【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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「生き残った者は軍に引き渡した。どうやら帝国方面の猟兵らしいな」

 

「…そうですか」

 

 

シラー猟兵団という大陸北部で頻繁に活動している猟兵団らしい。

 

猟兵(イェーガー)とはXがいた世界ではかつては猟師のような職の人々を集めた歩兵、そして散兵戦術におけるエリート部隊から、現代では山岳部隊や空挺部隊などの特殊な技術を習得した軽装歩兵に付けられる兵種の名前だった。

 

だが、こちらの世界ではどちらかというと傭兵としての意味合いが強い。特に優秀な傭兵部隊に付けられる称号であり、その錬度は基本的に国軍のそれを上回る戦争のプロフェッショナルだ。

 

ミラ次第ではいかなる依頼も受けるため、このような誘拐といった後ろ暗い仕事を請け負うこともあるのだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

「はいと言いたいところなんですけど…」

 

「ふむ」

 

 

ボースのホテルで私たちは一泊する。久しぶりのベッドと穀物や新鮮な野菜を使った食事。文明の光と、人々の営みの気配。なんだかそれらが酷く遠く見えるようなそんな感覚。

 

まだ手が赤く染まっているような幻視。肉や骨を切断した独特の感触。耳に染みついた断末魔。脳裏に浮かぶ惨状と、化け物を見るような目。

 

 

「後悔はしていません。罪悪感なんておこがましい。ただ、なんというか、手から感触が取れなくて。今でも手に血が付いているような。彼らに失礼ですよね。吐き気が止まらないなんて」

 

「ヒトを初めて斬った時はそういうものじゃろう。じゃが、殺し過ぎじゃったな。もう少し、手加減を覚えよ」

 

「そうですね、急所を峰打ちすることも出来たはず。ですが、今回は私は自らの意志で殺人を行いました。経験したかったんです。いつか、突然のように行わなければならなくなった時に心を動じさせないために」

 

 

力を求めるとはそういうことだ。力をもって守るならば、殺人はいずれにせよ私の業となるだろう。その時に心を乱して、大切なものを取りこぼしてしまわないように。私は経験しておきたかった。人を殺すという感覚を。

 

慣れるとかそういうのではなくて、その時が来た時に《初めて》であることを恐れたから、そういう結論に至った。

 

来世で私が殺した彼らがもう少しマシな人生を送れるようにと祈りはする。それでも後悔はない。する必要もないし、してはならない。

 

既に私は間接的に人を殺していて、それが直接的になったかの違いだ。でも、やはり殺し過ぎた。本来ならば半分以下に抑えられたはずだ。

 

最初は手加減すれば殺されるかもしれないと思ったから、相手の手数や連携を防ぐために斬った。正直な所、余裕なんてなかったし、油断して死んでしまったら元も子もない。

 

でも、後の方はどうだっただろう。彼らは完全に前後不覚となり、連携は崩れ、恐慌に陥っていた。そんな彼らを私は嬉々として殺してはいなかったか?

 

 

「違う、私は楽しんでなんかいないっ」

 

「エステル、今日は何も考えずに休め」

 

 

その日はあまりよく眠れなかった。

 

 

 

 

翌日、顔を洗って朝の支度をし、そしてホテルの裏の庭で剣を握る。振ることは無く、ただ静かに心を研ぎ澄ませる。

 

昨日はあまり眠れなかったし、夢も見なかった。疲れはあまり取れず、すこしだけダルさが残る。雑念を振り払って、剣から世界へ、周囲の気配と同調して瞑想を行う。

 

木々が風に揺られて若葉を揺らし、その隙間から漏れる朝日が揺れる。小鳥が囀る声が聞こえる。小さな雀が私の周り、足元で飛び跳ねる。

 

同じホテルに泊まっている人が早朝にもかかわらず散歩を楽しんでいる。彼らは私がいないものとして振る舞う。いや、彼らは私を見逃している。風が私の髪を揺らして、私は瞳を開ける。

 

そしてゆっくりと歩き、太刀の切っ先を雀の目と鼻の先に突き付けた。それでも雀は全く動じず、首を傾げる。

 

私は息を吐いて剣を振るい、鞘に納刀した。その瞬間、雀は私に気づいて飛び立つ。散歩していた人が刀を収めた音に気付いてこちらを向いた。軽く会釈をする。連れがいるようだが、見知らぬ人物だ。

 

 

「見事じゃな」

 

「見ておられましたか」

 

「いや、『見えなかった』」

 

「先生にもそうなら、実戦にも使えそうです」

 

「まるで忍か凶手の技よな」

 

「ごくたまに、こういう事が出来る時がありました。意図して行えるようになったのは最近ですが」

 

 

ユン先生に向き直る。コンディションはそこまで悪くない。疲労はあるが、氣の操作によって体の調子を最善に保つ。半ば強制的なカンフル剤のようなものだ。

 

この疲労はおそらくは精神的な部分が大きいのだろう。修行不足。身体だけでなく、心の状態も操作できなければならない。精進が必要だ。

 

 

「良いのか? 一度、ロレントに帰っても良いのじゃぞ?」

 

「いいえ、構いません。彼らは私の糧となった。私は喰らい、血肉とする。私は進みます。生きるとはそういう事でしょう。因果は巡る。これが罪ならば、いつか代償を支払わなければなりませんが」

 

「王国軍と遊撃士協会が動いておるそうだ。客が来ている」

 

 

ユン先生の後ろに控えていたのは黒い軍服の青年。情報部の将校らしい。彼は先生の前に出て、私に対して敬礼を行った。

 

 

「王国軍情報部のラウノ少尉であります。博士、此度の事は誠に申し訳ありませんでした」

 

「雇い主は分かりましたか?」

 

「エレボニア帝国のようです。一部の急進派のようでして、現在、外交筋で正式な抗議を行うことになるでしょう」

 

「解決しますか?」

 

「現在、軍をあげて残党の掃討を行っております。既に王国内に侵入した猟兵団は捕捉済みでして、近く殲滅できる見込みです。大変申し訳ないのですが博士の戦果については、残念ながら公表はできません。今回彼らを殲滅したのは王国軍ということで表向きには通達を行います。関係書類等については完全に抹消させていただきます」

 

「いえ、構いません」

 

 

私が殺したという情報を表に出したくないようだ。私に悪意の矛先が向くことを危惧しているのだろうが、飛行機の開発で帝国兵を虐殺した私は、実のところ既に憎悪されているのではないだろうか。

 

今のところ、その憎しみの捌け口は帝国政府を騙し、戦争の原因を作り、両国の無辜の人々を死地へと追いやった旧主戦派などに集まっているようだが。

 

これについては、王国軍情報部の世論操作による影響が大きいだろう。各地における人のたまり場で、戦役における負の感情のベクトルを王国ではなく帝国へ向けるような操作がなされている。

 

マスメディアについては帝国の検閲が強くて入り込みにくいが、帝国時報にも手が伸びているらしい。真実に限りなく近い、帝国のタカ派にとって不利になる情報を流している。

 

世論操作と言えば、ZCFとリベール通信の共同によりラジオ放送局の開局が予定されている。航空機用の無線通信の進歩が、安価な家庭用のラジオの生産を可能としたのだ。

 

これにより高音質の高級なラジオと、安価で小型のラジオの販売が準備されており、今年の女王誕生祭に向けて急ピッチで準備が進んでいる。初の放送内容は誕生祭での女王のスピーチとなる予定だ。

 

ラジオはナチスドイツにおいてもプロパガンダに利用された経緯があり、そのあたりも情報部に研究させている。

 

接続詞や言葉遣い、何気ない表現でただのニュースさえも何を強調したいか、印象ががらりと変わってしまう。そうして少しずつ国民の防諜意識や教育に対する意識などを誘導する研究がなされている。

 

 

「ところで、生き残った彼らの様子はどうですか?」

 

「酷く怯えており、素直に尋問に答えています。情報をある程度吐かせ次第、内々に処理させていただきますが、構いませんか?」

 

「任せます」

 

「彼らはどうやら数日間の間、あの場所でキャンプをはって貴女を待ち伏せていたようです。王国内の内通者は処理いたしました。陸軍の少将で、多額の賄賂をつかまされていたようです。エレボニア支局においても近日中に各種証拠品の確保を行えると読んでいます。外交ルートによる抗議については、国際的な制裁をちらつかせることで対処いたします。必ずや首謀者の処分まで追い込みますので、ご安心を」

 

「分かりました、ご苦労様です」

 

 

情報将校が敬礼をして去っていく。こちら側のスパイは帝国軍情報部の内部にも浸透を開始している。あそこは今、革新派と守旧派の派閥対立が起きていて一枚岩ではない。

 

戦役での飛行機の戦闘力の評価において大失態を犯し、その責任でかなりの人員が窓際に追いやられたというのもある。

 

まあ、諜報機関の浸透を許しているのは王国にも言えることで、特に王国軍の上層部はかなりの水準で懐柔されているらしい。情報部では粛清が必要との声もある。

 

ただ相当数の将校が不正に関与していて、大量摘発すると軍の指揮系統がボロボロになりかねない。そのあたりは、不正の重要度に分けて対処する必要があるかもしれない。

 

 

「ユン先生、次はどこへ?」

 

「カルデア隧道の先に鍾乳洞があるらしい。洞窟での修行も良いじゃろう」

 

 

 

 

「鍾乳洞ですか。奥に地底湖があるようですね。楽しみです」

 

 

カルデア丘陵はツァイスとルーアン地方を遮る丘陵地帯であり、二つの地方を区分する自然の境界であり、丘陵自体は石灰岩質の小高い山々から成る。

 

旧来、徒歩での移動にはカルデア隧道というトンネルが使われていたが、現在では船や飛行船での移動が主流となって、この隧道を利用する者は少ない。

 

現在はツァイス―ルーアン間を結ぶトンネル工事が予定されており、シールドマシン4基がそろそろZCFで完成するはずだ。

 

2年ほどの工期を予定しており、このトンネルが開通すれば、リベール王国の五つの都市が全て高速道路で結ばれることになる。

 

 

「観光地化できればいいんですけどね」

 

「無理じゃろう。岩には豊富に七耀石が含まれているようじゃし、魔獣が多い」

 

 

石灰岩質の丘陵故に、内部には地下水脈や洞窟が多く存在する。カルデア隧道の分岐点にはかなり大規模な鍾乳洞への入り口が存在するものの、内部にはかなり強力な魔獣が出没するために出入りは制限されている。

 

話によればゼムリア苔などの希少な地衣類や地底湖などが存在し、中々に希少な資源ともいえた。

 

この世界の珊瑚も、この世界の生物同様に七耀石を体内にため込む。それ故に石灰岩には七耀石の成分がかなり蓄積されており、これをエネルギー源として魔獣も育つ。

 

こんな光が届かない場所に生命体が多く存在するのは全て七耀石の供給するエネルギーのせいだと言える。

 

 

「寒いですね。そして、なんでペンギン…」

 

「ふむ、ふざけた連中じゃ」

 

「色の違いはどういう進化によるものなんでしょう」

 

 

カルデア丘陵の奥地の鍾乳洞。青みがかった鍾乳石が林立し、地下水脈により豊富な水量の水が流れ、それらの生み出すコントラストは非常に神秘的で美しい。

 

地球の鍾乳洞とは少し違った、どこか精霊や妖精でも出てきそうな雰囲気。しかしながら、とにかく鳥臭い。何故か、洞窟の中に、ペンギンがいる。

 

生態系が狂っているといってもいい。とにかく、ペンギンだらけなのだ。青いペンギン、赤いペンギン、黄色いペンギン、緑色のペンギン、白いペンギン、ピンク色のペンギン。

 

しかも、やたらとせわしなく動き回っていて、ユーモラスではあるが、少しばかり気持ちが悪い。モヒカンなのも可愛くない。

 

しかも、生意気にも魔法を使ったりするヤツもいる。でも、魚を投げてくるヤツは正直どうなのだろう。投げてきた魚はイワシで、たぶん一度お腹の中に入れたのを投げつけてくるのだろう。

 

なんというか、当たると嫌なので、速攻で斬ってしまった。

 

 

「あまり、強い魔獣はいないようですね」

 

「そうじゃの。して、何をしておる?」

 

「見て分かりませんか? 釣りです」

 

「お主、釣りが好きじゃの」

 

 

水があれば釣りをしよう。これが私のスタイルです。何が釣れるでしょうか? クローネ山脈の渓流では小魚とかカニぐらいしかいませんでしたからね。

 

おっと、かなりの引きです。しなる釣竿。私は様子を見ながら、一気に竿を引き上げる。強烈な重み。大物の予感。

 

 

「フィッシュ!」

 

「ほぉ」

 

「でっかいカニ来ました!」

 

 

カニときました。というか、私の身長の倍以上あるとんでもないデカいカニが出てきました。3アージュオーバーは確実です。

 

というか、この世界の魚介類はデカいのが多いですね。2アージュを超える魚とかがごろごろしています。おや、何かを引っかけているようですね。褐色の猫目石のような宝石のようです。

 

 

「タイガーハートか」

 

「そうなんですか?」

 

「装着する者の集中力を高める神秘をもつ石じゃよ」

 

「へぇ。ところで、このカニ、美味しいですかね?」

 

 

大きなカニなので食べ甲斐がありそうだ。スープにするのも良さそうだ。それとも甲羅焼だろうか? ボイルしてあっさり目に食べてもいい。

 

 

「満足したじゃろう。奥までいってみようとするか」

 

「地底湖ですね。見たいです。わたし、気になります!」

 

 

ということで、マッピングを行いながら洞窟をすすむ。邪魔なペンギンを蹴散らしながら奥へと進む。

 

なかなかに複雑な構造で、迷いそうになるが、ユン先生は呑気なもので、好き勝手に歩いている。聞けば、頭の中で道を覚えているらしい。いや、私も出来るけど。

 

しかし、やっぱりこのペンギンが気になる。何故、こんな場所を生活圏に選んだのか。言っては悪いが、この生き物、それなりに手強い。

 

もしかしたらこの洞窟の水脈は海に続いているのかも。テティス海に繋がっていて、繁殖地やねぐらとしてこの洞窟を利用しているのかもしれない。

 

幼鳥もいるから、ここで繁殖しているのは間違いない。イワシはおそらく海で捕ったものだろう。卵とかあるだろうか?

 

まあ、いらないけど。Xの世界のペンギンは可愛かった。皇帝ペンギンとかイワトビペンギンとか最高に。でも、この世界のペンギンはダメだ。テンションがついていけない。

 

そうして洞窟の奥、地底湖へと到達する。

 

 

「うわぁ、これ、すごく綺麗ですね…」

 

 

広大な地下空間に洞窟湖が姿を現した。天井が少し崩落しているのか、日光がこぼれていて、まるで天使の梯子のよう。

 

僅かな陽光に水面はきらめき、洞窟の湖の静かな揺らめきが鍾乳石や石柱を青く照らし出している。それはまるでシャンデリア。

 

湖にはいくつかの小島があり、そこにある岩にはぼんやりとした緑色の光を放つ苔が生えていた。なんて幻想的。

 

 

「この苔は発光性ですか。ルシフェリンでも生成しているのでしょうか。この世界の事ですから、七耀石の成分とかで光っている可能性もありますね…」

 

 

興味深い。採取してZCFに持ち込んでみようか。生物発光は医学にも応用できるようなので、もしかしたら希少な遺伝子資源になるかもしれない。

 

私は小瓶を取り出して、苔の採取を始める。発光生物は良い。ロマンがある。光るキノコ、光る苔。特に植物性の発光生物は幻想的だ。

 

 

「こんな所でしょうか」

 

「エステル」

 

「はい、何か来ますね」

 

 

気が付けば何かの気配が近づいていた。巨大な生物だ。まさかネッシー的な生物だろうか。カルデア丘陵の地下にて古代の首長竜を発見する。すごくいい。

 

巨大な古代魚も良さそうだ。いかつい鎧を纏った様な巨大な甲冑魚。きっとロマンだ。魚拓をとって皆に自慢しよう。腰の剣に柄を握る力も強くなる。

 

そして、

 

 

「来ます」

 

「クワァァァァ!!!」

 

「えぇ~~…」

 

 

分かっていた。分かっていたのだ。ここにいるのはそういうのだと。一際巨大な、全長3アージュはありそうな巨大なペンギン。

 

モヒカンを思わせる飾り羽に青色の羽毛。そしてクジャクのように背後に広がる飾り羽。まさにゲテモノ。私はそれを見てげっそりとなり、肩をすくめる。

 

 

「超がっかりです」

 

 

かなり興奮している様子で、威嚇の声を上げてくる。ぶっちゃけ、逃げてしまっても良いかなと思ってしまう。

 

こんなデカイ鳥でも希少種かもしれないし、無暗に殺す意味もない。そんな風に思いユン先生を見ると、彼は少し思案した後に私に言った。

 

 

「エステル、殺さずに捕獲せよ」

 

「生け捕りですか?」

 

「うむ。相手の力を把握し、効率よく無力化するのじゃ」

 

「なるほど、承知しました」

 

 

生け捕りか。課題としては悪くない。殺さないように捕獲するのは、殺すよりも難易度が高い。修行の内容としては申し分のない課題と言えるだろう。

 

私は一歩前に出て剣の柄を握る。油断するな。敵をよく見ろ。あの鳥を倒して、私はまた一つ強くなって見せる。

 

私は一気に駆け抜けて、剣の峰で巨大なペンギンの胴を薙ぐ。タイミングは良かったはず。だが、突然の事態に私は戸惑った。突然、でかいペンギンが消えたのだ。

 

馬鹿な何が起こった。すぐさま後ろに気配を感じて横に跳ぶ。魚が二匹、電気を纏うナマズが私の横を飛んでいった。

 

 

「え、何ですか?」

 

 

コミカルな動きをしているが、そこまでの速度で動けるとは思えない。にも関わらず、あれは私の後ろを取ったのだ。何が起きたのか理解できなかった。

 

私にも目視できない程の速度で動いた? バカな。そんなのは父やユン先生だって不可能だ。しかも、あれだけの巨体でそれだけの速度で動いたなら、何らかの痕跡を残すはず。

 

 

「くっ、魚を投げるだけですか!?」

 

 

カジキマグロらしき大型魚や大型のナマズを投げつけて攻撃してくる。私はそれらを避けて、今度は相手の後ろをとった。そのまま頸椎部に対して剣戟を叩き込む。

 

鳥独特の声を上げて悲鳴を上げる巨大ペンギン。よろけた後、その羽で私をはたこうとするが、すぐに移動して回避する。

 

 

「クエァァァァ!!!」

 

「遅い」

 

 

やはり、速度はそれほど速くない。ではさっきのは何だったのか。魔獣としての能力は多彩のようだが、それほどの脅威は感じない。油断できない特殊能力を持つ魔獣ということだろうか?

 

なら、その能力を発揮する前に制圧すべきだ。まずは足を潰すか…。私はそう判断して足に力を入れた時、

 

 

「クエッ、クエッ、クエッ!!」

 

「は?」

 

 

突然、そいつは踊り出した。意味が分からない。なんだかスポットライトまで登場して…、スポットライト?

 

まずい。これは幻術の類ではないか。私がそう危機感を持った時には遅かった。私の体が私の意思に反して動き出す。サンバのリズムで踊り出す。

 

 

「あ、え? な、何ですかこれっ?」

 

「クエッ、クエッ、クエッ?」

 

 

誰が知るだろう。この技こそペングー純血種の王、デヴァインペングーが持つ奥義の一つ『サンバ・デ・ペングー』。

 

恐るべきその能力は敵対者に踊りを強制させ、そして混乱に陥れるとともに、行動に制約をかけてしまうという恐るべき秘技なのだ。

 

 

「目が…回りました」

 

「クエェェェッ!!」

 

 

そして次の瞬間私は見た。巨大なペンギンが突如虚空に消えるのを。そして、そいつは私の目の前に現れて、カジキを使って殴りつけてきたのだ。

 

 

「あがっ!?」

 

 

私は思いっきり4アージュ近くある巨大な魚を叩き付けられて横合いに吹き飛ぶ。すごくいいのを直撃で貰ってしまった。

 

口からは血が滲み、頭部を軽く切ったので大量の血液が額を流れて私の目に入り視界を赤くする。油断した。いや、だが、とりあえずはなんとなく理解した。

 

 

「超能力ですか…。そんなのオカルトありえません、って言いたいところですが。見せつけられたなら仕方ないですね」

 

 

恐らくは『空』の属性に類する能力としての瞬間空間移動、『幻』の属性に由来する特殊な精神干渉。理解はしたが、少し体にガタがきている。撃たれ弱いのは欠点だ。今後の大きな課題になるだろう。

 

そして、巨大ペンギンは私を仕留めたとでも思ったのか、とどめの技を出そうとしはじめた。その背後から後光が差し始める。

 

まあ、いい。

 

 

「八葉一刀流・弐の型《裏疾風》」

 

「グエッ!?」

 

 

稲妻の如き軌道を描いて、私は一気に巨大ペンギンを横切り、同時に高速の胴薙ぎを行ってそのまま相手の後ろに抜ける。そして振り返りざまに再び一撃。

 

氣によって具現した風の刃、カマイタチの群れが敵を切り刻む。深い傷を与えてしまったが、致命傷には至っていない。

 

羽毛を散らしてペンギンの巨体がぐらりと崩れ落ちる。そうして、私を見上げてきた。私はにやりと笑って、そして剣を振り上げる。少し痛かったから、おかえしだ。

 

 

「大丈夫、峰打ちだから」

 

「ク、クエ…? クエェェェェェェ!!?」

 

 

バキ、グシャ、ゴキ、グチャ(漫画的表現)

 

 

「先生、生け捕りにしました」

 

「手間取ったようじゃの」

 

「一緒に踊ってたくせに、なに言ってやがるんですか」

 

 

私はボコった巨大ペンギンを引きずりながら、ユン先生の前まで戻る。回復の導力魔法で傷を癒し、まあとにかくミッションは完了したぞということで。

 

今日はとにかく大物ばかりだ。さっさと帰って、この鳥はZCFの動物学研究部門にでも押し付けよう。今日はカニだ。カニ料理。

 

そうして私たちは戦利品を持ってツァイスに戻る。生け捕りにしたペンギンはペングーの中でも特に希少種の純血種と呼ばれるデヴァインペングーという名前らしく、生きた固体を確保できたことにかなり喜ばれた。

 

まあ、解剖とかはされないようだ。特殊能力を伝えると、導力器で作られた首輪を取り付けていた。

 

 

「さて、お待ちかねですね」

 

「おっきなカニねー」

 

「エステルお姉ちゃん、こんなのよく取れましたね。すごいです!」

 

 

今日はラッセル家にお邪魔になることにした。巨大なカニを二人で食べきるなんてできなかったのだ。工房の知り合いの技師のヒトや、マードック工房長とその家族も呼んでのカニパーティーである。

 

巨大な足のボイル肉は一本だけでお腹いっぱいになりそう。メインは甲羅焼で、テーブルを完全に占拠している。

 

 

「そういえばエステルよ、お主が開発していた簡易戦術オーブメントなんじゃがの」

 

「どうかしましたか?」

 

 

カニを貪るパーティーが続く中、酒を飲んで顔を赤らめているラッセル博士がやってきた。簡易戦術オーブメントは次世代戦術オーブメント研究の一環で考案された導力器だ。

 

コンセプトは安いコストで兵士の質を高めることにある。戦術オーブメントは1台10万ミラほどの高価な装備でありながら、質の良いクォーツを揃えなければ戦力に数えにくい。

 

これに対して簡易戦術オーブメントはその導力魔法を行使する機能、そしてクォーツを入れ替えることで様々な戦局に対応するという柔軟性の二点を大胆にオミットしたものだ。

 

そして単純に、兵士の膂力や俊敏性、打たれ強さを向上させ、同時に毒や一時的な視力喪失といった状態異常を防ぐ効果を付属させる。

 

従来の戦術オーブメントとの競合や干渉が起こらないような工夫を行うことによって、戦術オーブメントとの併用をも視野に入れている。

 

これの導入により、一般兵の戦力の向上を期待できるとともに、精鋭部隊の戦力増強にも繋がると期待されていた。

 

 

「興味がわいたんでの、試作型を弄らせてもらった。試験評価してもらいたいんじゃが」

 

「これですか…」

 

 

渡されたのは首から下げる首飾りのロケットといった感じのモノ。内部には精巧な導力器が駆動しているだろうが、頑丈な外殻はアンチセプトなどの戦術オーブメントの機能を停止させる導力魔法を受け付けない仕様。これを分解するには専門の工具が必要になる。

 

持てば確かに劇的な変化を感じ取ることが出来た。確実に力や俊敏性が上昇した。その他にもいくつもの自身の体の変化を感じ取ることが出来る。

 

それは試作型でも感じ取れたことだが、この改良型はその時の感覚を遥かに上回る。

 

 

「身体強化オーブメント(Physical Reinforce Orbment)、PROX-0bisじゃ。筋力、耐久力、導力魔法攻撃力、導力魔法防御力、俊敏性、集中力を高め、さらには毒や神経毒、知覚や精神に関わる各種状態異常に対する耐性の獲得を盛り込んでおる」

 

「コンセプトにはありましたが、試作機では筋力の向上と毒への耐性獲得ぐらいしか効果は無かったはずですけど。よくここまで改造しましたね」

 

「その代わりにコストは10倍に跳ね上がったがの」

 

「ダメじゃないですか…。それじゃあ戦術オーブメントの価格と変わりませんよ…」

 

「はっはっは、一本取られたの」

 

「ふっ、愚かねアルバート・ラッセル。エステルちゃんの低価格で兵員の能力向上を目指すというコンセプトを忘れてどうするのよ。これを見なさい!」

 

「…これもPROX-0ですか?」

 

「PROX-0trisよ! 戦術オーブメントとの併用を前提とし、アーツを封じる効果のある攻撃に対する絶対的な防御を約束するだけでなく、能力低下の効果を持つ妨害に対しての耐性習得を実現したわ! しかも、価格は従来のモノより一割高くなっただけ」

 

「ふん、じゃが肝心の身体能力向上についてはどの程度じゃ?」

 

「ぐっ、耐久力の向上を追加したのみよ。でも、何もかもを詰め込めばいいってもんじゃないわ!」

 

「そんなんじゃから中途半端なものしか作れんのじゃ」

 

「何をクソジジイ! 表に出なさい!!」

 

 

そうして恒例のラッセル父娘による取っ組み合いが始まる。だいたいいつもの事なので、誰も二人のいがみ合いには関わらず、談笑しながらいつもの事かと笑ってカニを食う。

 

私もその一人だ。ユン先生もわれ関せずで東方の酒を飲んでいる。オロオロしているのはティータだけ。困っているティータは可愛い。ティータは天使である。

 

 

「エ、エステルお姉ちゃんっ、おじいちゃんとお母さんを止めて!」

 

「ティータ、あれはあの親子限定の普通のコミュニケーションですから、止めても無駄です。今止めても30分もすればまた始まるので、放っておいた方が吉なのです。それよりもティータ、甲羅焼を食べていますか?」

 

「え、あの、まだです」

 

「美味しいですよ。ほら、アーン」

 

「あ、あーん。はむはむ…、あ、美味しい。甘くて、トロリとしていて…」

 

「そうでしょう、そうでしょう。ティータは可愛いですね。ティータ、あーん」

 

 

ティータは親譲りの美貌を備えていて、金髪で、大粒の蒼い瞳で、とにかくカワイイ。ラブリーでキュート。

 

攫いたい。攫って、一緒にお風呂に入って、抱き枕にして寝たい。そうだそれがいい。今日はティータと一緒に寝よう。ティータ可愛いよティータ。

 

 

もし、私に姉妹が、生まれる前に死んでしまったあの子が生きていたなら―

 

 

「ティータ、そろそろ良い時間なので、ごちそうさまにしましょうか」

 

「あ、はい。そうですね」

 

「一緒にお風呂に入りましょう」

 

「エステルお姉ちゃんとお風呂ですかっ。わーい♪」

 

「今日は一緒に寝ましょうね」

 

「はい、エステルお姉ちゃん」

 

 

今日は良く眠れそうである。

 

 

 





機械大好きな金髪幼女カワイイ。殲滅天使とのカップリングが最高にカワイイ。将来、ジェニス王立学園に一緒に通ってほしい。

おろおろわたわたする金髪美少女を仕方ないわねと世話を焼く悪戯好きな殲滅天使とか鼻血が出そう。赤髪のトサカ? しらんがな、あんなシスコン。


第10話でした。


軌跡シリーズといえばペンギンです。『碧の軌跡』での戦隊の活躍に失笑した方も多いでしょう。でも、巨大後光付小林幸子型ペンギンの登場が無かったのが片手落ちでしたね。

ところで、シャイニング毛玉とトマトとヒツジとペンギン。どれがマスコットキャラなんでしょうか? 

私はジークさん一択です。あの超絶的活躍の前にはぐうの音もでません。まさに騎士、紳士。僕らの憧れです。

あ、でも、ドラゴンと神狼の会話とかも聞きたいかも。ドラゴンも神狼もカッコイイですし、渋いですし。みっしぃ? 中身を知った時の絶望を味わったとき、ファンを辞めました。ハハッ。

閃の軌跡には猫さんが登場するようですが、彼女が神獣なんでしょうかね? 餌付けイベントはあるのでしょうか?

猫まんまとかふざけたものを差し出すと引っ掻かれたりするんでしょうか。お魚あげるとクォーツ貰えるんですね。


今回登場した技も風の剣聖と同じ技ですね。物理無効化の魔法やクラフトを解除し、能力上昇系のバフまで剥がして、あげくにダメージを与える鬼畜技です。技の説明はてきとうです。

・裏疾風
攻撃クラフト、CP30、直線(地点指定)、威力120、基本ディレイ値1500、能力上昇・完全防御解除
八葉一刀流・弐の型「疾風」。電光の如く駆け抜け、荒れ狂うカマイタチを伴う神速の斬撃を放つ。



では今回はこの世界の宗教のお話。

まあ、七耀教会一択というかんじでしょうか。地方や辺境、東方などでは異なる神や地元の神様が信仰されていたりするようですが、基本的には七耀教会が最大宗派となっているようです。

七耀教会が信奉するのは『空の女神エイドス』です。七耀を司る女神で、この女神自体の信仰は1200年前に崩壊したとされる古代ゼムリア文明の時からなされていたことが確認されています。

ちなみに唯一神教か多神教かは明言されていません。どちらにせよ信仰対象はあくまでもエイドス一柱です。

七耀教会は1200年近く歴史のある宗教であり、その始まりは明確には描写されていませんが、どうやらゼムリア文明の崩壊に深くかかわっている節があるようです。

総本山はゼムリア大陸中央部に位置するアルテリア法国と呼ばれる都市国家で、面積自体は各自治州よりも小規模だそうです。

七耀教会のシンボルは星杯であり、これを紋章に掲げています。その影響力は導力革命後に若干弱まったものの、いまだ強大であることが窺えます。

各地の自治州はアルテリア法国を宗主国としており、原作における百日戦役においては講和の仲介を行うなど影響力は国家や政府にも及びます。

まあ、国民すべてが七耀教会の信徒で、信仰心の篤い人も相当数に上ることから、民主国家にとっては致命的なほどに影響力を持っているでしょう。

また、貴族も王族も信徒ということで、絶対王政の国家にも重大な影響を及ぼすはずです。破門にされたら恰好がつかないので。貴族はメンツが大事なのです。

また、人々の倫理観にも当然として影響しており、『全ては女神のご意志』という考えが浸透していて、女神の意志にそった日常を過ごすことが共通の倫理観、常識になっているようです。

慈悲深く万能なる女神といった感じでしょうか。ただし、王権神授説は確認されていません。

また、1200年近くの歴史を誇る七耀教会には特別な技術の継承が確認されています。1つは薬草に関する知識、もう1つが法術です。

魔法ともいえる力を持つ法術は戦術オーブメントの導力魔法の源流にあり、エプスタイン財団は教会の協力のもとに法術を導力技術によって再現したらしいです。

七耀教会本山のアルテリア法国において原作で言及されている組織は3つ。『典礼省』『僧兵省』そして『封聖省』です。

『典礼省』は祭儀全般の監督を行い、『僧兵省』はアルテリア法国の防衛を担います。そしてストーリーに大きく関わってくるのが『封聖省』です。

『封聖省』は古代遺物(アーティファクト)の管理および回収を担う部署です。各国は七耀教会との盟約により、いまだその機能を失っていないアーティファクトを教会に引き渡す義務を持ちます。

これに違反すると、かなり重い処罰を受けるようです。教会にどのような罰を与える権利があるのかは分かりませんが。

また『封聖省』の直下にはアーティファクトの不正所有について調査・回収を行う実行部隊『星杯騎士団』が存在します。

極めて謎の多い組織であり、その構成員の実力は極めて高く、特に騎士団総長のアイン・セルナートは世界最高峰の実力を持つ戦闘能力を持つことが示唆されています。

星杯騎士団の構成員は1000名ほど。はおおよそ3つの階位に分かれており、騎士団を束ねる12人の『守護騎士(ドミニオン)』と正騎士、従騎士が存在するようです。

守護騎士は特別な才能を保有する星杯騎士団の切り札でもあり、その資格は『聖痕(スティグマ)』と呼ばれる印を持つことのようです。

『聖痕(スティグマ)』は魂に顕れる刻印であり、想像を絶する肉体の強化と法術の使用を可能とし、さらには顕現時に傍に存在した古代遺物の能力を奪い取り、聖痕の保有者の固有能力にしてしまう機能をもつようです。

聖痕は自然発生し、しかしどの時代においても12名の人間に顕現するとされています。その12名こそが『守護騎士(ドミニオン)』と呼ばれるようです。

さて物語では七耀教会は古代遺物(アーティファクト)の管理・回収などを行っているわけですが、これは実は教会によるアーティファクトの独占とも受け取ることが出来ます。

事実、教会はアーティファクトの実戦投入を何度も行っており、それによって多大な戦果を得ていることが描写されています。

教会が運用する代表的なアーティファクトは、星杯騎士団が秘密裏に運用する十二隻の飛空艇『メルカバ』でしょう。

鏡面装甲に覆われ、周囲と同化する光学迷彩機能を持つ他、動力および飛翔機関に相当する部分にアーティファクトが使用されています。アビオニクスについてはエプスタイン財団の協力があるようです。

いずれにせよ、この七耀教会という存在がストーリーに大きく関わることは間違いがないようです。作者の考察では、おそらくは何らかの強力な古代遺物の継承を行っていると思われます。

あるいはそれが『七の至宝(セプト=テリオン)』である可能性もあるでしょう。



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