優しい世界が包む。

 それはまるで、母が胎の中の子供に無償の愛を尽くすかのような安心を××に与えた。

 

 そこには、××が生前一番最初に求め、一番最初に手に入らないことを知った『愛』があった。

 

 ××は戦慄した。

 生前得られなかった『最初の幸福』がいとも簡単に、思いがけない場所からやってきたことに恐れ戦いた。

 今自分が存在しているこの場所が、今まで自分が頑張ってきたご褒美だとは考えない。そう考える思考回路を××はそれこそ最初から持ち合わせていないのだ。

 むしろ死を自覚した後に与えられたそれは、××にとって過激に過ぎる皮肉ですらあった。かつて自分を産み落とした存在が吐き捨てた言葉の通り、××は『産まなければよかった存在』だと、生まれて来るべきではなかったと、死んだからこそ祝福されたのだと、そう思わずにはいられなかった。

 自分の命に強烈な劣等感を持つ××は、度が過ぎる幸福と絶望に全身で泣いた。

 魂だけの存在となった今、その忍耐に特化した精神によって何者にも傷つけられない存在となっているにも関わらず、未知の感覚に恐れ慄き泣いたのだ。

 苦痛でも、悲哀でもなく、ただの『愛』を恐れて泣いた魂に、世界が震えた。

 訪れる魂を優しくつつみ、次の世界へと送り出すための暖かな世界は、愛に飢え過ぎて飢餓感を感じる器官を失った魂にそっと手を差し伸べた。

 

 その手は××の魂を軽やかに掬い上げると、その記憶に直接問いかけた。

 

 

 ― あなた の いちばん いとしい きおく は なぁに ? ―

 

 

 掬い上げられた感触にさらなる恐慌をきたし、××は魂ごと張り裂けんばかりの絶叫をあげかけた。

 しかし、真綿のようにふわふわとした、けれど絶対の強制力を持った澄んだ声色に、嘘のつけない魂は素直にその一番大切な、××の根幹を成す記憶を引っ張り出して回想する。

 

 

 ― きらきらと光を弾く川の流れ ―

 

 ― 河川敷で出会った、小さな女の子 ―

 

 ― そこに映る、澱み切って突き抜けた眼をした自分―

 

 ― 隣には、澄んだ目をして魚を指さす女の子 ―

 

 ― 二人の手には、花が1輪 ―

 

 ― ××ちゃんも、お花をつみにきたの? ―

 

 ― わからない。そこにあったから、つんでみただけ ―

 

 ― わたしはね、お母さんにあげる花をつみにきたの ―

 

 ― そうなんだ。いいこだね ―

 

 ― ××ちゃんは、そのお花どうするの? ―

 

 ― どうしようか。捨ててしまおうか。それとも活けてみようか ―

 

 ― だれかにあげないの? ―

 

 ― ×は、わるいこだから、だれももらってくれないよ ―

 

 ― 魚がはねて、水面がゆれた。顔がゆがんで、見えなくなった ―

 

 ― ××ちゃんは、悪い子なの? ―

 

 ― ……わからない。けど、みんながそう言うから、そうなんだろうね ―

 

 ― でも××ちゃん、泣きそうだよ……××ちゃん、大丈夫? ―

 

 ― 波紋がきえて、そこに映ってるのは、泣きそうな女の子と、笑顔の自分 ―

 

 ― 泣きそうなのは、君の方じゃないかなぁ ―

 

 ― だって××ちゃんが泣いてるから ―

 

 ― 揺れる水鏡、跳ねた魚、泣きそうな女の子と、波紋で乱された顔 ―

 

 ― ××ちゃん。××ちゃんのお花、綺麗だね ―

 

 ― ×のじゃないよ。ここに咲いていたんだから、ここの花だよ ―

 

 ― ××ちゃんの選んだお花だよ。この中から、××ちゃんが選んだの ―

 

 ― ……選んだ? ×が? ―

 

 ― 綺麗なお花だね。ねぇ××ちゃん、そのお花とこのお花、交換しよう? ―

 

 ― まだたくさん、同じ花はあるよ ―

 

 ― ××ちゃんが選んだお花は、それしかないよ ―

 

 ― 小さな花。ただの、花。綺麗の意味は解るけれど、理解は出来なかった、景色 ―

 

 ― 花が揺れていた。たくさんの野花。花屋には並ばない、雑草のような花 ―

 

 ― その端っこに二人して座って、女の子は笑って×に花を差し出した ―

 

 ― ×はそれを受け取って、手に持っていた花を女の子に渡した ―

 

 ― 綺麗なお花をありがとう、××ちゃん ―

 

 ― そう言って笑って、迎えに来た父親に駆け寄る女の子 ―

 

 ― その手には、×が摘んだ1輪の赤い花 ―

 

 ― ×の手には、女の子が摘んだ1輪の白い花 ―

 

 ― はじめて、花の色を認識した、その意味を ―

 

 ― 咲き誇る小さな花を、光に煌めく澄んだ川を、暖かな茜に染まる空の果てを ―

 

 ― その中に小さく収まる、女の子のいる、温かな景色を ―

 

 ― はじめて、『生』を感じた瞬間を ―

 

 ― はじめて、世界に認識された瞬間を ―

 

 ― はじめて、世界を認識した瞬間を ―

 

 ― 泣き叫びたくなるほどの、激しい歓喜を ―

 

 ― このみにくい世界のうつくしさを、いとおしいほどおろかしいこの世界を ―

 

 ― 教えてくれたのは、小さな花と、小さな女の子の、優しい…… ―

 

 

 魂は泣いた。流されながら、ただ泣いた。

 それは悲哀の涙か、苦痛の涙か、絶望の涙かはたまた歓喜か、安堵か……それは魂の奥底で隙間なく混ぜ合わされ、純粋な一色となって凝り澄む故に、判別などつくはずもない。

 しかし一つだけ確かな事は、魂は全てを後悔していないという事だ。魂は、すでに己が成し遂げるべきことを全て完遂していた。

 そう、たとえ最期に奉げたモノが自らの『生命』で、その結果に用意された『女の子の未来』に自分が登場することは永遠にないのだと知っていても。

 

 自分の世界に『色彩』を与えてくれた女の子を、凶悪な通り魔から守れた。

 ただ一つ、その事実だけで××は救われる。

 ××というちっぽけな人間の死を惜しみ、後悔することだけは、未来永劫ないのだ。

 

 魂は一度『うまれた時の事』を思い出したからか、それから先は一切の抵抗を止め、ただ自分に触れてくる途方もない『愛』に掬われるままに世界が用意した新たな『卵』に静かに収まった。

 急に静かになった魂に、世界はその生を想って一つの祝福を施した。

 それは×××な『運命』。この場に在ってなお尽きせぬ虚無でもって記憶を保持してみせた魂への、僅かな哀憐と多大なる興味から与えられた××な奇跡。その一欠けらの中でも、特に××なもの。

 人の理を、人の生活を、人の生き死にを外側から観察する存在が与えた『××(ソレ)』は、まるでむき出しのまま脈動する心臓のように生々しい不気味さで瞬いた。

 じわりと内側から発光を始めた『卵』に『××』が溶けて、とくんと小さな鼓動が産まれる。

 

 ― あぁ、うまれる ―

 

 一つ刻めば、二つ目はすぐで、そこから三つ、四つと鼓動は重なり、胎動も光も強なる。

 これこそが『輪廻転生』。次の世界へ生まれるための『卵』はすでに母体と同期していた。

 

 あとはもう、向こうの『母』が生んであげるだけ。

 

 世界は名残惜しそうに傷つき摩耗し、それでも輝きを失わずにいた稀有な魂の入った『卵』を見やると、ここ一番の光を放つ瞬間を見計らい、そっとその表面をつつく。

 

 ― でておいで。うまれておいで。そしてそこでいきておいで ―

 

 世界の意志は、うまれる子供に死ぬ事は決して望まない。

 ただ生きる事を望み、無事に母体の元へと辿り着けるようにと、ちょんと突いて送り出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えその次の生が悲劇や喜劇の類であろうと――出来る限り見応えのあるものになる事だけを望んで。

 

 『世界』、否『××』はただわらって送り出すのだ。

 

 






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