ありもしなかった影のはなし。   作:ナナホシテントウ

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 大変、大変長らくお待たせいたしました。
 もうここまで時間が空くと何を言っても言い訳にしかならないと思いますが、言わせてください……筆が進まず、間が空き過ぎて尻込みしてました……!
 本当に申し訳ございませんでした。

 そしてもう一つ、前話の締め方からタイトルを回顧としていますが、第四~第六の試練の語り口は三人称視点です。

(2019/7/7 登場人物の描写に誤りがあるとご指摘をいただいたので、訂正いたしました)


第五話・スバシュの回顧

 インド神話において、ガルーダとナーガの不仲は知っていて当然の常識である。

 母親の代から始まった因縁とアムリタを巡る争いとその顛末から、両者の不和は最早神々のとりなしを持ってさえ根を残したままだろうと囁かれるほどに、彼らの間には深く大きな溝があった。

 捕食者と被捕食者の関係に収まってしまった事も、その一因だろう。ナーガ一族は悪しきものとして扱われ、ガルーダは彼らを喰らう聖鳥として扱われた。周囲からの強固な認識によって補強された両者の因果関係は、そのまま彼らの下位種族にも適用されるようになった。

 鳥類は蛇種を捕食し、捕食される側の蛇は報復にと雛や卵を捕食する。喰い喰われの関係は食物連鎖に組み込まれ、例え万が一の確率でガルーダとナーガが和解したとしても、下位の彼らの関係は変わる事は無いだろう。

 

 そんな不変の関係の只中に、ヴィヴーティはいた。

 事の起こりはカルナとヴィヴーティの下にスバシュという小さな弟が生まれた時の事だ。

 御者の家に生まれた小さな命に、家族は皆喜びに沸き立った。アディラタとラーダーは双子の幼い時を思い出しながら、ふにゃふにゃと子猫のように笑い泣く赤子に頬を緩ませた。普段は表情筋が仕事を放棄しがちなカルナも、小さいながらも一生懸命生きるスバシュを四苦八苦しながら抱き上げては微笑んだり、小さな指の力強さに驚きながら、無理に引き抜けず静かに慌ててヴィヴーティに助けを求めてたりしていた。

 ヴィヴーティはと言えば、スバシュが生まれてからずっと顔も空気も緩みっぱなしで、赤ん坊のスバシュと同じようにふにゃりとした笑顔を浮かべていた。あれこれと赤子と義母の世話を焼き、一から布を織って祝いの品を作るほどに、彼は増えた家族を喜んだ。

 ヴィヴーティの常以上に緩んだ表情筋と幸せだと隠しもしない雰囲気に、いつも彼を苛めている貴族やぎくしゃくした関係にある五王子すらも思わず「お……おめでとう?」と声を掛けてしまうほどだった。彼の騎獣である幻獣たちも主の喜びに同調したのか、その背に乗る事こそ許しはしなかったものの、尾を揺らしてあやしてやったり、強い日差しから遮ってやったりと、誇り高い騎獣にしては気安い距離で赤子を慈しむ程に、彼の歓喜は深く、そして大きかったのだ。

 喜びに足取りも心も軽くなったヴィヴーティはその日、森の中にいた。

 産後の肥立ちも悪くなく、子育て自体もカルナ達双子が積極的に手伝うおかげでラーダーの育児生活は順調だったが、出産という負担の大きい行為は確実に義母の体力を削っていた。そして未だに尾を引く味覚の変化によって中々精の付く食事を摂れない義母を見かねたヴィヴーティは、彼女の為に新鮮な果実を求めて森に入ったのだ。

 流石に危険な森の中では自重して喜びを押し込め、警戒しながら森を散策していた彼は、ふと遠くから何者かが言い争う声を聞く。

 他人の争いに首を突っ込んでも良い事など何一つないが、それでも流血沙汰はいただけないと進む方向を変えたヴィヴーティは、目にした光景に思わず目を据わらせた。

 

 程よく日が差し込む森の中、言い争っていたのは一羽の大鷲と一匹の大蛇……に、化身した神鳥ガルーダと蛇人ナーガであった。 

 古代インドでもただの動物が言葉を話すのは滅多な事ではなく、言語を解するとすればそれらは須らく神性ないしは魔性を宿している。その上、彼らは見目からして主張が激しかったのだから、初見でそうと解らない人間はいないだろう。

 ヴィヴーティは「今度の試練は死ぬかもしれない」と何度目かの覚悟を決めながら、金色の羽毛を持つ大鷲と銀色の鱗を持つナーガの言い争いに寄って行った。果たして、神々ですら匙を投げた両種の諍いに自分如きが介入したとして、一体どれだけの効果があるのだろうかと思いながら。

 喧々囂々の口喧嘩は近付く程に激しくなった。その内容自体は押し問答の様相を呈しているようで、ヴィヴーティが耳を傾けた瞬間から今までの間には既に同じところを三周している有様だ。

 ヴィヴーティが彼らのすぐ傍まで近寄った時には、彼等は一触即発の空気でお互いに睨み合っていた。

 そこに待ったをかけたヴィヴーティに彼らの視線が刺さる。常人であれば一瞥で死に絶えそうなほど強烈な敵意に塗れた視線を受けてなお、ヴィヴーティは常と変わらない様子で小首を傾げ、「差し出口を挟むようで申し訳ない。不穏な空気を感じたのだが、一体如何なされた。私如きでも何か出来る事があるならば、話を聞いても良いだろうか?」と、苦笑気味に言葉を紡ぐ。

 自分たちの敵意に怯むどころか穏和そのものの様子で佇むヴィヴーティに僅かに気勢を削がれた両者は、少しだけ冷静になった頭で「あぁ、そういえばそもそもは彼に対する試練だった」と事の発端を思い出す。最初はガルーダだけが彼に試練を課す気でいたのだが、そこに口を挟む形で現れたナーガについ敵愾心をむき出しにしてしまい、話がややこしい方向へ向いてしまっていたのだ。

 目の前で人の良い笑みを浮かべながら謙虚に佇む少年に、ナーガも一瞬瞠目して蛇体に転じた体をぴんと伸ばす。ナーガはガルーダが気にくわないという一心で試練に割り込んだが、少年にとっては積年の恨みつらみに巻き込まれる形になってしまった。そのことに若干の申し訳なさを感じたナーガは視線を彷徨わせ、ガルーダを睨むようにして水を向ける。

 ナーガ同様に少年をそっちのけで喧嘩に熱が入ってしまったガルーダは、恥じ入る心を厳めしい顔をして取り繕って言葉を紡ぐ。

 ガルーダの主張はこうだ。

 

「生まれたばかりの我が子に餌として蛇を与えようとしたら、かの蛇に邪魔をされたのだ。このままでは我が子が飢え死にしてしまう。よく食べる子ゆえ、果実や虫では足らぬのだ」

 

 対して、ナーガの主張はこうである。

 

「あやつが子に餌として与えようとしたのは我が子である。子が食われる様を黙ってみている親が居ようか。さらに我が子も産まれたばかりの食べ盛りであるがゆえ、報復にとかの鳥の子を我が子に与えんと乗り込んだ所であったのよ」

 

 どちらも我が子の為と言い争う様に、ヴィヴーティはどこか羨まし気な顔をした。そして難題だと頭を悩ませる。どちらの主張も自然界に生きる者として当然の摂理に則ったものである。親は子の為に餌を探し、子が巣立つまで守り育てる。どちらかに肩入れするのであれば、それは贔屓であり、エゴだ。そこに自然の掟は無い。一方を哀れみ、もう一方を無情に切り捨てる行いは人間の領分であるが、人間に過ぎた行いでもある。

 暫くの思案の後、ふと思いついたヴィヴーティは「もしよければ」と一言ことわってから、彼らに提案した。

 

「食事が足りぬと言うのならば、私も子育てに協力しよう。ただ、私の友とする者はみな獣ゆえ、貴方達の子が常々糧としているものを取ってくるのは難しい。故に、菩提樹の果実……無花果を子供たちに捧げよう。ブッダ様の悟りを見守った知啓の果実ならば、貴方達の子に益となっても害にはならないだろう」

 

 ヴィヴーティの解答に、ガルーダとナーガは成程と頷いた。確かにそれは良い考えだと。

 しかし、彼らは一つだけ懸念があった。それはガルーダの子がナーガの子を、ナーガの子がガルーダの子を取って食わないという保証が何処にもないという、両者では如何ともし難い懸念であった。

 それを聞いたヴィヴーティも再度頭を悩ませ、何か良案は無いかと知恵を絞る。

 そんな彼の姿を見て、ガルーダとナーガはふと思い立ったように言葉を吐いた。

 

「そうだ、いっそのことお前が我が子たちを育ててみてはどうだろうか」

 

 異口同音に放たれた台詞に、ヴィヴーティが虚を突かれて目を丸く見開く。

 え、と放心状態で呟く彼を尻目に、鳥と蛇はうむうむと頷き合って自分たちの()()を最良だと判断して話を進める。

 

「そうだな、いくら汝が餌を運ぶとしても我らが目を離した隙にどちらがどちらを喰っても可笑しくはない。その上、我が子らを狙うのは何もお互いの子に限った話では無い。他の我が同胞たち、それも野に生きる者たちは本能的に弱きものを餌と狙う」

「その点、汝が育てるのであれば心強い。少なくとも野生の同胞たちの脅威を考えずに済む」

「さらに汝の下には強き獣たちが集まる。彼らの傍で育てば、我が子らも触発されてより強く育つであろうよ」

 

 子育ての委託は既に彼らの中では決定事項らしい。

 口を挟む間もなく決められた育児に呆然としている間に、ひとしきり話して満足したらしいガルーダとナーガは子供を頼むと言い捨てて森の奥へと消えていった。

 ヴィヴーティが正気を取り戻した時、彼の頭の上には淡い金色のひな鳥が乗っていて、肩口には小枝程の細さの鈍色の子蛇が引っかかるようにして乗っていた。

 何かを考える余力のないまま、取り敢えず転がり落ちそうになっていた二匹をそれぞれ別の腕に抱える。

 陽光の温もりに近い体温にくぅくぅと微睡む二匹に、ヴィヴーティは情動のままにゆるりと微笑む。

 取り敢えず、この小さな命を守らないと。親元から離れたばかりなのに暢気に眠り続ける二匹を生まれたばかりの弟と重ねて笑うヴィヴーティ。しかし、その顔に滲む疲労の影は濃く、何もしていないのに既に育児疲れした母親を思わせる様相であった。

 そんな、神々すらそっと目を反らす嵐に巻き込まれた彼を、森の獣たちは哀れんだ。彼が森に入った本来の目的である「義母へ贈る果実集め」は彼等の同情票によって果たされ、その運搬は余りにも流れるように決まったので主の為に口を挟む事も出来なかった騎獣らが行ったのだが、それはまぁ、蛇足だろうか。

 

 そうして始まった雛と子蛇の子育ては、想像以上に大変だった。

 鳥や蛇の子育てなどしたことがないヴィヴーティは、ひとまず子供たちを野生の中で育てようと泣く泣く森に居住を移した。目を離すたびに満身創痍になる彼に家族は難色を示す。ただでさえまだ親の庇護下にあるべき年齢であるのだ。いくら彼が強くとも、愛しているからこそ僅かの傷も負って欲しくは無いのだ。

 なのに、家を空ける理由が神々の試練。大怪我どころか瀕死が確定事項となった愛息子の未来に両親の顔は絶望に染まり、カルナの顔から表情が抜け落ち、悲壮な空気を察したスバシュは火が付いたように大声で泣き喚いた。軽く地獄絵図である。

 闇堕ち(オルタ)顔でいずれの神の試練かと誰何するカルナに、ヴィヴーティは苦笑を一つだけ溢して――くるりと踵を返したかと思うと、全速力で逃げ出した。途中でわざわざプラブハミトを呼び出して更に速度を上げる見事な逃げっぷりに、カルナの蟀谷から何かが切れる音が聞こえたが、それさえ振り切ってヴィヴーティは逃げた。ガルーダとナーガからの試練だと口にしたらどうなるか、想像がつくようでつかない言いしれない恐ろしさを感じたヴィヴーティは、子育て以外の事柄を一旦思考の外に追いやった。

 そうこうして森で暮らすことになったヴィヴーティは、寄り添う獣たちから助言をもらいながら子育てに励んだ。最初は騎獣に通訳をしてもらっていたのだが、何時の間にやらヴィヴーティは獣の言葉を解する程に自然に馴染んでいたらしい。

 山野に馴染み、獣に馴染み、人間以外への親和性を高めていく己にヴィヴーティは遠い目をして細く息を吐く。人間の柵のない環境に適応した彼に、騎獣はもとより野生の鳥獣も預かった仔らも親愛を示して止まなかった。

 ガルーダの仔はヤシュパルという名の男の子で、ナーガの仔はサラワティという名の女の子だった。しかし、両者は自分たちが殺し合う関係なのだと気付いているのかいないのか、種の垣根も男女の垣根も超えて仲良くなった。なってしまった。

 どうしてこうなったと頭を抱えるヴィヴーティに、さもありなんと頷くのはここ数日ですっかりヴィヴーティの雰囲気に親しみ、彼を愛する獣たちである。

 曰く「貴方を共に養い親と慕い、時に厳しく、けれど愛され慈しまれながら育てられたなら、傍らにある命を同胞だと思うのは至極当然の事柄だろう」と。

 つまるところ、ヴィヴーティは親として真っ当に出来た人間だった、というだけのことだった。両親同士に因縁があっても、当人たちはまっさらな状態で顔を合わせ、同じ人間を親と慕い、同じ寝床で寝食を共にし、同じだけの時間を遊んで学んで……本当の兄妹のように育てられたヤシュパルとサラワティが互いを憎み合う道理など何処にもなかろう、というのが獣たちの言い分だった。

 これに困ったのがヴィヴーティだ。何せ彼等を育てていると言ってもそれは一時的なもので、いつかは親元へと返すのだ。育ての親としては勿論彼らが愛しいし、仲良くしてくれているのならばそれは僥倖以外の何物でもない。

 けれど彼らの親は違うのだ。心の底から互いを憎み、嫌悪しあっている。

 そんな親を見た時、きっと彼らは衝撃を受けるだろう。今更、殺し合う関係の方が正しいのだと言われても彼らは納得しない。何故今更大事な存在と殺し合わなければならないのか、そう言って反発する未来が見える程、彼らはとても仲が良いのだから。

 しかも最近は人形を……否、半獣半神とでも言うべき姿を取るようになってきてからは、友愛や親愛の「仲良し」ではなく、男女としての想い想われ、つまり恋愛方面での「仲良し」に成りつつある。

 子供の成長は早い。それが神の子ならばなおさらだ。それを三ヵ月経つか経たないかの間にしみじみと実感したヴィヴーティは、悩みに悩み、ついに彼らの関係性について打ち明ける事にした。

 覚悟を決めたヴィヴーティは、取り敢えず毎日の習慣で山野を駆け巡って無花果の果実を探して回り、子供たちが満足する分を確保すると急いでそれらを抱え、子育ての拠点と定めた木の洞の中へと戻った。

 

「帰ったぞ、ヤシュパル、サラワティ」

「おかえりなさい、お母さん! 今日はとっても早いのね、嬉しいわ!」

「おかえり母さん。嬉しいには嬉しいが、あまり無理してくれるなよ」

 

 声を掛ければ即座に返ってくる応えと抱擁。最早鷹の子だ、蛇の子だと隠す気など更々ない姿で懐いてくる子供たちに苦笑する。最初は掌に収まる程の大きさしかなかったのに、今や二人の身長はヴィヴーティの背丈を抜くくらいまで成長していた。子供たちより小さくなってしまった事実が喜ばしくも寂しい。

 最初は父と呼ばれていたヴィヴーティだったが、都度「お前たちの父親は別にいる」と言っていたからか、父でないならば母だろうという事で「母親」と呼ばれる事になったのだ。

 無論、母親も別にいるだろう事も、ヴィヴーティ自身が男であることも言い含めたのだが、彼らは頑としてヴィヴーティが「親」である事を譲らなかった。実子ではなくとも養父母ではあるはずだと半泣きで主張する子供たちに、情に絆されやすいヴィヴーティはあっさりと白旗を上げて彼らの「養い親」である事を容認した。

 そんな彼らに、ヴィヴーティは迷いに迷った末、非情に重苦しい声色と雰囲気で彼らの事の次第を説明したのだが、案の定想い合う二人は手を取り合って青ざめ、口を揃えて実の親を扱き下ろし、最後に「自分たちは絶対に添い遂げて見せる」と、一層情熱の焔を燃え滾らせて抱擁しあう。

 往々にしてそういった大恋愛は現実を目の当たりにした途端に破綻するものだが、古代インドにおいてはそういった後世のジンクス染みた話は滅多に聞かない。なにせシヴァとパールヴァティはまさしく親の反対といった大恋愛の要素を備えた上で、献身の末の絶命のち転生、そして現在は夫婦として両者が合一するほど仲睦まじく暮らしているのだ。

 こと恋愛沙汰において、インドは奇跡を惜しまない。無論、身分等の柵によって別たれる恋人たちも少なくないが、耳にする話では今生は駄目でも来世は結ばれていたりする。

 だからきっと、今生で彼らが結ばれずとも、来世では形を変えて再会を果たすのだろう。

 しかし、転生を経験しているヴィヴーティは基本的に「次の生における絶対的な幸福」を信じない。

 確かにヴィヴーティは幸せだ。前世の報われなさは異様だったから、愛し愛される家族がいて、親身になって頼りにもなる仲間がいる今生が幸せではない言えば嘘になる。

 けれども、今生でもヴィヴーティは捨てられた。生みの親から見放され、徹頭徹尾嫌われた。

 父たる太陽神は良いのだ。未だまともに顔を合わせておらずとも、生まれ落ちたその瞬間に心の籠った贈り物を戴いたのだから。だが、母はと言えば、過程は違えど結果は同じ。彼女は生まれたばかりの幼子を川に流し、育った我が子をまるで恐ろしいものを見たかのように拒絶した。

 そんな親を見てしまった以上、彼が来世だなんて不確かなものに養い仔の未来を賭けるなんて事はあり得ない。

 だからこそ、ヴィヴーティは彼等の決死の覚悟を認め、何があろうとも二人の恋を成就させようと誓った。

 養い親の承認に歓喜の声をあげた二人だが……後に二人が、自分たちの我儘の為にヴィヴーティが何を覚悟したのかを目の当たりにした時、心の底から絶望というものを噛み締めた。

 

――それはまさしく、早贄だった。

 

 白い体を鋼鉄の樹木が貫き通す。返しの付いた枝葉は目的が成されるまで枯れる事を知らず、鈍色の幹を赤く濡らした。

 だらりと垂れた両腕は不可思議に曲がったまま枝に囚われ、白く細い指を備えた掌は、彼が生来持つ薄皮一枚ほどの黒鎧とは違う赤を帯びた黒で染まっている。

 風になぶられる赤髪は風雨に曝されてくすみ、血と砂ぼこりで固まり、柔らかさを忘れて軋む。

 力を失くしてがくりと落ちかけている首にも枝が巻き付き、俯く事を許さない。

 幼く丸みを帯びていた頬は窶れ、血の気など零に等しい顔色は蒼さも抜けてただただ白く、石膏で作られたと言われても頷ける程に生気が無い。むしろ、この人のカタチに整えられたものが生身の人間だと言われた方が信じられなかった。

 ……日の光で出来たひとだった。青空の似合うひとだった。

 微笑む顔すら温かく、慈愛に溢れた瞳はこの世の何よりも尊いものだと信じている。

 唯一無二の存在の下へ帰りたいだろうに、朝も夕も、夜にだってずっとずっと傍で自分たちを守り育ててくれた、お人好しなひと。

 大事な大事な、自分たちの養い親。『神鳥の子』でも『蛇王の子』でもない、ただの『ヤシュパル』と『サラワティ』を愛してくれた、自分たちの大好きな、小さくても大きいお母さん。

 

――そのはらわたを貪る自分たちは、悪鬼羅刹にも劣る畜生だろう。

 

 ぐじゅる、ぎち、ぶちゅ。汚らしい音を立てて口腔を満たす赤色は、お母さんが用意してくれる無花果のように甘やかで美味しい。半人半神の持つ芳醇な魔力が胃の腑を満たし、全身に活力を漲らせる。

 無我夢中。そうとしか言いようがないほどの勢いで腹を裂いて臓腑を引き摺りだしても、お母さんの黄金の鎧はすぐさまその欠損を修復する。

 裂いて、出して、食べて。その合間に治るから、また裂いて、出して、食べる。

 腐肉を漁る鳥獣を浅ましいと蔑んでいた頃には戻れない。

 死肉を探る野盗どもを下種だと嘲る事ももう出来ない。

 汚泥を這って生きる彼らとて、厄介事でしかない異種族の仔らを愛し育ててくれた大恩ある養い親の腹を裂き、生きたまま臓腑を貪る我らの卑しさには敵うまい。

 口いっぱいに()()()()()を含みながら、美しい黄金の翼と逞しい蜂蜜色の肌を持つ青年と艶やかな銀の蛇体と淡い鋼色の瞳を持つ乙女は滂沱と涙を流す。手や口だけでなく前身ごろ全てを彩る赤色すら押し流してしまいそうなほどに流れ落ちる透明な雫に、養い親であるヴィヴーティは気丈にも微笑んで彼らを許す言葉を吐き続けた。

 

――大丈夫。恐くない。嫌いにならない。愛している。泣いていい。

――全部全部、解っているから。

――だから、大丈夫……大丈夫じゃないのは、お前たちの方だろう?

 

 眉根を寄せているのに険のないと解る顔で微笑むヴィヴーティに、二人はさらに涙の量を多くする。

 それに焦ったように身じろぐ姿は痛々しいという域を越えて、酸鼻極まる有様だ。

 二人の後方で様子を見守っているガルーダとナーガもざあと血の気の引いた顔をしてその()()を見ていた。彼らは知らなかったのだ。否、知識として聞きかじってはいたが、これ程までとは知らなかったのだ。

 信頼して預けた子供が目の敵にしている輩の子供と恋仲になっている様を見た時、裏切られたような心地がした。子供たちの存在が汚点のように思えた。だからせめてと相手の子供を殺しにかかって、邪魔をされて、また怒りに支配されて。

 言わなければよかった。ガルーダは雄々しく壮麗な赤い翼を力なく地に付けながら、『母』であることを自身に課した少年に自責の念を募らせる。

 茶々を入れるべきではなかった。ナーガは鈍色の太く力強い艶やかな蛇体を曇らせて、呻き声など欠片も漏らさずに子供たちを案じ続ける『母』の姿に、己の器の小ささを思い知る。

 これ以上の惨劇は見たくない。そう思っても、彼らの叫びで始まってしまった試練はすでに彼らの手を離れてしまった。運命に絡めとられ、一つの道となってしまった事象に介入する術を、ガルーダもナーガも、そしてヴィヴーティの騎獣も持ってはいなかった。

 

 言わなければよかった。本当に、言わなければよかった。

 

 「(えさ)の肉も食めぬお前たちなど、これより先生きて行けるものか」だなんて。

 

 「血肉の味を覚えるまで、飢餓に犯された獣となるがいい」だなんて。

 

 ……「そうでなければ、今ここで殺してくれる」だなんて、言わなければよかった。

 

 悄然と項垂れ、過去を悔いる二人の父親の後ろで、ヴィヴーティと縁を結んだ幻獣が狂乱そのものの体で吠え猛る。ひたすらに主人の名を叫ぶ声は怒りと焦燥に彩られ、神獣として気高さや威厳など欠片も見られない。そんなものはとうの昔にかなぐり捨てている。それでも試練だからと蚊帳の外にされた騎獣たちの絶望の深さは計り知れない。

 そして血のにおいの充満する森の中、彼らを取り囲む鳥獣たちは泣き濡れた声色で沈んでいる。叫んでいないのは、既に叫び疲れて喉が枯れたからだ。肉を食む獣も草を食む獣も関係ない。恋い慕う少年とその養い子たちの身に降りかかった悲劇を嘆き悲しむ咆哮はすすり泣く声に変わって場を満たした。

 こんなにも悲惨な光景が神の試練であるだなんて、知りたくもなかった。哀れな程に優しい少年が血に染まる様など、ましてや愛している子供たちの泣き顔など、一生見たくなかったのに。

 

 神鳥と蛇王は掌に爪を立てて己の不理解と浅慮を恥じる。

 自分たちが不用意に発した言葉によって文字通り飢餓に支配された(けだもの)になった子供たちと、彼らの為に、そして一緒に子供たちを見守り育てた森の獣たちが犠牲にならないように自らの痩身を差し出した少年が暮れなずむ空の中で赤に溺れる。

 夜明けから日没までの間、ほぼ一日を費やして行われた試練が終わりを告げる。

 子供たちの口から咀嚼の音が消えると同時に、ヴィヴーティを拘束していた鈍色の樹が轟と音を立てて燃え尽きた。流石に此度の試練はヴィヴーティの父たるスーリヤの許容範囲を超えたのだろう。陽光の下で生きる生命が微睡む前、夜に生きるものが目覚める前の黄昏時、太陽の威光が地上から去る瀬戸際に滑り込んだ太陽神の怒りの炎は、愛しい息子の血に塗れたソレを灰燼に帰してなお赤く燃え盛る。

 その中に見えるカルナに似た黄金の美丈夫は、未だ冷めやらぬ怒りのままに紅蓮を纏った腕を振り上げ――そのまま苦虫を大量に噛み潰したような顔をして、遣る瀬無さげに腕を降ろした。

 『どうしてお前はそれ程まで優しい子に育ったんだ』。声が聞こえたならきっとそういう事を言っていたのだろう。断続的に火花を散らす腕を持て余しながら、カルナと同じ髪色にヴィヴーティと同じ瞳を備えた男神は、枝から解放された途端、地べたに座り込んでしゃくりあげる子供たちを優しく抱きしめた息子の背を見詰める。

 

 生まれたばかりの子供だって、こんなには泣かない。

 それ程までに痛ましい声を上げて全身全霊で泣き喚く二人の『子供』を、この場の誰よりも親らしく在った『子供』があやす。

 その歪さにようやく気付いたガルーダとナーガは、何とか喉奥から絞り出した声で二人の結婚を認めた。

 しかし、二人の耳には実の父親たちの赦しなど聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 吼えど吐けどなくならない心の澱を持て余したまま、幼い恋人たちは温もりの薄くなった母の胸に縋りつき、気を失うまで泣き叫び続けた。

 

 

 

 




 ……と、第四の試練、神鳥ガルーダと蛇王ナーガの試練はこのような顛末です。
 この後にヤシュパルとサラワティは結ばれ、子供を産みました。それが第四の試練で得た騎獣ならぬ幻獣、人の身体に黄金の大翼と鉤爪、銀色の蛇尾と牙を持つ、有翼有尾のシャバナ……僕らの家族です。
 え? あ、はい、家族です。義理ですが。
 何故って、それは勿論、あの子の親はヴィヴーティ兄さんの養い子ですから、ヤシュパルとサラワティは僕らの甥と姪です。その子供なら当然又甥ですので僕らの家族です。
 ……カルナ兄さんたちはヤシュパルたちを許したのか?
 ええと、許す許さない以前に、あの子達もある意味被害者ですから……余りにも摩耗が酷くて自殺未遂を起こしたうえ、カルナ兄さんに殺してくれと懇願した事もあったそうで。勿論カルナ兄さんは断りましたよ。ただ、それからしばらくヴィヴーティ兄さんを片時も離さない時期があったそうです。
 そうそう、ヴィヴーティ兄さんも僕らも、今でもヤシュパルたちに会いに生きますよ。
 二人は気まずくて仕方がないそうですが、それでも兄さんと子供に会えるのは嬉しいようで……あぁ、心配せずとも二人はあれから一切肉を口にしていません。というより、口に出来ないのだと思います。幸いあの森の獣たちは理解がありますから、森の恵み、とりわけ無花果はあの子たちの為に残しておいてくれています。
 持ちつ持たれつで上手くやっているようで、安心です。
 ……ガルーダとナーガ、ですか?
 あぁ、彼らはあの後仲直りこそしませんでしたが、あの二人と孫、それからヴィヴーティ兄さんの事は決して害さないと誓ってから立ち去ったそうです。彼らの事は好きになれませんが、時々やたらと目立つ鳥と蛇がこっそり覗きにくるのは見逃しています。

 さて、これで第四の試練はおしまいです。
 少々舌が疲れたので、次はラリットにお願いしますね。
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