【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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「ったく、あのオッサンも無茶な事言いやがるぜ」

 

 

力強いエンジン音を響かせる旅客機の窓に、見飽きた赤髪の自分の顔が半透明に映る。その先、視線を伸ばせば白く陽光を反射する金属の翼と雲海が広がる光景が見えた。

 

雲間から垣間見えるのは丘陵地帯を覆うコンクリートとアスファルトで構築された人工物。ほんの半時ほど前ならば、二つの国を分け隔てる雪を冠した山脈が見えたのだが、

 

時速6,000セルジュという生物には実現不可能な速度は、自分の親世代が数日かけて旅した行程を数時間に短縮する。導力革命の恩恵という奴。

 

そもそも5,000アージュという高みはほんの10年前には人類には手の届かなかった領域。重力制御ではなく、4つの導力エンジンの生み出す回転エネルギーのみで金属の塊を浮かべているというのは現実味が無い

 

現実味が無いと言えば、これから向かう都市が本国の首都よりも巨大であるという現実だろうか。あるいはこの雲の下に200アージュに迫る摩天楼が立ち並ぶという伝聞だろうか。

 

やはり簡単にはイメージできない。多くの人間は経験した以上の事柄を想像できないのだ。そんなことが出来る存在を凡人たちは天才と呼ぶ。あのオッサンは天才なんて生易しいものではないが。

 

 

<まもなく当機はリベール王国ツァイスへと着陸いたします。停止するまでシートベルトを着用の上、座席からお立ちにならないようお願いいたします>

 

「着いたか」

 

 

旅客機はゆっくりと高度を落としながら滑走路へと向かう。旧式のこの機体はいまだ垂直離着陸を可能としないが、それでも100名近い人間をヘイムダルから外国まで2時間程度で運ぶというのは驚異的だ。

 

窓ガラスに映る赤い髪を軽く整え、キーンとした気圧による痛みを耳抜きで緩和する。遠い共和国方面の丘陵地帯と迫る大都市を眺めていると、航空機は滑走路に着陸し、大きな振動が身体を揺さぶった。

 

アナウンスとキャビンアテンダントに促されて手荷物を手に取り、航空機からタラップを使って降りれば、目の前には導力バスが横付けされている。

 

アスファルトによって整地された長大な滑走路と、緑色の芝生。見たこともない数の航空機が翼を休め、20を超える定期飛行船が係留される光景はこの国の豊かさを見せつける。

 

だが、最大の違いは雰囲気と呼ぶべきものかもしれない。肌で感じる、人々が纏う雰囲気。そういったものはものの数分で理解できる。

 

厳しさを感じさせる帝国とは違って陽気で、豪奢というよりは軽やかで、しかしクロスベルや共和国とは違い品がある。帝国に匹敵する歴史と伝統を持ちながらも、貴族制度を排し身分制度を持たない国。

 

10年前ならば歴史だけが自慢の小国と片付けられただろうこの国は、しかし現在は押すに押されぬ列強国の一員だった。おそらく国内総生産では来年にも帝国を抜き去るだろうというほどの。

 

この国には2人の要注意人物がいる。S級遊撃士カシウス・ブライト、そして彼の娘である《空の魔女》エステル・ブライト。できうるならばどちらかに接触しろとは鉄血宰相も無茶な注文をする。

 

情報局が共和国方面で行った謀略によるエステル・ブライト暗殺計画が失敗に終わり(上手くいきかけたのは暗殺者の腕が良すぎたかららしい)、警戒レベルが極限に達しているにもかかわらずだ。バカじゃねーの。

 

相手は歴史や導力学の教科書に堂々と名前を載せる相手であるのだから、人となりを知るのならばルーレ工科大学の教授のようなガチガチな身分で接触した方が確実性高いだろうに。

 

そうして乗ったバスはガラスと鋼鉄によって構築された曲線的な建築物を主体とする空港に入り、俺とその他の客たちは入国審査を受ける事になる。

 

ジェニス王立学園への留学を表向きの理由に。国籍は本国に隣接した自治都市のもので、今回は流石に本名ではなく偽名を用いる。書類については《本物》であるから心配はない。

 

 

「ようこそリベール王国へ。入国の目的は?」

 

「いやぁ、留学ですよ。ジェニス王立学園って知ってます?」

 

「ああ、ジェニス王立学園か。私の甥も通っていたな。そうなると数年の滞在に?」

 

「3年ぐらいかなぁ」

 

「遠くから一人で王国に? ご両親もなかなか剛毅でいらっしゃる」

 

「放任主義なんすよ」

 

「ふむ。荷物を調べてかまわないかい?」

 

「ええ、かまいませんよ」

 

 

俺はこの時、目の前の係官の表情や纏っている空気の変化を敏感に感じ取った。入管の係官は出来うる限り俺に不審に思われないようにしながらも、いかなる理由か俺の正体を半ば掴んでいる。

 

 

「はは。最近、国の方からテロリストだとか、ああ、あとは密入国者だとかに気を付けろっていう指示があってね。君は大丈夫だろうが。この前なんかは麻薬の密輸業者が捕まったりしてこっちも過敏になっているんだよ。迷惑をかけるね」

 

「いえいえ」

 

 

どうやらリベール王国というのは聞いていた以上に恐ろしい場所だったらしい。係官は適当な世間話をしながらも俺の様子をつぶさに観察しているようで、まるで考えを見透かそうとするような気味悪さを感じる。

 

この時には、俺はもう無事にこの国に侵入できるというような甘い考えを捨てていて、どうやってこの場から逃走するかの算段を確認しはじめていた。そして俺は唐突に大声をあげる。

 

 

「おいっ! アイツ、銃をもってやがるぞ!」

 

「何!?」

 

「へ?」

 

 

入管の係員たちの視線が俺から逸れる。俺が指さした男に視線が集中し、俺は同時に一気に駆けだした。数秒遅れて入管の係員は俺の行動の意味を理解し、詰め所に待機していた兵士たちが俺を追いかけてくる。

 

そうして数日の間、俺はリベール軍や軍情報部、軍用魔獣の追っ手を巻きながら、命からがらこの国から逃げ出したのだが、まあそれは別の話と言う事で。

 

 

 

 

 

 

商業都市ボース。リベール王国における五大都市の一つにして、エレボニア帝国との交易における拠点、物資の集積所として発展した、かつてはリベール王国第2の都市とまで称えられた大都市である。

 

しかしながら一年戦役においてエレボニア帝国により占領され、さらには戦役末期において補給を断たれモラルブレイクを起こした帝国軍により凄惨な略奪と破壊を受けて一度は灰燼に帰したことで今は知られている。

 

しかしながら終戦より7年、勝利を飾ったリベール王国が獲得した莫大な賠償金と、その後に続く急速な高度成長と重工業化により、ボースは確かに急速に復興され、以前以上の活気を取り戻すことに成功した。

 

テティス海に国際港を開き、世界最大の工業地帯を形成し、先進的な研究施設や大企業の本社、最近では国際的な金融機関の多くを擁するに至ったツァイスに王国第二位の都市としての地位を譲り渡していたが、

 

帝国との通商条約により、王国からは導力器や民生品が、帝国からは鉄鉱石や七耀石を始めとする鉱物資源、あるいは小麦や木綿、羊毛や宝石が盛んに取引され、商業都市としての機能を取り戻すにはさしたる時間はかからなかった。

 

都市としての規模はかつての数倍に肥大しており、人口においては国際都市クロスベルを上回り、帝国の首都ヘイムダルと並ぶに至った。計画的に整備された都市は、次世代の交通手段である導力自動車の運用を前提としており、

 

広大な都市に広がる街区を結ぶ高架の上を走る導力モノレールは、一辺数セルジュにして3階建ての巨大屋内商業区画ボースマーケットと共にこの都市の象徴とも言えるだろう。

 

七耀歴1200年の2月、七耀教会にとっても区切りの良い記念すべき年としていくつかの行事を控え、また近く復興の象徴として新しく建設された大聖堂が完成するので、その式典の準備に多くの人々が忙しなく働いていた。

 

そんな中でも特に大量の業務に忙殺されているのが行政府であり、大都市ボースの8つある地区の1つ、行政区の市庁舎は、このところ不夜城と化して夜遅くまで導力灯の光が煌々と輝く有様だった。

 

しかし、この日、行政府はにわかに異様な雰囲気につつまれる。軍用車両が往来に現れ市庁舎を包囲するように停車すると、黒い軍服姿の軍人たちが1個中隊ほどが現れたのだ。

 

彼らは受付の前に書状を掲げると、3人程度の集団に分かれて市庁舎に散らばる。そしてその集団の1つがボース市の財務会計を預かる部署に踏み込み、一人の男を取り囲んだ。

 

 

「財務課課長ニコラ・ファビウスだな。国防保安法、産業情報保護法違反の容疑で逮捕する」

 

「なっ!? 何かの間違いじゃないか?」

 

「話は後で聞こう。さあ、立て」

 

 

軍人たちは男に銃を突きつける。すると男は観念したように両手を上に掲げた。

 

 

 

 

「ふむ、これでおおよそのスパイは摘発できたか」

 

「はい大佐。軍と行政府、議会に侵入を許していたスパイは大かた片付いたと思われます。現在は得られた情報を元に、地下に潜ったスパイおよび反乱分子の摘発を開始しています」

 

 

七耀歴1200年2月上旬にリベール王国にて行われたスパイの一斉摘発により、王国の行政機関や軍の関係者から多くのスパイや機密情報の漏洩に関わった人間が逮捕された。

 

それは王国関係者にいくらかの衝撃を与えたものの、それ以上にエレボニア帝国軍情報局などの各国の諜報組織により大きな驚愕と深刻な損害を与えた。

 

なにしろ戦役前から長期潜入していた諜報員だけではなく、休眠状態にあるスリーパーまで摘発されたのだ。それも根こそぎと言っても良い。この電撃的な逮捕劇を事前に知る事が出来た諜報員は数少なかった

 

 

「しかし、恐ろしい機械ですわね」

 

「導力式嘘発見器などと名前はついているがね」

 

 

カノーネ君が報告書のファイルの束を手にして溜息を吐きながら感想を述べる。分厚い紙の束には今回摘発された者たちの情報がまとめられているが、膨大過ぎて目を通すのもおっくうになるほど。

 

ZCFがエプスタイン財団との共同研究によって開発した、《幻》の属性を応用することで対象の精神活動をモニタリングすることを可能とする導力式精神鑑定装置。

 

いくつかの試験により信頼性を確保したそれが、軍と行政関係者を対象とした健康診断と同時に行われた職務適正診断において用いられたのは去年の年末であった。

 

人間の脳は本当のことを話す時よりも、嘘や後ろめたいことを話す、あるいは考える時の方が活発に活動する。それは装置によって有意な形で検出され、今回の一斉摘発に大きく貢献することとなった。

 

また、既に移民局や入管にも設置されており、スパイが新たに侵入することを困難なものとしている。少なくとも、自分が諜報員であるという自覚のある者はすぐさま検出されてしまうだろう。

 

 

「問題は暗示によって自分が諜報活動をしている自覚のない者だったか…」

 

「グノーシスを用いた暗示により検査をパスできることは確認されています。ただし、この場合は尿中に薬物反応が検出されますが」

 

「そういった検査は入国管理では難しいな」

 

「ですね。しかし、それを補うのが…」

 

「アルジャーノン大隊か。国内の配備は完了したが、帝国や共和国方面にも配備したいという声がある。あまり表に出したくないのだがね」

 

「費用対効果が絶大ですので」

 

「はは、同志《G》にはとてもじゃないが貸せないな」

 

「彼らには例の《結社》からも接触があるようです」

 

「力を付けてもらう分には結構だ。せいぜい帝国の足を引っ張ってくれればいい」

 

「しかし、ツァイスで取り逃がした赤い髪の男、《鉄血の子供たち》の一人だったようだな」

 

「はい。レクター・アランドールと呼ばれているようです。これが本名かまでは分かりかねますが」

 

「アルジャーノンから逃げ切るとは大したものだ。流石はオズボーンが見出しただけのことはある」

 

 

エレボニア帝国宰相ギリアス・オズボーンが自ら拾い上げた直属の若い部下たち、《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》がここにきて表舞台に現れ始めた事を察知している。

 

アルジャーノン大隊の投入を現場が強く望むのは、帝国軍情報局の防諜能力の向上と彼ら《鉄血の子供たち》の活躍により帝国内での諜報活動が困難になりつつあることにも関係がある。

 

 

「《結社》が何を目的にしているのか、あの宰相殿が何処を目指しているのか…。焦点はクロスベルだな」

 

「諜報員の拡充はそう簡単には出来かねますが」

 

「レインズ兄弟は良くやってくれているさ。…だが導力技術ではなく魔導が関わるとなれば、専門家を招聘したいところだがね」

 

 

クロスベル新庁舎、250アージュの高さを誇る高層建築オルキスタワーの設計に奇妙な点が存在することが発覚したのは、耐震設計と銘打たれた独自の構造に関わる内部文書を入手したことに端を発する。

 

表向きの計画とは異なる構造は、建築学の専門家が首を傾げる工学上においてあまりにも理解不能なものだった。そしてこれを端に明らかになったのは、クロスベル地下の不可解な構造。

 

おそらくクロスベルの都市計画当初から目的をもって構築されたこれらの構造群についてZCFの導力学の専門家による検証を重ねた結果、それが現代導力学の延長上にあるものではないと結論が付けられ、

 

おそらくは中世から継承されているだろう魔導の産物であると類推したのがアルバート・ラッセル博士だった。

 

つまり、この構造はクロスベルという広大な土地を用いてなんらかの魔術儀式を行うために作られたのだと結論される。馬鹿げた考えだが、それが最も妥当な解答といえた。

 

これだけの巨大な建築物を大真面目に作り上げたのだから、この魔術は何であろうと成功する目算が高い。造り上げたのはおそらくIBC、というよりもその支配者であるクロイス家。

 

 

「彼らは一体何をしようというのでしょう?」

 

「大陸最大規模の資産をこのためだけに集めた錬金術師の家系だ。大それたこと、奇跡の類と考えた方がいい。だが現実離れした目的でない事は、協力者の面々を見れば見えてくる」

 

「クロスベルの独立」

 

「おそらくそれは儀式の結果として得られる副次的なものだろうが、我々にとっては一大事だ。ただでさえあの地域は火薬庫なのだからね」

 

「戦争になりますか?」

 

「我が国が一切干渉できないまま事態が進む状況は好ましくない。そのための一石として、女王陛下の考えは面白い」

 

「国際連盟でしたか」

 

「実効力を伴うものが作れるかどうかは分からないが、提唱するだけならタダだよ」

 

 

事の始まりは女王陛下の茶の席での話だったらしいが、それを《彼女》が簡単な素案としてまとめて女王陛下に返答したために大学やシンクタンクでの研究が始まったらしい。

 

リベール王国としてはエレボニア帝国とカルバード共和国の対立を歓迎している部分はあるが、それは防衛費に予算を傾けて国力をすり減らし、また民生部門で優位に立てるという意味で歓迎しているに過ぎない。

 

実際に戦争になる事は、経済的な意味でも、技術面でのリードを保つ上でも望んでいる訳ではなく、何事もコントロール可能なほどほどの状況である事が望ましい。

 

しかしながら、クロスベル情勢を見れば、今年になって帝国は新たに2門目の列車砲の配備を行い緊張は頂点に達している。ここにクロイス家の遠大な計画が加わればどうなることか。

 

かようにクロスベルを取り巻く状況は逼迫しているが、リベール王国が干渉することが出来るとっかかりは無い。あの地域のプレイヤーはあくまで帝国と共和国なのだから。

 

 

「表向きはこの緊張を緩和するための話し合いの場を作るため、その肴として国際連盟結成を議論する国際会議を行う。悪くはない。リベール王国が平和を希求していることを内外にアピールできる。古くからアイディアはあるが、形になりそうなものを表に出した例はほとんどない。今この時代だからこそ実現は可能だと思う」

 

「大佐は国際連盟が現実に発足しえると?」

 

「航空機や飛行艇、導力鉄道があれば人間を一か所に集める事は難しくない。導力通信は会議場と本国を短い時間で結ぶことが出来る。条件としては成立していると見ていい。ただし、成立しているのは物理的な条件のみだがね」

 

 

世界に複数の国家が存在するのは、結局のところ距離の問題だ。統治が可能な広さにも限界があり、物資を流通させる距離にも限界がある。限界を超えればシステムは破綻をきたす。

 

よって技術革新がそれを克服すればするほど、国家は巨大化する素地を手に入れる。そして導力革命により、人類は大陸一つを一つの国家として成立するに十分な条件を満たした。

 

 

「行く先は…世界政府ですか?」

 

「彼女曰く、あとは《覚悟》の問題らしい」

 

「《覚悟》ですか?」

 

「技術が可能であることを示しても、動かす我々が旧態依然とした頭では意味がないという話さ。国際連盟なりなんなりの国際機関の下で動く武力が、それも大国のそれを凌駕する他国の意思決定に左右されない武力がなければ、どんな組織を作ろうとも画餅の類でしかない。だが、そんな武力を認める大国があると思うかね?」

 

「ありえませんね。では、結局どのような形に?」

 

「多数決が全会一致か、特別な権限を持つ理事国を認めるか否か、七耀教会についてはどういった扱いとするのか、他にも意見が一致していない部分はあるが、武力については最終的には遊撃士でお茶を濁す方向で各国の了解を取る…というのを着地点にするらしい」

 

 

世界統一政府は実現不可能、機関直轄の武力組織の設立も極めて難しい。武力という実行力を伴わない政治組織など存在価値はないが、現段階でそれを設立するのは高望みしすぎである。

 

であるならば、機関の満場一致の支持を得れば政治的にも動け、軍隊として成立しない程度の民間人を守る事の出来る武装組織であることが望ましいのだが、それはつまり《遊撃士》なのである。

 

 

「もとより遊撃士が紛争調停に活躍した事例は片手に余るほどに存在する。本部はレマン自治州で、国際機関の本部を置く場所にふさわしい。遊撃士協会は各国の分担金から今以上の収入を得る事が可能で、世界平和を担うという名声やお墨付きを得る事が出来る」

 

 

国際的に災害救助や国際犯罪組織に対抗できる専門家を養成することが可能という点に関して、特に小国にとって国際機関の支援を受けた遊撃士というのは頼もしい存在と言える。

 

大国にとっても民衆のニーズに合ったサービスを迅速に提供できる遊撃士というのは、公共サービスの質を高め、行政コストの削減にも貢献するだろう。これは国ではできない事だ。

 

そして主要国の意見が一致すれば、紛争にすら手出しできるようになるのは大きい。主要国は《遊撃士》という紛れもない正義を先頭に立たせて動けば、例えば指揮系統の頂点に中立国の《S級遊撃士》でも置けば、

 

幾らかの余計なしがらみ、どの国が指揮を執るのだとか、侵略の意図が無い事を証明するだとか、歴史的な配慮だとか、そういった面倒事を越えて紛争調停のために軍隊を派遣できる余地も十分に出来るだろう。

 

だが、逆に言えば大国ならば今まで通り力押しで遊撃士を排除できるという意味でもあるし、遊撃士の中立性を大きく損なう可能性も否定できない。

 

結局のところ、遊撃士協会がこの話に乗るかどうかも不透明であり、会議が行われた結果、数年間の中立条約が結ばれるだけに終わるかもしれない。

 

 

「まあ、国際連盟が無理だとしてもクロスベルに公式の足場を作ることは必要になる。ZCFも彼女も《魔導》について興味を示しているからね。軍としてもそれが利用できるものならば、その技術群を手にしたい」

 

「我が国の国土開発に伴って、古代文明に関わる遺跡の発見と発掘は進んでいるはずですが?」

 

「リベールに埋まっている遺跡はいささか機械文明的なものに偏っているらしくてね。魔導の様なオカルトに関わる知識を蓄えた遺跡はほとんど見つからないらしい。いかなる状況に陥ろうとも、我が国が技術面で後れをとることは許されないよ」

 

 

技術面で後れをとることは、人口や国土面積に劣る我が国の凋落を意味するのだから。

 

 

 

 

 

 

針葉樹林と湖沼が織りなす自然の美しさで名高いレミフェリア公国も、未だ本格的な春の訪れないこの季節では防寒具が手放せない。

 

残雪が残り、蕗の薹が顔を出す路地を踏みしめ、顔を出した蕗の薹を横目にシェラザードは目的の家を目指す。

 

南国生まれではあるが、旅の一座にいた頃は北国におもむいたことも少なくはない。とはいえ、レミフェリアに来たのは初めてだ。

 

火酒が美味いとは聞いているが、仕事の内容が内容だけに控える事にする。とはいえ旅行鞄にはお土産に買ったウィスキーが数本潜んでおり、帰郷後の楽しみにとってある。

 

まあ、そのうちのいくらかは友人のアイナの喉に吸い込まれる予定となっているが。あれはウワバミとかいうレベルではない。

 

バスを降りて10分ほど、ちょっとした地方都市の一角の邸宅が目的地である。ぱっと見た感じでは木製の板を張り合わせた外壁を赤褐色に塗装した、現地風の二階建ての家。

 

しかしながら色々な事情があり、少しばかり厳重な2重の鍵や家に見合わない程に丈夫そうな門構え。導力式のドアベルを鳴らすとほどなくして家人がこちらを伺うように窓から顔を出した。

 

 

「はい、プラトーですが。どちら様でしょう?」

 

「シェラザード・ハーヴェイです。リベール王国の遊撃士協会から参りました」

 

「あら…、ようこそ、遠い所まで」

 

 

そうして貞淑な雰囲気を纏うプラトー家の奥方に案内されて、邸宅にお邪魔することにする。

 

家の中はこじんまりとしていて、しかしながら色鮮やかで、暖かな雰囲気。特に家具に使う色がリベールよりもパステル調で色彩豊かだ。

 

案内されてリビングに入ると、奥の赤色のソファーの上に淡いブルーの色の髪をした少女が猫を模したクッションを抱いてこちらを見つめていた。

 

 

「えっと、貴女がティオ・プラトーさんで良かったかしら?」

 

「はい。貴女が迎えの…」

 

「シェラザード・ハーヴェイよ。シェラって呼んで。えっと、ティオちゃんでいいかしら?」

 

「はい。シェラさん」

 

 

表情の少ない、しかしながら可愛らしい少女。歳の頃は10歳ほどで、ラッセル家の天才少女と同い年と聞いている。まあ、この少女も負けず劣らず頭の出来はすこぶる良いらしい。

 

ティオと聞けばエステルの幼馴染のパーゼル農園の少女を思い出すが、彼女はどちらかと言えばボーイッシュでしっかり者といった雰囲気の少女だったはず。目の前の少女の様な儚げさはない。

 

どこか浮世離れした、神秘的な印象を受ける。彼女が今に至った経緯を知ればそれは仕方がないのかもしれない。それでも、いくつかの偶然を経て彼女は元の生活に復帰したはずだった。

 

だが、結局のところ普通の少女として生きることが出来なかったというのは因果を感じさせる。

 

握手をと手をのばすと、さほどの抵抗もなく彼女はこちらの手を握った。もっと気難しい気質を想像していたが、ファーストコンタクトは上々といえた。

 

 

「分かっているとは思うけれど、リベールに来れば自由にご両親には会えなくなるわよ」

 

「はい。問題ありません」

 

「問題ありません…ね」

 

 

狂った大人の勝手な思惑で余計なものを植え付けられ、そのせいで享受できたはずの普通を受け入れる事が出来なくなった彼女は、その情緒面において問題を抱えている可能性がある。

 

この仕事を受ける際に、事前の知識としてエステルと大学病院の心療科の医者から説明を受けていた。その説明の通り彼女はどこか他人事のように両親との別れを処理している。

 

 

「とはいっても、手紙の遣り取りは自由だし、時間が取れればレミフェリアに帰郷することは出来るっていうのは、まあ、貴女なら分かっていそうね」

 

「はい」

 

「物わかりのいい子供ばかり相手にしていると、楽なんだか何なんだか…」

 

「何か?」

 

「いえ、こっちの話よ」

 

 

ティオ・プラトーの知能は極めて優れている。それが先天的なのか、あるいは後天的に付与されたものなのかは今となっては判断できないらしいが、とにかく彼女は優秀だった。

 

それは七耀学校の学習範囲を2年で修めただけでなく、ツァイス工科大学に入学する資格を獲得するほどに。天才少女と呼んでも差し支えはない。それだけなら問題は生じなかった。

 

だが、結局のところ少女を取り巻く人間たちは彼女の異常さを否応なく突き付けられた。彼女の異常さは後天的なものだったが、それは取り除くことが出来る類の病ではなく、才能とも言えるものだった。

 

問題はあまりにも優れた知覚と、それを処理できてしまう才能だった。それは周囲の人間の感情、思考すら読み解いてしまうほどに優れていた。

 

彼女はあらゆる過程を飛ばして最適解を導き出してしまう。共に悩んだり笑ったり、そういった人間関係の構築は必要ない。相手が望む事に2、3の言葉の遣り取りだけで辿りつき、提示してしまう。

 

彼女は2、3の言葉で事足りてしまう。そこで対話は尽きてしまうのだから、相手はいつまでたっても彼女の事が分からない。そして心を見透かされているような感覚は、彼女の異常性を際立たせた。

 

その齟齬を理解するには彼女は幼すぎた。彼女がそれに気づいた時には全ては手遅れだった。彼女の両親が娘に恐怖に似た感情を抱き、愛情や倫理の狭間で苦しみ、家族が上手く回らなくなっていた。

 

彼ら両親は理解していた。彼女の《力》が恐ろしい狂気の集団によって無理やり植え付けられたこと、少女が優秀であることは親として喜ぶべきである事、何よりも幼い娘に何の罪も瑕疵も無い事。

 

だから彼らは少女を責める事など出来なかった。出来ようはずもない。

 

幼い娘を守れなかったのは彼らであり、だから彼らには地獄に突き落とされ、多くを失った少女に失ったモノ全てを与え、何倍も愛さなければならい責務があった。

 

故に幼い最愛の娘に恐怖を感じる事、厭うてしまう事は女神に顔向けできない罪だ。許されるわけがない。抱きしめる事、話しかける事、娘のいる家に帰る事に躊躇を覚える自分たちはなんと恥知らずで罪深いのか。

 

そういったどうしようもない重苦しさは少女の父親と母親をがんじがらめにして、そして家族を歪ませた。

 

彼らは彼らが娘がいないと認識する場所で激しく互いを罵り合い、娘のいる場所では幸せな家族を装うようになる。

 

二人の親は知らなかった。分厚い石壁の向こうの子供たちの悲劇を知る事の出来た少女には、そんな不出来な演劇など手に取る様に分かってしまうという事に。

 

あまりにも優れた彼女はそういった周囲の人間の負の感情、苦悩を鋭敏に認識し、それが自分の能力に起因することを理解してしまった。

 

自責の毒が幼い少女の柔らかい心を、狂った思想により過酷な扱いを受けて傷ついた心をゆっくりと蝕んだ。酸に侵された青銅や大理石のように緩慢に、しかし限界を迎えるのは時間の問題だった。

 

限界だったのは二人の両親も同じだった。そうして少女は仮初にもなんとかはりつけていた笑顔すらも失い、父親と母親はやせ細り、幸せな家族は瓦解寸前となっていた。

 

そうして彼女ら家族を見守り支えてきた七耀教会のシスターたち、少女のケアに関わる医師、グノーシス被害者に関する多くのデータを持つツァイスの大学病院が介入することとなる。

 

いくつかの話し合いの末に、少女は家から出る事を希望した。七耀教会のシスターは家族を引き裂くことに難色を示したが、医師らは少女の両親の精神が限界に至っている事を見抜いていた。

 

少女が自分から家から出ていきたいと告げた際に、少女は両親が言葉には出さないものの安堵したことを見抜いていた。それが少女の口から語られた時、全ては決した。

 

 

「これが契約書になるわ」

 

「多いですね」

 

「大学への編入のための書類とか、ご両親の同意書もあるから」

 

「お給料、結構あるんですね。学費とか生活費で消えると思っていたんですが」

 

「それだけ貴女が評価されているということでしょう。その辺りの詳しい事はZCFの担当者にしか分からないけれども」

 

「いえ、家に送金できると分かって安心しました」

 

「貴女ぐらいの子供がそんなことを気にしなくてもいいと思うけれど」

 

「迷惑をかけましたので」

 

「……そう。荷物の方はリベールに?」

 

「はい」

 

「ステイ先のマードック氏は誠実な方よ。工房長をなさっているけれど、話しやすい雰囲気の方だわ」

 

 

そうして書類の説明、向こうでの生活について話していく。

 

対人コミュニケーションにトラブルを抱える彼女ではあるが、流石に一人暮らしをさせるわけにもいかないので、事情に明るいマードック氏が彼女を受け入れる事になった。

 

ラッセル家も候補に挙がったらしいが、機密情報を取り扱ったり、何かとバタバタしたりして忙しないラッセル家よりも、閑静なマードック工房長の邸宅が良いだろうという判断らしい。

 

 

「では、こちらにサインを」

 

「はい」

 

 

ティオちゃんとご両親が書類にサインをすると、彼女のお母さんが感極まったのか涙を流してティオちゃんを抱きしめ謝罪の言葉を口にする。

 

そこからは真に娘を思う母親の姿を見る事ができる。この母親は娘を間違いなく愛している。だからこうして少女を親元から引き離すという行為が正しいものなのかと、再び自問してしまう。

 

しかしそれは結果論で、少女が親元から去る事が決まるまで、そんな当たり前の母子の触れ合いすら不全をきたしていたという話を私は医師から聞いている。

 

この母親の愛情は、重苦しい責任感と義務感から解放されてようやく素直に表現されたのだ。既にそこまでこの家は壊れていた。その事実がどこまでも悲しい。

 

 

「ごめんね…、ティオ。私たちがもっとしっかりしていれば……」

 

「私は大丈夫ですから」

 

 

しかし、悲しむ両親とは対照的に、少女は早くこの場から去りたいという、どこかドライな感情をその身から発していた。

 

彼らが道を分かつのは、彼らが話し合って結論付けた結果であり、私は何かを言う立場ではない。ただ、思うにこの家族には時間と距離が必要なのだろう。

 

こんな風に家族が引き裂かれる様を見るのは酷く悲しい。それは私の居場所だった一座が失われた時の絶望を思い出させる。とはいえ、私まで暗くなってしまう訳にはいかない。

 

私はそんな暗い感情を振り切ると、腹の底から元気をくみ取り、姿勢を正してご両親に一礼する。そして少女の荷物を持って邸宅を後にした。

 

 

「振り返らないのね」

 

「あまり、思い出はありませんから」

 

「そう。…ところで占いは信じる?」

 

「占いですか?」

 

「なかなか馬鹿に出来ないのよ。後であなたの運勢、占ってあげるわ」

 

 

 






お久しぶりです。

033話です。あと、27話とかを少し改訂しました。まあ、パワーバランスの調整というか。


ちょっとコラム的な。

今回は軌跡シリーズに登場するアイテム類について。回復薬とかそういうの。

まずは『ティアの薬』系列。回復魔法が《ティア》なだけに、HPを回復する皆大好き薬草ポジション。序盤から最後までお世話になります。

七耀教会で調合されたと説明されていることから、七耀石の成分と七耀教会に伝わる法術などの儀式で魔法的な回復効果を発揮するのでしょう。なので大怪我してもすぐに回復します。

原理的にはきっと導力魔法が発揮する効果と同じなんでしょう。水属性なので止血とか、体液のバランス調整とかそういうの。イオンの挙動に干渉して神経系への干渉、鎮痛などもあるかもしれない。

同系統の薬に『セラスの薬』『キュリアの薬』がシリーズを通じて登場します。『パームの薬』『ソールの薬』『リーベの薬』はどこにいったの? リベール王国特産なの?

ちなみに[毒・封技・暗闇]などの肉体に関わる毒素を解毒する『パームの薬』、[混乱・睡眠・気絶]などの精神に関する異常を治癒する『リーベの薬』まではいいんだけど、

[凍結・石化]を同時に治癒できる『ソールの薬』は理解し難いよね。まあ、鉱毒・動物毒・植物毒をいっしょくたに扱わざるを得ないゲームシステム上の限界という時点でこの辺りの議論は破綻するんだけど。

『絶縁テープ』が[封魔]を回復するアイテムになるっていう要素が軌跡シリーズの特徴。ショートした導力回路を修復するためっていう名目だけど、これって専門知識が必要だよね。

というか、戦闘中にそんな精密作業が可能なのかという疑問はご法度。『キュリアの薬』を飲むと何故か戦術オーブメントの異常が解消される原理について深く考えるのもご法度。

今回はこの辺りで。



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