【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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「こちらです。おそらく、この道を走っていったはずだと…」

 

「えっと、マーシア孤児院?」

 

「……来るときに見かけましたね」

 

 

ティオの感応能力により、カードを取っていった少年が走る足音を辿り、メーヴェ海道を東へと進むことになった。

 

マノリア村から東へそれなりの距離だったはずだが、ティータたちはなんとかついてこれたらしい。というか、リベール通信の大人たちが先にへばっている。運動不足ですね。

 

海道から左手に、北の方角へ別れるT字路。そこに木製の簡素な看板が立てられており、『MERCIA ORPHANAGE』と白い文字で書かれている。

 

孤児院に続く道は舗装されておらず、短い草が生い茂り、人の往来で踏みつけられたことで出来たような、そんな道だ。

 

視線を奥にやると、木で作られた塀で囲まれた煉瓦造りのちょっとした建物が見える。あれが孤児院なのだろう。

 

 

「………」

 

「エステルさん、どうかしましたか?」

 

「いえ、じゃあ行きましょうか」

 

 

ちょっと感傷的になった心情をティオに気づかれたらしい。私は気を取り直し、孤児院へと足を進める。塀の中では菜園が作られていて、ニワトリの鳴き声も聞こえてくる。

 

 

「のどかだね」

 

「パーゼル農園に似てる気がします。規模は全然違いますが」

 

「ツァイスっ子は土に触れませんからねぇ」

 

 

ツァイスの子供たちは土よりもアスファルトやコンクリートのほうがなじみ深いかも知れない。ティータなんかはカルデア隧道の岩なんかになじみがありそうだけれど。

 

見回せば菜園の横で子供たちが集まっていた。孤児の子供たちだろう。その中に帽子を被った赤毛の男の子も交じっている。

 

 

「クラムったらどこに行ってたのよ! テレサ先生、すごく心配してたんだからね!」

 

「へへっ、いいじゃんか。おかげでスッゲエものが手に入ったんだからさぁ」

 

「なんなのクラムちゃん?」

 

「ニヒヒ、見て驚くなよ。さっきマノリアの宿酒場のラジオでさ…」

 

「こんにちは少年」

 

「うわっ!? 誰だっ!?」

 

 

なんとなく気配を消して後ろから話しかける。いや、まあ、ただの悪戯心なんだけれども。こういう快活な男の子と言うのは知り合いには居なくて少し興味あり。

 

 

「そのカード、お姉さんにも見せてもらえるかな?」

 

「え、その……」

 

「クラム、なに紅くなってるの?」

 

「クラムちゃん真っ赤っ赤だねー」

 

「う、うるさいぞマリィっ、それにダニエルも!」

 

 

孤児院の雰囲気の通り、この孤児院は彼ら子供たちにとってすごし易い場所らしい。なんだかすごく安心できる。

 

 

「ああ、エステルさんがまた意味もなく笑顔を振りまいていますね。どう思われます解説のティータさん」

 

「えっと、あう…。この前、エリッサお姉ちゃんがエステルお姉ちゃんは天然ジゴロだからって」

 

「子供と言う生き物は意味もなく年上の綺麗なお姉さんに憧れるものだそうですよ」

 

「なんだか分かる気がする」

 

「ああ、とうとう少年がカードをエステルさんに渡してしまいました」

 

「うわぁ…。あれって絶対に…」

 

「堕ちましたね。撃墜マーク1つ追加です」

 

「ヨシュアお兄ちゃんの時もそうだったし…」

 

「刺されるんじゃないですかね。背中からズブリと」

 

「誰に?」

 

「エリッサさんあたりでは?」

 

「私は相手の方が刺されると思うなぁ」

 

「なるほど。そういう意味ではヨシュアさんも大概な感じかと」

 

「修羅場ってやつだねっ」

 

「何言ってるんですかティータさん。私たちも間違いなく巻き込まれるかと」

 

「あう…、どうしようティオちゃん。私、エリッサお姉ちゃんに襲われて生き残る自信ないよ…」

 

「そういう時は、とりあえず誰かを生贄にしましょう」

 

「…お前ら、良い性格してやがるな。しかし、無垢な初年の心を惑わす天才少女ね。おい、写真一枚撮っとけ」

 

 

ふと振り返ると遠巻きに私と子供たちを見ているティータとティオ、それに追いついて来たリベール通信の記者たち。というか、なぜ写真を撮るのか。

 

 

「あらあら、何やら賑やかですね」

 

 

すると、孤児院の扉が開き、黒髪の女性が現れた。多少の苦労が顔に現れているものの、昔はさぞ美人だったのだろうと思わせる顔立ちで、柔らかな雰囲気を醸し出す女性だ。

 

エプロンをつけたその姿は、ある意味において理想的な母親像を体現しているかのよう。一瞬だけ亡くした母親の姿を幻視してしまったのはそのせいだろう。

 

 

「こんにちは。こんな大勢で、何か御用ですか?」

 

「いえ、この子が拾ったものを探していたんです」

 

「あら。またクラムが何かしでかしたのですか?」

 

「ち、ちげーよ! オイラはカードを拾っただけだって!」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ。それで、いま返してもらった所なんですよ。そうですよね、クラム君」

 

「う…、うん」

 

「……そうですか」

 

 

ちょっとした悪戯心だったのだろうし、子供のやる事。ちゃんと無事に返してもらったのだから、今更蒸し返すのもどうかなと思い誤魔化す。

 

とはいえ、目の前の女性には全てお見通しのようで、彼女の視線が男の子に向かうと、少年はたじろぐ様に帽子で目を隠す。母は強し。

 

 

「自己紹介がまだでしたね。私はこの孤児院の院長をさせていただいているテレサです。初めまして」

 

「私はエステル・ブライトです。まあ、学者のようなことをしてます」

 

「まあ、貴女が…」

 

 

テレサさんが手の平で口を押えて目を見開く。その後、ティータとティオ、それにナイアルらリベール通信の記者たちが自己紹介をしていく。

 

このまま立ち去るのも何なので、事情を説明しようとすると、「立ち話もなんですから、お茶でも飲みながら話しませんか」ということで孤児院の中に案内された。

 

 

「こんなみすぼらしい所で申し訳ございません」

 

「いえ、素敵な場所だとおもいますよ。なんというか、温かみがあります」

 

「ありがとうございます。ハーブティーぐらいしかありませんが」

 

「頂きます」

 

 

テレサさんの淹れたハーブティーをいただきながら、これまでの経過を説明する。出されたハーブティーはなかなかに美味しくて、体が軽くなるような感じ。

 

 

「このお茶、美味しいね」

 

「ええ、とても良い香りで、気に入ってしまったかもしれません」

 

「ふふ、おかわりはまだまだありますよ」

 

 

ティータとティオは出されたクッキーと共にハーブティーで盛り上がっている。しかし、この香りはおそらく表で栽培されているハーブと同じもの。

 

 

「このハーブは表で栽培されているものですね?」

 

「ええ、お恥ずかしながら。ハーブ栽培は私の趣味のような物でしてね」

 

「素敵ですね。綺麗な海の見える丘でハーブを栽培する…。お金では賄えない贅沢だと思います」

 

「そうですね。ここはとても良い場所だと思います」

 

「子供たちにとっても…ですか?」

 

「はい」

 

 

ここで養われている子供は10人ほどだろうか。一年戦役で親を失った多くの戦災孤児は、大半が親戚に引き取られたが、それでも多くが行き場を無くし、ボースやロレントなどの現地の施設で受け入れられている。

 

多くの施設は七耀教会系の福音施設かあるいは公的な施設かになるが、こういった私立の孤児院もないわけではなく、ツァイスやルーアンにもそういった施設は点在している。

 

気になったのは食器やカップなどの数や色々なインテリアから見て、どうやらこの施設が彼女一人で運営されていると思われる事。

 

それに真っ先に気づいて指摘したのは、私ではなくリベール通信の記者ナイアルさんだった。

 

 

「テレサ院長は独りでこの孤児院を?」

 

「はい。夫が亡くなってからは」

 

「ああ、申し訳ありません。不躾な質問でしたね」

 

「いえ、貴方が謝るような事ではありません。あの人が死んだのは事故のせいですから」

 

「事故ですか。しかし、お一人では経営も大変でしょう?」

 

「確かに大変ですが、子供たちが健やかに育ってくれれば私は幸せですから。それに、6年前から国から色々な援助が受けられるようになりましたし」

 

「ああ、なるほど」

 

「ふふ。これもエステルさんのおかげですね。亡き夫もそのことをとても感謝していましたよ」

 

「へ、私ですか?」

 

 

いや、確かにそういったことは提言したけれども。でもそれは私がやらなくても誰かがやった事だろう。感謝されるいわれはないのではないだろうか?

 

そんな私を見て彼女はクスリと笑みを浮かべた。

 

 

「孤児への補助制度拡充。あれのおかげで、あの子たちに色々な未来を与えられるようになったんですよ」

 

「え、いや、当たり前のことですよ。戦災で親を失った子供たちを支えるのは当然のことですし」

 

「その当たり前の事が多くの国では行われていないのです。補助金だけではなく、無料の定期診断と予防接種、それと同時に子供たちのカウンセリングも制度として確立させたのは貴女だと聞いています」

 

「まあ、そうですが」

 

「そのおかげで、いくつかの補助金目当ての酷い施設が見つかって、多くの子供たちが救われたと聞いていますよ」

 

「私が直接やったわけじゃないですよ。多くの人たちが真剣に取り組んでくれたから、そういう結果がついて来ただけです」

 

 

私は単純に提言とか筋道をつけただけだ。戦争は多くの人々の命を奪い心を傷つけたが、リベール王国の国民という一体感を醸成した。

 

だから、もしかしたら自分の子供がそうなったかもしれない、そう考える人々が協力して制度を運営してくれたのだ。不正を行っていたいくつかの施設もそうやって見つかった。

 

まあ、なんだかんだいって民度の高さはリベール王国の宝だろう。犯罪はあっても、悪人はいても、それでもほとんど大多数の人々は善性の素直な人たちだ。

 

 

「エステルお姉ちゃんはありがとうって言われる事を望んでやってないからね」

 

「それはそれで問題だとは思うのですが」

 

「ティオちゃん?」

 

「…いえ。ただ、この国の子供は恵まれているなと」

 

「そうなの?」

 

「他の国の多くの孤児院は寄付だけで運営されているようです。エレボニア帝国では最近になって国が補助金を出し始めたようですが、補助金目当ての不正が横行しているとか」

 

「ティオちゃんはなんでも知ってるよね」

 

「データを知っているだけでは役に立ちませんよ。エステルさんやティータさんのように、既存のモノを組み合わせて新しいモノを創造できる力こそ尊いんです。それに比べれば私は…」

 

「ティオちゃん?」

 

「いえ、脱線しましたね。七耀教会系列の福音施設は比較的マシといわれていますね。カルバード共和国はピンキリだと。それでも大国はまだマシで、一部の国では人身売買の温床になっているそうですし」

 

「ヒトを売るんだ…。そんなの酷いよ」

 

「余裕のない国は少なくありませんから」

 

 

何やら深刻な話をしている幼女二人に大人たちと一緒に苦笑する。そういえば、このリビングにはラジオが無いなとふと気づく。

 

 

「テレサさん、この孤児院にはラジオがないんですか?」

 

「ええ、欲しいとは思っているんですけれどね」

 

「無いと困るのでは? 気象予報とか防災情報なんかは必要でしょうし」

 

 

私はチラリとナイアルさんに視線を向ける。彼は心底嫌そうな顔をした後、溜息をついて、降参したように手を上げた。

 

 

「わーったよ。上に話をつけておく。社会貢献ってやつだからな」

 

「いいんですか、編集長に黙って約束して」

 

「いいんだよ。つべこべ言うな」

 

「えっと、そんなことをしていただく訳には…」

 

「いえ。ここの子供たちが大きくなって、ウチのファンになってくれるならっていう先行投資みたいなもんです。それに、こういう施設にラジオが無いっていうのも問題でしょう? それにウチが断っても、そちらの御嬢さんは寄付したでしょうしね」

 

「あの、なんとお礼を言って良いのか…」

 

「いえいえ、美人に尽くすのは世の男の務めですので」

 

 

そう言ってナイアルさんは目つきが悪いなりに笑顔を作って答えた。さて、そろそろお暇させてもらおう。

 

 

「お茶、ありがとうございました」

 

「いえ、こんなもので良ければいつでもおいでください」

 

「ええ、機会がありましたら。そうですね…、ではテレサさん、私とペンフレンドになってもらえませんか?」

 

「あら、良い話ですね」

 

「良かった。ではまた、お手紙をお書きしますね」

 

「楽しみに待っています」

 

 

そうして私たちはマーシア孤児院を後にする。孤児院の子供たちに見送られ、私たちはカードが示す次の目的地を目指すこととした。

 

 

 

 

「ここが最後…なんだよね?」

 

「さんざん振り回されましたね」

 

「面倒くさすぎです」

 

 

さてマーシア孤児院を後にして、私たちはグランセル、ロレントを引き摺り回され、そうして最後とメッセージにある場所へと辿りついた。

 

 

 

『終の門番は北へ、焼かれてなお不死鳥の如き蘇りし果実の里。

 

汝、姫君を解放せんと欲するならば、忘れ去られし天窓にて機械の騎士に挑め。

怪盗B』

 

 

北方にて焼かれたとなれば、戦災によって甚大な被害を受けた場所を指すはずだ。そして都ではなく里なのだから、大規模な街ではなく、小規模な集落を指すはずである。

 

蘇ったのならば、戦後復興した集落。新しくできた村ではない。果実となれば果樹栽培を想像させる。農村だろう。

 

ツァイス、ルーアン、グランセル、ロレントとくれば次はボースのはず。北という方角もこれを支持している。

 

それらの情報を総合して絞り込んだのが、ボース地方の山間の村、ラヴェンヌ村である。

 

8年前の《一年戦役》の激戦地の一つであり、ボース陥落後に孤立、非戦闘員しかいなかったにもかかわらず激しい砲撃を受け、多くの死者を出したとされる。

 

 

「リンゴがいっぱい生ってるよ」

 

「ちょうど収穫の時期なのでしょうか?」

 

「とりあえず、天窓が何かを調べなければなりませんね」

 

 

忘れ去られし天窓という部分がまだ解読できていない。とはいえ、現地に行かなければ分からない事もあるだろうということで、私たちは村長に挨拶することとする。

 

と、後ろの方から車が止まる音。振り向くと、大型のバイクに跨った男が村の入り口で停車したところだった。

 

赤毛の緑色のバンダナをした、黒いレザーのパンツとジャケットという出で立ちの、右頬に十字の傷跡がある青年。身長ほどもある巨大な剣を持つ彼には見覚えがある。

 

というか、ハーレーダビットソンをオマージュした大型バイクに跨る彼は、どう考えても暴走族のお兄さんである。これで《悪学斗》とか書いた旗とかあれば完璧なのに。

 

 

「アガットさんでしたか」

 

「お前か。例の怪盗Bのカードの件だな」

 

「ええ、そうです」

 

 

不機嫌そうな彼は渋々と言った感じで私たちの所へやってくる。ティータは少し怖がっているようで、私の後ろに隠れてしまう。

 

 

「遊撃士でもねぇのに勝手に動くんじゃねぇよ。そんなガキまで連れて…。だいたい、なんでマスコミの連中にカードの内容を流してやがる?」

 

「《主催者》が望んでいる事ですから。ねぇ、ナイアルさん」

 

「な、なんで俺に聞く」

 

 

私がナイアルさんに視線を送ると、急に話を振られたナイアルさんが戸惑うように愚痴を口にした。まあ、ただのお茶目ですよ。

 

どちらにせよ怪盗Bがそれを望んでいる。意図的に報道管制をすれば、怪盗Bの気が変わってアントワーヌを返さないかもしれない。

 

それに、相手の本当の意図を掴みたい。

 

 

「それは分かるがな。ギルドからも話は聞いてる。…ちっ、とにかくだ、ここからは俺が請け負う。アンタらはここで休んでろ」

 

 

ぶっきらぼうに言い放つ赤毛の青年。やれやれと言う感じだが、まあ遊撃士からすれば横からしゃしゃり出てくるのは面白くはないだろう。と、ここで、

 

 

「勝手ですね。ようやく合流してきてそれですか」

 

「なんだこのガキは?」

 

「ティオ・プラトーです。ガキという名前じゃありません」

 

「……」

 

「……」

 

 

何故か臨戦態勢となるティオとアガットさん。相性は悪いのかもしれない。というか、このお嬢さんは何故こんなに喧嘩腰なのか。

 

 

「とにかくだ。怪盗Bが何をしでかすかわからねぇ以上、ガキ連れてひっかきまわすような事だけは止めてくれ」

 

 

そう言ってアガットさんは村の奥の方へ歩いて行った。どうやらメッセージの内容、天窓に心当たりがあるらしい。

 

 

「重剣のアガットか。噂通りの男だな」

 

「ナイアルさん、知ってるんですか?」

 

「結構有名どころの遊撃士だからな。若手のホープ、重剣のアガットと銀閃のシェラザードを知らねぇ記者はいねぇだろうさ」

 

「彼も頑張ってるんですねぇ」

 

「お嬢さんにとっちゃあの男も子供みたいなものか」

 

「いや、私の方が年下なんですけど」

 

「だが、アイツの剣を斬ったってのは有名な話だぜ」

 

「ああ、まあ、まだ彼も未熟な頃でしたし。だいたい意志の通ってない鉄の塊なんて、木刀でも斬れるじゃないですか」

 

「いや、無理だから」

 

 

坂を上り村長宅へ向かえば、山林に抱かれた集落ラヴェンヌ村を一望できる。豊かな緑に囲まれ、峻嶮な霧降山脈を北に望み、傾斜地に張り付くように家々が建っている。

 

家々は密集しているわけではなく、丸太で組み上げられたログハウスのような体裁で、まるでミニチュアのようでとても可愛らしい。

 

村の南側には泉があり、その傍に作られた果樹園からは太陽の恵みを一身に受けた、目が冴えるような真っ赤なリンゴがたわわに実り、甘く爽やかな香りが風にのって鼻をくすぐる。

 

村長のライゼンさんは日焼けして年を経た威厳がありながら、優しげな瞳の老人だった。

 

 

「ようこそラヴェンヌ村へ。遠い所にわざわざ来ていただき光栄ですじゃ」

 

「いえ。こちらこそ突然の訪問に応じていただきありがとうございます。それにしても、良い村ですね」

 

「そう言っていただけると村の皆も喜んでくれるでしょう。それで…、今日はとある場所を探しておられるとか?」

 

「ええ、実は…」

 

 

というわけで経緯を説明する。そして天窓…、なんらかの閉鎖空間にて、そこから上部に穴が開き空が見えるような構造が存在しないか。おそらくは遺跡や洞窟、坑道を指していると思われる。

 

 

「そうですな。村の北に今は廃坑となっている坑道がありますのじゃ。おそらく、天井が崩れて空が見えるような状態の場所もありますのじゃ。しかし…」

 

「なんです?」

 

「いえ、先ほどアガットの奴に廃坑に入るための鍵を貸し出しましたのじゃ」

 

「アガットさんですか。遊撃士の」

 

「ええ、あれはこの村の出身でしてな…。昔は色々あったのですが、今は遊撃士として良くやっていると聞いておりますじゃ。…その、あやつが何かしでかしましたかな?」

 

「いえ。色々と教えていただきありがとうございます」

 

 

村長さんに別れを告げて、私たちは廃坑へと向かう。とはいえ落盤の危険があるので、幼いティータとティオを連れ回すのはどうかと思い、説得して村長宅に待機してもらう事とした。

 

 

「私達も行きたいです」

 

「せっかくここまで一緒だったのに…」

 

「すみません。ですが、坑道は入り組んでいるらしいですし、魔獣もたくさんいるようですので」

 

 

それなりに広い場所ならばすぐに助けられるが、小さな側道から飛び出てくるような魔獣を狭い坑道で対処して彼女らを守るのは少ししんどい。

 

まあ後は、これで最後と言う事で《主催者》からの催しがあるかもしれないと言う考えもあるのだけど。

 

 

「あの、エステルお嬢様こそ自重していただきたいのですが」

 

「そうです。落盤の可能性だって捨てきれないんですから」

 

「え、そんなの事前に雰囲気でわかるじゃないですか?」

 

 

伊達に龍脈とかぶち抜いて暴発させるような技を習得している訳ではないのである。するとメイユイさんとシニさんがひそひそとわざとこちらに聞こえるように互いに耳打ちしだした。

 

 

「どうしましょうメイユイ先輩、エステル様がどんどん人間離れして…」

 

「私達の育て方が間違っていたんですね。うう、本当に、カシウス様になんてお伝えすれば…」

 

「いえ、あの方も大概…。棒で地面殴りつけて地割れ起こすとか正直…」

 

「私達の癒しはヨシュア様だけですね」

 

「ヨシュア様は素敵ですよね。素直で紳士的で」

 

「それに比べてお嬢様はお転婆でらっしゃるから…」

 

 

そうしてチラリと私に視線を向けて盛大に溜息をついた。すごく悪意を感じます。これイジメですよね。イジメカッコ悪い。

 

というわけで、ここからは大人だけで行動。相変わらず意味もなく浮いているムカデの魔獣をシニさんらが掃討しつつ、坑道を目指す。

 

 

「案の定、開いてやがるな」

 

「ですね。それに…、中から空気の流れがあります」

 

「マジか?」

 

「良く気付きましたねエステルお嬢様。私だって注意を払わなくては気付かないほどですのに…」

 

「つまり、当たりか」

 

 

とりあえず坑道を進む。内部は安定しているようで、すぐに落盤が起きると言う気配はない。魔獣もさして強いと言う訳ではない。

 

これならあの二人を連れてきても良かったかなと思いつつ、奥に進むと、さらに奥の方から銃撃と剣戟の音が響いて来た。

 

 

「エステル様、お下がりください。私が先に見てまいります」

 

「お願いします」

 

 

シニさんがガンブレードを構えて、慎重に辺りを警戒しながら奥の方へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「こいつは、割りにあわねぇ仕事だな」

 

 

廃坑の奥、地元のごく一部の人間しか知らない大きく開けた、空から見れば、岩山が大きく陥没したように見える空間。

 

そこが怪盗Bのメッセージが示す場所だとすぐに理解できたのは遊撃士の中でも、ラヴェンヌ村出身である俺ぐらいだろう。

 

猫を探す仕事だ。怪盗Bが絡んでいるとはいえ、そこまでハードな状況になるとは予想していなかった。別に油断していたわけではない。手配魔獣を狩る時と同様の装備、準備で臨んだ。

 

だが、今は岩陰に隠れて勝機を窺うしかない。まったく、なんて日だ。

 

視線の先には4体の見たこともない魔獣。いや、魔獣と言うには機械的過ぎる。敵の武装はどう考えても導力銃、しかもラインフォルトで売ってそうな大型のガトリング銃。

 

金属製の筐体、丸っこいが鎧を纏った様な外観。大きさは高さ2アージュぐらいだろうか。両手にそのガトリング銃を備えており、それを撃ちまくってくる。

 

1体か2体ならなんとか対処できたかもしれないが、4体というのは頂けない。これでは2体倒している内に蜂の巣にされてしまう。

 

一人ではかなり厳しい。もう一人、手練れがいれば…

 

 

「ちっ、なんであいつ等の顔が浮かびやがるっ」

 

 

脳裏によぎったのはとある親子だ。一人は正直言って言葉にもしたくはないが、俺が遊撃士を目指す切っ掛けを与えた男。

 

このリベールにおいて最強の、おそらく大陸でも有数の実力を持つS級遊撃士。今の俺では逆立ちしても敵わない、ムカつくオッサン。

 

もう一人は俺よりも8も年下の少女。だが明らかに今の俺よりも強い、あの男の娘。天才と片付けるにはあまりにも行き過ぎた、かつて俺の剣をあろうことか斬った少女だ。

 

そして、その少女を思い浮かべた途端にどうしようもない怒り、不快な黒い感情が浮かび上がるのを感じる。いや、この感情は俺の勝手な八つ当たりに近い感情だ。

 

あのガキはまだ5歳だったと聞く。軍の方針なんかに口を出せたはずもなく、単純に翼を持つ機械を世に送り出しただけだ。

 

そもそも恨むべきは王国軍ではない。そんな事は分かっている。当時の状況を知り、常識を学び見識を広めれば広めるほどに理解できる。

 

あの状況下で王国軍が出来た事など、ほんのさしたる事しかない。あの市長の御嬢さんに八つ当たりするのも、軍に怒りをぶつけるのも全てお門違い。

 

全ては俺が弱いままだからだ。そう、こんな弱いままでいったい何が救えるというのか。

 

 

「ふざけるなっ! うおおおぉぉぉっ!!!」

 

 

気合を入れろ、気迫で負ければ喧嘩は負けだ。大剣を振り上げ、一気に平地を駆け抜ける。

 

窪地の底にある平地は障害物の少ない草地になっていて、走り回るのには丁度いい。銃撃戦で障害物が少ないのは少しばかり不利だが、構いはしない。

 

こちらを狙う機械の魔獣が銃口を向けてくる。そして目に見えるほどの赤く輝く無数の火線が脇を抜ける。

 

狙いを外すためのジグザグのステップで一気に間合いを詰め、火線が交差しようとした瞬間に跳躍、狙いを失った敵の1体に重剣を叩き込む。

 

 

「喰らいやがれ!!」

 

 

金属の塊を殴りつけたような衝撃音。硬い。機械の魔獣はよろめき、剣が衝突した部分は大きくへこみが出来たものの、倒しきれていない。

 

とはいえ、動かなければいい的だ。魔獣を影にして銃撃を潜り抜け、もう一度、

 

 

「そこだ!」

 

 

剣に込めた気を解き放ち、衝撃波と共に炎が一直線に奔る。ちょうど直線状にいた2体の敵を巻き込むも、先ほど斬りつけた1体の足を破壊するに留まる。

 

やはり硬い。もっと力を、気迫を剣に-

 

 

「なっ!?」

 

 

だが、次の瞬間、他3体の機械魔獣が俺に対して、もう1体が俺を隠す位置にあるにもかかわらずに、それに構わず集中砲火を浴びせかけてきた。

 

 

「くそっ、動けねぇ…」

 

 

浴びせかけられる火線は目も眩むほど。ガリガリと壁になっている魔獣を削り、破壊していく。なるほど、こいつらは機械、仲間を守ろうなんて殊勝な感情などあるはずもない。

 

 

「こんな所で……」

 

 

しかし銃撃はすぐに中断する。全く別の方向から、坑道の方から発された銃声。それが敵に次々と叩き込まれたからだ。

 

 

「早くそこから脱出なさい!!」

 

「あ、ああっ!」

 

 

間髪入れずに風の導力魔法が放たれた。エアロストーム。上位アーツだ。かなりの広範囲に風が吹き荒れ、石つぶてが機械魔獣らに叩き付けられる。

 

視線を向ければ銀色の髪を後ろに三つ編みで一本にまとめた美人、あのガキのメイドをしているとかいう女だった。

 

只者ではないと思っていたが、大した腕だ。おおかたアイツを護衛している軍人出身か何かだろう。とはいえ、今はその援護が有難い。

 

機械の魔獣どもは突然の乱入者に混乱しているようで、優先順位をつけあぐねているらしい。俺に対する注意が散漫となり、それが大きな隙となった。

 

 

「いくぜっ!!」

 

 

とにかく数を減らすべきだ。俺は全力を込めて一番近くの敵に連撃を叩き込む。必殺技とかそういう奴だ。身体を捻り、全身の筋肉を使っての四連撃。

 

大きく複数のへこみを作り、俺が斬りかかった魔獣はふらふらと揺れるように退いた後、その動きを止める。

 

向こうの方も1体撃破しようとする所だ。得物のガンブレードを巧みに使う。一息で間合いを詰め、刃で上段からの一閃を食らわせ、そのまま敵の背後に回る際に逆袈裟からもう一閃。

 

そしてすぐさま背後からゼロ距離で射撃する。6発の弾丸を早打ちで全く同じ場所に打ち込み、最後の一発が魔獣のコメカミと思われる場所を貫いた。そしてそのままソイツは停止する。

 

 

「アンタ、なかなかやるじゃねぇか」

 

「ふふ、貴方も大したものです」

 

「あんたこそな!」

 

 

相当な実力者だ。協力する相手としては申し分ない。彼女は平原を駆け回りながら薬莢をリロード、敵は最早一体で、駆け回る俺たちに無暗に弾丸をばら撒いている。

 

 

「当たらねぇんだよ!」

 

「今です!」

 

「おうっ!」

 

 

女のガンブレードから放たれたのは導力式榴弾。炸裂と共に炎が噴き上がり、大きく相手を仰け反らせる。それは奴の銃撃の精度を攪乱するのには十分すぎた。

 

 

「うぉらぁ!!」

 

 

距離を詰めればこちらの勝ちだ。俺は全力の一撃を機械の魔獣に叩き込んだ。

 

 

 

 

「助かったぜ」

 

「いえ。しかし、無茶をし過ぎでは?」

 

「反論できねぇな。アンタ、元軍人か?」

 

「いえ、元遊撃士です。貴方と同じですよ」

 

「へぇ」

 

 

美人で腕も悪くない。遊撃士だったというのも共感が湧く。現金な話だが、相手がそういう立場であるほうが話しやすい。

 

視線を向こうにやると、奥に猫が入った檻が岩陰に隠してあるのが見える。これで一件落着か。俺は気疲れがどっと出て、地面に座り込む。

 

 

「お疲れのようですね」

 

「全く、割りにあわねぇ仕事だったぜ」

 

「まあ、あんなモノとやり合うことになるとは思いませんでしたから。この国に来てから、色々と体験させてもらっています」

 

「アンタ、国は?」

 

「ノーザンブリアです。給料が良かったのでこちらに鞍替えしましたが」

 

「そうか。まあ、向こうじゃ仕方ねぇか」

 

 

ミラのためにプライドを売るとかそういうのに嫌悪するようなガキじゃない。これでもミラを稼ぐ大変さは知っている。特にノーザンブリアとなれば生活も相当厳しいもののはずだ。

 

あのガキのお守りで何倍もの給与が得られるなら、養うべき家族がいる人間なら間違いなく飛びつくだろう。

 

すると、坑道の方からエステル・ブライトとその他数人が現れた。

 

 

「倒してしまったみたいですね。しかし、これは…」

 

 

天才少女殿は機械の魔獣に興味がいっているようだ。リベール通信の記者どももしきりに残骸を写真に収めている。

 

 

「アガットさん、怪我をしているみたいですね。大丈夫ですか?」

 

「掠り傷だ。それより、さっさと猫を回収してこい」

 

「ふふ、分かりました」

 

 

こうして、リベール中の人間を巻き込んで騒動を起こした猫探しは結末を迎えた。

 

その後の顛末には興味はなかったが、とりあえずはあの猫は宇宙に行くことはないらしい。

 

結局、俺に残ったのは一人であの魔獣どもを倒せなかったこと。まだまだ無力で未熟な自分の姿を再確認した事ぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、まさかバレしまっていたとは思わなかった」

 

 

ナイアル・バーンズは普段の彼が見せないような含み笑いを浮かべて下界を見下ろす。今頃、後輩君は《私》を探して右往左往しているだろう。あるいは彼女から真相を明かされているところだろうか。

 

 

「サインを求められるとは思わなかったがね」

 

 

いつから気づいていたのか。いや、あるいは最初からだったのかもしれない。メッセージを記したカードの裏に、私の今名乗っている名をサインさせられた。

 

見逃したのは何ゆえか。おそらくは、今の所は明確な敵対関係にないためか。あるいは、手札を見せないためか。それとも単純な愉悦のためか。あるいは、

 

 

「ふふ、謎は淑女を美しく飾る。君たちもそうは思わないかね?」

 

「気づいていたか」

 

「趣味の悪い男たちだ。美しさがまるで無い。まるで君らの同僚のドブネズミのようじゃないか」

 

「はっはっは。なるほど、確かにドブネズミとは言い得て妙だ。だが、彼らは我々以上に働き者だがね。彼らに失礼と言うものだ」

 

 

背後の木々の合間から現れたのは、顔を奇怪なガスマスクで覆った黒い軍服の痩せ男。装いこそ珍妙で滑稽であるが、しかし油断ならない隙の無い気配を感じ取れる。

 

 

「君もそろそろその皮を剥いだらどうかね? なに、記者の方は既に保護されている」

 

「ふむ。確かに」

 

 

次の瞬間、白いマントがナイアル・バーンズの姿を覆い隠す。そしてその後にはリベール通信の記者の姿はなく、目を覆う白い仮面、白い貴族風の衣装に身に纏った、ウェーブがかった青い髪の男がいた。

 

 

「噂はかねがね聞いているよ《怪盗紳士》殿」

 

「いや、君の事も噂には聞いている。《千里眼》殿」

 

 

伝説的な猟兵の渾名だ。《千里眼》。最高峰の狙撃主として知られると共に、彼ら《北の猟兵》の黎明期における輝かしい一時代を築いた戦術の天才。

 

その活動時期は10年より前の、1180年代の話であるが、彼が積み上げた驚くべき実績により《北の猟兵》はその名を世に知らしめることができた。

 

結果として《北の猟兵》は今に続く高い評価を得、その地位を確たるものとして安定的な収入源をノーザンブリアにもたらした。そしてそれは、多くの塩の大地の子供たちを飢えから救うこととなった。

 

それが、多くの関係のない人々の骸の上に成り立っていたとしても。

 

 

「やはり君らの会社は油断ならないな。私の出自を知っているとは」

 

「ふふ。どうせ君らとて私の出自を掴んでいるのだろう?」

 

「さて。私等は諜報部門とは少しばかり畑が違うのでね」

 

「なるほど、確かに今回の主役はそちらだった。大したものだ。まるで常に監視されていた気分だったよ」

 

 

白い仮面の男が視線を脇に。そこには一羽の、紅い瞳のカラスがこちらを窺っていた。そこには明確な意思と言うべきものを感じ取る事が出来る。

 

 

「ネズミの他に、カラスのような鳥の類を飼い馴らしたようじゃないか? 海ではイルカでも飼い馴らしているのかね?」

 

「質問には答えられないな。とはいえ、こちらとしても見学料も無しに返したとあっては職務怠慢を疑われる。ほらなんだ、私は昔から役人気質でね」

 

「勤勉なことだ」

 

 

周囲から一斉に敵意が発生する。同時にガスマスクの男が古臭い導力式拳銃を手にして銃口をこちらに向ける。

 

既に仕事は終えた。後は怪盗らしく盗んだものを持ち帰るだけ。私は少しばかりの興奮を覚えながらマントを翻した。

 

 




予定は未定。おうふ。すみませんでした。

036話でした。

途中で怪盗Bのおふざけを書くのが面倒になったのは秘密ということで。だって、カードの内容考えるの面倒なんだもの。

とはいえ、ルーアン編の仕込みは完了と。ナイアルがニセモノだと見破っていた方、大正解。見破れなかったヒトは挙手。

エステルは034話の時点で見破ってます。035話の無線通信で見つかったと言っていたのは、猿ぐつわ噛まされて個室に監禁されていたホンモノのナイアル先輩です。

禍福の激しいお母さんキャラは、クローゼの人生が大きく変わったせいでここで出すことにしました。露骨な伏線です。

《千里眼》殿はマスクを外すとナイスなイケメン爺さんの顔が拝めます。しかし、どうして軌跡シリーズはいい男ばかりが活躍するのか。

好きなセリフは風の剣聖さんの決め台詞。「一身上の都合により、義に背き、道を外れ、勝手を貫かせてもらう!」ですかねぇ。



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