【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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今回はゆりんゆりんなの。


037

「っていうか、もう離れてくださいエリッサ」

 

「だめよっ、もっと光を。エステリウムがたりないのっ」

 

「あー、もうっ、そんなので寮生活が出来ると思ってるんですか!?」

 

 

リベール王国にてヒツジンが衛星軌道から帰って来た1201年3月。エリッサは士官学校の入学試験を突破し、あとは入学を待つばかりとなった。

 

もうしばらくすれば、エリッサはもうすぐ全寮制の士官学校に入学するためにグランセルへと向かうことになる。

 

本当は17歳ぐらいから入学するのが一般的なのだけれど、ことこの国では私という具体例と深刻な人材不足から飛び級が当たり前のように受け入れられていた。

 

もっとゆっくりと進んでいけばいいのにと思うのだけれど、これも彼女の意志。むしろ、独り立ちする彼女の決心を鈍らせるのはよくない。

 

それに、エリッサは既に士官学校に入るだけの十分な能力を手に入れていた。武術面ではユン先生から中伝を授かっているし、学力面でも努力の甲斐があって十分な水準に達している。

 

なんというか、集中力がすごいと言うか、私がこれやってみてと言った課題は多少の時間がかかっても確実にこなしてしまう。

 

どれだけの事でも努力で解決できる類のものならばなんとかしてしまう。テンソルでちょっと混乱してたけど、まあ、あれは試験範囲に入ってないし。多少がんばれば分かるし。

 

でも、「エステルの頼みならなんでも聞くよ!」とか言うから「じゃあ、足舐めて」って冗談で言った時に「いいの?」と真顔で返された時にはどんな顔をすればいいか分からなかった。

 

 

「エステル、ちょっと大きくなった?」

 

「平然と胸を揉むのは止めてください。ちなみに股の内側に触ったらベッドから蹴り落とします」

 

「そ、外側ならいいの?」

 

「なぜ手をわきわきさせるのか」

 

「アウチっ!?」

 

 

鼻の下を伸ばしながら私の太ももに視線を伸ばす変態淑女。私は迎撃するようにデコピンを放つ。えっちなのはいけないと思います。

 

甘え癖の取れないエリッサは最近では私の部屋に入り浸りだ。まあ、もうすぐ滅多に会えなくなるので許している私は私で激甘であるが。

 

具体的にはシロップに浸したスポンジケーキに蜂蜜をかけたぐらい。正直、歯が痛くなるというか苦みすら感じる。

 

でも、可愛い女の子は嫌いではないのである。華やかで、柔らかくて、ふわふわな感じ。裏側はあえて見ずに深く考えないのがコツ。なので、エリッサのスキンシップはある程度許容している。

 

別に時々エリッサの胸が手や腕に当たって喜んでいたり、胸を押し付けられて喜んでいたり、襟から覗く無防備で未発達なおっぱおに目がいったりは断じてない。

 

たまたま視線とかが釘付けになるだけである。他意はない。よくあることだ。ほら、あれだ、顔を見ていたらふと視線が下がって、5秒ほど一か所に視線が固定されるなど頻繁にある事だ。

 

だから、私は決しておっぱい星人でもホモ・オッパイモミストではないのである。本当ですからね。本当ですよ。絶対に、たぶん、おそらく。

 

 

「エステルも触ればいいじゃない。女の子同士のKENZENなスキンシップでしょ? エステルだったらどこ触られても私平気よ。むしろ触れよこのホモ・オッパイモミスト」

 

「誰がホモ・オッパイモミストですか! だいたい、本当にやると歯止めが効かな…、コホン、いえ、そういう淑女としてはしたない行為はどうかと思います。ええ、淑女たるものそういう秘め事は閨での戯れとして二人密やかにおこなうものなのです」

 

「ここ寝室だし、私たち二人だけだし」

 

「Oh…」

 

 

完全に今の状況じゃないですか。傍から見ればまるでキャッキャウフフしてる所にしか見えない現実。どうしてこうなったし。

 

 

「パーゼルさん家のティオはこんな風には育たなかったのに…」

 

「あの子はあの子でボーイッシュだけどねー」

 

「でも、意外と女子力高いですよ?」

 

「だよねー、服とかも結構カワイイの持ってるし」

 

 

最近はティオという名の女の子の友人が二人出来てややこしいのだけれど、幼馴染であるパーゼル家のティオはぶっきらぼうな感じのボーイッシュさを持つ少女だ。

 

農家なので虫とか平気だし、キャーキャー黄色い声は出さない。だからと言って少年的な趣味を持つわけではなく、細やかに気が回るし、家事も得意で子供の面倒を見るのも得意だ。

 

というか、趣味とかの類で言えば私の方が少年的ともいえる。刃物とか好きだし、機械的なギミックも好きだし、絶景があれば叫びたくなるし、星を見るために望遠鏡を覗くとワクワクする。

 

エリッサは3人の中では一番少女的で、可愛い服装とか小物が好きで、人形は卒業しているけれど、今では化粧の仕方の研究も欠かさない。男の話は一切しないが。

 

というか、身近で良く話す男の子がヨシュアとティオの弟であるパーセルさん家のウィル君ぐらいというのはどういうことなのか。男っ気が無さすぎる。他はオッサンばかりだ。

 

 

「エステルは昔はもっと男の子ぽかったけど」

 

「ふっ、あの頃は若かったんですよ」

 

「導力器の模型作ってはしゃいでたもんねー。可愛かった」

 

「今では実物大ですがね。いつか宇宙からこの星を見せてあげます」

 

「本当!? ロマンチックねっ」

 

「ええ」

 

 

過去の話はエリッサにとって地雷である。とびきりの核爆弾。過去と向かい合うのは大切だけど、だからって常に向かい合っていては疲れてしまう。

 

だから夢を語ろう。今ではない時、ここではない場所、それでもいつか必ず手を届かせる世界のお伽噺を語ろう。

 

 

「月の水平線から地球が上る景色とか、きっとすごくロマンチックですよ」

 

「月かぁ。エステルと二人で…」

 

「著しく貞操の危機を感じるので二人きりはダメです。ヨシュアかお父さんと同伴です」

 

 

密室の暴れられない環境で押し倒されたら、間違いなくパクっと頂かれてしまう。猫と金魚の入った水槽を同じ部屋の中に入れるような暴挙だ。

 

 

「この歳で保護者同伴はどうかと思うよエステル」

 

「ヨシュアならいいんですか?」

 

「うん。ヨシュアはきっと行く直前になぜかお腹壊すと思うから大丈夫」

 

「ハハ。お腹の中まっ黒ですね」

 

「私はピュアだよエステル。これ正に純愛」

 

「正しさのない愛は悪ですよ。たぶん、世界とか滅ぼす系」

 

「エステルのためなら世界中を敵に回しても大丈夫」

 

「そうやって悲劇が繰り返されるわけですねわかります」

 

 

すなわち、愛憎こそが世界を歪ませる。愛と憎しみは執着する心と言う意味で同義であり、つまり釈迦的な意味で悪である。よって、愛ゆえに人は苦しまねばならないのである。

 

つまり愛=苦痛。すなわち、愛が大好きな人間はドM。好き好んで磔にされるわけである。

 

 

「だって、私にはエステルしかいないもの」

 

「なんとなく嬉しいような不安になるような発言です…」

 

 

とはいえ、もう全寮制の学校に行くわけだし、今は好きにさせてもいいかなと激甘な考えを浮かべる。しかし、それは大きな間違いなのだ。

 

いつの間にかエリッサは私の首筋あたりに顔を押し付け、恍惚の表情を浮かべて息を荒くしていた。変態だ!

 

 

「くんかくんかすーはーすーはー、いい匂いだなぁ」

 

「おいやめろ。私の体臭をそんな変態チックに嗅がないでください!」

 

「え、私は大丈夫だよ? そういうの今更気にしないし」

 

「私が大丈夫じゃねぇです。さっさと離れてください!」

 

「だめよ! 全然足りないの! もっと光を。エステリウムがたりないのっ!」

 

「あー、またそんなに引っ付くっ。はーなーれーろー!」

 

「あれ、エステルちょっと大きくなった?」

 

「平然と胸を揉むのは止めてください。ちなみに股の内側に触ったらベッドから蹴り落とします」

 

「そ、外側ならいいの?」

 

「なぜ手をわきわきさせるのか…。っていうか、さっきからこれ繰り返してません?」

 

「まだ5回じゃない」

 

 

無限ループって怖くね?

 

 

 

 

 

 

「んー、やっぱり無傷で欲しかったですよね」

 

「いやいや無理でしょう。まだ生きてるだけでも幸運ですって博士」

 

「まあ、脚がついてるだけマシですよね」

 

「そうですよ。じゃあ、再起動させます」

 

 

ZCFの地下研究施設。最近では魔窟の類と地上の人々からまことしやかに噂される都市伝説の一種。いいえ、実在しますので。文字通りの魔窟ですが。

 

誰がそうしたのかって? たぶん、アルバート・ラッセル博士でしょう。私は悪くない。

 

さて、目の前にあるのは昨年に《怪盗紳士》が使用した戦闘用導力機械人形。《ガンドール》と呼ばれる生きた古代文明の遺産だ。

 

痛々しいまでに各所が傷つき、破損し、そして無数の導力ケーブルと拘束具に繋がれたそれは罪人のよう。起動とともにゆっくりと顔を起こす。

 

《彼ら》がどうやってこれを手に入れたのかは定かではないが、しかし、いかにして運用しているのかはある程度掴ことができている。

 

すなわち、人工頭脳を乗っ取ることに成功したのだ。まあ、その辺りは変態技術者の宝庫であるZCFの本領発揮というべきだろうか?

 

以前よりヴァレリア湖の湖底調査により機械人形の一部などが引き上げられ、ロボティクスに応用されてきたが、完全に現役で活動するそれを手に入れたことは大きな成果といえる。

 

 

「……劣化していない人工導力筋線維、構造材、論理回路、集積回路。銃の機構にもすばらしいものがありますし、調査対象としては胸が熱くなりますねぇ」

 

「工作精度が2、3ケタ違いますけどね」

 

「ですが、ちょっとしたアイデアや工夫を見れるだけでも十分な成果です。とはいえ、これを送り出した者たちのスパイである可能性を忘れないように」

 

「導力波も電磁波、重力波もシャットアウトしてるんですけどね」

 

「油断は禁物です。《彼ら》を甘く見ないよう」

 

 

我々の知らない通信手段を保有していてもおかしくない組織だ。スタンドアローンの導力演算器を使用したハッキングや解析もそのためである。

 

 

「しかし、武装がマシンガンだけとは剛毅というかなんというか…」

 

「その分のリソースを装甲に充てているみたいです。いや、並の兵士じゃ太刀打ちできませんってコレ」

 

「人間の命が高くなったリベール王国には垂涎の兵器ですねぇ」

 

「歩兵支援に陸軍が興味を持っているようです」

 

「二足歩行の装甲ですから。パワードスーツにも装甲厚の限界はありますし」

 

 

小銃程度の弾丸や爆風に伴う金属破片への防御としてパワードスーツの装甲は優位となるが、人間が纏って動き回れる装甲には限界というものがある。

 

中身に余計な物(人間)を入れる以上、ある程度の大型化は免れない。催涙ガスなどの装備やインターフェイスも不可欠となり、その他、食事や排泄などを支援する機構も必要になる可能性がある。

 

その分のリソースは搭載兵器や装甲、動力源を圧迫し、よって大型の狙撃銃などへの防御は限定的なものにならざるを得ない。

 

そうやって、しばらく調査を行っていると来客の知らせが。リシャール大佐が秘書の士官を連れて来たらしい。彼もコレには興味があるようだ。

 

気の強そうな女性士官を連れて、彼は地下の研究施設に現れる。

 

 

「突然の訪問、申し訳ございませんエステル博士」

 

「いえ。貴方も気になっているでしょうから」

 

「確かに。古代ゼムリアの遺産ですから」

 

「それだけではないでしょう?」

 

「ふっ」

 

 

同じようなものなら湖底からいくつか発見されている。状態が良いというのは素晴らしいが、だからと言ってアレら遺物から得られる知見をどれだけ上回るかは微妙なところ。

 

たしかに多くの情報を労せずに得られるし、実働しているそれからデータをとれるというのは得難いものだ。

 

とはいえ、X線解析などでもある程度は予測できていたし、仮説に根拠を与えてくれた、試行錯誤をせずに済んだとかその程度の情報も多い。

 

 

「怪盗紳士の動向については、国内に関してはある程度追跡することはできていました」

 

「同時に、アルジャーノンの規模も見破られたと?」

 

「対策がどの程度できるかは未知数です。少なくとも我々情報部では一つの施設を完全に守る程度の対策しかできない」

 

「いくつかあるんですけどねー。伝染病を利用した駆除などは筆頭でしょう?」

 

「なるほど。そして彼らがこの仕掛けをしたということは…」

 

「近年中に動くのでしょうね。このリベールで」

 

 

この古代の機械兵器は解析し、試験機を製造し、テストを重ね、量産型を製造し、配備するまでにある程度の期間を要する。

 

特に目的がないのなら今回のような威力偵察は行わないはずだ。そしてこんな置き土産をしていくことも考えにくい。

 

彼ら《身喰らう蛇》がこのリベール王国を舞台として動くだろう事は、情報部や私、あるいは一部の上級将校の間では確定事項となっている。

 

そして、彼らが我々の力が強まるのを指をくわえて待っているはずもなく、故に彼らが動くとすれば量産体制が整う、あるいは配備が開始するまで。

 

 

「…2、3年あれば戦力として投入可能となるでしょう」

 

「短いですね」

 

「というか、今年に動いてきてもおかしくはないんですが」

 

「無いでしょう。その兆候は今のところ見られません」

 

「どうでしょう? グランセル城の地下狙いというのは大いに考えられます」

 

「我々で調査はできませんか?」

 

「王家に決して触れるなという類の伝承が伝えられているそうです。アウスレーゼ家は下手をすると古代ゼムリア文明期にまで遡るでしょうね」

 

「《輝く環(オーリオール)》」

 

 

古代において女神エイドスより授かったとされる7つの古代遺物《七の至宝(セプト・テリオン)》の一つ。七耀教会の聖典に伝えられる伝説的な秘宝。

 

その存在を疑う者も少なくなく、というより現存すると考える人々も少数派であろう。あったとしても、自分たちに関わるものとは考えるはずもない。

 

だが、ここリベール王国においてはいくつかの間接的証拠がその存在を肯定してしまっている。少なくとも異様に発達した古代文明の存在は確定的だ。

 

それが女神にもたらされたのか、あるいは極まった古代文明が生み出した極地なのかは判断できはしない。それでも、あのドラゴンはこの地を静かに見守っている。

 

 

「その正統な所有者、あるいは管理者、守護者。七の至宝に関わる古代の王家あるいは名家、代表者。可能性としては簒奪者、反乱分子の首魁。まあ、あくまでも推測でしかないです。人間社会は複雑怪奇。政治となれば魑魅魍魎が潜んでいます」

 

「その辺りも調査させているところです」

 

「情報を扱う軍の部署が歴史ロマンに挑むですか。悪役にしか見えないですね」

 

「はは。一線の研究者に資金と材料を与えたうえでの国家プロジェクト扱いですよ」

 

 

軍が超古代文明の遺産を掘り当てる。古今東西の物語ではどう考えても破滅フラグである。なんというか、目覚めさせてはいけないものを掘り当てるとか、正義の味方に妨害されるとか。

 

 

「切り札は多いに越したことはありませんが、藪をつついて蛇を出すなんてオチはちょっと勘弁願いたいですし。まあ、貴方なら大丈夫でしょうが」

 

「それについては肝に銘じておきますよ」

 

 

とはいえ、敵が真っ先に狙うとしたら間違いなくリベール王国の情報を全て握っていると言ってよい軍情報部だ。

 

何らかの方法で彼らが無力化される事を想定するべきである。そのためのジョーカーも目途がついた。まあ、少しばかり想定の斜め上の結果だったけれど。

 

少なくともジョーカーの方は情報部でさえ掴んではいないはずだ。少なくともアレの正体を知っているのはラッセル博士とエリカさんぐらいだろう。

 

表向きは第五世代戦術導力器の開発と銘打たれているものの、あれはもはや別物だ。正直に言ってどれだけの可能性があるのか私やラッセル博士にすら推し量れないほど。

 

 

「しかし、いくら得体が知れないとはいえ国家を相手取ることは難しいでしょうが」

 

「常識的にはそうなんですけどね」

 

 

いくら得体のしれない技術を保有していようが、結局のところ戦争は物量で勝負が決まる。民のいない超国家組織は動きこそ軽やかだろうが、本気になった国家を相手取るのは難しい。

 

深く人々の心に根を張った宗教組織ならばまだしも、利害で繋がるだけの組織ならば付け入る隙はいくらでもあるというもの。

 

 

「それに、アーネンベルク級の竣工も間近です」

 

「ああ、そういえばもうすぐ竣工でしたか。その後はグリューネの建造開始ですね」

 

「空軍の建艦計画もそれで一区切りですが」

 

 

その後は海軍関連の増強にリソースが振られる。潜水艦、特に戦略型潜水艦の開発研究が本格化し、潜水艦発射弾道ミサイルの実用化を目指すことになる。

 

結局のところ、海に潜る潜水艦以上のステルス性を持つ兵器は存在しえなく、そういう意味ではアーネンベルグ級すらも見せ札の一つでしかない。

 

軍に関してはステルス機などの開発研究も並行しており、おおよそ20年以内においてリベール王国が対外戦争に巻き込まれるという可能性は極めて低くなっている。

 

そうして時間を稼ぎながら、勢力均衡による一時的な安定化、そして最終的には集団安全保障が確立できるような情勢にもっていければいい。

 

どの時点で他国が核兵器、あるいはそれに類する戦略兵器の開発に成功するかは不透明であるが、それはそう遠い未来ではない。

 

戦略兵器は見せ札とすれば勢力均衡を招くファクターとなる。批判は多いものの核兵器によるデタントは、相手側とこちら側の思惑が一致すればそれなりに平和を維持できるシステムだ。

 

それで一定期間は安定を保たせられる。そして大規模破壊兵器は戦争を躊躇させるために、大国間の意見調整を促す。

 

それを上手く利用すれば、Xの世界のような集団安全保障体制に近い情勢にまで持ち込めるだろう。出来るかは外交センス次第。

 

そのためには、大国と呼ばれる国々の国民がそれなりに豊かになることが前提条件となる。持つものは失うことを恐れるものだ。

 

幸い宗教的な対立が表面化しているわけでもなく、致命的な感情的対立が生じているわけでもない。調整のハードルは高すぎるというわけではない。

 

とはいえ、大国の都合による安全保障は、あるいはその後の非対称戦争の幕を開けることにもなり得るだろうが。

 

 

「これから起こり得る大陸の動乱に対し、我が国の基本姿勢は漁夫の利狙い」

 

「とりあえずは鉄血宰相殿のお手並みを拝見というところですかね」

 

 

この時まで、リベール王国の政府および軍の上層部には楽観があった。少なくとも国は大きく発展しており、国力においても帝国と共和国を追い抜くのもそう遠くはないと考えられていたからだ。

 

特に軍事力の評価においては大陸において比肩する相手はいない。共和国と帝国が同盟し、総力戦を挑んで来れば少しは状況も変わるだろうといったところ。

 

油断はなかったが、それでも余裕はあった。この平和がこれから少なくとも四半世紀は続くだろうという楽観的な予測。

 

しかし、それは半年後に大きく揺らぐこととなる。

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

「…っ」

 

 

鋭い横一線の薙ぎ払い、回避しきれずに剣で受ける。氣が具現させる灼熱の炎が熱を輻射し、頬をチリチリと炙る。

 

エリッサはそのまま私の横を高速で駆け抜け、私の背後をとる。あらゆる方向から剣が襲いくるような錯覚。

 

エリッサの炎のように荒れ狂う剣は、中途半端に戦闘経験を積んだ者に対して絶対的な初見殺しを発揮する。

 

今だってそういう者ならば背後を取られた瞬間に、架空の一撃を防ぐために防御の姿勢をとるだろう。だが、そんな一撃はいつまでも来ない。

 

そうして、気が付けば上段からの必滅の一撃を叩き下ろしてくる。まともに受ければ剣や盾ごと叩き割るほどの一撃。避けるのが無難である。

 

 

「業炎撃!」

 

「お返しです」

 

「へぁっ!?」

 

 

エリッサの業火を伴う一撃が空振りに終わり、私はバックステップと同時に飛ぶ斬撃、洸破斬を放つ。大技の後は隙が生まれるものだから、ちょっとした嫌がらせである。

 

しかし、私の放ったそれをエリッサは重心をずらすようにしてなんとか横に避けた。うん、体勢も崩れていないので悪くない。

 

悪くなかったので私はエリッサの背後をとることにした。

 

 

「弐の型・裏疾風」

 

「くぁっ…」

 

「お?」

 

 

八葉一刀流・弐の型「疾風」は独自の歩法を組み合わせた高速斬撃。敵陣に飛び込み多くの敵を切り伏せる一対多に特化した剣だ。

 

その中でも裏疾風は相手の背後から追撃を加えるという意味で、一段高度となるアレンジとなる。防ぐにはそれなりの反応速度を要求されるが、

 

 

「腕をあげましたね、エリッサ」

 

「まだまだだけどね! っていうか、この技けっこう見てるし」

 

「いえ、今のは一段と綺麗に避けましたよね。ちゃんと反撃も加えて、素晴らしかったです」

 

「じゃあ、エステルはどうして私の腕を掴んでるのかな…」

 

「攻撃は初動で潰すのも一つのテクニックです」

 

「そんなのふつう無理だよ…」

 

 

追撃を地に伏せるように回避したエリッサの素晴らしいカウンター。思わず一歩踏み込んで腕を掴んでしまいました。本来ならここで蹴るのですが、ここは我慢。トンとワンステップで後ろに退く。

 

 

「では、ちょっととっておきを出しましょうか」

 

「やだー」

 

「では、行きます。上手く防いでくださいね」

 

「…っ、五の型?」

 

「のアレンジです」

 

 

剣を鞘に納める。居合は剣の軌道が読みやすくなるという致命的欠点があるが、鞘走りで剣の速度が増すとか、鞘に刀の重みを預けられるとかそういった効果もある。

 

他にも剣の間合いを誤魔化すといった効果も期待できるが、腕のある相手だと誤差の範囲になってくる。まあ、その誤差が達人同士の立ち合いになると有意差として出てくるのだけど。

 

本来実戦で居合なんて使うのは実のところ非合理で、奇襲を受けた際の応戦の手段に過ぎないはずなんだけれど、速度を重視する戦技を扱う場合は意外にこれが効いてくる。

 

 

「いざ」

 

「あ、え?」

 

 

エリッサは信じられないものを見たかのように私の剣を受けた。ワザと体ではなく彼女の持つ剣を狙い、その剣技を叩きこむ。

 

衝撃によりエリッサが後方へと弾け飛ぶ。彼女の持つ剣はバラバラに砕け、エリッサは転がった後、途方に暮れたように折れた剣の柄を見つめていた。

 

 

「ねえ、エステル。今、エステルの剣が9つに分裂してたんだけど」

 

「はは、何を言ってるんですかエリッサ。剣が増殖するわけないじゃないですか常識的に考えて」

 

「あ、うん。え、でも、あれ? 何これ怖いんだけど。ねぇ、ヨシュア、今の見てた?」

 

 

エリッサがなんとなくあきれ顔で私たちの立ち合いを見ていたヨシュアに話を振った。ヨシュアはというと苦笑いしながら人差し指で頬をかく。

 

 

「僕からは13に見えたかな」

 

「さすがヨシュアは目がいいですねぇ。いえ、単純に視点の問題でしょうか」

 

「それで、エステル、何をやったんだい?」

 

「いえ、単純に素早く連撃を加えただけですが?」

 

「あー、うん、もういいや」

 

 

五の型「残月」の延長線。居合抜きから二段目の剣撃に移る抜刀術の速度面を突き詰めた戦技。《鬼神斬》。刹那に無数の斬撃を打ち込み、まるで無数の剣が同時に襲い来るような錯覚を与える。

 

まるで漫画みたいな技なのだが、まあ、この世界でそういう事を突っ込むのは野暮というもの。飛ぶ斬撃とか、剣に炎を纏わせるとかよりは常識的だと思う。

 

 

「私もまだまだかな」

 

「強くなっていますよエリッサは。剣は私が先に始めた分、一日の長がありますから」

 

「エステルは他の事一杯しながらでしょ」

 

「えっと…」

 

「ふふ、大丈夫だよエステル。別に羨んでるとか、嫉妬してるとか、自分を卑下してるわけじゃないよ」

 

「安心しました」

 

「むしろ、もっと惚れ込んでるよ! エステル愛してるよ世界一」

 

「不安になりました」

 

 

そうしてエリッサが抱き着いてくる。私はうんざりしながら彼女の頭を撫でた。ふと横を見れば母性すら感じるほどの笑みをニコニコと浮かべるヨシュア。ああ、他人事ということですね分かります。

 

 

「ヨシュアも何か言ってやってください」

 

「やだよ。怪我したくないし」

 

「遊撃士志望なんでしょう? 正義の味方のっ」

 

「遊撃士だってタダじゃ働かないよ」

 

「ちっ、しょせんは資本主義の狗ですか」

 

「エステル、私の愛は無償だよ?」

 

「私の精神力は有限ですがね。あと、どさくさに紛れてお尻を撫でないでください。踏みますよ」

 

 

タダほど高いものはないのである。無料の携帯電話は通信費用が嵩んで結局は高い買い物に。そして愛にもコストはかかる。主に精神的な意味で継続的に。

 

ちなみにエリッサの愛はセクハラ的な意味でコスト高。肩書き的に超偉い私様のお尻を撫でるとか、1億ミラ出されても無理ですので。

 

 

「あと二日ですか」

 

「…うん。大丈夫だよ。私、ちゃんと出来るから」

 

「信じています」

 

「うん」

 

「まあ、一月と経たずに会えるんですが」

 

 

全寮制とはいっても、外出が禁止されているわけでもなく、休日が設定されていないわけでもない。そういうのは逆に効率を下げてしまうからだ。

 

なので、休みの日に地下鉄を使えばそれほどかからずにZCFまで来れてしまう。買い物に付き合うことだって出来るし、それに私、軍のお偉いさんなので士官学校とか簡単に入れてしまう。

 

 

「だよねっ」

 

「というわけで、まだ訓練用の刀剣が残ってます」

 

「え、まだやるの?」

 

「セクハラする元気があるなら大丈夫です」

 

「……助けてヨシュアっ! このままだと筋肉痛で動けなくなっちゃう!!」

 

「あはは…。うん、冷たい飲み物持ってくるね」

 

「待ってヨシュアぁぁぁぁぁ!!?」

 

「うん、エリッサ、今すごいワザ考えました。これ絶対一撃必殺です。これで今度こそお父さんもバタンキューできます!」

 

「ひぃっ!?」

 

「てんちしんめーけん!!」

 

 

というわけで、今日はおもいっきりエリッサと付き合ってあげたのでした。

 

 




九頭龍閃だと思った? 残念! サモナイの鬼神斬でした!

《鬼神斬》
攻撃クラフト、CP35、単体、威力300、基本ディレイ値3000、確率90%[気絶] ・確率90%[混乱]
刹那に鬼神の如く16の斬撃を叩き込む超高速の連撃。
ほら、貧血気味の高校生だって17分割できるんだし…。

037話でした。

久しぶりの百合回。エステル的には好意を向けられることについては肯定的に受け止めているよう。ただし、受け入れるかはまた別で。

思春期なエリッサのちょっと性的なアプローチには辟易している様子。行き過ぎた行為に対しては容赦ないお仕置きを加えます。この後滅茶苦茶修業した的な。

しかし、幻の空中都市を得ようと目論む情報部大佐…。あれ、アイツしか思い浮かばないんですけど。目が、目がぁ~!



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