【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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食べると瀕死になる料理とかwww


011

 

「しばらくお世話になります、ウェムラーさん」

 

「うむ、あまり無理をするなよ」

 

 

ツァイスの鍾乳洞を制覇した後、私たちは再びボースにやってきた。目的は再び山籠もりをすること。場所は霧降り峡谷だ。

 

霧降りという名の通り、この場所は一年中霧が立ち込めている。これはアゼリア湾からの湿った空気がちょうどこの山岳地帯にぶつかるからで、ミルクを水に混ぜたような濃霧は10アージュ先も見渡せない。

 

峡谷は切り立った崖がいくつもあって、谷底は霧に隠されて見ることは出来ない。峻嶮な斜面と細い山道。孤立した足場を丸太で作られた簡単な橋が結ぶ。

 

この霧のせいで太陽光が遮られ、植生は非常に単純だ。岩肌を覆うコケや地衣類と立ち枯れたような細い木々。ここは竜が住まうとも言われるリベール最大の秘境である。

 

そんな峡谷であるが、人の手が入っていないわけではなく、ウェムラーさんという登山家が山小屋を運営している。

 

非常に珍しい高山植物に類する薬草がとれるので、それを採取したりして生計を立てているのだろうか。とにかく、ユン先生は山籠もりの拠点をこの山小屋に定めた。

 

そういうわけで、私たちは山を舞台にして修業を始める。足場が悪く、視界も悪い。山の奥には強力な魔獣も住んでいて、これらは強力な魔法(アーツ)や特殊な攻撃を放ってくるので油断できない。

 

クローネ連峰で見た太古の爬虫類もこの場所にはかなり生息しているようだ。そしてなによりも、雰囲気がどことなく神聖である。

 

 

「うむ、神気に満ちたよい場所じゃな」

 

「神秘的で強烈な気配を山の奥から感じます」

 

「竜じゃろうな」

 

「竜ですか?」

 

「うむ。この地方には1000年を超える齢を重ねる古龍が住むと聞いておる」

 

「私も書物で見知ってはいますが、実在するとは思いませんでした。ユン先生は竜を斬ったことがありますか?」

 

「まあ、数は少ないがの」

 

「マジですか。…この世界、侮れません。先生、私、竜を見てみたいです。わたし、気になります!」

 

「まあ、修行の最後に会いに行っても良いか。しかし、絶対に自ら刺激するでないぞ」

 

「はい」

 

 

洞窟を進む。珍しい魔獣でいっぱいだ。氷の塊みたいな大きな宙に浮かぶ魔獣とその子供らしき小さいやつ。クローネ連峰で倒した二足歩行の大きなトカゲ。

 

凍結した魔獣の死骸を覆う粘菌類の巣窟。頭部が大きな口になった、多数の触手を持つ宙を浮かぶ魔獣。なかなかに倒し甲斐がある。

 

 

「いきます!」

 

「まだまだじゃな」

 

 

今日の課題はユン先生と魔獣を同時に相手どるというものだ。達人の妨害を受けながら、魔獣の特殊な攻撃をしのぎながら、不安定な足場を縦横無尽に駆け回る。

 

ユン先生の技と視界の悪さは気配察知を鋭敏にし、私の氣に関わる感覚をさらに高めていく。そして、私は世界へと溶け込むように―

 

 

「ぐむ…」

 

「一本、とりました」

 

「油断したかの」

 

「峰打ちですけど、全然効いてないですね」

 

 

切り札を使って先生に一撃を与えるようなこともあった。まあ、魔獣に気を取られている瞬間を狙う、ちょっと卑怯な感じだが。一対一では流石にまだ敵わない。

 

そうして山籠もりの日々が過ぎていく。山小屋ではウェムラーさん特製の鍋料理を頂いて、ちょっと辛いけど体が温まる。でも今日はなんだか様子がおかしい。

 

 

「というか、なんで黒いんですかこのスープ。入っている具材が分からないんですけど」

 

「闇鍋だ」

 

「なるほど。なかなかに凝った趣向じゃの」

 

「鍋から取った具材は必ず食べるように」

 

「は、はぁ」

 

 

おたまで具材をすくう。良く分からない真黒な物体が現れた。たぶん、モザイク処理しなければお茶の間の皆さんにはお届けできない。これを、食べろと、いうのか?

 

 

「あの」

 

「食え」

 

「せんせぇ」

 

「食うのじゃ」

 

「……まじですか?」

 

「(コクリ)」

 

「当然じゃ」

 

 

三択-1つだけ選びなさい。

① ラブリーキュートなエステルちゃんは突如これを食べずに済むアイデアを閃く

② 仲間が助けに来てくれる

③ 食べなければならない。現実は非常である

 

答え…③。

 

現実は非常である。私はその謎の食材をお椀によそう。そして、箸でそれを掴んだ。とても奇妙な触感だ。ブヨブヨしていて弾力があるのに、強く押すと汁が飛び出してくるような。

 

臭いはもはやこの世のものとは思えない。これは食べ物なのだろうか。私は懇願するような目で二人を見た。しかし、彼らは沈痛な面持ちで首を横に振るだけ。

 

ああ、現実とはなんて厳しいものなのだろう。くそ、どうにでもなりやがれ。私は泣き笑いの表情を浮かべながら、それを箸で掴んで、そして一息でそれを頬張る。噛む。噛む。か…む?

 

恐るべき生臭さが口いっぱいに広がる。そして刺激的な味。奇妙なほどの甘味。そしてえぐさ。そして胃から込み上げてくる酸の逆流。

 

 

「うぷっ!?」

 

 

そうして山での生活の夜は更けていく。あ、ゲロなんて吐いてませんよ。私、女の子ですし。小さいですけど一人前のレディですので。

 

ちょっと、キラキラと口から何かが出て、虹を描いただけですから。だけど、涙がでちゃう。女の子だもん。

 

 

 

 

鍛錬の日々は続く。三週間が経ち、一対多といった実戦を積み重ねたことでかなりの戦闘経験が得られたと思う。

 

氣を扱う錬度も飛躍的に高まり、『切り札』の精度は実戦で運用しても問題ないレベルとユン先生にお墨付きを貰っている。

 

ついでにもう一つの技などを考えたのだが、問題が多すぎてユン先生には使うなと言われてしまった。うん、まあ、確かに実戦では使えないこと甚だしいけれども。

 

 

「うむ、それなりに成果は得たの」

 

「はい。では…」

 

「分かっておる、竜にまみえるとしよう」

 

「わくわくですねっ」

 

「お主は好奇心に正直じゃの」

 

 

ドラゴンなのである。カッコいいの代名詞、強さの象徴。すなわちドラゴン。古来西洋では悪魔の象徴として、東洋では水の神として崇められており、モンスターの中においては最上位。

 

神様に匹敵する最強の獣。興味が湧かないわけがない。これででっかいただのトカゲだったらガッカリである。

 

峡谷の北西へ渡る。入り組んだ洞窟をくぐり、多くの魔獣を退け、霞む世界をただ強烈な神気の中心を目指して進む。そうして、一際大きな洞窟の入り口を見つけた。

 

私はユン先生と顔を見合わせた。『いる』。そこから強烈な生命力、『空』の属性に関わる強烈な七耀の力を感じた。私は唾を飲み込む。いやにその嚥下した音が響く。

 

 

「ユン先生、行きましょうか」

 

「いいじゃろう」

 

 

そうして私たちは洞窟に入る。そして、そのあまりの美しさに息をのんだ。

 

天然の巨大な空間。吹き抜けから霧を通した淡い白い光がそれを照らし出している。これはトカゲだとか恐竜なんてそんなモノと比べてはならない程の、高貴な生き物だ。

 

翠耀石(エスメラス)のような色をした鱗は滑らかで、そして優雅。爬虫類のそれに似ながらも、金と紅に縁どられた淡い緑色の鎧兜のような力強さと威厳に溢れる面立ち。

 

立派な一対の角。重なり合う鱗の板は優美な騎士甲冑を思わせ、翠耀石(エスメラス)のような色彩にして、鱗の縁は紅に染められ、それらのコントラストはあまりにも優美だ。

 

力強い四肢には鋭い緋色の爪があり、長い尾の先にも赤い羽毛が生えている。もう、これだけで十分に美しい。

 

だが、やはり特筆すべきはその翼か。鱗と同じ淡い緑の骨格部分から、澄んだ南海の珊瑚礁の海のような色をした被膜が翼を構成している。そして背中からは金色の刀にも似た飾りが一対ついている。

 

 

「なんて、なんて綺麗…」

 

「ほう、ここまでとはな」

 

 

とにかくその生き物は美しく、そして勇ましい姿は心を惹きつけた。しかし、竜は静かに寝息をたてていて、なんとなくだがとてもカワイイ。

 

でも、ドラゴンといえば強さだろう。いったいどれだけの強さを持つのだろうか。

 

 

「さて、良いものを見させてもらった。帰るとしようかの」

 

「ユン先生、ドラゴンって実在するんですね」

 

「みたいじゃの。眠っておるみたいじゃが」

 

「ドラゴンってどんな生き物なんですか?」

 

「人語を解する知能を持ち、水の中に住み、雷雲や嵐を呼び、竜巻となって天を自在に飛翔する。おい、エステル、なんじゃその目は?」

 

「ユン先生、ドラゴンってどれだけ強いんですかね?」

 

「む、エステルよ。その目はなんじゃ? そのキッラキラした目はなんじゃ!?」

 

「わたし、気になります!」

 

 

独りで焦るユン先生を放っておいて、私は近くにある大きな岩を抱えた。ぶつけたら怒るだろうなぁ。楽しみだな。

 

ユン先生とドラゴンってどっちが強いんだろう。ユン先生もたいがい人間やめているし、こんなカッコいいドラゴンなら絶対に見かけ倒しじゃないだろうし。っていうか、あの竜の背中に乗ってみたい!

 

 

「何を嬉々として岩を持ち上げて…、投げるでないぞ、投げるでないぞ…、絶対に投げるでないぞ!」

 

「ふはっ! 法律は無視するモノ。押したらダメと言うボタンは押すモノ。ルール上等、私は自由だ。悪いことしたい年頃なんです!! 今お前は私に絶対に岩を投げるなと言ったなぁぁぁぁ!!」

 

「やめんかぁぁぁぁ!!」

 

 

そして私は岩を振り上げ、最高の笑顔でドラゴンに向かって岩を投げ…なかった。まあ、私だって分別はつくのである。

 

私はそっと岩を置いてユン先生に舌を出しておどけた様に笑った。ユン先生は溜息をついて肩をすくめる。あれ? 先生、なんで刀に手をかけているんですか?

 

 

<何やら五月蠅いな、人の子よ>

 

「なっ!?」

 

<何を驚いている?>

 

「キェェェェェェアァァァァァァ、シャァベッタァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

<私にはおぬしらのような発声器官は備わっていない。故に『念話』という形で語っている>

 

「なるほどの。しかし、人語を解するとは、魔獣の類ではあるまい」

 

<悪いが、多くの事について語るのは古き盟約により禁じられている>

 

「ほう、盟約か。ならば貴様、女神に遣わされた聖獣じゃな」

 

 

色々あって、現在、私たちは目の前の竜とお話などをしている。お名前は『レグナート』さん。1200年以上前から生きている古代竜の眷属らしい。女

 

神に遣わされた聖獣とか、よく分からない話をしているが、いったいどういうことだろうか。というか、竜と対話しているというこの現状があまりにも非現実的すぎる。私はぼーっと竜を眺めていた。

 

 

<ふむ、そこの小さき娘、覚えのある匂いがするな。『剣聖』の娘か?>

 

「え?」

 

 

いやいや、なんでこのドラゴンさん私の父を知っているのでしょう?

 

まさか、いや、ありえないわけじゃないだろうが、あの不良親父、もしかしたらこの竜と…お知り合いなんでしょうか。あのオヤジならドラゴンと一緒に酒飲んでいてもおかしくはない…か?

 

 

「父と知り合いなんですか?」

 

<13年前、眠りにつく時、最後に出会った人間の1人だ。剣の道を極めると言って無謀にも挑んできたのだが、いまだ壮健でいるのか?>

 

「はい。色々な事がありましたけど、今も元気にやっています」

 

<そうか、それは良かった>

 

 

剣の道を極めるために竜に喧嘩を売りに行く。流石親父殿、漫画的な世界に生きておられる。ぶっちゃけて言えば、空手を極めるために熊と戦おうとしたりする行為だろう。

 

うん、バカである。その頃にはお母さんと交際していなかったのだろうか? まあ、後で問い詰めに行こう。

 

 

「それであの、立派な翼をお持ちですけど、飛べるんですか?」

 

<もちろんだ。まあ、翼の力だけで飛ぶわけではないが>

 

 

まあ、物理的にそうだろう。あの巨体はおそらく数十トリムあるだろうし、いくら筋力があったとしても、あの大きさの翼では余程の速度で羽ばたかなければ空を飛ぶことは出来ないだろう。

 

だが、この世界には浮いている生き物もいるし、何より目の前の竜からは重力に関わる『空』の属性を強く感じる。

 

 

「お願いがあるんです」

 

<なんだ?>

 

「あのっ、レグナートさん、背中に乗せてもらえませんか!? それで、その、空を一緒に飛んでみたいなって…」

 

<……>

 

「えっと…」

 

<ふふふ、面白い。流石は『剣聖』の娘か。いいだろう、暇を持て余して眠っていたのだ。そのぐらいはお安い御用だ>

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

私達はそんな約束をする。ユン先生は呆れた表情をしていたが、すごく嬉しい。ドラゴンの背に乗って飛ぶ。なんだか夢のようだ。ファンタジックでワクワクする。

 

きっと、こんな体験は他では絶対にできないだろう。私がレグナートに近づくと、彼は乗りやすいように腕を差し伸べてくれる。

 

 

「ありがとう、レグナートさん」

 

<ふふ、人の子を乗せて飛ぶなど久方ぶりだ>

 

 

トントンと彼の背中に乗る。竜鱗はひんやりしているように見えて、彼の体温が伝わってきて心地よい。触り心地はとても滑らかで、美しい竜鱗を私は撫でる。

 

レグナートがくすぐったそうに唸るのがカワイイ。レグナートは近くで見たらものすごく大きくて立派でため息が出そう。

 

 

「先生は乗せてもらわないんですか?」

 

「わしは構わん。楽しんでくるといい」

 

<では、ゆくぞ>

 

「はい!」

 

 

首につかまる。レグナートが勇壮に大きく翼を広げた。そうして彼が羽ばたくと、地上に猛烈な風が巻き起こってユン先生が手を目の前にかざす。

 

そうしてゆっくりと彼は空に浮きあがった。ゆったりとしたはばたきで彼はその場でホバリングを行い、方向転換をする。

 

そうして彼のねぐらをゆっくりと飛び立っていく。霧降り峡谷の霧を抜けて、高度と速度をどんどん上げていって、ボース地方を一望する。

 

飛行機よりも遅い速度だけれども、そのはばたきと大きな背中に乗って見る世界はとても幻想的で綺麗なものに見える。

 

 

「すごい…、レグナートさん、すごくいいですっ」

 

<しっかりと掴まれ>

 

 

肌に感じる風は心地よい。時速2000セルジュは出ているだろうが、振り落されるような烈風は無い。どうやら魔法の力によって周囲の空気の流れをコントロールしているようだ。

 

雲を抜けて、ボースの街の上を旋回する。ミニチュアのような都市を見下ろして、琥珀の塔を真下に、そのままヴァレリア湖へと向かう。

 

まるで、私自身に翼が生えたような、あるいはあらゆる枷から解き放たれて自由になったような。それは、そんな奇跡のようなひと時。

 

空はどこまでも高く、広く、青く、私は空の美しさを再び知った。ああ、やっぱり私は空が好きなんだ。

 

 

「空はいいですね。空を飛ぶものは、ただそれだけで美しい。レグナート、貴方はその中でもとびきりです」

 

<礼を言おう。しかし余程、空を飛ぶことが好きと見える>

 

「はい。私は空を飛ぶためにこの世界に生まれたんです」

 

<ふふふ、面白い娘だ>

 

 

定期飛行船が真下を航行している。甲板に出ている人たちが驚き指をさして私たちを見た。私は手を振って彼らに応える。悠々と空の散歩。

 

飛行機とは違って静かで開放感があり、飛行船よりも迫力がある。しばらくすると、グランセル城と王都の街並み、そしてアーネンベルクのすばらしい楕円の長城が見えた。

 

 

「レグナートはこうやって昔はよく空を飛んでいたんですか? あまり記録には残っていないですけれど」

 

<ふむ、かつては人の前に姿を現したこともあったがな。人の子が空を飛ぶ機を生み出してからは、少しばかり窮屈になった>

 

「そうなんですか? 貴方の速度なら飛行船なんてすぐに振り切れるでしょうに」

 

<そうだったのだがな。だが、今の時代はそうもいかないらしい>

 

「私のせいですね」

 

 

遠くから軍用機が近づいてくるのを見た。フォコン3型。大馬力のエンジンに換装したことで、6000CE/h以上の速度性能を発揮する新鋭機だ。

 

それらは一気にレグナートに近づくと、私たちの周囲を様子を見るように旋回する。私はとりあえず手を振ってみた。

 

 

<驚いているな>

 

「まあ、驚かない方がおかしいでしょう」

 

 

そして私たちは笑いあった。あまり空軍を刺激するのも良くないので、私たちは霧降り峡谷に帰投する。そうして私たちの空の散歩は終わりを告げた。

 

最高の思い出。そうして私とレグナートは友達になった。その後も山籠もりをしている間、頻繁に会いに行って、一緒に暖かいお茶を飲んで、お話をした。

 

また、時には修行にも付き合ってもらった。レグナートは強く、堅く、そして何より強力な魔法を扱った。

 

『空』の属性に関わる超重圧の魔法は強力で、私は何度も苦戦させられた。本人…本竜?曰く、無限の生命力を持つそうで、彼につけた多少の傷は全然問題にならなかった。

 

しかし、どんなに楽しくても別れの時は来る。私には私のやるべきことがあり、いつまでもこの山にいるわけにはいかなかった。そうして惜しみながらも私はレグナートに別れの挨拶をしに行く。

 

 

「レグナート、また遊びに来ますね。今度は美味しいお菓子を焼いてきます」

 

<楽しみに待っておこう>

 

「それでは、また会いましょう」

 

<そうだな。また会おう、面白き人の子よ>

 

 

私の、人以外の初めての友達はこうして出来た。彼はどこまでも気高く、美しく、そして私は空への希求を再び得ることがでいた。

 

航空機開発や宇宙開発を、私は戦役の後やらなければならないものとして捉えている節があった。しかし、今は純粋に飛行機を作りたいという欲求が心を満たしつつある。

 

私はレグナートと出会って本当によかった。竜との邂逅はそんな思いを私の中で蘇らせた。

 

 

 

 

 

 

「皆さん、ただいま」

 

「お帰りなさいエステル!!」

 

「おかえりなさい」

 

「エ、エリッサ、そんなに抱き付かないでください」

 

「だって、寂しかったんだもん!」

 

「あんたらねぇ…」

 

 

そうして私たちはロレントの家に帰ってきた。二カ月ぶりの我が家。かつての面影はないけれども、2年ほど住み続ければそれなりの愛着は湧く。

 

いきなりエリッサに抱き付かれ、シェラさんが呆れたように私たちを見る。ちなみにシェラさんが助けてくれることはない。

 

他にもラファイエットさんとメイユイさんが頭を下げて出迎えてくれるが、何やらほかに三人ほど新しいメイドさんがいるようだ。メイユイさんの後ろに控えて、私に向かって頭を下げている。

 

 

「ラファイエットさん、メイユイさん、この方々は?」

 

「新しいメイドでございます。軍情報部から新たに斡旋されまして」

 

 

話を聞けば、ボースで猟兵団に襲われたことを重く見た軍が新たに護衛を兼ねたメイドをスカウトしてきたらしい。

 

もともと情報部が工作員として目につけていた人物たちらしく、戦闘能力についてはかなり優秀だそうだ。メイドとしてはどうなのだろうか?

 

 

「初めまして可愛らしいご主人様。私はシニ・エストバリと申します。ノーザンブリア自治州で遊撃士をやっておりました」

 

「クリスタ・A・ファルクですわ。よろしくお願いいたします」

 

「エ、エレン・A・ファルクと申しましゅっ」

 

「エレン、噛んでるわよ」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃんっ」

 

 

シニさんは銀色の長い髪をした長身のメイドさん。元遊撃士ということらしく、優雅にスカートを持ち上げて私にお礼をしてきた。

 

もう一人は金色のウェーブのかかった、ナイスバディのちょっとゴージャスなお姉さんのクリスタさん。最後のエレンさんは短めの金髪をした12歳ぐらいのちょっとオドオドした女の子。

 

 

「お嬢様、三人のプロフィールです」

 

「情報部が精査しているのでしょう?」

 

「一応ご確認ください」

 

 

そうして私たちは荷物を置いて、リビングに行く。ソファに座って私は渡された書類をめくる。

 

腕にしがみついて頬をすり合わせてくるエリッサが微妙にうっとうしいが、まあしばらく離れてたので好きにさせる。

 

そうして三人の素性がだんだんと明らかになっていく。かなり苦労してきたようだ。

 

17年前、七耀歴1178年に起きた『塩の杭』によるノーザンブリア大公国の崩壊。二人はそれに被災したことで、住む家を失い、貧しい暮らしを余儀なくされた。

 

とはいえ才能があったらしく、シニさんは遊撃士となって身を立てることに成功した。しかし、唯一生き残った肉親の父親が重い病気にかかってしまったらしい。

 

医療制度の整っていないノーザンブリアでは治療が難しく、医療先進国であるレミフェリア公国の医療機関ならば希望はあるが、優秀なB級遊撃士のシニさんでもその治療費・入院費を捻出するのは困難だった。

 

そこに目を付けたのが王国軍情報部だったらしい。合意の上とはいえ、なんだか人身売買みたいな話だ。

 

クリスタさんはノーザンブリア大公国の貴族階級の出身者だ。ただ、公都ハリアスクにあった屋敷は多くの家族と共に塩の海に飲まれた。

 

家財を失った彼女は生き残った身重の母親と共に親戚の家に身を寄せたが、その待遇はあまり良いものではなかったらしい。

 

そこでクリスタさんは一念発起して、当時ノーザンブリアで最大の働き口ともいえた猟兵団に身を投じた。

 

極めて優秀な戦力を見せたが、本人が高潔すぎる性格の持ち主で、汚い仕事に対して強い反発をし、仲間たちとソリが合わなくなったせいで解雇されてしまったらしい。

 

そんな追い詰められた彼女をどういう訳か情報部がスカウト。そのまま家族と一緒にリベールにお持ち帰りされてしまったらしい。

 

後ろ暗い経歴が無いのは良いが、諜報員としては向いていないということで、私の護衛に回されたようだ。

 

エレンさんはクリスタさんの妹だ。戦闘能力は特にないが、クリスタさんとセットでリベール王国に来た際に、一緒に我が家に就職したらしい。

 

物心ついた時から親戚の家で下女扱いされていたらしく、家事全般については保障されているとのこと。

 

 

「元親衛隊に工作員に加えて、遊撃士と猟兵ですか。なんだかバラエティが豊かになってきましたね」

 

「二人とも腕は確かです。シニは導力銃と刃を合わせたガンブレードの使い手で、導力魔法(アーツ)も得意なようです。クリスタは大剣による戦闘が得意のようでして、爆薬やトラップについても知識が豊富です。エレンは残念ながら非戦闘員です。鍛えましょうか?」

 

「ま、まあ、メイド全員戦闘能力あるとかどんな家なんだって感じですので。本人の好きにさせてください」

 

「分かりました」

 

「あ、そういえばお土産です」

 

「何、エステル?」

 

「ふふ、シェラさんもエリッサも驚きますよ」

 

 

そうして私は革袋から大きな金耀石の結晶の塊を取り出した。両手で抱えるほどの大きな金色に輝く宝石。それは見るもの全てを圧倒する。

 

さらに山のような七耀石の欠片(セピス)、色とりどりの七色の宝石の欠片が大きな袋から出てくる。これだけで立派な家が一軒建つだろう。

 

 

「え、これって、金耀石(ゴルティア)?」

 

「うわっ…、こんなのあたし見たことないわよ」

 

「なんて大きな結晶…。それに大量のセピス…。お嬢様、これはいったい?」

 

「金耀石はドラゴンに貰いました」

 

「は?」

 

「だから、ドラゴンに貰いました」

 

「は?」

 

 

説明すると、レグナートにお土産で貰ったのだ。曰く、久しぶりに楽しませてもらったからという事だが、とんでもない価値のある宝石で正直びっくりした。

 

これだけの大きさだと1000万ミラは下らないだろうし、純度とか希少性を考えればそれ以上の数字になりそうだ。竜にとっては特に価値のないものらしい。

 

セピスの方は魔獣を退治していたら自然に集まった。魔獣の特定の内臓には大量の七耀石が溜まっている部分がある。

 

そういったモノを適切に処理することでセピスが得られるのだ。こういったものは遊撃士の重要な収入源になっているという。ざっと70万ミラ程度の価値はあるだろう。

 

 

「今度、メルダース工房に細工の加工を依頼しましょう」

 

「国宝級のモノが出来そうですね。シニ、クリスタ、これを金庫に。丁重に運びなさい」

 

「分かりました。うわ、こんなの見たことないや…」

 

「承知いたしました。わたくしもこれほどの金耀石、拝見したことがございません。こほん、エステルお嬢様、お湯の準備が出来ました」

 

「お風呂ですか。ゆっくり入りたいですねー」

 

「エステル、一緒に入りましょ」

 

「だが断る」

 

「えー、なんでよー!」

 

「なんでって、エリッサ、絶対に変な所触ってきますよね。私は今日はゆっくりとお風呂に入りたいんです」

 

「へ、変な所なんて触らないよ。信じてエステル」

 

 

エリッサが潤んだ瞳で私におねだりをする。私はんーと考えながら、まあ、しばらく一緒に入っていなかったし、本人に徹底させればいいかと判断する。

 

 

「分かりました。ただし、怪しい事をしようとしたら、容赦なくお腹にパンチいれますから」

 

「う、うん。最近、エステルの私への扱いが雑になっているような気がするけど、わかった」

 

「あと、シェラさん、助けてください」

 

「嫌よ。あたし、そういうので恨み買いたくないし」

 

「そこをなんとか!」

 

「……しょうがないわねぇ」

 

 

そういうわけでエリッサとシェラさんを連れだって浴場へ。家も広ければお風呂も広い。まあ、家が大きいのに風呂が小さいとか意味不明なので。

 

Xのいた世界のキリスト教圏ではお風呂は一般的ではありませんでしたが、この国ではお風呂に入ることはかなり一般的。水の質にもよるのでしょうが。

 

白いタイル張の浴室は広く、20アージュ四方ほどはある。シャワーやサウナなどの設備もあって、父とユン先生などはよくサウナで語り合っているらしい。私たちは裸になって、湯船へと直行する。

 

 

「あ、いいお湯です」

 

「ふふ、久しぶりにエステルと一緒だ」

 

「抱き付かないで下さいよ」

 

「やだー」

 

「…はぁ、だから嫌だったのに」

 

 

とはいえ約束通りエリッサはセクハラ行為に走らない。まあ、抱き付いてくるのは良しとしよう。そうして私たちはお風呂の中で、この二か月ほどの間に起こったことを語り合う。

 

大きなペンギンを捕まえたこと、ドラゴンのレグナートと仲良くなった事。語ることはたくさんあった。

 

 

「シェラさんまたお酒飲んでたんだ」

 

「べ、別にいいじゃない」

 

「ラファイエットさんに怒られてたよ。一緒にカシウスさんも」

 

「お父さん何やってるんだか…」

 

「先生は悪くないわよ。ただちょっと晩酌に付き合ってもらったというか」

 

「シェラさんが誘ったんですか…」

 

「エステルはまたちょっと筋肉がついたねー。でも、すべすべ」

 

「くすぐったいです。まあ、氣を巡らすと美容の効果もあるみたいですから」

 

「え、そうなの? あたしも習ってみようかしら」

 

「洗いっこしよ」

 

「変な触り方しないでくださいね」

 

「わかってるってば」

 

 

そうして、私のちょっとした冒険は終わりを告げた。

 

 

 





少女×ドラゴンは大好物です。

第11話でした。

今回は魔獣について。

魔獣。モンスター。それはRPGにはなくてはならない存在。もちろんこの軌跡シリーズにも魔獣はいます。どこにでもいます。

平原で、街道で、下水道で、草原で、アパートで、トンネルで、海上で、空中で、地中で、湿原で、この地上のありとあらゆる場所に奴らは存在します。

そういう奴らは決まって人間たちに対して好戦的です。なぜこんな奴が人間を襲うのかと思うほどに好戦的です。生態もどこかおかしい奴らばかりです。

まあ、七耀石というファンタジー要素がありますので、魔法を使うのも、浮くのもいいでしょう。だがニガトマトマンてめぇはダメだ。

まあそんな魔獣ですが、この世界の魔獣には一貫して一つの行動特性が見られます。すなわち、七耀石に誘引されるという特性です。

これは作中でも様々な場面で見られる特徴で、イベントなどでは魔獣避けの導力灯が故障して…、などというこじつけで魔獣との戦闘イベントが発生したりします。

この七耀石を求めるという特性から、魔獣を倒すと七耀石の欠片であるセピスを取得できるという設定が原作には存在します。

まあ、敵を倒したらお金を落とすというよりは説得力のある話でしょう。人間を倒してもセピスを落とす理由がいまいち分からないのはゲーム的な都合として無視しましょう。

この七耀石を求めるという特性、以前にも述べましたが、七耀石という物質がこの世界の生物にとって重要な栄養源になっているのではないか…そういう考察を行いました。

魔獣が魔法を使えるのもこういった七耀石を体内の蓄え、導力器のような運用方法を行って魔法を発動しているのでしょう。

さらに考察するのなら、この七耀石が生み出す導力エネルギーを活動エネルギーとして利用しているのではないだろうか、という考察も可能です。

であるならば、活動性の低い生き物なら食料の摂取は肉体を構成する物質を補給するという意味しか無くなるわけです。

これは七耀石の鉱山における事故で閉鎖空間に繋がった際に、そこから大量の魔獣が入り込んできたというイベントからも見て取れるでしょう。

外部から閉ざされた空間に大量の魔獣が発生しているという異常な状態。生態系が成立するとは思えない場所です。

これも七耀石からエネルギーを得る事が出来るなら、後は空気中や鉱物に含まれる無機物を体内の共生菌などを利用して固定できれば体を維持できるわけですから、熱水鉱床において成立している特殊な生態系を参考にすれば容易に想像がつくわけです。

そういう意味ではこの世界の人間たちの驚くべき身体能力や特殊な能力も、細胞内に取り込んだ七耀石の成分によるものと考察するとしっくりくるのかもしれません。

氣とか魔術とか幻術とか訳の分からない能力が登場するのもこれが理由と思えば良いのでしょう。

だがニガトマトマン、てめぇはダメだ。だいたい、にがトマトってZCFで品種改良で生まれた新作物だろうが。

なんでいきなり魔獣化してんだよ。おかしいだろ。しかも倒したらにがトマト落とすってどういうことだよ。まったく、わけがわからないよ。


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