【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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原作開始前
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吾輩は赤子である。名前はまだ無い。いや、今つけられた。エステルというらしい。己の<知識>に照らしてみれば、その名前は外国のモノであるから、おそらくここは日本ではないのだろう。

 

いや、まあ、最近はキラキラネームとかそういうのがあるらしいので、周りで話されている言語的にそう判断する。

 

まあそれはそれとして、はてと思う。

 

吾輩は赤子である。己の知識に照らし合わせてみれば、自分のような赤子がこのような思考と知識を保有していることはおかしなことであると気づく。

 

そもそもそのような疑問を持つこと自体が異質であるはずだ。それとも、赤子というのは親の知らぬところでこのような思考をしているのだろうか。

 

思考がはっきりしたのは、白い木綿の布に包まれ、おそらくは母親と思われる長めの濃い茶髪の女性に抱かれている状態で目覚めた時の事だ。

 

うっすらと残る記憶に胎内で一定のリズムを刻む心音にまどろんでいたことや、万力で締め付けるような分娩時の痛み、肺から水が抜かれて逆に空気が満たした感覚、産湯で肌を拭われる感触などを覚えている。

 

 

「目元はお前そっくりだな、レナ」

 

「ふふ、そうですか? 口元は貴方似かもしれないですよ」

 

 

問題は視界がぼやけること。何らかの障害かと考えたが、己の<知識>の中に曖昧であるが赤子というものは最初は視力がはっきりしないという情報があるようなので、それに期待するしかないだろう。

 

聴覚はそれなりに働いており、少し変わった発音やアクセントながら英語に近い言語が話されているらしい。

 

残念ながら己の英語の聞き取り能力は高くないらしく、周囲の会話を完全に聞き取ることができない。

 

ただ、会話の調子から産後の母親の健康状態は良好のようであり、また会話の内容は明るく楽し気であり、それは大変結構な事である。

 

会話の内容からして母親の名前はレナというらしい。この場には3人の人間がいることがぼんやりとした視界と会話から聞き取ることができる。

 

母親以外の一人は背の高い栗色の髪をした、おそらくは父親と思われるカシウスと呼ばれる男。そして黒いフード付きの衣服の人物。

 

最後の一人が何者かは、会話から推理するに、聖職者であり、おそらくは宗教的な洗礼か助産師の役をした女性である可能性がある。

 

こんな事があるならば英会話の勉強をもっとしておくのだったとふと思うが、しかし何故己はそう思ったのだろうか。

 

分からないことが多いが、目下の問題について自分なりの推察をしようと考える。人間は考える葦である。

 

さて、通常の場合、赤子は無知で無垢なものであると表現される。それは遺伝子のなせる本能と胎内環境で間接的に与えられただろういくらかの刺激以外に行動指針となるものが無いからだ。

 

故に高度な知識を持つことは無い。まっさらとはいかなくとも、無垢であるという表現は限りなく正しいものであろう。

 

しかしながら、意識するだけでも高度な数学や科学知識、歴史や社会についての知識が己にはあり、乳幼児に高度に論理的な思考が可能であるかは別として、己の状態は極めて異常であると断定せざるを得ない。

 

何故、一介の赤子でしかない己にこのような<知識>があるのか。

 

文字についての知識があるようなので、なんらかの胎教によって知識を埋め込まれた可能性は無い。

 

また、この世界に赤ん坊に知識を植え付ける技術が存在することを仮定するが、しかしその知識は隔たっており、日本語を理解して親の言葉を理解できないという大きな矛盾をはらむ。

 

己の<知識>にある科学的な思考において現状を説明することは適わないようであり、関連付けを行いながら己の中にある<知識>を引き出していく。

 

その結果、己に与えられている<知識>に一種の偏りがあることを発見する。まず、専門知識は工学、特に航空機や推進機関に関わる分野に異常な偏りを見せる。

 

しかし、物理学や化学、特に工学を中心に深い知識がある一方で、医学や生物学などについてはそれほどの深い知識は無いらしい。

 

とはいえ、遺伝学やiPS細胞などの知識は広く浅く保有しているようだ。外国語については、英語の読み書きは十分にできる水準、会話は限定的という状況らしい。

 

また、科学知識については充実しているものの、歴史や法律についての知識には疎く、物理については専門用語を語れるくせに、法律の条文についてはいくつかの憲法以外には全くと言っていいほど知識がない。

 

つまり、学問の知識の取得状況において何らかの作為が発生していることが推察される。

 

また、文化面においては有名な作家や作曲家、芸術家の名前や作品名程度は知るものの、その内容については疎く、古文に至っては特に有名な作品の冒頭のみをそらんじることができる程度だ。

 

逆に、SF小説の類や漫画、テレビゲームの一部作品についての知識はそれなりにあり、ここにも知識の偏りが見られる。

 

さて、この<知識>の偏りはいったい何に起因するものなのか?

 

推測するに、これはおそらく一個人の知識ではないかと考える。すなわち、日本という国に生まれ育ち、住んでいるだろう一個人の知識を自分は保有しているのだ。

 

ここに一つの、科学的には認めがたい推測が生まれる。つまり、己はその知識を持つ一個人から知識を受け継いで生まれ落ちたのではないかという推測である。

 

これ、すなわち輪廻転生。

 

ヒンドゥー教や仏教における宗教思想であるが、これが一番しっくりくるような気がする。では元の知識を持つ一個人、その人物をXとするなら、Xは既に死亡しているのだろうか?

 

これ以外の推論についてはXが夢を見ている状態で、すなわちこの状況そのものが夢であるというモノだが、それについては考えても仕方がないので無視することにする。

 

Xが死亡しているかどうかは現段階では不明である。しかし、これが夢であるという推論は無意味であり建設的ではない。分からないことは後回しにすべきである。

 

さて、この状況を転生とするなら一つの問題がある。すなわち、前世たるXが何者か、己は皆目見当がつかないのである。

 

名前も、性別も、年齢も、身分も分からない。両親の名前、友人、恋人、人間関係全般における知識、すなわち『思い出』がどこにもない。

 

つまり、己はXの純粋な知識のみを継承し、しかし全ての思い出を失っている。そういう意味では、本当の意味で己は生まれ変わったのだろう。

 

Xの生死は不明であるが、性別については一定の推察が可能である。

 

知識の隔たりと男女の持つ知識の差、つまりは興味の対象あるいは化粧や女性の生理などの知識に乏しいことからXが男性であったことは間違いないように思える。

 

さて、これ以上の推測は今は不可能である。何よりも眠い。赤ん坊というのは長い時間起きてはいられないようである。ああ、瞼が重い。

 

 

 

 

さて、私が生まれ出でて数か月が過ぎようとしている。起きていられる時間はおおよそ6時間ほどで、食事は母乳が主である。

 

母乳が美味いかどうかは未知数だったが、赤子の己には美味く感じる。こくまろである。いや、真面目に表現するならば甘いと言った方が正しいか。

 

まあ、不味いと感じるようであれば、赤子は授乳を拒否して生き残れないだろうから、これもまた人類進化の結果なのだろう。

 

好き嫌いは快楽と苦痛であり、これは生物の根源的な価値判断の指標である。故に快楽と苦痛を端的に表現する感情は価値判断と直結し、感情とは人間性の根本である。

 

故に快楽を求め、苦痛を避けたいと願う欲望というシステムは人間性と切り離すことは出来ない。脱線したが何が言いたいかと言うと、毎日同じような味というのは正直飽きる。

 

さて、この頃になると視界がはっきりとしてきて、周囲の様子が良く分かるようになる。家族構成は父親と母親と自分の3人、核家族というやつであろうか。夫婦仲は悪くないようだ。

 

これまでの間、私はこの世界の情報収集に努めていた。視界がはっきりしないのと、赤ん坊故に行動範囲が狭いなどの理由から他にやることが無かった…という理由が主である。

 

幸いにも言語習得は驚くほど容易に行うことが出来た。これはおそらく<知識>の中に基本的な英語の知識があったからだろう。

 

これにより、自分が置かれている状況、この世界についてかなりの情報を収集することが出来た。情報とは時に金よりも価値がある。

 

まずは家族について。父親の名前はカシウス・ブライト、母親はレナ・ブライト。つまり自分はエステル・ブライトとなる。

 

住んでいる国の名前はリベール王国、近くにはロレントという大きな町があるらしい。Xの知識は地理については詳しいわけではないが、Xの知識の中にリベール王国なる国家は存在しない。

 

肌の色からして白人であるから、欧州かその元植民地の小国である可能性を疑ったが、他の情報がそれを否定した。

 

まず、父と母の会話の中に飛行船(エアシップ)や導力器(オーブメント)、導力灯などの単語が散見された。

 

飛行機(エアプレーン)ではなく、飛行船(エアシップ)。どうやらこの世界においては飛行機ではなく飛行船が常用されていることが推察される。

 

家にある家具・道具類から見ても文明レベルは20世紀初頭であると考えられなくもない。しかし、最大の相違点は暦と宗教である。

 

七耀歴(セプチアン・カレンダー)、S1186年。それが私の生まれた年だ。さらに宗教においても大きな違いがある。

 

この世界では空の女神エイドスを信奉する宗教、七耀教会(セプチアン・チャーチ)が信仰を集めているらしく、少なくとも両親はその信徒であり、私自身もそこで洗礼を受けている。

 

このようなことから、この世界はXが存在した世界とは何かが異なるのではないか、と私はそう推測した。

 

注意深く両親や彼らを訪ねてくる客人たちの話を聞けば、いくつもの固有の言葉が現れる。

 

七耀石(セプチウム)、導力器(オーブメント)、アリシア女王、遊撃士(ブレイサー)、エレボニア帝国、カルバード共和国、リベール通信そして魔獣。これらは<知識>に存在しない言葉だ。

 

異なる世界。地球とは異なる惑星、地球がある宇宙とは異なる宇宙、あるいは多世界解釈におけるパラレルワールドの可能性。いずれも現在の段階では判断はつかない。

 

だが、少なくとも異なる国というレベルでの相違とは次元が異なる、『異世界』であることは間違いないだろう。

 

さて、父親のカシウスは軍人らしく、仕事から帰って来た時には緑色を基調とした軍服を着ている。また、客人としてモルガン将軍なる人物が訪ねて来て、よく父や母と歓談している。

 

モルガン将軍は厳格な人物だったが、歓談においては始終和やかな雰囲気が流れていたので父との関係は良好な物なのだろう。将軍という地位の人物と仲が良い父はそれなりに将来を嘱望されているらしい。

 

ベビーベッド、本棚、タンスなどの調度品、家の広さから言えば家族はさほど困窮してはいないようだ。ただしお手伝いさんがいるほどには裕福ではないらしい。

 

テレビやラジオなどのメディアは見当たらず、新聞が大衆情報媒体の主体であるらしい。電灯らしきもの、導力灯があり、窓には板ガラスがはまっているので文明レベルはある程度の推察が可能である。

 

まあ、これが私の周囲の状況ということだろう。現状を鑑みるに自分の置かれている環境は悪くはなく、むしろ良いものだと言える。

 

両親や客人の話を分析すれば、リベール王国の治安は悪いものではなく、基本的には平和であるといっていい。

 

ただし、北のエレボニア帝国とは緊張状態があるらしく、必ずしも戦争が起こらないわけではないようだ。

 

だが、目下の問題は自分の置かれている状況というか、つまり自分が己の力では何一つできない赤子であるということである。

 

記憶は無くとも<知識>には事欠かない自分であるが故に、私は通常の赤ん坊よりも遥かに精神年齢が高くなっている。

 

このため、赤ん坊独特の泣くという表現方法がとれない。それは羞恥心でもなんでもなく、単純に悲しいわけでもないのに泣くことができないからである。

 

そして再三繰り返すが赤ん坊は自分では何もできない。排泄物は半ば垂れ流しであるし、食事にしても一回で食べられる量は限られるため、それらの世話をしてもらうためのアピールをしなければならない。

 

生まれながらに常識や羞恥心などというものを持ってしまった私にとってそれらは存外に苦痛であり、どのように訴えればよいか意味もなく悩んだこともある。

 

とまあ、そういうわけで早期の喋ってしまっても両親に不審に思われないかが心配で、なかなか言葉を発する機会に踏み切れないでいたが、ママ、パパ辺りの言葉を恐る恐る喋ると逆に喜ばれた。

 

というか、両親は親バカだったらしく、父親などはウチの子は天才だぞとかなんとか興奮して高い高いされた。ただし、揺さぶるのは勘弁してほしい。酔う。

 

まあ、そんな事もあり、こと言葉についてはできるだけ話すように心がけるようにした。とはいえ、優しい母親を不安がらせないように段階的に覚えていることを装う感じで…だ。

 

この頃になると絵本の読み聞かせが始まり、文字体系についても英語とほとんど変わりなく、一部の固有名詞を除けばほとんどが<知識>の知る範囲内に収まっていることを把握した。

 

しかし、基本的に情報源が制限されるというのが赤ん坊の生活である。4か月と少しの間、集めた情報の断片をつなぎ合わせて知識にすることにもいい加減飽きてきたし、じれったい。

 

正直、積木とかお人形さんとかで遊んで喜ぶような精神年齢ではないのである。何よりも<私>はもっとこの世界を知りたい、そんな欲求を抑えることが出来なくなってくる。

 

そうした欲求の表れは手始めにリベール通信という雑誌や新聞を盗み読むという行為に私を走らせた。

 

父が高位の士官であるからか、その手の新聞の類にはこの家は事欠かなく、帝国時報といった外国の新聞も購読しているようで興味深い。

 

とはいえ、この世界の歴史や地理を正確に把握していないために、これらの情報を完全に咀嚼することができないでいた。情報のピースが足りないのだ。

 

まあ、そんな盗み読みのような行為が親の目に入らないわけがなく、結局は母レナに新聞を読んでいるところ、かなり集中して読んでいたのでいつから見られていたのか分からないが、見つかってしまう。

 

母は訝しみながら聞いてくる。

 

 

「ねぇ、エステル。そんな難しい新聞読んでいて楽しい?」

 

「うん」

 

 

さて、どうするか。お父さんの真似をしていたの…とか言い訳して通じるだろうか?

 

生後半年にも満たない乳児が新聞を読むなどと言う行為は<知識>においては異常であるが、この世界においては分からない。

 

この世界の子供が生まれながらに<知識>を持つことが異常なのかそうでないのかも定かではないのだ。

 

 

「おかーさん、レマンじちしゅーってどこにあるの?」

 

「えっと、ずっと東にある場所よ」

 

「ちずってある?」

 

「えっと、どこだったかしら」

 

 

とりあえず今のところは質問攻めでお茶を濁してみた。

 

母は世界地図をどこかから持ってきて、私はその地図の地域や国を指して、そこがどのような場所であるかなどと質問を繰り返す。

 

レマン自治州は導力器の開発を行うエプスタイン財団や、遊撃士協会の総本部がある場所だと新聞に書いてあった。私は他にアルテリア法国やレミフェリア公国など様々な国について母に教えを乞う。

 

そうやって母の疑問を振り切るとともに、今まで漠然としていた地理に関する知識についてある程度の整合がとれたのは収穫であるが、私の新しい知識への欲求は満たされるどころか、さらに大きくなっていった。

 

そうして私はある夜、一大決心をして、父が帰宅した時、母が家事で目を離している隙をついて父に話しかけた。

 

 

「おとーさん、おとーさん」

 

「なんだエステル、お腹がすいたか?」

 

「しつもんがあります」

 

「質問? なんだ言ってみろ?」

 

「たましいはどこからきて、どこへいくのか」

 

「…えらく哲学的な質問だな」

 

「こまっています」

 

「ふむ…、困っているのか」

 

「こどもは、無垢で無知なそんざいですか? おとーさんは、わたしがふつうだとおもいますか?」

 

「…エステルは賢いな」

 

「こたえてください」

 

 

視線が交錯する。そして、父はため息をついて肩をすくめた。なんとなく、その後に続く言葉に予想がつく。

 

 

「お前は…、そうだな、異常だ」

 

「…そうですか」

 

「だが、それでもエステルは俺の娘だ」

 

「おかーさんも、そうおもってくれますか?」

 

「レナは…、ああ、大丈夫だ。お母さんも何があっても、きっとエステルを嫌いにはならない」

 

「おかーさんに話すかどうか、おとーさんにおまかせします。いまは、おとーさんとふたりではなしたいです」

 

「分かった」

 

 

母は優しい。だけれども、父は私を異常だと認識している。母もきっとそうだろう。これから話すことは、きっと私がもっと異常であることを父に知らしめるだろう。

 

私はそれを父に明かすことを決断した。

 

これで彼が私の面倒を見れないと判断するならばそれでいいだろう。そうなら、出来れば良心的な施設に預けてほしい。出来うる限り、母を傷つけない形で終わらせたい。

 

父は私を抱き上げて書斎へと向かう。父の書斎には初めて入る。部屋の中には使い勝手の良さそうな机があり、そしてたくさんの本が並ぶ本棚がある。父は椅子に座り、そして私をなでた。

 

父に撫でられるのは嫌いではない。自分の精神年齢はあくまでも<知識>によってかさ上げされた仮初のものであり、心はどうしても身体を無視して発現しえない。

 

赤ん坊の体ならば、心もやはり赤ん坊のものなのだろう。

 

 

「おとーさん、輪廻転生説(リンカネーション)という言葉はこのせかいにありますか?」

 

「東方の思想だな。聞いたことがある。…なるほど、そういう話か」

 

 

父は合点がいったように頷いた。東方(オリエント)というのは、ゼムリア大陸西部に位置するこの国から見た東部地域のことだ。

 

文化的に大きな違いがあるらしく、この辺りは元の世界のヨーロッパとアジアの関係に近いかも知れない。

 

 

「<ちしき>はあります。<きおく>はありません」

 

「前世の自身が何者かは分からない、だが知識だけ継承している…か」

 

「おそらくはだんせい、せーじん以上、みこん、こーがくをふかく学んでいた」

 

「<知識>からの類推か?」

 

「はい」

 

 

父カシウスは立ち上がり、蒸留酒、おそらくはブランデーの類の瓶を戸棚から取り出してグラスに注ぐと、それを呷った。

 

表情は凛としていて、私の話を冗談半分で聞いているわけではないのが見て取れる。だけれども、そこに怖さとか異物を見るような雰囲気はどこにもなかった。

 

 

「それで、お前はどうしたい?」

 

「この世界では、ヒトは月にとーたつしましたか?」

 

 

父がむせる。

 

 

「まさか…、いや、そういうことなのか?」

 

「わたしの知る文明のすいじゅんとは50年ていどの隔たりがあるようです。あと、しちよう教会とどうりょくかくめいはなかったです」

 

「異なる世界からの来訪者か。女神も気まぐれをなさる」

 

「おとーさん、私は、このせかいのこと、たくさんの事をしりたいです。わたし、気になります」

 

 

 

 

父への告白の後、私は彼といくつかの約束をした。父は私が望む知識を出来る限りにおいて提供する。そしてもう一つ、私は子供らしくちゃんと友達を作って遊ぶこと。

 

<知識>によるなら子供の遊びは運動能力や社会性の向上、情操教育に役に立つはずなので、<経験>の無い私には必要な事なのだろうと了承した。

 

そうして母に連れられてロレントの街で仲良くなった同年代の少女たちがいる。パーゼル農園の長女であるティオと居酒屋《アーベント》の一人娘であるエリッサだ。

 

まあ、いまだ1歳という年齢なので自由に外で遊ぶなんてことはできないので、母に連れられて出会ったときに遊ぶといった仲でしかない。

 

相手もまだちゃんと言葉を話せないので、どちらかと言えば世話をしているという感じだが。エリッサは活発で、ティオは聞き分けがいい感じ。

 

知識の収集については、前世の影響なのか技術系への好奇心が強い。もちろん、歴史や地理も面白いが、やはりこの世界独特の技術体系である『導力技術』には心惹かれる。

 

電磁力とは大きく異なる性質を持ちながらも、共通点もあり、またこの世界の基幹技術であるそれは大きな魅力に満ちていた。

 

導力革命から30年と少し、それは地球における産業革命を上回る速度でこの世界の生産性、社会基盤、経済、軍事に至るほとんどの分野に変革をもたらした。

 

何しろ導力革命から20年も経たない内に人類は空を飛ぶ、導力飛行船を完成させるに至ったのだ。

 

地球ではイギリスで1760年頃から起こった産業革命から、実用的な飛行船が生まれるまで100年以上かかっていることを考えれば、導力技術の発展速度がいかに異常かがうかがい知れる。

 

その影響は兵器にまで及び、火薬式の兵器のほとんどを駆逐するに至っている。重力制御にすら踏み込める導力は、その利便性において電磁力の比ではないということだろう。

 

地球と異なるのは技術面だけではない。この世界には魔獣という特殊な生物がおり、これらは驚くべきことに『魔法』を行使するらしい。

 

まだ実際に目で見たわけではないが、父の話では本当らしく、さらに言えばこの世界の人間の身体能力の上限もまた地球人類のそれを遥かに上回るとのことだ。

 

身体能力については父が実演してくれた。地球のオリンピック選手すらかすむ様な跳躍力などを見せられた時は驚きを隠せなかったし、少しおだてて本気を見せてほしいと言った際に目撃したそれは正直引いてしまうほどだった。

 

なんだろう、すごい回転した後不死鳥とか見えたんだが、意味が分からない。親父フェニックス? 母さんは呆れたような苦笑をしていたが、あれがこの世界の標準なのだろうか?

 

母が言うには父はとても強いらしいが、身内の言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。

 

父は優秀な軍人らしいが、軍人の士官に個々の戦闘能力はそこまで求められないはずだから、高く見積もっても父は中の上ぐらいの実力と考えた方がいい。

 

なんというか、少年向けの漫画かアニメみたいな世界だ。あるいは、もしかしたら母も侮れない強さを秘めているのかもしれない。

 

父が言うには氣とかいう生体エネルギーの運用を行っているらしく、これも地球の常識では推し量れない技術体系だ。

 

父が言うには訓練次第で誰にでも習得できるらしく、誰にでも出来るという事は、この世界で生きるための必須の技術と考えた方がいいのかもしれない。

 

しかし、もしかしたら、この世界はとんでもなく危険な世界なのだろうか?

 

文明が発展し、流通が確保されていることは生活水準から理解できるが、魔獣の存在しかり父親の身体能力しかり、ある程度覚悟を決めておかなければならないのかもしれない。

 

聞けば遊撃士なる魔獣退治などを生業とする職業もあるらしい。

 

父も軍人である以上は危険な任務に就くこともあるだろう。我が家はそれなりに裕福だが、いつどんな事故や不幸に巻き込まれるかはわからない。

 

父親には子供は子供らしくした方がいいと言われたが、そういった自重が命取りになる可能性を考えておくべきだろう。

 

私は父の教えを積極的に受け、知識の収集の傍ら、氣の扱いや身体能力の向上に努めることを決意した。

 

 

 

 

そうして、4年の月日が経過した。私は4歳になり、それなりに自由に外に出られるようになった。

 

この頃になると、導力学についてかなりの見識が得られるようになり、ロレントのメルダース工房にも頻繁に遊びに行くようになった。

 

不要なジャンクを貰い、初めて導力仕掛けの玩具を自作した時などは興奮を覚えたものだ。

 

氣の扱いもなんとなく出来るようになった。父のほどには上手くはいかない。父は麒麟功とか言っていたが。

 

とはいえ、ティオやエリッサとも頻繁に遊ぶようになったが彼女らに特別な身体能力があるとは思えない。

 

だが、遊撃士には女性も多いらしく、彼女らにはその片鱗はまだ見えないものの、この世界では男女の差など些末なモノなのかもしれない。

 

最近は知識の収集と同時に、自分のもともと持っていた<知識>とのすり合わせも行っている。同時に、ちょっとした実験も行い始め、最近ではいくつかの導力機械を試作している。

 

ティオに言わせれば、また変なモノを作っているとのことだが、エリッサはけっこう喜んでくれる。ティオはちょっとおしゃまなようだ。

 

 

「エステル、それなに?」

 

「飛行機です。模型ですけど」

 

 

今日は昨日完成した模型飛行機をティオとエリッサにお披露目する。小型の導力エンジンを搭載し、木製の骨格と紙で作ったレシプロ機だ。

 

この世界では揚力を用いて飛ぶタイプの飛行機は創作の中でしか登場しないものの、理論が存在しないわけではない。揚力自体は帆船にも適用されるから、アイディア自体はあるのだ。

 

 

「飛行機? 飛行船じゃなくて?」

 

「飛行船は重力制御で浮かびますが、飛行機は空気の流れを利用して浮かびます。鳥が飛ぶのと同じ原理ですね」

 

 

揚力はベルヌーイの定理では説明できないんだぜ的な事を4歳児に説明しても意味がないので、説明は簡単に済ませる。

 

 

「エステルは毎度変なモノつくるわね」

 

「ねえ、本当に飛ぶの?」

 

「見てのお楽しみ…、行きますよ!」

 

 

複葉機。プロペラを指で勢いよく回すと、それに従いエンジンが作動してプロペラがブーンという唸りをあげながら高速回転しだす。私はそれを見届けると、慎重に勢いをつけて模型飛行機を放った。

 

そうしてそれは大きな音を立てながら空を滑空し、大空を舞う。大きく弧を描きながら青い空を舞い、大きな円を描いた。

 

 

「すごいよエステル! 本当に飛んでるよ!」

 

「うわ、本当に飛んでる…」

 

「うん、大成功かな」

 

 

そうして模型飛行機はしばらくロレントの郊外の空を飛翔し続け、しばらくすると導力が切れて失速し始め、ゆっくりと滑空しながら地面に落下した。

 

この世界、飛行機と言うべきものは実用化せず、飛行船が主流となっている。だけど今のそれは速度的に十分ではない。

 

私の前世、<知識>には航空機についての知識が豊富にある。それは、あるいはかつて私だったXが空の道を志していたからだろう。だから、どうしてだか、私はいつの間にか空に強い希求を覚えるようになった。

 

夢が定まる。私はこの世界で、私の飛行機を飛ばしてみたい。

 

いつかこの空に、私だけの軌跡を描くために。

 

 

 





エステルを魔改造してみた。エステルスキーさんにはウケが悪いでしょうが、反省はしていない。太陽娘がお好きな方、お目汚しすみません。

動機は、あんなチートな親父の血をひいてるのに、エステルってあんまし強くないよねっていうのが最初です。

弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎はバーニングハートとかチート性能なのに。麒麟功ぐらい使えてもいいよね。どうせなら八葉一刀流とか継承しちゃっても問題ないよね!

そんな感じで妄想していった結果がこれだよ!



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