【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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グランアリーナから外に出る。太陽はすっかり傾いていて、夕日がまぶしい。

 

グランアリーナのある東街区には大きな百貨店や各国の大使館などの公共施設が軒を連ねる地区で、建物はみな高級感に溢れる。最近は大型のシネマコンプレックスが開設され、さらに賑わっているようだ。

 

二回戦はモルガン将軍が全部持って行った感じだが、とりあえず今日の試合は全て終わった。私が当たったのは王国軍の将兵のヒトでライフルを使う人だったが、はっきり言えばこの前に倒した猟兵の方がはるかに強かったと思う。

 

 

「三回戦は明日ね。でも、エステルが活躍してるところ、あんまり見られなかったかも」

 

「秒殺だったもんね。相手が弱いってかんじじゃなかったけれど」

 

「じゃが、明日はあのジョバンニという男に当たるはず」

 

 

ジョバンニという人物は人を馬鹿にしたような態度をとりながらも、トリッキーな動き、強力な導力魔法、幻術で相手に何もさせずに倒してしまっている。

 

今まで相手にしたことが無いタイプの敵で、どう戦えばいいか思案中だ。

 

 

「エステルなら大丈夫よ!」

 

「まあ、怪我しないようにね」

 

「分かっています」

 

「明日の試合、必ずあやつと当たるじゃろう。奴の幻術、見事に破って見せよ」

 

「はい、ユン先生」

 

 

とはいえ、幻術使い相手の戦い方など初めてで分からない事ばかりだ。ユン先生に対策を教えてもらおうとも思ったが、この戦いは私のモノであり、そしていつもユン先生のようなアドバイザーがいてくれるわけではない。

 

これは自力で解決すべきであり、そして私はあの少年を糧にする。

 

強敵。私はニヤリと笑ってしまう。バトルジャンキーではないが、これは試合。危険はあるが、それでも十分すぎる実戦訓練になるだろう。

 

自分がこんなに好戦的であることには驚いたが、剣を握る上ではそういう精神も必要なはずだ。

 

 

「エステル、何笑ってるの?」

 

「いえ、ただ少し気がはやっているだけです」

 

「ん、そういうエステルも好きかも」

 

 

 

 

「うわー、本当に歌が聞こえるんだ。ねぇ、これってレコードじゃないの?」

 

「生放送ですよ。今、グランアリーナで行われている王立歌劇団の公演です」

 

「ちょっとくぐもって聞こえるわね」

 

「そのあたりは、要改良です」

 

 

夜。私はエリッサ、シェラさんと一緒にラジオを聴きながら明日の相手、ジョバンニという幻術使いへの対策をシミュレートする。幻術というのは視覚的なものなのだろうか?

 

いや、彼は幻術によって無傷で相手を倒していたのだから、痛覚に訴える幻術を行使すると想定すべきだろう。

 

しかし、ラジオというメディアが活躍するなら、歌手という職業にも変革が起こされるかもしれない。

 

携帯音楽プレーヤーも発売されているし、それならばアイドルとかミュージシャンなども登場するかもしれない。まあ、プロデュースなんて面倒だから私はやらないけれど。

 

 

「ん?」

 

 

ふと、目と鼻の先に赤色に輝く粉が、一粒の火の粉が舞うのを見た。それは雪のようにも見えて、ふわりふわりと宙を舞う。

 

気が付けば多くの火の粉が周囲を囲んでいて、私はとっさに身構えるが、同時に強烈な眠気が襲ってきた。導力灯が明滅し、私の意識が閉じようとする。

 

 

「くっ!」

 

 

とっさに右腕に噛みついて、その痛みで眠気を堪えた。エリッサとシェラさんはそれぞれベッドと椅子の上で眠りに落ちている。

 

私は即座に壁に立てかけておいた剣に向かって飛び、それを手に取った。導力灯が消えて視界は真っ暗で、窓から王都の光が入るのみ。何が起こったのか。

 

唐突に窓が開いた。何事かと身構えて気配を探る。すると、黒い革靴を履いた足がトンと窓の縁に着地した。

 

 

「やあ」

 

「あなたは…」

 

 

現れたのは緑色の髪の、ワインレッドのスーツを着た端正な顔立ちながら、頬に入れ墨のような赤い模様をつけた少年。

 

武術大会においてジョバンニという名前で参加している当人だった。彼は胡散臭い笑顔で私を見て、気軽そうな様子で私に挨拶をした。

 

 

「エリッサたちに何をしたんですか?」

 

「ふふふ、ちょっと眠ってもらっただけだよ。君が起きたままっていうのは誤算だったけどね」

 

「何が目的ですか?」

 

「いやぁ、そんなに身構えなくてもいいと思うんだけどな。僕はただ話に来ただけだから」

 

「話? こんなことをして、それが信用できると?」

 

「そう言われると困っちゃうんだけどね。ほら、こういうのって細かい調整なんてできないしさ。他の二人には正直、用がなかったし」

 

「それでジョバンニさん、私に何の話があると?」

 

「うふふ、実はジョバンニは偽名なんだ。そうだね、まずは正式な自己紹介をしておかないと」

 

 

そうして少年は窓の縁の上で右手を胸にそえて、右足を後ろに引くボウアンドスクレイプの形で少し芝居じみたお辞儀をする。

 

胡散臭い笑みはそのままで、どちらにせよそこに敬意とか礼儀なんてものは感じさせない。

 

 

「こんばんは、初めまして。僕は執行者№0《道化師》カンパネルラ。君と話がしたくて会いに来たんだ。もちろん君に危害を加えようだなんて考えていない。まあ、信用できないだろうけどね」

 

「カンパネルラ…、道化師、執行者(レギオン)。どこかの組織の人間ですか」

 

「ふふ、そのあたりはもっといい場所で、できれば二人きりで生誕祭の夜のデートをしながらっていうのはどうかな?」

 

 

悪戯っぽい笑みを浮かべ、少年は私にウィンクをする。それは小悪魔的な雰囲気を持つ彼に割と似合っているが、やっぱりどう見ても胡散臭いことには変わりない。

 

 

「知らない人にはついていくなと父から躾けられていまして」

 

「ちょっとした冒険だよ。少しだけ大人の階段を上ってみないかい?」

 

「夜に男の子と二人で出歩くなんて、そんなはしたない事をする勇気はないのです」

 

「困ったな、僕のお姫様。きっと楽しい夜になるのに」

 

「王子様の笑顔はどうしてそんなに胡散臭いの?」

 

「ふふ、それは僕が道化師だからさ」

 

「王子様じゃないじゃないですか」

 

「ごめんね、でも身分違いの恋愛もいいものだと思うんだ」

 

「不幸な結末しか思い浮かびません」

 

「どうだろう? 僕の知り合いは上手くやってるんだけどな」

 

「その人浮気性じゃないですか? ダメですね。女は男の最後の恋人になりたいと願う生き物なんですよ?」

 

「僕は君にくびったけさ。君以外の事なんて見えないよ」

 

「道化師さんの胡乱な言葉は信じられません。とっととお帰り願えませんか?」

 

「あはは、ずごいね君、本当に9歳?」

 

 

少年が愉快そうに笑う。それに対して私は内心ビクビクしていた。相手の意図も分からないし、何よりも今の会話の中で彼が何らかの組織に属していることを示唆されている。

 

それは彼が組織の一端として動いている可能性があり、今の状況すら一対一という条件かどうかもいまいち分からないからだ。

 

それに、実力も測れない。

 

大会での試合では、人を小馬鹿にした態度をとりながらも軽快な動きで相手の攻撃を避けていたし、おちょくりながらも指を鳴らすフィンガースナップという仕草だけで相手を戦闘不能にしてしまった。

 

まるで出来の悪い手品を見せられているような試合。

 

 

「そろそろお帰り願えませんか? 私は幼い女の子なので怖くて悲鳴をあげてしまいそうです」

 

「それは困るな。じゃあちょっと、面白いものを見せようか」

 

 

そう言うと少年が右手でフィンガースナップをした。私は警戒して剣の柄を握るが、私の予測を上回る変化が周囲で起こり始めていた。

 

世界が歪みだす。何らかの導力魔法か、あるいは幻術か。これ自体に殺気めいたものを感じることは無かったが、しかし試合のこともある。

 

すると、世界そのものの気配が変化してしまう。まるで異世界に突然放り出されたような。空気や七耀の力の流れ、あらゆる要素が変革された。

 

 

「なんですかこれは…?」

 

 

世界がごっそりと入れ替わっていた。ホテルの部屋は無くなって、壁もベッドも椅子も調度品も、そして石の床さえも消失した。エリッサやシェラさんもいない。

 

そこは奇妙な光彩を放つ空間で、周囲には見たこともない文様のレリーフが宙にふわふわと浮かんでいた。私と少年だけがその空間に浮かぶ何らかの力場で出来たような床で立っている。

 

 

「ようこそ。ちょっとしたお喋りのために、用意した場所だよ。君との二人だけの逢瀬のため、なんてね」

 

「これも幻術なんですか?」

 

「少し違うかなぁ。知りたかったら、僕と契約して…」

 

「お断りします」

 

「つれないなぁ」

 

「エリッサたちは?」

 

「ああ、彼女たちならホテルの部屋で眠っているさ」

 

「これは幻術ですか?」

 

「不正解」

 

「異空間? まさか…」

 

「ふふ、正解だよ。でもまあ、こんな事をしたら《剣聖》と《剣仙》にはバレちゃったかもね」

 

「バレると拙いことでも?」

 

「もちろんさ。君に会った事、話した事、秘密にしてもらいたいんだ」

 

「そんな無茶が通るとも?」

 

「ふふ、僕からのお願いさ。それにそのほうが、君の友達にも心配をかけないで済むと思うよ」

 

「…そうですね。無茶言います」

 

「ごめんよ。こっちは君が眠るとばかり思ってたから」

 

 

なるほど、脅しか。こんな技を使う男だ。今のエリッサやシェラさんでは相手にならないだろう。とはいえ、父とユン先生にはバレてしまったらしいのだから、言い訳が苦しい。

 

 

「じゃあ、お話しようか。これはね、勧誘なんだ。ヘッドハンティング。きょうびどこでも優秀な人材は求められていてね。本当は僕の上司自ら会いたいって言ってたんだけど、それはちょっと無理だから、僕が代行ということで君に会いに来たんだ」

 

「人選間違ってませんか?」

 

「あはは、けっこうキツいこと言うね。でも、博士か《鋼の聖女》あたりの方が話が合うかもね」

 

「中々に構成員がいるみたいですね。しかし、私には私のすべき仕事があります」

 

「うん、別にそれは続けてもらって構わないんだよ。君は僕らには好きな時に協力してくれればいい。僕らはその対価に様々な報酬を君に贈ろう」

 

「…技術情報をリークしろという話ですか?」

 

「ふふ、それも君に任せるさ。君は基本的に何をしてもいい。何もしなくてもいい。気が向くままに、君の意志で。僕らは君の意志を勝手に捻じ曲げたりしないよ」

 

 

何やら、随分と好待遇。だけれども、やっぱり胡散臭いのは確かだ。何しろ、向こうには何のメリットも無いかも知れない取引だ。一方的に私が利用することだってできる。

 

そんな組織勧誘があるはずがない。これは何らかの罠じゃないだろうか?

 

 

「胡散臭い話ですね」

 

「いやいや、確かに。僕もこれですぐに君が頷くとは思ってないよ。まあ、今すぐに返事はしなくていい。ただ、君は『力』が欲しくはないかい?」

 

「……そんなものは自力で手に入れます」

 

 

ふと、『力』という言葉に反応してしまったが、気取られてしまっただろうか。私はすまし顔を維持しながらも、少し揺らいでしまった彼の言葉に自己嫌悪する。

 

 

「効率性の問題だよ。僕らに協力してくれるのなら、君は莫大な力を得るだろう。それは君の剣の実力にしても、君の研究においても」

 

「信用できませんね。信頼できない相手との契約は、少しリスクが大きすぎます」

 

「じゃあ、ちょっとしたプレゼンテーションをしようか。君も興味を持ってくれると思うんだ」

 

 

そうしてカンパネルラはフィンガースナップでパチンと指を鳴らした。すると奇妙な光彩を放っていた空間に巨大な、紅い飛行船が現れる。

 

それは今まで見たこともないほどの規模で、そしてその大まかな構造が示され始める。それは250アージュの大きさを誇る、巨大な飛行戦艦だった。

 

 

「軍用飛行艇を搭載する巨大飛行空母…。まさか、そんなものを作っているなんて…、いったいどこの国なんです?」

 

「国じゃないんだけどね。こういうのもあるよ」

 

 

指の音で幻が切り替わる。次に現れたのはいくつもの導力仕掛けのロボットたちだ。精巧な機械で出来た自立制御の兵器たち。人型や獣に似た形、ヘリコプターのようなもの。

 

それらはXのいた世界のロボットよりも遥かに高い技術力を感じさせる。姿勢制御、駆動システム、人工知能。いずれも今のこの世界の技術水準を大きく上回っていた。

 

 

「エプスタイン財団ではないのですか?」

 

「ふふ、違うんだなこれが。興味を持ってくれたみたいだね。君は飛行船に興味を持つと思ったけど、オーバーマペットの方が好みなのかな?」

 

「……」

 

 

あのロボットの技術があればどんなことが出来るだろう。ああいったモノを兵器として運用する技術力があるならば、産業用ロボットを作ることだって不可能じゃない。

 

私にとってロボティクスは専門外だし、労働力が不足しがちなリベール王国にとってその技術は喉から手が出るほどに欲しい技術だ。

 

いや騙されるな。彼は幻術の使い手。これらが本物である保証はない。しかし、あれらの導力人形は無駄な機構が多かったが、確かに動きえる合理性を多く見いだせた。

 

専門的な知識のない人間がアレを幻覚として見せることが出来るとは思えないが…。

 

 

「あれらが、本物とは思えません」

 

「んー、じゃあ、今度本物を見せてあげるよ。それぐらいなら上司も許してくれるし」

 

「えっ、本当に見せてくれるのですか?」

 

「えらい食いつきようだね。やっぱり博士と似た人種なのかな?」

 

「博士とは誰です?」

 

「それはまだ教えられないなぁ。だからさ、少しずつ僕らの事を知ってほしい。僕らは決して強制なんてしないし、君の意志を尊重する。それが僕らの基本的な方針だから。でもまあ、基本的には周りの人には秘密にして欲しいんだけど。何しろ、僕らってほら、秘密結社だし?」

 

「秘密結社? どこかの国の機関ではないのですか?」

 

「違うよ。僕らはそういう理由では動いてないから」

 

 

秘密結社。Xのいた世界のフリーメイソンとかイルミナティとかそういう組織を思い浮かべる。陰謀じみた存在。一気にその存在が胡散臭いものに見えるようになった。

 

だいたい、ただの秘密結社があんな大規模な飛行船を運用できるはずがない。そもそもどこで整備して、何に使うというのだ。

 

 

「ふふ、あはは、秘密結社ですか。なるほど、そういう類ですか。組織の目的は?」

 

「世界の恒久平和と人類の次の段階への進化ってことでどうかな?」

 

「超胡散臭ぇですね」

 

「僕もそう思うよ」

 

 

産業用ロボットの構想を得られたのは良かったが、そこまでだ。こんなホラ吹きにはさっさと帰ってもらおう。

 

私はこの時、この少年をどこかの国の工作員か、怪しげな宗教団体の一員と断定して動いていた。この事は後に間違いであると知ることになるのだけれど。

 

 

「もういいです。分かりました。ですが、これ以上はお付き合いできません。お帰り願えませんか?」

 

「おや? うーん、失敗だったかな。うふふ、まあいいや。今日はこのあたりで失礼しようかな。明日の試合、楽しみにしているよ。じゃあね、ばいばーい」

 

 

炎が彼の周りを舞うように包み込む。それは焼身自殺でも行ったのかと思うようなリアルな炎で、事前に幻術の使い手と聞いていなければ焦っていたほど。

 

そうして少年の姿は陽炎のように揺らめきだし、そして幻のように空気に溶けてしまった。これが幻術。かつて見たルシオラさんのそれを思い出す。

 

同時に周囲の異世界が元の世界に還っていく。気が付けば元のホテルの部屋にいて、導力灯が明滅するとともに部屋は人工の光で明るく照らし出された。

 

ドンという衝撃音と共にホテルの扉が破られて父とユン先生が飛び込んでくる。同時にエリッサとシェラさんが目をこすりながら目を覚ました。

 

 

「エステル! 何があった!?」

 

「変質者です。特に何事もなく帰ってしまいました」

 

「変質者?」

 

「たぶん、どこかの国の工作員でしょう。私をヘッドハンティングしに来たみたいですね。軍に連絡してください。ティオあたりが狙われると困りますから」

 

 

そうしてその夜はそれ以降なにも起こらなかった。

 

 

 

 

 

 

「…エリッサ、離してください」

 

「ん、おはよー、エステル」

 

 

ホテルローエンハイムは王都グランセル屈指の高級ホテルだ。ベッドの質もすばらしく、部屋は清潔で、調度品も品がいい。料理もとても美味しかったし、大満足なホテルと言えるだろう。

 

私とエリッサ、シェラさんは相部屋で、エリッサは私と同じベッドで隣に寝ていた。そして朝起きたらがっちりと抱き付かれていた。

 

 

「エステル、おはようのチューは?」

 

「そんな習慣はありません」

 

「エステルは恥ずかしがりやだね」

 

「そう言いつつ、私のパジャマを脱がそうとしないでください」

 

 

私のパジャマの上を脱がすエリッサ。私は文句を言いつつもなすが儘にされる。まあ、結局は脱ぐのだからここで脱いでも構わない。

 

問題はその私から脱がせた上着をエリッサが目の前で顔に押し付けてすうっと息を吸い込む行動だ。なんの儀式なのか。

 

 

「エステルの香り」

 

「ヒトのパジャマの臭いを嗅がないでください。枕もダメです。だからうなじもダメだと前にもって、なぜ今起きたのに押し倒してくるんですか貴女は。だいたい、寝汗とかの匂いを嗅いで何が楽しいんですか? 臭いでしょうに」

 

「エステルは臭くないよ。鍛錬した後のエステルの汗の香りも好き。髪から漂うシャンプーの香りも好き。お肌すべすべでぷにぷにで気持ちいい」

 

 

ようやく体を起こして起床しようというのに、再びエリッサが私にのしかかる様にして押し倒してくる。女の子同士のじゃれ合いと言う奴であろうか。

 

言葉の端々から怪しいものを感じるし、エリッサは私の背中に腕をまわして顔をすりつけてくるのは、少しスキンシップが過ぎると思う。

 

 

「私の香りって、エリッサは私と同じ石鹸とシャンプーを使ってますよね?」

 

「エステルの体臭が混じると、やっぱり違うんだよ。味も違うの」

 

「エリッサの変態、変態、大変態!!」

 

「はうっ♪」

 

 

軽く罵倒するとエリッサが嬉しそうに身をよじる。だから足を絡めるな。こういった罵倒は最近行うようになった。なんというか、たまにうっとおしくなる時があるからだ。

 

でもまあ、エリッサは特に気にすることもなく、むしろ顔を赤らめている。被虐体質でもあるのだろうか。将来が心配だ。

 

 

「何喜んでいるんですか? 寝ぼけてないで起きますよ!」

 

「ああん、エステルのいじわる」

 

「だぁぁぁぁ!! うっさいわねあんたたち!!」

 

 

そうして、もう一つのベッドで寝ていたシェラさんが暴発する。うん、まあ、分かります。そうして私たちは着替えを始める。エリッサも渋々私に習って着替えを始めた。

 

こういうやり取りはほぼ毎日行っている。こういうのが同性同士のお泊りにおけるコミュニケーションというヤツなのだろう。詳しくは知らないが。私はやる勇気がないが。

 

 

「では改めて、エリッサ、シェラさん、おはようございます」

 

「おはようエステル」

 

「おふぁよ」

 

 

今日は三回戦と準決勝戦が行われる。これでトーナメントにより選手が2人に絞られるのだ。そして準決勝戦には順当にいけばカンパネルラという少年に当たるだろう。

 

彼の強力な幻術には正直な所、正攻法による対処は難しい。幻術と導力魔法の区別も必要で、それが出来なければ致命的なロスを生じるだろう。

 

 

「エリッサ、朝の鍛錬に付き合ってもらえますね?」

 

「うんっ、行こうエステル」

 

「シェラさんはどうします?」

 

「わたしはパス」

 

 

エリッサと朝の鍛錬を流す。エリッサの剣はかなり鋭くなっていて、そこいらの魔獣になら十分に対処できるレベルに到達している。

 

ユン先生曰く全ては集中力の賜物らしく、なんか剣に火を纏ったりして攻撃することが出来る。本人曰くバーニングラヴらしいが、ユン先生に言わせるなら憎しみの炎らしい。

 

彼女が殺人鬼や辻斬りにならないことを祈りつつ、エリッサと剣を合わせる。剣については私の方が強いが、彼女の剣にはごくたまに狂気が乗るので侮れない。

 

時折私も驚くような剣の冴えを見せる時があるが、本当に彼女に剣を持たせていいのか首をかしげる時がある。

 

最後に切り札を試して、完璧な一本をエリッサからとる。エリッサ曰く、私のこの切り札は反則らしい。

 

まあ、初見殺しでなければ必殺技とは言えないし、滅多に使う技でもなく、また余程の化け物でなければ二度目三度目でも見破られることは無いだろうとユン先生から太鼓判をいただいている。

 

 

「じゃあ、朝ごはんにしましょうか」

 

 

 

 

そうして大会2日目が始まる。私の今日の初戦は王室親衛隊の女性隊員だという。ラファイエットさんが所属していた部隊ということで、中々にあなどれない実力を持っているらしかった。

 

事実、中々に鋭い剣の使い手で、エリッサぐらいなら苦戦するかなと言った感じだ。

 

 

「良い剣でした」

 

「参りました」

 

 

彼女はユリア・シュバルツという名で、すばらしい反射神経で彼女は私の初撃をしのぎきった。私の初撃となる抜刀術を何らかの形で防げる人間は今まで中々いなかったので、少しわくわくした。

 

最近はエリッサにも対応されてしまっているが、それでも自信があったのだけど。ただし、最初の一撃の後に隙が出来るという彼女の予測は当たらずとも遠からずと言ったところだろう。

 

私の抜刀術は本来、連撃に繋がる型の最初の一撃で、多少のラグは生じるものの、ユン先生の厳しい指導によりそれはほとんど知覚できないレベルに抑えられている。

 

親衛隊のヒトは私の最初の一撃を剣でそらした後、踏み込もうとしてきたが、そこを鳩尾に対する蹴りを入れて突き放してしまった。

 

がら空きで、隙だらけだったのだ。しかし、私としてはなかなかいい一撃を与えたのだけれど、それでも彼女は再び立ち上がった。

 

そうして私は数度彼女と剣を重ねる。細剣独特の精密で素早い突きは見事で、どことなくだが八葉一刀流というか父の剣を思わせる、

 

なんというか感覚のようなものを感じた。だが、細剣は突きに特化するが故に、刀剣との相性は微妙に悪い。そして彼女の高速の四連撃を躱しつつ、相手の剣を弾き飛ばしてゲームセット。

 

相手は爽やかな性質のヒトだったのか、「お強い」と言って降参した後に朗らかに笑って握手を求めてきた。聞けば父に剣を学んだのだという。

 

 

「お疲れ様、エステル」

 

「あの人、結構強そうだったのにね」

 

「ありがとうございます、エリッサ」

 

 

試合が終わった後にエリッサがジュースを差し出してくれる。ルーアン地方で取れたオレンジを使ったジュースらしく、冷たくておいしい。

 

そういえば、ボースの山奥で果実栽培を試みている村があるという。確かラヴェンヌ村とかいったか。果樹を植えたばかりで、まだ実はなっていないらしい。

 

 

「エステルよ、次じゃな」

 

「そうですね。あの少年、今まで戦ってきた相手とはずいぶん違うようです。近いのは巨大ペンギンでしょうか?」

 

 

まあ、あんなゲテモノと一緒にしては失礼だろうが。あの異様な能力はそれに近いような気もしないでもない。

 

そうして試合は進んでいく。モルガン将軍は危なげなく勝利して、カンパネルラも一撃で相手を倒してしまった。周囲では大会の優勝者は誰になるかという話題で盛り上がりをみせている。

 

ベスト4が決まり、準決勝戦が始まる。

 

 

「では、行ってきます」

 

「がんばってエステル!」

 

「あと二つ勝てば優勝よ!」

 

「ベストを尽くしてこい」

 

 

エリッサたちに見送られて、私は待合室に向かった。待合室では私を含めて2人しかいない。その人は王室親衛隊の隊長さんらしく、モルガン将軍について話して盛り上がった。

 

そうして彼の試合、相手はモルガン将軍との戦いが始まる。結果はモルガン将軍の勝利。結構良い試合だった。

 

そうして私の出番がやってくる。私はゆっくりとアリーナの競技場の芝を踏んだ。向こう側からはヘラヘラと笑みを浮かべながらカンパネルラが現れる。彼は気安い態度で私に話しかけてきた。

 

 

「やあ、また会えたね」

 

「私はあまり会いたくありませんでしたが」

 

「相変わらずつれないなぁ。ふふ、まあそんな所も君の魅力なのかな?」

 

「貴方みたいな胡散臭い人には無い魅力ですが」

 

「ふふふ、言うね。それで、昨日の話は少しは考えてくれた?」

 

「零細企業には興味ありません」

 

「ん、結構大きな会社なんだけどな」

 

「エプスタイン財団なら少しは興味がありますが、ZCF以上に良い研究環境なんて無いと思いますけど?」

 

「給料には興味は無いんだ」

 

「パパが恋しくて家から離れたくないんです」

 

「それにしては、二カ月も《剣仙》と二人で旅行してたみたいじゃないか」

 

「なんのことでしょう」

 

「ふふ、さあ?」

 

「だいたい、携わっているプロジェクトもありますので、今すぐ抜けろと言われても困ります」

 

「なるほど。まあ、そっちはそっちで進めておいてくれてもいいんだけどね」

 

「どういうことですか?」

 

「ふふ、興味ある?」

 

「いいえ、まったく」

 

 

二カ月の山籠もりの事を知っている。そんなに触れ回っているような事じゃなく、普通の少年が知るような事ではない。

 

どこかの組織に属しているとは思っていたが、かなり大規模な組織、あるいは国家の機関の構成員なのかもしれない。そうして、試合が始まろうとする。

 

 

「じゃあ御嬢さん、踊りませんか?」

 

「つたないステップですが、よろしくお願いいたします」

 

 

主審が試合開始を告げた。

 

 

 






胡散臭い道化師きゅんの登場です。彼のそんな態度が私は大好き。3rdの半ズボン姿に萌えた淑女の方もおられるのでは?


そんな13話でした。


道化師きゅんでした。碧の軌跡では全員変な野菜にされた挙句にでっかい杭をごっすんされて全滅した人もいるのではないでしょうか?

作者はノーマルモードでまったりプレイなので倒せましたが。こいつがヒロインと同格の強さとか信じられないんですけど。

彼の立ち位置は他の執行者と違っていて面白いですよね。鋼の聖女と同じで数百年と生きていそう。なんというか、蛇の使徒よりも物語の核心に近い立場にいそうな人物です。

今回、武術大会に彼が出場したのは単純な好奇心の産物です。他の執行者とは違って直接的に動き回らない人物ですので、顔を見せること自体はOKという設定で。



今回は軌跡シリーズの諸国家について。

現在、原作の中でその存在が確認されているのは5つの国と4つの自治州です。これらはゼムリア大陸西方に存在する地域であり、軌跡シリーズは現在の所、ゼムリア大陸西部において展開されていると考えてよいでしょう。

ゼムリア大陸西部で覇権を争う大国としてはカルバード共和国とエレボニア帝国が存在します。エレボニア帝国が大陸北西にあり、カルバード共和国は東よりに存在すると考えればよいでしょう。

カルバード共和国は大陸西部最大の面積と人口を誇る国として描かれ、エレボニア帝国は軍事大国として描写されます。

この二つの国は常に対立関係にあり、国境地帯の係争地を巡って武力衝突を繰り返しています。原作の『零の軌跡』『碧の軌跡』ではクロスベル自治州の帰属をめぐる両国の綱引きが描写されます。

新作の『閃の軌跡』ではノルド高原と呼ばれる地域を巡る争いが描写されるかもしれません。

この二つの国とリベール王国の関係を率直に表すならば、フランス、ドイツ、オランダといったところでしょうか。


<カルバード共和国>
カルバード共和国は七耀歴1110年に成立した比較的新しい国家です。大統領制の民主国家であり、原作開始時の元首はロックスミス大統領。

多民族国家であり、東方からの移民受け入れも盛んに行われていることが描写されています。人口大国として大きな影響力を持つ国と言えるでしょう。

東方からの移民の受け入れにより、東方人街という中華街によく似た町が形成されていることも描写されています。

ただし、移民の流入は治安の悪化をもたらしており、その他さまざまな軋轢を生んでいるようです。また、最近では移民受け入れに反対する過激なテロ組織も活動しているようです。

さて、人口についてですが原作ではリシャール大佐がリベール王国の5倍程度と言っています。リベール王国の人口は分かりませんが、王国の大きさは2.7万平方キロメートル程度。

人口密度を200人/km^2とすれば570万人程度。これの5倍だとすれば2850万人という計算になります。

この数字は産業革命後の人口大国にしてはちょっと少ない感じ。導力革命から50年という年月を考え、ZCFから技術供与されて30年程度とすれば人口増加は多く見積もっても1.5倍程度。

フランスの産業革命前夜が2400万人と考えるなら3600万人は欲しい所ですので、リベール王国の人口密度を300人/km^2で計算して、4000万人程度とすれば良いでしょうかね?


<エレボニア帝国>
エレボニア帝国はその名の通り帝政の国家であり、貴族のような封建領主の発言力の強い、いまだ近代的な国民国家になり切れていないが、軍事的には大陸随一の大国と描かれています。

南はリベール王国に接し、東はカルバード共和国に接し、近隣地域との紛争が絶えません。

軍事国家とされていて、言論はある程度制限されており、近隣地域を貪欲に併合して国土を拡大する強国。

新作の『閃の軌跡』の舞台となる国でもあります。歴史的には150年前に大規模な内戦である《獅子戦役》をドライケルス大帝が平定して今の形になったとか。

肝心の軍事力については1192年の百日戦役時においては全師団の半数である13個師団でリベール王国に攻め込んでいたり、1202年時にはリベール王国の8倍の兵力を誇り、20以上の機甲師団を保有するなどの描写があります。平時に20の機甲師団とかぶっとんでますね。

さて、リベール王国軍の規模が1192年と変わらないとするなら、リベール王国軍は4個師団体制と見てよいでしょう。

1個師団を15,000人とするなら兵員数は6万人、その8倍なら48万人。軍事国家ということなので平時での軍人の割合を2%程度と考えれば総人口は2400万人ということになります。

なお、20の機甲師団があると考え、1個師団あたりの戦車数を150両とするなら、3000両の戦車を配備している計算になります。

この数字は独ソ戦が始まった際のドイツの戦車数に匹敵しており、平時の編成としては破格といえるでしょう。導力エンジンだから燃料がいらないとはいえ、無茶する奴らです。


<リベール王国>
このお話の舞台であり、『空の軌跡』三部作の舞台である王政の国家です。

元首は女王アリシア二世。北にはエレボニア帝国があり、東にはカルバード共和国があるという、強国に挟まれた気分はきっと第二次世界大戦直前のポーランドの気分。百日戦役では案の定戦車に轢かれています。

アルバート・ラッセル博士によって他国に10年以上早く導力革命の影響を受けたことで、小国ながらも技術先進国としての顔を持ちます。

またアリシア女王の優れた外交手腕に加え、単独で立てた作戦で3倍の戦力の帝国軍を壊滅させたチートを地でいくカシウス・ブライトなどがおり、人的資源に恵まれた国とも言えるでしょう。

七耀石の鉱脈を自前で持つなど最重要の戦略資源も保有していますが、小国であることは変わりなく、面積は計算してみると実のところ四国よりも大きく、九州よりも小さいぐらいという小国。

これは公式地図とゲーム内の記述から地図の縮尺を割り出し、取り尽くし法で計算したもので、このSSでは2.7万km^2を採用します。

とはいえ、基準となる2地点間によって算出される数字はバラバラで、実際には1万~7万km^2の間という数値になってしまいますが。

人口密度を200~300人とするなら、面積2.7万km^2を採用して540万~810万人。グランセルの人口が30万人程度とのことなので、首都人口が全体の5%を占めると計算するならば600万人ほど。


<レミフェリア公国>
アルバート・フォン・バルトロメウス大公を元首とする、大陸北部に位置する自然豊かな小国です。たぶん地球の北欧3国をモデルとした国と思われます。

フィンランドのような針葉樹林と湖沼が広がるイメージを作者は勝手にイメージしています。あるいはノルウェーのようなフィヨルド地帯が広がるのでしょうか?

原作の中ではあまり深くは言及されていませんが、医療先進国として描かれており、多くの優れた医療機器や医薬品を生産していることが見て取れます。

位置としてはリベール王国から見て北東の方角に存在するようで、もしかしたらカルバード共和国とエレボニア帝国の両国と国境を接しているかもしれません。


<アルテリア法国>
各国の中で最も権威のある国がアルテリア法国です。

この世界ではほとんどの全ての人間が貴賤なく七耀教会の信徒とされているので、七耀教会の本山であり、地球のヴァチカン市国に相当するこの国の権威は凄まじいものがあり、大陸各地のほとんどの自治州の宗主国はアルテリア法国となっています。

基本的に戦争などの講和における調停を行ったりと、内政には深くかかわらない国ではありますが、重要な外交場面では欠かすことのできない存在と言えるでしょう。

位置としては大陸中央部とされており、国家としては都市国家の形態をとっているようです。ヴァチカン市国とローマ市を融合したような国といえるでしょうか?


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